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声の種蒔き、物語を求めて

家中の部屋に受信機を設置した翌日、アリアは新たな課題に直面していた。「家内放送」を始めるにあたり、何を話せば良いのだろう?前世のラジオ番組は、ニュース、音楽、リスナーからの便り、パーソナリティのトークなど、多種多様なコンテンツで溢れていた。しかし、この世界には、まだ「ラジオ」という概念すら存在しない。ましてや、自分の話を聞いてくれる人がいるのかも分からない。


内気なアリアにとって、いきなり自分の話をするのはハードルが高かった。そこで彼女は、まずは皆が知っている、心温まる物語や、この世界の暮らしに役立つような情報を集めることから始めようと考えた。


アリアは、まず図書館に籠った。古びた書架に並べられた分厚い歴史書や、英雄たちの武勇伝、あるいは遠い国の民話が綴られた絵本を手に取った。しかし、それらはあまりにも仰々しかったり、子供向けすぎたりして、「家内放送」で語るには少し違うと感じた。もっと、日常に寄り添うような、素朴で温かい話が良い。


次にアリアは、古くからリンドバーグ家に仕える老メイドのマリアの元を訪れた。マリアは普段の家事をこなしながら、時折、遠い目をして口元に笑みを浮かべることがあった。きっと、たくさんの思い出や物語を持っているに違いない。アリアは少し緊張しながら、マリアに声をかけた。


「マリア、あの……少し、お話をお聞かせいただけますか?」


アリアの突然の申し出に、マリアは目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。


「まあ、アリア様が私めに?どうぞ、何なりと」


アリアは、マリアが若い頃に体験したことや、リンドバーグ家に伝わるちょっとした言い伝え、あるいは昔の領地の祭りでの出来事などを、熱心にノートに書き留めた。マリアの話は、大げさなものではないが、人々の温かさや、この世界の暮らしの息吹を感じさせるものばかりだった。特に、マリアがかつて幼いアリアに読み聞かせた、森の妖精が困っている人々を助けるという小さな民話は、アリアの心に深く響いた。


昼食時、アリアは厨房のグレゴリオにも話を聞いてみた。


「グレゴリオ、あの、何か、面白いお話、ご存じないですか?」


グレゴリオは、眉間に皺を寄せ、難しい顔で腕組みをした。


「面白い話だぁ?料理のことならいくらでも知ってるが、物語なんて柄じゃねえな」


とぶっきらぼうに答えた。しかし、アリアががっかりした顔をすると、彼はわずかに視線を逸らし、ぽつりと呟いた。


「……昔、この辺りの村に伝わる、変わったパンの話なら知ってるがな」


それは、飢饉の際に、ある老人が特別な種から作ったという、ほんのり甘くて香ばしいパンの話だった。グレゴリオは、そのパンの作り方や、それを食べた人々がどれほど喜んだかを、熱のこもった口調で語った。アリアは、その話が、食べ物の大切さや、人々の繋がりを感じさせる素晴らしい物語だと感じ、丁寧にノートに書き留めた。


庭師のフィンは、庭の手入れ中、アリアが声をかけると、いつも通り無言で頷いただけだった。しかし、アリアが「庭の花や木にまつわる、何か素敵な物語はありませんか?」と尋ねると、彼は珍しく口を開いた。


「……この庭の隅にある、古木はな」


フィンは、その古木が、かつてこの地の守護者だったという言い伝えや、その木の下に咲く花の伝説を静かに語ってくれた。フィンが話す物語は、自然の雄大さや、目には見えない精霊たちの存在を感じさせるものだった。アリアは、彼の話に耳を傾けながら、この世界の神秘に改めて心を奪われた。


若メイドのエミーリアは、アリアが話を聞いていることに気づくと、目を輝かせて駆け寄ってきた。


「アリア様!私も、面白いお話、知ってます!最近、街で流行っている、とってもロマンチックな恋の物語があるんですよ!」


エミーリアは興奮気味に、街で人気の吟遊詩人が歌う恋の歌の物語や、噂になっている貴族のゴシップ(これはアリアの「家内放送」には不向きだと判断したが)を、身振り手振りを交えながら語ってくれた。彼女の話は、この世界の若者たちの流行や、街の賑やかさをアリアに教えてくれた。


アリアは、一日かけて集めた物語が詰まったノートを抱きしめ、自室へと戻った。そこには、古き良き伝統、食への情熱、自然への畏敬、そして若者の希望が、色とりどりに綴られていた。どれも、彼女の「家内放送」を彩る、大切な「声の種」となるだろう。


窓の外は、もう夕焼けに染まっていた。アリアは、明日の放送に思いを馳せ、胸を高鳴らせていた。初めての「家内放送」は、一体どんな音色を響かせるのだろう。彼女の小さな冒険は、まだ始まったばかりだった。

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