響鳴石の森、声の届ける準備
父アレクサンダーからの「家の中ならば」という黙認を得たアリアは、心の中で深く安堵した。しかし、父の言葉の裏に隠された、娘への不器用な愛情と、その魔法の危険性への懸念を、アリアは敏感に感じ取っていた。
だからこそ、彼女は、この「声を飛ばす魔法」を、より安全に、そして、より多くの人々に届けるための準備を、着々と進めなければならないと強く感じていた。
(父が許してくれたのは、家の中だけ。でも、家の中のすべての部屋で、私の声を聞いてもらうためには、もっとたくさんの受信機が必要だ……!)
アリアは、自室の机の上で、リンドバーグ本家の間取り図を広げ、深く考え込んでいた。現在、受信機はアリアの部屋と、セレスティの部屋、そしてリビングに一つずつあるだけだ。使用人たちの部屋や、父と母の部屋にも、アリアの「声」を届けたい。
しかし、受信機を制作するためには、響鳴石が不可欠だ。アリアが以前、森の奥深くで発見した響鳴石は、すでに使い果たしていた。
「ポルン。ねえ、私、もっとたくさんの響鳴石が欲しいんだ。家中のすべての部屋に、私の声が届くように、受信機を作りたいんだ」
アリアが問いかけると、ポルンは、アリアの言葉の真意を理解したかのように、力強く「ホーッ!」と鳴いた。ポルンは、アリアが響鳴石を発見した場所を覚えている。
(うん! ポルン、しってる! アリアと、いっしょ!)
ポルンからの思念に、アリアは力強く頷いた。
その日の午後、アリアは、誰にも気づかれないように、ポルンを肩に乗せ、リンドバーグ本家の裏庭へと向かった。
裏庭の奥には、リンドバーグ家の敷地に隣接する広大な森が広がっている。アリアは、ポルンの案内で、その森の奥深くへと足を踏み入れた。魔獣の気配に怯えながら、慎重に進むアリアは、ごく微量の魔力を放ち、周囲の魔獣の気配を警戒しながら、慎重に進んだ。ポルンも、アリアの肩で、周囲を警戒するように、鋭い視線を送っている。
やがて、ポルンが示す場所にたどり着いたアリアは、息を呑んだ。そこは、小さな泉のほとりだった。泉の底からは、仄かに青白い光を放つ、いくつもの響鳴石が散らばっていた。それは、以前アリアが発見した時よりも、さらに多くの響鳴石が、泉の底で輝いているかのようだった。
「すごい……! こんなにもたくさんの響鳴石が……!」
アリアは、その光景に、驚きと、そして感動の表情を浮かべた。
ポルンも、アリアの成功を祝うかのように、「ホーッ!」と力強く鳴いた。
アリアは、そっと泉に手を伸ばし、響鳴石を拾い上げた。ひんやりとした感触。そして、その石から、微弱ながらも確かな魔力の流れを感じ取った。それは、まるで、魔力の「声」を吸い込み、そして反響させるような、不思議な特性を持っていた。
アリアは、ごく微量の魔力を放ち、自分の声をその魔力に乗せてみた。すると、響鳴石が微かに震え、アリアの声が、拾い上げた時よりもわずかに大きく、澄んだ響きを伴って、周囲に拡散されるような感覚があった。
(よし……! これなら、家中のすべての部屋に、私の声が届く受信機が作れる!)
アリアは、確信した。彼女は、泉の底から、いくつもの響鳴石を拾い集めた。ポルンも、アリアの傍らで、彼女の作業を見守っていた。
数時間後。アリアは、持参した袋いっぱいに響鳴石を詰め込み、ポルンと共に、リンドバーグ本家へと戻った。
彼女の顔には、疲労の色よりも、新たな受信機を制作できることへの、喜びと、そして、故郷の家族や使用人たちに、自分の「声」を届けられることへの、確かな期待が満ちていた。
その日の夜。アリアは、自室で、響鳴石を前に、新たな受信機の制作に取り掛かった。
彼女の目標は、量産された受信機が、一つ一つ、アリアの「声」を、正確に、そして温かく、人々の心に届けることだった。アリアの「秘密の放送局」は、故郷であるリンドバーグ本家で、その「声」を、家中のすべての部屋に響かせ、新たな感動と、そして、この異世界に「放送」という文化を根付かせるための、大きな一歩を踏み出そうとしていたのだった




