父の帰宅、声の波紋と葛藤
その日の夜遅く、父アレクサンダーが王都での用事を終え、リンドバーグ本家へと帰宅した。一日の激務を終え、書斎で一息つこうとした彼の元へ、母エリザベスがやってきた。彼女の顔には、アリアの「声」が家中に響き渡ったことへの、かすかな興奮と、そして、夫にどう説明すべきかという、戸惑いが入り混じっていた。
「あなた、おかえりなさいませ。今日、アリアが、また不思議なことを……」
エリザベスは、そう言って、今日の午後にアリアの「声」が家中に響き渡ったことを、アレクサンダーに伝えた。アリアが、自作の木箱から、自分の「声」を飛ばし、それが家中の人々に聞こえたこと。そして、その「声」が、心地よく、心を温めるものだったこと。
アレクサンダーは、エリザベスの話を聞きながら、眉間に深い皺を寄せた。彼の脳裏には、以前アリアに「外部に漏らすな」と厳命した時のことが蘇る。
(家の中は外部ではない、とアリアは解釈したのだろうが……。しかし、私の意図は、そのようなことではなかったはずだ……!)
アレクサンダーの心の中では、アリアの行動への苛立ちと、自分の言葉の真意が伝わっていなかったことへの、困惑がせめぎ合っていた。彼は、アリアの「声」が持つ計り知れない可能性と、同時に、その危険性を深く認識している。その力が、彼の目の届かないところで、勝手に広がることを恐れていたのだ。
「エリザベス。私は、アリアに『外部に漏らすな』と厳命したのだ。家の中とはいえ、その『声』が、どこまで届くか、誰が聞いているか、分からぬではないか!」
アレクサンダーの声は、厳しかった。エリザベスは、夫の怒りに怯え、身を縮めた。
「ですが、あなた。アリアの『声』は、決して不快なものではございませんでした。むしろ、心地よく、心が安らぐような、不思議な響きがございました。使用人たちも、皆、その『声』に耳を傾け、喜んでおりましたわ」
エリザベスは、アリアの「声」がもたらす「恩恵」を、夫に伝えようとした。彼女自身も、アリアの「声」に心を癒された一人だ。
アレクサンダーは、エリザベスの言葉に、沈黙した。彼の心の中では、アリアの行動への苛立ちと、妻の言葉の真実、そして、すでに起こってしまったことをどうすることもできないという、無力感が交錯していた。
(やってしまったことは、もう消せぬ……。それに、エリザベスが言うように、その『声』が、家中の者たちに安らぎをもたらしているというのなら……)
アレクサンダーは、深くため息をついた。彼の心の中では、アリアの魔法の危険性を懸念する「当主」としての理性と、娘の才能を認め、その「声」がもたらす恩恵を理解する「父」としての感情が、激しく葛藤していた。
「……よかろう」
沈黙の後、アレクサンダーは、低い声でそう言った。エリザベスは、その言葉に、安堵のため息をついた。
「ただし、だ。その『声』が、家の外に漏れるようなことがあれば、その時は……容赦はしない。この屋敷での『声を飛ばす魔法』は、一切禁じる。良いな、エリザベス。アリアにも、その旨を厳しく伝えよ」
アレクサンダーの言葉は、以前よりも厳しいものだった。しかし、その裏には、娘への不器用な愛情と、彼らを守ろうとする覚悟が込められていた。彼は、アリアの「声を飛ばす魔法」が、家の中にいる間は、娘の夢として、ある程度は許容するという、沈黙の承認を与えたのだ。
エリザベスは、夫の言葉に、力強く頷いた。
その日の夜、アリアは、母から父との会話の内容を聞いた。父が激怒しつつも、最終的には自分の「声を飛ばす魔法」を「家の中ならば」と許してくれたこと。
(お父様……。私、きっと、この魔法を、正しく使ってみせる。そして、いつか、みんなを笑顔にする『声』を、世界中に届けてみせるから!)
アリアは、暖炉の上の木箱型ラジオをそっと撫でた。そして、隣にいるポルンと共に、この家の壁の中で、彼らだけの「秘密の放送局」を、さらに発展させていくことを心に誓ったのだった。




