父の葛藤、娘への誓い
セリーナ・ブライアウッドの停学処分は、王都の貴族社会だけでなく、リンドバーグ家にも大きな波紋を広げていた。特に、その裁定がユリウス王子によって下されたことで、リンドバーグ家の地位は、これまでになく高まっていた。
しかし、当主アレクサンダー・リンドバーグの心境は、複雑だった。娘のセレスティが、ブライアウッド公爵令嬢から嫌がらせを受けていたと知った時、彼は怒りに震えた。そして、アリアの「声聞魔法」が、その真相を暴き、セレスティが救われたことには、深い安堵と誇らしさを感じていた。
だが、相手はブライアウッド公爵家。王国でも有数の名門であり、王宮にも深く食い込んでいる大貴族だ。騎士爵家であるリンドバーグ家が、公爵家と公然ともめることは、決して得策とは言えない。
アレクサンダーは、書斎で一人、深くため息をついた。
(公爵家との軋轢は、避けたいところだが……)
彼の脳裏には、ブライアウッド公爵コンラートの、常に冷静沈着でありながら、その裏で冷徹な策謀を巡らせる姿が浮かんだ。そして、イザベラ公爵夫人の、娘への盲目的な愛情と、それに伴う感情的な行動も。彼らが、このまま黙っているはずがない。きっと、何らかの形で、リンドバーグ家への報復を企てるだろう。
アレクサンダーは、普段は威厳と冷静さを保つ当主だったが、この時ばかりは、その顔に深い憂慮の色を浮かべていた。公爵家と対立することは、リンドバーグ家だけでなく、王都で学ぶ子供たちにも、少なからず影響が及ぶ可能性がある。特に、アリアの「王国放送」は、王国の公共インフラとして、既に多くの貴族や商人、そして王族の注目を集めている。この時期に、大貴族との不和が表面化することは、王国の安定にも影響を与えかねない。
しかし、アレクサンダーの心の中には、もう一つの、揺るぎない感情があった。
(だが……娘が傷つけられたことは、決して許さん……!)
セレスティは、彼の大切な娘だ。心優しく、常に周囲を気遣い、妹のアリアを誰よりも早く信じて支えてくれた、誇り高き娘。そのセレスティが、身分の低い者として侮蔑され、陰湿な嫌がらせを受けていたという事実が、アレクサンダーの父としての心を深く傷つけていた。レオがセリーナに反論できなかった時の、あの悔しそうな顔も忘れられない。
アレクサンダーは、机に置かれたリンドバーグ家の家紋を見つめた。誇り高き騎士爵家として、彼らには守るべきものがある。それは、家門の名誉であり、そして何よりも、愛する子供たちの安全だ。
「公爵家であろうと、何であろうと……娘を傷つけた者は、決して許さぬ」
アレクサンダーは、静かに、しかし強い決意を込めて呟いた。その言葉には、普段の冷静さとは異なる、父としての、深い怒りと覚悟が滲んでいた。
彼は、すぐにライナー先生に連絡を取ることにした。ライナー先生ならば、アリアの能力と、王宮の意図を深く理解している。そして、王族との間にも太いパイプを持っている。彼と共に、ブライアウッド公爵家の動きに警戒し、万が一の事態に備える必要がある。
アリアの「王国放送」が、王国の未来を築く大きな希望である一方で、貴族社会の深い闇の中では、古くからの権力闘争と、新たな愛憎の物語が、リンドバーグ家を巻き込みながら、静かに、しかし確実に、その波紋を広げ始めていたのである。アレクサンダーは、娘たちを守るため、その嵐の中に立ち向かう覚悟を決めていた。




