冷たい視線、令嬢の影
ユリウス王子がセレスティ・リンドバーグに熱い視線を送っているのを目の当たりにして以来、セリーナ・ブライアウッドの心には、激しい嫉妬の炎が燃え上がっていた。王国の第一王子、次期国王と目されるユリウス王子は、セリーナにとって、幼い頃からの憧れの全てだった。その彼が、自分ではなく、リンドバーグ家の一介の貴族の娘、セレスティに心を惹かれているという事実は、セリーナのプライドを深く傷つけた。
セリーナは、その日から、セレスティに対する態度を、徐々に冷たいものへと変えていった。
貴族院の廊下ですれ違っても、以前は交わしていた形式的な挨拶すら、セリーナからは向けられなくなった。セレスティが優しく微笑みかけても、セリーナは、表情一つ変えず、まるで存在しないかのようにセレスティの横を通り過ぎる。その視線は、セレスティを射抜くような、氷のように冷たいものだった。
昼食時、食堂でセレスティが友人たちと談笑していると、セリーナは、彼女たちのテーブルから少し離れた席に座り、セレスティの方をちらちらと盗み見るようになった。その目には、隠しきれない不満と、侮蔑の色が宿っている。
セレスティは、セリーナの態度の変化に、最初は何かの誤解ではないかと思った。
(セリーナ様、何か、わたくしが気に障るようなことをしてしまったかしら……?)
セレスティは、心優しい性格ゆえに、セリーナに何か非礼を働いたのではないかと、心を痛めていた。彼女は、セリーナの友人であるレオの同級生たちに、さりげなくセリーナの様子を尋ねてみたが、彼らもセリーナの態度の変化に戸惑っているようだった。
ある日の癒しの魔法の実技演習中、セレスティが、訓練で怪我をした生徒の治療にあたっていると、セリーナがその傍らを通り過ぎた。セリーナは、わざとらしく大きくため息をつき、聞こえよがしに呟いた。
「一部の者は、癒しの魔法が優れていると持て囃されているようだが、その実、その出自は……」
セリーナの言葉は、セレスティの「癒しの魔法」の才能を認めながらも、リンドバーグ家が王族に近い家柄ではないことを暗に示唆し、彼女の血筋を侮蔑するような響きを持っていた。セレスティは、その言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。
しかし、セレスティは、セリーナの態度に直接反論することはなかった。彼女は、争いを好まず、相手の感情を刺激することを避けようとした。ただ、セリーナの冷たい視線と、嫌がらせのような言動に、心が重くなるのを感じていた。
セレスティの友人たちも、セリーナのセレスティに対する態度の変化に気づき始めていた。
「セリーナ様、最近、セレスティ様にとても冷たいですわね。何かあったのかしら?」
エレノア・クロフォードが、心配そうにセレスティに尋ねた。
「ええ、私も感じていましたわ。きっと、セレスティ様の首席という成績に、嫉妬していらっしゃるのよ」
ベアトリス・ハートフィールドが、推測するように言った。
しかし、セレスティは、その言葉に静かに首を振った。
(成績だけではないわ。きっと、もっと深い、何かがある……)
セレスティは、セリーナの態度の変化の裏に、もっと個人的な、感情的な理由があることを、漠然とではあるが感じ取っていた。
王族のユリウス王子への秘めたる感情が、セリーナの心を蝕み、その嫉妬が、セレスティへの冷たい態度となって現れていた。貴族院の華やかな表舞台の裏で、一人の少女の激しい感情が、新たな波紋を広げ始めていたのである。




