王子の視線、令嬢の嫉妬
ブライアウッド公爵家の令嬢、セリーナ・ブライアウッドは、王国の第一王子ユリウス・ロゼッタ・ラングフォードを心から深く慕っていた。王族として、次期国王として、完璧な資質を持つユリウス王子は、セリーナにとって、まさに憧れの存在だった。彼女は、王宮での公務や貴族院での行事の度に、ユリウス王子の傍らにいることを望み、その姿を一目見ようと、常に努力を惜しまなかった。
ある日の午後、セリーナは、ユリウス王子が貴族院の訓練場にいると聞き、彼に会うために足を運んだ。訓練場の傍らでは、ユリウス王子が、今日の訓練の報告書に目を通しているところだった。彼の顔は、いつも通り冷静沈着で、感情を読み取らせない。しかし、その瞳の奥には、どこか遠くを見つめるような、上の空の視線が感じられた。
「ユリウス殿下。ごきげんよう。本日の訓練も、お疲れ様でございました」
セリーナは、優雅な淑女の作法で、ユリウス王子に挨拶した。彼女の心臓は、憧れの王子を前に、ドクンと音を立てて高鳴る。
ユリウス王子は、セリーナの声に、ハッと我に返ったように視線を向けた。
「ああ、セリーナ殿。わざわざ、ご苦労であった」
ユリウス王子の言葉は丁寧だったが、その表情には、どこか上の空な様子が感じられた。セリーナは、その態度に、かすかな不満と不安を覚えた。ユリウス王子が、自分に集中していない。
セリーナは、ユリウス王子の視線が、どこに向かっていたのか、気になって仕方なかった。彼の瞳の先には、一体何があったのだろうか。セリーナは、ユリウス王子の視線を辿るように、そっと顔を向けた。
ユリウス王子の視線の先にあったのは、訓練場の一角にある、療養室の窓だった。そして、その窓の向こうには、訓練で怪我をした生徒の治療にあたっている、一人の少女の姿があった。金色の髪が陽光を浴びて輝き、青い瞳は、患者を心から気遣うように、優しく細められている。
それは、リンドバーグ家の長女、セレスティ・リンドバーグだった。
セリーナは、その光景を目にした瞬間、胸の奥底から、激しい嫉妬の炎が燃え上がるのを感じた。ユリウス王子が、自分ではなく、セレスティに視線を向けていた。しかも、そのまなざしは、尊敬や関心というよりも、もっと個人的な、感情のこもったものに見えたからだ。
(セレスティ・リンドバーグ……!なぜ、王子殿下が、あんな娘に……!)
セリーナは、セレスティが貴族院で首席の成績を収めていることも、癒しの魔法の才能が群を抜いていることも知っていた。しかし、セリーナにとって、セレスティは、あくまでリンドバーグ家の一介の貴族の娘に過ぎなかった。王国の第一王子であるユリウス王子が、目を向けるべき相手ではない。
セリーナは、努めて冷静を装ったが、その握りしめた拳は、わずかに震えていた。彼女の心には、ユリウス王子への深い慕情と、セレスティへの激しい嫉妬が、複雑に絡み合っていた。
ユリウス王子は、セレスティに気づかれぬよう、すぐに視線を外したが、セリーナは、その一瞬の王子の感情を、決して見逃さなかった。彼女は、ユリウス王子の心を奪おうとしているセレスティを、心の中で強く敵視した。




