黒髪の妖精、貴族院を彩る神秘
アリアが貴族院の「特別研究科生」として、表舞台に出ることなく活動を続ける中、貴族院の1年生や2年生の間では、リンドバーグ家に関する「ある伝説」が、まことしやかに語り継がれていた。それは、王都の社交界で広まった「森の精霊に愛された少女」という噂が、貴族院特有の形で変化したものだった。
昼食時、食堂の一角で、数名の1年生の女子生徒がひそひそと噂話をしていた。
「ねえ、知ってる?貴族院にはね、実は『黒髪の妖精』が住んでいるんだって」
一人の生徒が、興奮気味に耳打ちした。
「え、妖精?本当に!?」
別の生徒が、驚きに目を丸くする。
「なんでも、リンドバーグ家のお嬢様で、貴族院に在籍していらっしゃるらしいの。でも、誰もそのお顔を見たことがないんだって」
「でも、その妖精が中庭に姿を現すと、あらゆる小鳥たちが集まってきて、まるで歌い踊るように彼女を囲むのだとか!」
別の生徒が、瞳を輝かせながら、その伝説を語り継ぐ。
彼らにとって、アリアは、既に実在の人間というより、貴族院に伝わる神秘的な存在となっていた。特に、この世界では珍しい「黒髪」という特徴が、伝説の神秘性をさらに高めていた。ほとんどの貴族は金髪や茶髪であり、黒髪は異国の者や、よほど稀な血筋にしか現れないとされていたからだ。
「黒髪の妖精……!それに、誰も顔を見たことがないから、どんなお姿をしているのかしら?」
「きっと、月の光を浴びたように神秘的で、美しい方に違いないわ!」
生徒たちは、それぞれの想像を膨らませ、伝説の「黒髪の妖精」の姿を思い描いた。
2年生の生徒たちの間でも、その伝説は語り継がれていた。彼らは、入学式でアリアが「特別研究科生」として紹介されたことは知っていたが、その姿をほとんど見ていなかったため、彼女の存在は、まさに伝説となっていたのだ。
「あれだけすごい成績を収めているレオ先輩とセレスティ先輩の妹君なのに、ほとんど姿を見せないだなんて、よほど特別な理由があるのだろうな」
「きっと、妖精の力が強すぎるから、人前に姿を現せないのかもしれないぞ」
下級生たちは、アリアの存在を、畏敬の念をもって語り合った。彼女の「王国放送」は、毎日耳にしているものの、その「声」の主が、こんなにも神秘的な存在として語られているとは、アリア自身も知る由もなかった。
王都の社交界では、アリアは「森の精霊に愛された少女」として噂されていたが、貴族院という学術の場では、その「見慣れない」容姿が加わり、「黒髪の妖精」という、より具体的な伝説として定着していた。
セレスティは、友人とのお茶会で、下級生たちがアリアの伝説を語り合っているのを目にし、複雑な思いを抱いた。
(アリア……貴女の魔法は、こんなにも多くの人々に、神秘と驚きを与えているのね)
セレスティは、妹が「妖精」として語られていることに、少しばかりの寂しさと、しかしそれ以上の誇らしさを感じていた。アリアは、表舞台に立たなくても、その存在そのものが、貴族院に、そして王国に、新たな物語を紡ぎ続けている。
貴族院で語られる「黒髪の妖精伝説」。それは、アリアの「声聞魔法」が、この世界の常識や認識を揺るがし、人々の心に深く、そして永遠に刻み込まれていく、その確かな証だった。




