王女の新たな日課、地下の読書会
フローラ王女が放送局の地下休憩スペースで過ごした一夜は、彼女の心に忘れられないほどの安らぎと充実感をもたらした。王宮の厳格な生活の中では決して味わうことのできなかった、完璧な静寂と、心ゆくまで自分と向き合える時間。それは、王女の心を深く癒し、新たな活力をもたらした。
その日から、フローラ王女は、自身の『夕焼け物語』の放送を終えるたびに、リスナーから届いたお便りの束を手に、地下の休憩スペースへと向かうのが日課となった。
午後4時の放送後、王女は地下の個室に身を沈める。電球色の優しい光の中で、リクライニングシートにゆったりと座り、ふかふかの毛布にくるまりながら、国民からの手紙を丁寧に読み進めた。
「この方は、わたくしの物語を聞いて、お病気が少し良くなったと……嬉しいですわ」
「この村では、アリア様の天気予報のおかげで、嵐の被害が最小限に抑えられたのですね」
王宮の豪華な私室では決して触れることのできなかった、国民の「生の声」。そこには、日々の喜び、悲しみ、そしてアリアの「王国放送」への感謝の言葉が綴られていた。王女は、国民一人ひとりの暮らしに思いを馳せ、自分の声が、彼らの心に希望を灯していることを実感するたびに、王族としての使命感を新たにした。
そして、午後7時になると、王女は名残惜しそうに個室を後にし、護衛騎士と共に王宮の自室へと戻っていった。一泊することはない。あくまで「休憩」であり、「滞在」ではない。
(一晩泊まるわけではございませんから、大丈夫ですわ)
フローラ王女は、女王陛下の許可を得た時の言葉を心の中で反芻していた。一「晩限り」という条件だったが、その後に「休息」のために利用することまでは禁止されていなかった。この「止まりではない」という解釈が、王女の新たな日課を可能にしていた。
女王陛下も、フローラ王女のこの日課を知ると、最初は戸惑いを隠せなかった。
「フローラが、夜の放送後にわざわざ地下の休憩スペースへ?しかも、毎日のように……」
しかし、王女が午後7時には必ず王宮に戻り、何よりもその表情が以前にも増して明るく、学業にも意欲的に取り組んでいる姿を見て、女王は深く頷いた。王女の顔には、かつて見られた王宮生活のストレスや孤独の影は、もはや見られなかった。
「アリア殿の『放送』が、フローラの心に、これほどの安らぎと活力をもたらしているとは……」
女王は、アリアの「声聞魔法」が持つ、心を癒し、精神を活性化させる力に、改めて深く感銘を受けていた。
アリアもまた、フローラ王女が自身の休憩スペースを愛用してくれていることに、心からの喜びを感じていた。午後の休息時間、アリアが地下の個室で目覚めると、隣の個室から、王女がリスナーからの手紙を読む優しい声が微かに聞こえてくることもあった。
(フローラ王女殿下も、こんなに放送を大切に思ってくださっているんだ……)
アリアは、王女との友情が、単なる個人的な繋がりだけでなく、王族と国民の心を繋ぐ「王国放送」の、かけがえのない一部となっていることを実感した。
地下の休憩スペース。そこは、アリアの安息の地であると同時に、フローラ王女が国民の心に寄り添い、王族としての新たな使命を見出すための、大切な学びの場となっていた。




