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兄の旅立ち、束の間の安堵

季節は巡り、アリアが9歳になった。セレスティは11歳、レオは12歳を迎えていた。この世界では、貴族の子弟が12歳になると貴族院に入学するのが慣例だ。そして、その時が、ついにレオにも訪れた。


貴族院は、王都に位置する名門校で、次代の貴族や魔法使いを育成するための機関だ。レオは、その類稀なる魔力と才能を高く評価され、家からの期待を一身に背負って入学することになっていた。リンドバーグ家には祝賀ムードが漂い、両親は誇らしげにレオの旅立ちの準備を進めていた。


アリアは、レオの貴族院入学が決まって以来、どこか落ち着かない日々を送っていた。正直なところ、レオがいなくなることに安堵している自分もいた。彼の冷たい視線や突き刺さる言葉から解放される、という思いが確かにあったのだ。しかし、同時に、彼がいないことで生じる、家族の中での自分の立ち位置の変化に、一抹の不安も感じていた。


出発の日。リンドバーグ家の門前には、王都へと向かうための立派な馬車が用意されていた。両親とセレスティ、そして使用人たちがレオを見送りに集まっている。アリアは、皆の輪から少し離れた場所で、ポルンを肩に乗せてひっそりと佇んでいた。


レオは、晴れやかな顔で皆に挨拶を交わし、馬車に乗り込もうとしていた。その視線が、ふとアリアに向けられる。


「アリア。お前も、いつか貴族院に入学することになる。その時までに、少しはマシな魔法使いになっておけ。そうでなければ、リンドバーグ家の恥を晒すだけだぞ」


最後の最後まで、レオの言葉はアリアの心を刺した。しかし、以前のような深い絶望は感じなかった。アリアの胸には、誰にも知られない、しかし確かな「秘密の魔法」が宿っていたからだ。


(いつか、レオ兄様にも、私の魔法が、この「声」が、どれだけ大きな力を持つか、分かってもらえる日が来るかもしれない)


アリアは、レオの背中に、心の声でそっとそう呟いた。もちろん、レオにその声が届くことはない。


レオを乗せた馬車が、ゆっくりと門を出て、遠ざかっていく。その姿が見えなくなると、リンドバーグ家の敷地内は、どこか張り詰めていた空気が緩んだような気がした。


セレスティが、アリアの元へとやってきた。彼女の顔には、レオを見送った安堵と、アリアへの気遣いが入り混じった表情が浮かんでいる。


「レオ兄様がいなくなって、少しは落ち着けるかしら、アリア」


セレスティは、アリアの頭を優しく撫でた。ポルンは、レオがいなくなったことを察したのか、安堵したように「ホーッ」と鳴き、セレスティの指先にクチバシを擦り付けた。


「ええ、セレスティ姉様。……少し、肩の荷が下りた気がします」


アリアは、正直な気持ちを口にした。セレスティは微笑んで頷いた。


「無理もないわ。でも、貴族院に入っても、レオ兄様はきっと頑張るでしょうね。私たちも、負けていられないわ」


セレスティの言葉には、レオへの競争意識と、アリアへの温かい励ましが込められていた。


その日の午後から、アリアは再び自室の木箱に向かい合った。レオが不在になったことで、以前よりも自由に、そして大胆に実験を続けることができる。


「ポルン、これで、もっと色々なことができるようになるね」


アリアが木箱を撫でながら心の中で語りかけると、ポルンもまた、嬉しそうにアリアの肩で羽を震わせた。


(うん! もっと、おもしろい、おと、つくれる!)


響鳴石を組み込んだ木箱型ラジオは、まだごく小さな音しか届けられず、その範囲も限られていた。しかし、アリアの心の中では、すでにその「声」が、国境を越え、多くの人々に届く未来が描かれていた。レオの出発は、アリアにとって、自身の秘めた夢に向かって、さらに深く踏み込むための、束の間の、しかし確かな自由をもたらしたのだった。

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