夕焼けの歌声、王女の正体
アリアの「王国放送」は、朝七時から夜中まで、様々な番組を王国全土に届け始めていた。多くの放送者候補生がそれぞれの個性を活かし、国民の生活に情報と癒しをもたらす中、一際注目を集める番組が一つあった。それが、午後五時から始まる『夕焼け物語』だ。
この『夕焼け物語』の担当者は、貴族院の授業もあるため、週に一度だけ放送を行うことになっていた。その担当者こそ、アリアの面接に平民の姿で現れた、フローラ王女だった。彼女は、王宮での厳格な教育をこなしながら、アリアの「放送」に参加することを強く望んでおり、ライナー先生もその熱意を認め、特例として放送者の一員に加えることを許可していた。もちろん、彼女が王女であることは、アリアとライナー先生、そして研究室の主要メンバーだけの秘密だった。
そして、フローラ王女の初めての放送の日がやってきた。午後五時、王宮での授業を終えたフローラ王女は、貴族院の宿舎にある、アリアが用意した放送室へと向かった。部屋には、アリアとライナー先生、そして研究室のメンバーが、緊張と期待の面持ちで王女を待っていた。
「フローラ王女殿下。貴女様の『夕焼け物語』は、王国中の人々が心待ちにしていることでしょう。どうか、王女殿下らしい、優しい声で、物語を届けてください」
ライナー先生の言葉に、フローラ王女は深く頷いた。彼女の顔には、緊張と、そして自分の声で国民に語りかけることへの、強い責任感が浮かんでいた。
アリアは、フローラ王女の傍らに立ち、優しく微笑んだ。
「王女殿下。きっと、王国の皆が、王女殿下の声に、心を癒されると思います」
午後五時。王国の空が夕焼けに染まり始める中、アリアの「王国放送」は、『夕焼け物語』の時間を迎えた。送信機が起動し、アリアの代わりに、フローラ王女が、その優しい声を響かせた。
「……皆様、こんばんは。王国の空が、一日の終わりを告げる茜色に染まる頃、皆が穏やかな時間を過ごせるよう、今宵も一つの物語をお届けいたします。今宵は、王宮の庭園に伝わる、小さなお花の妖精の物語をお聞かせしましょう……」
フローラ王女の声は、気品がありながらも、優しさと温かさに満ちていた。王宮での生活で培われた教養と、アリアとの交流で得た純粋な心が、その声に深みを与えている。彼女が語るお花の妖精の物語は、王国中の人々の心を穏やかにし、一日の疲れを癒していった。
しかし、その放送が始まってから数分後、王宮では、ある異変が起こっていた。女王陛下が、自室でフローラ王女の放送に耳を傾けていたのだ。
「この声は、まさか……!」
女王の顔には、驚きと、そして確信の色が浮かんでいた。王女の変装は、王宮の誰もが気づかなかったが、母である女王だけは、その声に、娘の気品と、そして慣れ親しんだ音色を感じ取っていたのだ。
女王は、すぐに執事を呼び出し、ライナー先生を至急呼び出すよう命じた。
王都の城下町では、酒場「酔いどれ亭」のゴードンが、受信機から流れるフローラ王女の声に耳を傾けていた。
「この声……どこかで聞いたことがあるような……」
ゴードンは、首を傾げたが、その声の持つ気品と優しさに、心を惹かれていた。他の酒場の客たちも、皆、フローラ王女の物語に耳を傾け、静かに酒を飲んでいた。
そして、その日の夜。女王陛下の命を受けたライナー先生は、王宮の執務室で、女王と、先代の王の前に立っていた。
「ライナー・グレンジャー。フローラが『王国放送』の放送者として活動していること、なぜ私に報告しなかったのですか」
女王の声は、穏やかではあったが、有無を言わせぬ威厳を帯びていた。ライナー先生は、その言葉に、冷や汗をかいた。
「女王陛下、大変申し訳ございません。フローラ王女殿下のご希望で、国民の皆様に、王族であることを伏せて放送者として活動されたいと……」
ライナー先生が、事情を説明しようとすると、女王は静かに首を振った。
「王女の熱意は理解できます。そして、その声が、国民の心を癒していることも。だが、王族が変装して国民に語りかけることは、決して許されることではありません」
女王の言葉は、厳しかった。しかし、その顔には、娘の才能と、その奉仕の精神に対する、深い愛情と誇らしさが滲んでいた。
「明日、フローラには、その身分を明かして放送を続けるよう命じます。王族の娘が、国民のためにその声を使うこと。それは、王国にとって、何よりも尊いことでしょう」
女王の言葉に、ライナー先生は安堵の息をついた。フローラ王女の正体が明かされることになる。しかし、それは、アリアの「王国放送」が、真に「王国の声」となるための、新たな扉を開くことになるだろう。
翌日の朝のニュースでは、アリアの声と共に、フローラ王女が『夕焼け物語』の放送者として、その身分を明かすことが、王国中に伝えられた。国民は、自分たちが聞いていた優しい声が、まさか王女殿下のものであったという事実に、驚きと、そして深い感動に打ち震えた。




