木箱の奇跡、声の波紋
響鳴石を発見して以来、アリアの心は新たな熱意に満ちていた。
手に入れた石を前に、彼女の脳裏には前世の「ラジオ」の姿が鮮明に蘇る。
ただ魔力を乗せて声を届けるだけでなく、それを物理的な「形」として作り出すこと。
それが、この世界の常識を覆す「放送」への、確実な一歩だとアリアは信じていた。
(この響鳴石を、どうやって組み込めば……)
アリアは、自室の机の上に広げたノートに、様々な図面を書き殴った。
前世で見たラジオの構造を思い出し、この世界の魔道具の知識と融合させる。
魔力増幅の魔法陣、音の振動を拾うための仕組み、そして、響鳴石を配置する最適な場所。
彼女の乏しい魔力でも、この装置を動かせるように、可能な限り効率の良い構造を模索した。
やがて、アリアの頭の中で、一つの明確なイメージが形になった。
それは、手のひらサイズの、簡素な木箱だった。
特別な素材は使わず、リンドバーグ家の物置にあった使い古された木材を拝借し、父の工房から道具を借りて、夜な夜な作業を進めた。
ポルンは、アリアがトンカチを振るい、木材を削り出すたびに、興味深そうに首を傾げ、時には小さなクチバシで木片を突いてみたりした。
「見て、ポルン。これがね、私が作りたい『ラジオ』の形なの」
アリアは、木材を組み上げながら、ポルンに心の声で語りかけた。
(ふむ……しかくい、もの……どんな、おと、でるの?)
ポルンの純粋な疑問に、アリアは微笑んだ。
「きっと、たくさんの、素敵な声や音が、この箱から聞こえるようになるんだよ」
最も重要なのは、響鳴石の配置だった。
アリアは、木箱の中心にくり抜いた空間に、大小様々な響鳴石を精巧に配置した。
それは、ただ置くだけではない。
魔力の流れを最も効率的に受け止め、増幅し、そして広範囲に拡散させるための、アリア独自の「魔法陣」にも似た配置だった。
数日後。
ようやく、最初の「ラジオ」が完成した。
それは、飾り気のない、シンプルな木箱だった。
表面には、アリアが魔法陣を模して彫り込んだ模様と、小さな穴が開いている。
そこから、彼女の「声」を乗せた魔力を送り込むのだ。
アリアは、緊張と期待で胸を高鳴らせながら、木箱を机の上に置いた。
ポルンも、アリアの様子を察したのか、普段よりも静かに、アリアの肩に止まって見守っている。
「ポルン……いよいよ、これで、私の声が遠くまで届くはず……」
アリアは、深呼吸をした。
そして、木箱の小さな穴に、そっと口を近づけた。
ごく微量の魔力を、自身の声帯と響鳴石に集中させる。
「……聞こえますか……? これは、アリアの、声です……」
アリアの声は、木箱に吸い込まれていく。
しかし、最初は何の変化もなかった。
木箱は沈黙したままで、何も響かない。
(やっぱり、ダメなのかな……)
アリアの心に、一瞬、絶望がよぎった。
彼女の魔力では、やはり限界があるのだろうか。
その時、ポルンが、アリアの頬にそっとクチバシを触れた。
(だいじょうぶ。アリアの、おと、きれい)
ポルンの温かい思念が、アリアの心に力を与える。
アリアは、もう一度、深く集中した。
そうだ。
私の魔法は、「量」ではなく「質」。
そして、響鳴石は「媒介」。
無理に魔力を押し出すのではなく、響鳴石の共鳴作用を最大限に引き出すように、ごく繊細に、しかし確実に、魔力の振動を乗せるのだ。
アリアは、目を閉じ、意識を研ぎ澄ませた。
そして、もう一度、木箱に向かって語りかける。
「……もし、この声が届いているなら、少しでも、あなたの心が温まりますように……」
その瞬間。
木箱の中から、微かに、しかし確かに「ブーン」という低い共鳴音が聞こえた。
そして、その音に続くように、アリア自身の声が、先ほどよりもはるかに明瞭に、しかし遠くから聞こえてくるような、不思議な感覚で部屋中に響き渡った。
『……あなたの心が温まりますように……』
それは、まさに、アリアの声が「広がり」、そして「響き渡っている」証拠だった。
アリアは、驚きと感動で、目を見開いた。
「ポルン……! 届いた……!」
(ホーッ! アリア、すごい! おとが、遠くへ!)
ポルンも、興奮したように羽ばたき、アリアの周りをくるくると飛び回った。
アリアは、涙が込み上げてくるのを必死に堪えながら、その木箱をそっと抱きしめた。
この小さな木箱は、アリアの「声聞魔法」と響鳴石、そして前世の知識が融合して生まれた、まさしく「奇跡の箱」だった。
それはまだ、ほんのささやかな声しか届けられない、未完成の「放送」だったが、アリアにとっては、世界を変えるための、確かな第一歩だった。




