秘密のオーディション
アリアの「王国放送」の放送者候補者募集には、30名近くもの人々が応募し、貴族院の一室で面接が開始された。様々な境遇の人々が、それぞれの思いを胸に面接に挑む中、アリアはライナー先生や研究室のメンバーと共に、彼らの声に真剣に耳を傾けていた。
面接が進む中、アリアは、ふと、一人の応募者に目を留めた。彼女は、質素な平民の服を身につけ、顔にはわずかに煤を塗って、目立たないように変装していた。しかし、その立ち居振る舞いや、時折見せる仕草には、どこか王族特有の気品が滲み出ていた。そして、何よりも、その澄んだ青い瞳が、アリアの知る、ある人物と瓜二つだったのだ。
(まさか……フローラ王女殿下?)
アリアの心臓が、ドクンと大きく鳴った。ポルンも、アリアの心の動揺を感じ取っているのか、小さく首を傾げた。
ライナー先生と研究室のメンバーは、その女性の変装には全く気づいていないようだった。彼女は、王宮の家庭教師から教わった「平民の話し方」を真似て、流暢に、しかし素朴な言葉で、自身の「放送」への熱意を語っていた。
「わたくしは、かつて王宮の庭園で働いておりました。アリア様の『王国放送』を聞いて、わたくしのような身分のものでも、この声で、誰かの役に立てるのではないかと、そう強く感じました。特に、王宮の庭園で見かける珍しい花や、小鳥たちの物語を、皆様にお伝えしたいと願っております」
彼女の声は、控えめでありながらも、どこか凛とした響きを持っていた。アリアは、その言葉を聞きながら、フローラ王女が、リンドバーグ家の庭で小鳥たちと戯れた日のことを思い出していた。王女の、純粋な好奇心と、自然への深い愛情。あの日の光景と、この女性の語る言葉が、アリアの心の中で強く結びついた。
(王女殿下は……どうして、こんな変装をして……?)
アリアは、困惑した。王女が、わざわざ変装して面接を受けに来る理由が分からなかった。もし、彼女が王女だと公になれば、周囲は大騒ぎになるだろう。
面接が終わり、その女性が部屋を出て行くと、アリアは、ライナー先生にそっと尋ねた。
「先生。今の、庭園で働いていたという女性なのですが……」
ライナー先生は、ノートに何かを書き込みながら、答えた。
「ああ、彼女は声も美しく、朗読の適性も高い。採用候補の一人として、高く評価しています」
「彼女は……王宮の庭園に、詳しいのでしょうか?」
アリアが、さらに踏み込んで尋ねると、ライナー先生は頷いた。
「ええ、王宮の庭園の知識も豊富で、語り口も非常に穏やかだ。王国の民に、王宮の美しい庭園の様子を伝える『情報放送』の担当者としても、適任かもしれません」
ライナー先生は、あくまでその女性を「優秀な応募者」として評価しているようだった。アリアは、ライナー先生が、王女の変装に全く気づいていないことに、内心で苦笑した。
その日の面接が全て終了し、研究室のメンバーが帰路についた後、アリアは、ライナー先生に、フローラ王女が変装して面接に訪れた可能性があることを、慎重に伝えた。
「先生。実は、先ほどの女性、フローラ王女殿下だったのかもしれないんです……」
アリアの言葉に、ライナー先生は、驚愕のあまり、眼鏡をずり落とした。
「な、なんですって!?まさか、あのフローラ王女殿下が、そのようなことを……!」
ライナー先生は、顔を紅潮させながら、信じられないといった表情を浮かべた。しかし、アリアの確信に満ちた言葉と、自身の面接での印象を重ね合わせると、その可能性が高いことを認めざるを得なかった。
「王女殿下は、アリア様の『放送』に、自ら参加して、その一員となりたいと願っていらっしゃるのですね……。これほどの情熱が、王女殿下にもあったとは……!」
ライナー先生は、フローラ王女の純粋な思いと、アリアの「放送」が持つ計り知れない魅力を改めて認識した。
アリアは、フローラ王女が、身分を隠してまで自分の「放送」に参加しようとしてくれたことに、深い感動を覚えていた。王女の真意は、アリアの「放送」が、真に「国民の放送」となるために、王族もその一員として、国民に寄り添いたいと願っていることの表れだった。




