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第一歩の実験、届かない声と姉の理解

セレスティの庇護を得て以来、アリアは以前よりも伸び伸びと「声聞魔法」の研究に没頭することができた。

レオの警戒の目は依然として厳しかったが、セレスティが適度に目を光らせてくれているおかげで、アリアは安心して自分の部屋や森の奥で実験を続けられた。

ポルンは、アリアの肩や頭に止まり、常に彼女の傍らにいた。


「ポルン、今日はね、この歌を遠くまで届けられないか、試してみたいの」


アリアは、前世でよく聞いていた、穏やかなメロディの童謡を口ずさんだ。

この世界にはない、しかしアリアの心に深く刻まれた歌だった。

この歌を、誰かの心に届けることができたら、どんなに素晴らしいだろう。


(うた……きれいなうた、アリアのうた)


ポルンは、アリアの歌声を聞きながら、心地よさそうに目を閉じた。

アリアは、ごく微量の魔力を、歌声の振動に乗せる。

そして、意識を集中させる。対象は、具体的に誰か、ということではなく、「不特定多数」へと、漠然としたイメージで魔力を放った。


「声聞魔法」は、特定の相手に届けることに特化した魔法だ。

しかし、アリアが目指す「ラジオ」は、特定の誰かではなく、多くの人々に届く「声」だ。

この、相反する性質をどう克服するかが、大きな課題だった。


アリアは、何度も何度も試行錯誤を繰り返した。

歌を歌い、魔力を乗せる。

時には、物語を語ってみる。けれど、確かな手応えは得られなかった。

特定の個人に届けることはできても、不特定多数に「広範囲」に届けることができないのだ。

魔力の消費を抑えようとすればするほど、到達範囲は狭まる。かといって、魔力を大量に使えば、すぐに枯渇してしまう。


(どうしたら……もっと、遠くまで……多くの人に、届けられるの?)


諦めと焦燥が、アリアの心を覆い始めた。自分の魔力の乏しさが、またしても立ちはだかる壁のように感じられた。


その日の夕方、アリアが疲れ果てて自室の椅子に座り込んでいると、ドアがノックされた。


「アリア、少し、いいかしら?」


セレスティの声だった。アリアは慌てて、ノートとペンを隠し、ポルンを肩から降ろしてベッドに潜り込ませた。


「は、はい! どうぞ、セレスティ姉様」


セレスティは、温かい飲み物と焼きたてのクッキーを手に、部屋に入ってきた。


「夕食にはまだ少し早いけれど、少し冷えるから、温かいものでもと思って」


セレスティは、アリアの机にそれらを置くと、椅子に座るアリアの向かいに腰を下ろした。


「最近、少し顔色が悪いわよ、アリア。無理をしているんじゃない?」


セレスティの優しい言葉に、アリアは胸が締め付けられる思いだった。自分の秘密を、姉はどこまで察しているのだろうか。


「いえ、そんなことは……」


アリアがごまかそうとすると、セレスティは静かに言った。


「私には分かるわ。あなた、あの『珍しい魔法』のこと、一生懸命に調べているのでしょう? 森で、何かを試しているのも、部屋でブツブツと……いえ、心の中で何か語りかけているのも、うっすらと、聞こえる時があるのよ」


アリアは、息を呑んだ。セレスティは、アリアが「声聞魔法」を使っていること、そして、その能力で何かを探求していることに気づいていたのだ。


「ごめんなさい……セレスティ姉様……」


アリアが俯くと、セレスティはそっとアリアの頭を撫でた。


「謝ることはないわ。私も、あなたの魔法が、一体どんなものなのか、正直まだ分からないけれど……。でも、それが、あなたにとって大切なものだということは、よく分かるわ」


セレスティは、アリアの伏せた目に視線を合わせるように、少し体を傾けた。


「レオ兄様には、まだ言わないでね。彼はまだ、あなたのことを理解できないでいるけれど……でも、私だけは、あなたの味方だから」


その言葉は、アリアの心の奥深くに染み渡った。アリアは、顔を上げ、セレスティの優しい瞳を見つめた。

「ありがとう、セレスティ姉様……」


アリアは、意を決して、セレスティに語り始めた。

自分の「声聞魔法」のこと。

魔力の消費が少なく、限られた範囲にしか届かないこの魔法を、どうすれば「広範囲」に、多くの人々に届けられるのか、悩んでいること。


セレスティは、驚きながらも、真剣な表情でアリアの話に耳を傾けた。彼女は、癒しの魔法を得意とするゆえか、魔力の流れや特性について、レオとは異なる視点を持っていた。


「なるほど……不特定多数に『声』を届ける、ね。それは、今まで誰も考えたことのない概念だわ」


セレスティは、顎に手を当てて考え込んだ。


「アリアの魔法は、魔力の『量』ではなく、『質』が重要だと、以前言っていたわよね。そして、特定の相手に『一点集中』して届けるのが得意だと」


アリアは頷いた。


「ええ。だから、たくさんの人に届けようとすると、途中で魔力が途切れてしまって、誰にも届かなくなってしまうんです」


「そうね……。けれど、もし、その『声の振動』を、もっと広範囲に伝える『媒介』のようなものがあれば、どうかしら?」


セレスティの言葉に、アリアはハッとした。


「媒介……?」


「ええ。例えば、魔力を流しやすい素材でできた、何か大きな装置とか。あるいは、魔力の『流れ』を感知しやすい場所、例えば、風の通り道や、水脈の近くなんかはどうかしら? 私たちの魔法は、その特性によって、効果が広がる場所があるものよ」


セレスティの言葉は、アリアの思考に新たな光を灯した。

そうか、物理的な「媒介」か! 前世のラジオも、電波という「媒介」を使っていた。この世界では、「魔力」をどうやって「媒介」に乗せて広げるのか……。


(もしかして、魔力結晶石……? いや、それでは魔力が消費されてしまう……)


アリアの頭の中で、様々なアイデアが渦巻き始めた。セレスティは、そんなアリアの瞳の輝きを見て、満足そうに微笑んだ。


「まだ漠然としたアイデアだけど、何かヒントになったかしら?」


「はい! セレスティ姉様、ありがとう! 凄く、凄く大きなヒントをいただきました!」


アリアは、感動でいっぱいの表情でセレスティの手を握りしめた。


「いいのよ。あなたの夢が、どんな形になるのか、私も楽しみにしているわ。……ただし、レオ兄様には内緒よ。そして、無理はしないこと。約束よ」


セレスティは、アリアとポルンにそっと微笑みかけた。

アリアの肩で、ポルンもまた、嬉しそうに「ホーッ」と鳴いた。

この日、アリアは初めて、自分の夢と魔法について、家族の一員に理解され、具体的な助言を得ることができた。

それは、彼女が「放送の始祖」への道を歩み始める上で、計り知れないほど大きな一歩となったのだった。

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