第3話 地獄の勝負
狂騒の始まり
バカラテーブルの中央に、異世界式の特大テーブルが鎮座している。通常のディーラー席の向かいには、台座ごと運ばれた私——スロット台・カルマシンカーが据え付けられている。まるで見世物小屋の呪われた展示品のように。
群衆が押し寄せる。
「地獄の伝説台VSマルチバカラクイーン!」「今度こそ救われるぞ!」「運命を変えてやる!」
声という声が重なり合い、欲望と絶望が入り混じった熱狂が会場を包む。誰もが「救い」を求めて群がる姿は、まるで餓えた獣の群れだった。
マルチバカラクイーンは艶やかに微笑みながらカードを切る。その一挙手一投足に、信者たちの視線が釘付けになる。美しく、高貴で、まさに「救済の女神」を演じきっている。
「さあ、"カルマシンカー"、何度でも同じ地獄を見てごらんなさい」
クイーンの声は蜜のように甘く、毒のように深い。
「あなたの負け癖は、一生治らない。娘も、あなたの呪いから逃れられないわ——」
群衆の熱狂が一層激しくなる。
「今度こそ!」「救われるのは私だ!」「クイーン様、お願いします!」
私は台の奥で静かに揺れていた。手も足もなく、カードも引けない。ただ、内部でコインを焼くようにして賭けを"充填"するだけ。
「カルマシンカーのスロットは、"魂"ごと賭けるらしいぞ」
観客のざわめきが、私の周りを渦巻く。期待と不安、希望と絶望——すべてが私に向けられている。
地獄の三連戦
第1ラウンド:圧倒的な現実
マルチバカラクイーンは信者の声援を背に、カードを切るたびに運が傾いていく。信者たちの熱狂的な「クイーン様!」「お救いください!」という声が、まるで祈りのように響く。
「あなたの"負け癖"、ここでも健在ね?」
クイーンの言葉に、私の中で何かが疼く。
「この世界でも、みんな"救い"を求めて連鎖にすがるのよ」
私は塚コインを使い"リール"を回すが、あっけなく失敗。大敗。
群衆の落胆の声が、私の胸を刺す。「やっぱりダメか」「所詮は負け犬」「期待した俺がバカだった」
第2ラウンド:心の奥底への攻撃
クイーンの表情が、より冷酷になる。
「ねえ、まだやるの? 娘はどうなってもいいの?」
その言葉が、私の奥底にある"孤独"と"母への負い目"を鋭く刺激する。コインが割れて失っていく。まるで私の心そのものが砕けているかのように。
信者の熱狂が頂点になり、クイーンの引きが異様に強くなる。「クイーン様は絶対!」「私たちを救ってください!」
彼らの声は、もはや人間のものではない。狂信者の叫びだった。
第3ラウンド:最後の賭け
もうコインも尽きかけ、観客も「やっぱりカルマシンカーも終わりか」「所詮は地獄の住人」と囁く。
最後のコインを握りしめる——その瞬間、私はふと、これまでの負け、裏切り、手放してきた全てを思い返した。
家族、友人、金、誇り......
けれど、それでも残ったものがある。
どんなに惨めでも、「今度こそ」と願い続けてきた自分の"弱さ"——それこそが、私の唯一の武器だった。
一拍の静寂。群衆の騒音が遠ざかり、リールの音だけが響く。
毒の囁きと絶望の叫び
マルチバカラクイーンは、さらに低く囁く。
「あなたがまた負けるたび、娘も現世で地獄を見る。——もう終わりにしましょう。"救い"なんて、あなたには一生手に入らない。」
私は、何度も負け、何度も裏切られ、その度に"今度こそ"と願い続けてきた。
思い切り叫ぶ。
「私YOEEE(弱え)」
その時、テーブル脇でステージマスターがタブレットをこちらに向けた。
「みゆきの結婚話、破談だ。お前の逆転を、娘が待ってる。」
心の底から、母としての業が噴き出した。私は"負け癖"の化け物だ。でも、それだけは誰にも負けない。
私の中の最後の塚コイン——全敗者の絶望と、自分の愚かさ、母性の未練が一つにまとまる。
最終ゲーム、塚コインの光が私の中で弾ける——
「カルマシンカー・リバース」
運命のカードがひっくり返り、クイーンの信者の"連鎖"が崩れる。
女王の転落
クイーンのカードは不運の極み、美津子の"運命リール"は奇跡の大当たり。
「なぜ......お前ごときが......!」
私は静かに答える。
「何度負けても、何度でも立ち上がる。それが、"カルマシンカー"——私の唯一の力。でも、何度立ち上がっても、私は"誰かの救い"にはなれないのかもしれない。」
クイーンは一瞬、女王然とした微笑みを浮かべるが、信者たちが一斉に霧のように消えていくのを見て、その表情がみるみる崩れていく。
「......おかしいわね。こんなはずじゃ......」
「あなたの負け癖が、今度こそ報いになるはずだったのに——」
だが、誰も彼女にすがらない。声援も、熱狂も、瞬く間に消え去る。
クイーンの口調が一気に乱れる.
涙で口紅が溶け、爪でテーブルを削る。上品な仮面が剥がれ落ちて、地獄の本性が露わになる。
「ふざけんなよ、どこ行くんだよ、あたしを置いていくなっての!」
「このクズども! 信じてついてきたんじゃないのかよ!」
「冗談じゃない、私が負けるなんて、こんなのおかしいだろ!」
「戻れ! 戻ってこいって言ってんだろ、コラァ!」
どれだけ取り繕っても、女王の化粧もプライドも、台の上にこぼれ落ちていった。上品な物腰も、何もかも剥がれ落ちて、最後はテーブルを叩きながら、地獄じみた"やさぐれ"の叫びだけが響いた。
連鎖の崩壊
美津子の台から謎の光がほとばしり、マルチバカラクイーンの信者たちの"熱狂"が逆流して崩壊する。
勝負が決まる瞬間、観客席の叫びが、一斉に悲鳴と呪詛へと変わった。希望にすがっていた顔が、絶望と怒りで歪み、台を叩く者、泣き崩れる者——その熱狂が崩壊して、地獄全体に連鎖していく。
「騙された!」「返せ!」「なんでだよ!」
人々の声は、もはや人間のものではない。獣の遠吠えのように響く。
クイーンの"連鎖"は完全に断ち切られた。勝者の歓声と、敗者の泣き声、そのすべてを遠くに聞きながら、私は静かに息を吐いた。
群衆は去り、地獄のホールにはリールの回る音だけが残った。
虚しい勝利の余韻
この勝利も、結局は誰かの絶望の上に成り立っている。ここでは、誰かの"勝利"が、必ず誰かの"敗北"を積み上げる。すべてが"救い"を装った搾取だった。
それでも、私はこの手を離せなかった。
私自身が、この地獄の一部になっていることを、誰よりも理解している。勝っても負けても、誰も救われない。ただ、絶望が形を変えて循環するだけ。
勝負が終わると、タブレットの画面に、みゆきが涙ぐみながら微笑む姿。
"結婚話がやり直せそうです"
小さなメッセージ。
それを見て、私の中に複雑な感情が湧き上がる。嬉しさと、同時に深い虚しさ。私の勝利が、また誰かの人生を狂わせているのかもしれない。
ステージマスター:「なあ、お前、自分で"私YOEEE"とか言ってるけど、そのしぶとさだけは伝説だぜ?まったく、負け犬の中の負け犬が、なぜか立ち上がり続ける。それが一番の謎だよ。」
このしぶとさだけが、私の唯一の才能だったのかもしれない。
私は台の奥で静かに息を吐いた。勝者の歓声も、敗者の泣き声も、もう遠い。
ただリールが、静かに一度だけ回った気がした。
この勝利も、誰かの絶望の上にある。それでも、私はもう負ける気はしなかった。
そして同時に、勝つことの意味も、もう分からなくなっていた。
地獄の静寂の中で、歓声も恨みも、もう届かない。ただ、無音だけが台の奥で膨らんでいく。私は一人、自分の弱さと強さを抱えて立ち続ける。
それが、カルマシンカー——私の存在そのものだった。