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隠された地図

作者: 榛名

イギリスの領主を両親に持つ兄弟が、殺された両親の仇と何故殺されたのか。という一つのヒント、隠されていた地図を頼りに原因追及を模索しながら多国を旅する物語です。仲間が増えていくうちに、敵にも追い詰められ、悲しい経験もします。その中で唯一、恋心がドキドキさせてくれる要因になるでしょう。最後には宝を手にして敵を追い詰めますがどんでん返しもあります。兄弟たちと一緒にいろんな国を周り旅をしましょう。

マリウスはまた同じ夢を見ていた。あの悪夢の出来事・・・。

白黒の登場人物はいつも決まっている。黒いマントに身を包んでいる男・・・。

しかし、マリウスはこの男が誰なのかを知っていた。男の姿は、大きくなったり小さくなったりして、マリウスの方を向く寸前で消える。

だが今夜は少し違っていた。いつもは動かない男の手が、暗闇の中から伸びてマリウスを

捕まえようと現れた。

マリウスは逃げようとしたが金縛りになったように体が動かない。男の手が段々近づいてきた。マリウスは必死に体を動かし、声を出そうとするが金縛りにあったように身動きが取れない。

男の手がマリウスの手を掴んだ。マリウス叫び声を上げた。

男はそのままマリウスを暗い闇の中に引きずり込もうとした。身を解こうと、もがき、声を

あげ続けるとやっと、動かなかった体が動き、マリウスは目をハッと夢から醒めることが

できた。

マリウスは一瞬周りを見た。そして深呼吸をすると、改めて自分の着ていた服を見た。

汗でびっしょりと濡れていて、胸の鼓動はとても早い。左隣をみると幸い弟のテッドは目を

覚まさず眠っている。

窓から見える外の暗闇の中で光る月を見ながらため息をついたが、やがて汗で濡れた服を着替えようと、ベッドからソーっと降りようとした。


「マリウス様。いかがされました?今晩もいつもの夢ですか」

右隣のベッドから、家庭教師のジョーが心配そうな顔で声をかけてきた。

「ジョー、大丈夫だよ。いつもの夢だから・・・。心配させてすまない」

ジョーに心配させまいと笑顔でそういうと、マリウスは洗面所へと向かおうとした。

しかし足は震え、体は震えていた。そんな様子をみてジョーは

「マリウス様、なにか飲み物をお持ちしましょうか?汗をかきなら水分をとらなければ・・・」

「いや、大丈夫だ。ジョー、いいから休んでくれ。僕はシャワーを浴びてくるから」

そう答えると、足に力を入れてベッドから離れた。


外を見ると、カイロの町は真っ暗で、時折砂の音がすることと鳥の鳴き声だけが響いている。シャワーを浴びながら体が温まってくると、夢の事を思い出してみた。原因はわかっている。あの夜の出来事が今でもマリウスを苦しめていた。あの夜の惨劇が・・・。




マリウスは、イギリスのヨークシャー州にある領主の家に生まれた。

父のマルクス・クローリーは黒い髪と青い瞳の穏やかな性格の持ち主。

アンナ・クローリーは金髪で青い瞳を持ち優しい母親。

マリウス・クローリーは18歳の金髪の少年で、聡明な顔立ちをし、思慮深い彼は、母親譲りで優しい面立ちだが、性格は先祖代々の硬い意思を受け継いでいた。

15歳になる弟テッド・クローリーは兄と同じ金髪と、母親譲りの顔立ちだが、

性格はマリウスとは違い、お調子もので甘えん坊だ。

穏やかな生活を好むマリウスはこの生活がとても幸せだった。

だが1つだけマリウスの心に気がかりな事があった。それは・・・。


1か月前、自宅に届いた宛名のない手紙を父に渡したことがあった。それを受け取った時の父の表情・・・。マリウスは一瞬見せた父親の表情に、つい

「父様?」

声をかけられても、父親は青ざめた表情で、その封筒を凝視していた。

「マリウス、いや、なんでもないよ。ありがとう」

ニコリとすると、書斎に入って行った。

「う、うん」

マリウスもそれ以上、何も言えなかった。それほど父からは緊張感が伝わってきたからだ。

父宛てに手紙が届いた日と同じころ、アメリカの、ある場所のある暗い部屋で、顔を隠した集団が1人の男の話を聞いていた。男の声は低く感情のない声で

「居場所が分かりました。すぐに向かいます」

大勢の顔を隠した集団の中から、低くつぶやくような声が聞こえた。

「必ずありかを突き止めるのだ。よいな、サーガン」

「オーガス様、お任せを・・・」

初春の晩、マリウス達一家は、いつもと変わらない日曜日の夜を、一階の暖炉の部屋で

過ごしていた。初春とはいえ夜は肌寒く、暖炉に薪を入れて暖をとっていた。

テッドは、母の手作りのパイの欠片を頬につけたまま、母親の側に座り、今日あったことを

笑いながら話していた。

「でね。母様。今日はジョーと一緒に村に行って、キャンデイを買ったの。僕は甘いイチゴのキャンデイを。ジョーはお店の人に勧められたキャンデイを。それがものすごく変わった味だったみたいで、ジョーったら、お店の中で変な顔をして、お店のおじさんに睨まれたの」

テッドは、その時のジョーの顔が忘れられないのか顔を緩め笑っている。

母はお気に入りのテイ―カップを持ち、紅茶を口に運んでいる。

しかしその顔は、笑顔を見せてはいるが、なにか気になるのか、時計や、父の方を頻繁に見ている。父も、心ここにあらずといった硬い表情のまま、無言で暖炉の燃える火を見ながら

ワインをいつもより早いペースで口に運んでいる。

両親の硬い表情に、マリウスはこれからなにか恐ろしいことが起こるのではないか。と、

感じた。

場の空気を変えようと、父の書斎から持ってきた、ある冒険家が書いた本のページを開き

「父様、ここ・・・」

本を指さしながら声をかけたと同時に

「チリン。」

正面の扉のベルが鳴り来訪者を告げた。

ベルの音にマリウスは、壁の時計をみた。もう少しで21時になろうとしている。

こんな遅くに誰が何の用で訪ねてきたのか。マリウスは不思議に思い父を見た。

父はベルの音に一瞬身をびくつかせ、母をみて少しためらった表情をみせたが、来訪者を迎えるため、フロアへ向かった。

フロアへ向かう父の横顔は硬く、顔色は青ざめていた。母も体を硬くし、表情は冴えなかった。紅茶の入ったカップを机に置くと、ドアの方を、固唾をのんで見ている。

そんな母親の表情にテッドは怪訝そうな顔をして

「母様?」

少しして、父と共に居間に入ってきた男を見たマリウスは、一瞬、寒気を覚えた。

男は長身で黒いマントを羽織っていて、無表情な顔の頬には傷が見えた。

「ほお、息子か」

来訪者はマリウスとテッドを、薄暗い瞳の奥で見つめると冷たい笑みを浮かべた。

「子供たちは休みの時間だ」

父の圧倒する声でマリウス達は

「はい。おやすみなさい、父様、母様」

寝室に入ると

「なあ、テッド。父様、どこかおかしくなかった?」

欠伸をしながらテッドは

「何が?父様の友人でしょう。早く寝ようよ。明日は母様とピクニックだから。おやすみ」そう言うと、早々と寝息を立てて寝てしまった。

1人マリウスは、ベッドに入ってからも、なんだか胸騒ぎがして寝付けなかった。

静寂の中で聞こえてくるのは、鳥の鳴き声と来訪者と話している父の微かな声だけ。

マリウスは聞こえてくる声に耳をすませた。


その頃、暖炉の居間では来訪者が、低い声でこう切り出した。

「マルクスよ。息子たちがどうなっても良いのか。さあ、あれはどこにある?」

威圧的な声で睨みつける。

「サーガンとやら、私は何も知らない。妻や子供たちも知らない」

それを聞いたサーガンと呼ばれた男は声を荒げて

「組織がそれを信じるとでも思ったか!お前も、お前の父親も代々、受け継いだものがあるのは調べがついてわかっているのだ。あまり俺をなめると後悔することになるぞ!」

「なんと言われようと知らないものは出せない」

2人の声は、2階にまで聞こえてくる。その声にマリウスは耳を立てながら

「あれとは何のことだろう?」

しばらく下の様子を伺っていたが、声が聞こえなくなったことと、睡魔で、マリウスはいつの間に眠りについていた。 

「ガシャーン」

マリウスは、大きな音でビクッと目を覚ました。

時計をみると、夜中の0時になろうとしていた。階下では父と誰かの争う声と、母の叫び声でマリウスは慌てて部屋から飛び出した。

暗闇の中、階下の様子を窺うも何も見えず、ただガタンガタンと何かを動かす音や、ドサドサと物を落とす音が聞こえた。

10分は経っただろうか、マリウスは下から何も音がしないことに気づいた。

そして外からガサガサと、何かが木の葉をかき分ける音が聞こえてきた。

マリウスはソーと部屋のカーテンを開けた。暗闇の森林の中を牧場の方に走り去る人影が、月の光に照らされてみえた。それはマント姿で来訪した頬に傷のある男だった。

マリウスは階下から何の音も聞こえなくなったのを不安に感じ、すぐさま別棟に住む、

家庭教師のジョーを呼びに暗闇に飛び出した。

走るたびに足がガクガクして、胸は動悸が打った。遠くにジョーの家の灯りが見え、ホッとすると同時に真っ青な顔でドアをノックもなしに開けて叫んだ。

「ジョー!父様と母様になにかあったのかもしれない。一緒に来て」   

急に入ってきたマリウスに家庭教師のジョーは一瞬ひるんだ様子で驚きながら

「マリウス様?こんな夜更けに・・・。ご主人様がどうかされたのですか?」

そう言いながら、手で何かを隠して机の引き出しの中に入れた。

マリウスは目の隅にちらりとそれを捉えたが、見えたのは何かの書類だった。それと手で押さえているスマホ。マリウスは焦っていたのでそのことは何も触れず

「分からない。・・・分からないけど早く!」

マリウスはオロオロとして、目には涙を溜めている。

ジョーはただならぬマリウスの様子にスマホを起動させたまま机の上に置くと

「分かりました。参りましょう。マリウス様」

「う、うん」

2人は慌てて出て行った。

無人となったジョーの部屋の机の上に置かれた起動されたままのスマホからは

「ジョー、・・マ・・」

低い声が途切れ途切れに聞こえプツンと切れた。


屋敷に着いたマリウスはジョーに居間の方を指さし、頷いた。ジョーも無言で頷き

「マリウス様、私が先に入ります」

と、言いながら居間に一歩踏み入れた瞬間

「マリウス様、入ってはいけません!」

ジョーの制止を振り切り、マリウスは居間に足を踏み入れた。

そこは暖炉の火だけでもわかるくらい、無残に物が散乱としていて、何かを探したように本や絵画が外され踏みつぶされていた。ソファは、ナイフのような鋭利なもので切り裂かれ、

中の綿が空中を浮遊している。

そんな中で、父と母が暖炉の前で倒れていた。マリウスは咄嗟に両親に駆け寄り体を揺さぶりながら

「父様、母様!」

何度も声をかけた。マリウスは狼狽えながらジョーを見た。ジョーも

「まさか。そんなこと・・・」

青白い顔で二人の手首の脈を確認したが、うなだれ首を振り

「マリウス様。ご両親はもうお亡くなりになっておられます。・・・私は、警察に連絡してきます。マリウス様はどうぞ別室でお待ちください」

ジョーは青ざめた表情をしながら、マリウスに別室で待つように促した。

「嘘だ!父様も母様もそんな・・・」

マリウスは、少し温もりが残っている母の手を握りしめた。

ジョーはそんなマリウスの手を母の手から放しながらソファに座らせた。

「マリウス様。どうぞお気をしっかり持ってください」

「ジョー。どうしてこんな・・・」

「・・・マリウス様」

涙がとめど目もなく流れた。さっきまで一緒にいた両親が・・・。

「マリウス様、警察には連絡しました。1時間ほどで着くそうです。・・・・・テッド様には、このことをお知らせしますか?」

ジョーは、今や当主となった、この若き少年の指示を待った。

マリウスは放心状態からしばらく抜け出せずに、無残な姿となった両親を見ていたが、テッドの名前が出た瞬間、我に返った感じで

「・・・いいや、ダメだ。テッドには秘密に。朝・・・僕から話すから・・」

拳を握り、下を向いたまま声を震わせて答えた。

そして居間の隣のギャラリー屋でジョーに促されて移動し警察を来るのを二人で明け方まで待った。ギャラリー室で待っている間、マリウスはジョーの服をぼんやりと見ていた。

夜中だというのに、ジョーは私服のままで何を・・・。マリウスは記憶を辿った。

机にしまった紙切れ。通話中のスマホ・・・。


長い時間が経ったような気がしてきた頃、村からやっと警官が来た。

警官は夜中に泥棒が侵入し盗みを働こうとしたが、そこを両親に見つかったため、殺害したというお粗末な結論をだした。それはデスクの中の現金がなくなっていたのと、物色された形跡があったためであった。

「マリウス坊ちゃん、お悔やみ申します」

「マリウス様・・・」

何も答えないマリウスの代わりに、ジョーが葬儀は当家だけで済ますことや、この事は内緒にするように指示をだした。警官はその言葉に頷きながら帰って行った。

それを見送ったジョーが居間に戻ると、マリウスは両親の側に座り込んでいた。

「マリウス様、どうぞ少しでもお休みになってください」

散乱した床に落ちたいろんな家具の破片を拾い集めながらマリウスを見た。

しかしマリウスは床を見ながら

「・・・ジョー。父様たちは何故、殺されたの?」

「それは、・・・泥棒が・・・」

「違う!」

マリウスは即座に反論した。拳を握りながら一気に喋った。

「ジョー、君は知らないだろうけど今夜、来客があった。マントを羽織った顔に傷のある男で、父様となにか揉めているようだった。きっとその男が父様たちを・・・」

「マリウス様・・・」

ジョーはマリウスの肩を抱きしめながら

「お可哀そうに・・。まだご両親が恋しい年ごろでしょうに・・・」

天を仰ぎながら胸で十字をきった。息絶えている2人を見て

「マリウス様、ご両親をこんな姿にしたままではいけません。奇麗にして差し上げましょう」

マリウスは僅かに頷き、ジョーから離れた。

ジョーは、2人の遺体を奇麗に拭き、奇麗な服で整えた。

庭から花を摘んで体の傷を隠し、木箱に横たえた。マリウスも庭から母が好きだったバラを

摘んできて体に置いた。そして木箱を2人で抱え、表入口まで運んだ。

ジョーは、居間を何事もなかったように片付けてから、簡単な食事を作ってくれた。

「こんな時でもお腹は空くんだ・・・」

自暴自棄に苦笑しなりながら、マリウスはスープとパンを口に運んだ。

朝があけ外が明るくなってきた。

「テッドに言わなくちゃあ・・・」

マリウスは青白い顔をしたまま、階段の手すりを持ってあがった。

ふらついて、落ちそうになるからだ。

寝室では、何も知らないテッドが寝息意を立てている。マリウスは弟の顔をみて、また、涙が頬を伝うのを感じた。一呼吸置くと

「テッド、起きてくれ」

「うーん、兄さん。もう少し寝かせて」

呑気に眠る弟を見て、マリウスは余計弟を不憫に感じ、涙がまた溢れてきてどうしようも

なった。嗚咽をこらえてどうにか冷静を保ちながら

「テッド、起きて。とても大事な話だ」

ようやく目を開けたテッドは、マリウスの青ざめた表情と、頬を濡らす涙に驚き

「兄さん。どうしたの?なんかあった?」

ようやくただならぬ事態を感じたのか、声のトーンを殺してマリウスの返答を待った。

「服を着替えて一緒に来てくれ」

1階のフロアに降りてきた弟に、マリウスは、両親が強盗に殺されたと、嘘を伝えた。

テッドは、一瞬キョトンとした表情で

「兄さん。朝から悪いジョークだよ。母様はどこ?」

2階の両親の寝室に上がろうとするテッドを、マリウスは表玄関に連れていき、入り口に置いてある木箱の蓋を開けた。

一瞬テッドは声にならない叫び声をあげると、母親の体に抱きついた。

テッドは冷たくなった体に何度も声をかけて泣いた。マリウスは、テッドの肩を支えながら悲しみと怒りで頭がどうにかなりそうだった。

テッドの体を支えながらようやく起こすと、フロアのソファに座らせた。

「テッド・・・信じたくないだろうけどちゃんと送ってあげないとね」

テッドはマリウスの言葉に、これが夢でないことを実感した。そして側で直立しているジョーに抱きついて泣いた。

「ジョー」

「テッド様・・・」

ジョーは、泣きじゃくるテッドの背中をさすりながら狼狽し、マリウスを見上げた。

マリウスはテッドの側に行き

「父様たちを先祖が眠る墓で安らかに眠らせてあげよう。ジョー、テッドに服を・・・」

「承知いたしました」

外はいつの間にか雨が降っていた。

マリウスは、無表情で喪服に着替えると、下に降りて行った。ジョーと2人で木箱を抱え、

屋敷の裏手にある墓所に向かった。雨で喪服はずぶぬれだが一向にかまわなかった。

{どうせ涙で濡れているのだから・・・}

後ろから傘をさしながらテッドがついてくる。

ジョーは事前に先祖が眠る墓石の側に穴を掘っておき、マリウスとジョーで、両親の亡骸が

入った木箱をおろした。テッドは泣きじゃくった顔で、母の好きだった花を木箱の上に投げ入れた。上から土を投げ入れる。段々と木箱は見えなくなり、ついにはこんもりと盛られた山ができた。

雨は次第に小降りになり光が射してきた。マリウスはそれを見ながら、テッドの肩を持ち

「父様、母様はきっと安らかに眠ることが出来る。テッド、母様たちに心配させないように2人で頑張ろう」

テッドは軽く頷きながら、両親が眠る場所を名残惜しそうに何度も振り返りながら、マリウスに肩を抱かれながら屋敷に戻った。

屋敷に戻ったマリウスは、ずぶ濡れの喪服を脱ぐため地下に向かった。そして上着を脱ごうとボタンに手をかけた。

すると内ポケットに何か触れた。マリウスは無意識にそれを出してみた。

{何かの紙きれだ。なんでこんな所に?}

マリウスは雨で濡れた紙を破かないように開くと

「アッ」

それは2枚の手紙で、あて名は父からであった。

マリウスは驚いて椅子に座り込んだ。鼓動を鎮めようと胸に手を当て、読み始めた。

「マリウス。この手紙を見つけたということは、私や母さんは、もうこの世にいないと

いうことだろう。よいか、よく聞いてくれ。

・・・マリウス、私たち一家は先祖代々よりあるものを守ってきた。それはとても魅力的で、世界中の誰もが喉から手が出るほど欲しがるものだ。そしてその反対に大変危険な物でもある。     ある組織が、そのことをどこからか嗅ぎ付けそれを狙ってきた。私は、何とか組織の情報を集めようと、世界中に人を送ったが、誰も無事に帰ることはなかった。お前たちがそれに対抗できる可能性はないだろう。だから、これから記してあることを忠実に、決して他言せずに実行してほしい。・・・ある場所にある物を隠している。それを見つけ燃やしてほしい。マリウス、絶対に自分たちでどうにかしようとするな。そのものは、お前たちの手には負えない代物だからだ。・・・初めからこうすれば良かったが、先祖が守り通したものを、私の代で終わらせる事ができなかった。 

これからはジョーがお前たちの後見人だ。テッドを頼むぞ。マリウス、私と母さんはお前たち2人を愛している」

父からの謎めいた手紙は、ここで終わっている。

雨に濡れて所どころ読みにくいが父親の字体を知るマリウスは、この手紙がまぎれもなく父からだと確信した。

{でも・・なぜ・・・?}

マリウスは頭が混乱した。

{両親が殺されたのは、この手紙に書かれたあるもののせい?あの男はこれを探していた?}

同時に怒りが込み上げてきた。

{なぜ父も母も僕たちに内緒にしてきたのか。そんな物騒なもの早くに処分すれば良かったのに。なぜ父はそうしなかったのか?}

マリウスは混乱する頭を振りながら、もう一度手紙を読んだ。

分かったことといえば、父は最悪のことを覚悟していたということだ。自分たちの命に代えてもその{ある物}を守ることを選んだのだ。

2枚目の紙は屋敷の見取り図だった。一か所、矢印で示されている箇所があった。1枚目の

手紙と違って、この見取り図は、雨に濡れただけでなくボロボロで何百年も経っているかの

ようにボロボロなものだった。どうやら矢印が示しているのは、この地下室のようだ。

{ここになにが?}

マリウスは濡れた体をタオルで拭うと、新しい服に着替えてから、見取り図が示している地下1階の薄暗い部屋の中に入った。


地図が示した場所は、食料の備蓄に使用している部屋だ。ジャガイモや、タマネギ、ブロッコリーや、香味野菜が棚の籠の中に入ってしまってある。

それ以外は、マリウスが見る限り変わった物はなかった。それでもマリウスは、ここになにか必ずあるはずだと確信していた。でなければ父が、あんな言葉を残すはずがない・・・。

30分くらい部屋の中をひっかき回した結果、食料の備蓄の戸棚をどけた場所で、

錠の付いた小部屋を発見した。

一見すると、見逃すくらいの小さな扉であったが、マリウスは、錠をガチャガチャと回してみた。

錠はさび付いており、なかなか外すことが出来なかったが、どうにか壊すことが出来た。

マリウスは、ギ―と音を立てて、その扉を開けた。扉の向こうは、10段ほどある階段が下に続いていた。マリウスは持ってきたランプを手に、古くなった階段を、ギシギシと音を鳴らし

ながら、降りて行った。

降りた先は、天井が高く、部屋は10年以上、人が入っていなかったみたいに、いろんな

ところに埃が積もり、クモの巣が出来ていた。

壁ぎわにある本棚には、マリウスとテッドが幼い時に使った絵本が並べられていた。

マリウスは見取図を再度見た。地図の矢印はここを示している。マリウスは手当り次第、

いろんなところを触ってみた。壁や床に仕掛けがないか。クモの巣や埃を取り除きながら、

昔読んでもらった思い出のある絵本をめくってみた。もしかしたら、父が次のヒントを記しているかもしれないと考えたからだ。

しかし一通り見たが、何の収穫もなかった。マリウスはまた新たな壁にぶつかった気持ちで、

本棚にもたれた。すると本棚がわずかに動いたのだ。

マリウスは、興奮しながら本棚を押してみた。しかし重工な本棚は、いくら押しても埃が舞うだけでびくともしない。けれどマリウスはあきらめずに、本棚の本をすべて出して、改めて力を込めて本棚を押した。本棚と壁の間に僅かに隙間ができた。マリウスは一旦手を止め、額の汗を拭いて考えた。

{無理だ。ぼくだけの力では・・・。そうだ!手紙}

ふと、マリウスは父が手紙に残した言葉を思い出した。

{何かあればジョーを頼るように父様は言っていた。そうだ!ジョーの力を借りよう}

マリウスは頷き、一旦本棚を動かすのを止めると、狭い階段を上がり、備蓄部屋を出て、

テッドの部屋に向かった。

部屋では、テッドが濡れた喪服のままベッドに座り込み、両親の写真を抱きしめて泣いて

いた。その傍らにはジョーが、どう慰めれば良いか困惑した様子で、テッドの肩を抱いていた。

マリウスはそんなテッドの姿をみて、涙が出そうになったがどうにか堪え

「ジョー。・・・ちょっと来てくれないか」

ジョーを廊下に呼び出すと、マリウスは、ポケットから父の手紙を出してジョーに見せた。

「ジョー。父様からの手紙を見つけた」

ジョーは驚きの表情でマリウスを見て、渡された手紙を受け取ると、それに目を走らせた。

ジョーは手紙を最後まで読むと、二枚目の見取り図に目を走らせた。

「マリウス様。これをどこで・・・?」  

「喪服の上着に・・。それで気になってその場所に行ってみたら気になるものを見つけた」

マリウスは、簡単に今までの経緯をジョーに教えた。

「なるほど、その本棚を動かしたいのですね」

「うん。そこになにかあると僕は思う」

「マリウス様、参りましょう」

泣き崩れているテッドを気にしながらも、マリウスとジョーは地下に向かった。

地下の備蓄庫の中に入ると、ジョーはマリウスの案内で、小部屋へ降りる階段を腰は曲げながら降りて行った。

「地下にこんな場所があったなんて・・・」

ジョーは目を見開いて、周囲を驚いたように見渡している。

「ジョー。こっちに来てくれ」

ジョーはマリウスの声で、ハッと我にかえり、マリウスのいる方へ行くと、そこには大きな

本棚があった。   

{マリウス様がさっき言っていたのはこれか}

ジョーは丹念に本棚を見上げた。こんなに年代物の本棚は、ジョーも見たことがなかった。

「ジョー、これを動かしたい。力を貸してくれ」

2人で本棚の両端を掴んで、前に動かす。本棚は動かすたびに、木くずが落ち、埃を空中に舞わせる。

「ギギギイ・・・」

嫌な音を立てて、1人がどうにかは入れるくらいの隙間が出来た。

マリウスは、その隙間に体を入れて、ランプで本棚の奥の空間を照らした。

「なんだ。ここは・・・」

マリウスは驚愕した。壁があるだけでなんの変哲もない空間。

しかしマリウスは、ある壁の一部が、ほかの場所と比べて、異様に凸凹していることに気づいた。マリウスはそこを手で触ってみた。埃が少し舞うが、ほとんど視界に問題なく、壁の埃を払うと、そこに石が突っ込まれていたのを発見した。

マリウスは、その石をどけた。

「マリウス様、大丈夫ですか?」

ジョーが音に驚いて声をかける。

「大丈夫だよ、ジョー」

石をどけた先に、暗い空間があった。マリウスは、恐る恐る手を突っ込んだ。

すると、手先に何か当たったのをマリウスは感じた。なにか硬いものだ。マリウスは両手でゆっくりと慎重に引き抜いた。ドキドキしながら、それをランプの光に当ててみると、それは、少し朽ちているが原型をとどめている木箱だった。

{箱だ。それも古いな}

マリウスはなぜこれがここにあるのか分からないが何か意味あるものだと感じ取った。

「マリウス様、なにかあったのですか?大丈夫でございますか」

ジョーが、心配そうな声でマリウスを呼んでいる。マリウスは慎重に木箱を持つと、本棚の

後ろから出てきてジョーに木箱を見せた。

「なんだろう?」 

「開けてみますか」

ジョーはそこに入っている物が気になって仕方ない様子だ。

「そうだね。開けてみよう。・・うう、硬いなあ。これ、脆くなって箱のふたが、変形して

いるみたいだ」

慎重に木箱の縁を持ち、ゆっくり開けると、蓋は少し崩れながら開けることが出来た。

中をみると、ボロボロになった紙が丸められて入っていた。マリウスはドキドキしながら、

それを開いてみた。

紙には世界地図が描かれており、地図の後半には文字でこう記されていた。


‘黄金の国、2つの騎士に守られ、皆から親しまれる大きな像の狭き穴の中に我を見出せ‘


世界地図の下に書かれた文字とともに、地図には印がついており、それが指し示しているのは、イギリスから、東方の小さな大陸であった。

マリウスは呆然と、世界地図と意味不明の文字を眺めた。

するとジョーが脇から

「マリウス様。それですか?燃やしてほしいと旦那様が言われたのは・・・」

ジョーは、地図を見ながらゴクンと唾をのみ、マリウスをまじまじと見た。

マリウスはジョーの言葉にしばらく声が出なかったが、やがて

「そうだと思う。これが父様の言う隠された物で、燃やしてほしい物だと思う」

マリウスは、片手に持つ地図をつぶさないばかりに力を込めて言い放ち、俯いた。

「マリウス様。御父上のいわれたように、これは燃やすべきです。私に任せてください。

処分いたします」

ジョーはマリウスから地図を受け取ろうとした。が、マリウスは、ジョーの手から地図を守るように困った顔で

「・・・でもジョー、これを燃やしたら、父様とのつながりがなくなってしまう」

マリウスは顔をくしゃくしゃにして、泣きそうな表情でジョーを見た。ジョーはマリウスの

考えも理解できるが・・・。と、言った顔で

「・・・マリウス様。御主人様の手紙には大変危険な物だと書いてありました。

もし組織というものがこれを狙っているとしたら、それを持っていくことは危険です。そして、私たちは一刻も早く、身を隠せる場所を探さなければなりません」

マリウスはジョーの言っていることを俯きながら、それが正論だと分かっていた。でも、心が納得できなかった。

{これを燃やせばすべてが上手くいく?いいや。両親を殺した奴らはきっとまだあきらめてないはずだ。目的を果たしてないのだから・・・}

「マリウス様、いかがなさいますか?」

マリウスは顔をまっすぐに上げて何かを決意したように

「ジョー、君の言うことは正しいと僕も分かるよ。これを燃やせば追われる理由もなくなるだろう。でも、身の危険はこれからも続くだろうね。奴らは僕たちを追ってくるよ」

マリウスは一呼吸入れて

「・・・それなら僕は、この紙の謎を解いて、両親の無念を晴らしたい。力を貸してくれ、ジョー」

ジョーは、拳を力強く握って下を向いているマリウスを見て、しばらく黙ったまま考えた。

{この正義感の強いお方は、まだ18歳だというのに、なんと大人びた表情をされることか。生前ご主人さまから、なにかあればご子息の力になってほしいと言われていた。それならば

この若く、正義を貫こうとするマリウス様の力になることが、ご主人様の指示に従うことではないか}

だが・・・、ジョーの心をいろいろな考え、感情が交差した。しかし、それを上回るくらい

ジョーの心も決まっていた。

「分かりました。マリウス様。及ばずながら私もお力になります。ご主人様の無念を晴らしましょう。しかし、今はできるだけここから離れるべきです。テッド様をお連れしてどこか

安全な場所に隠れてから、これからのことを考えてはいかがでしょうか」

ジョーはマリウス達に危険が迫っていることを感じながら助言をした。

ジョーの言葉を聞いたマリウスは一瞬、力が抜けたようになりながらも、ジョーの手を握りながら

「ジョー、ありがとう。君が居てくれてとても心強いよ。・・・そうしたらぼくは、必要な

ものを準備してくるからジョーは少しの間の食糧を確保してくれ。車は運転できるね。それからテッドも起こして。なるべく不安がらせずに頼む」

マリウスは地図を丸めて木箱に入れながら、ジョーにテッドの事や食料の事を頼んだ。

「承知しました。それでは、一時間後くらいに出発できるように準備いたします。その地図は私がお持ちいたしましょう」

ジョーは、マリウスから地図を受け取ろうと手を出した。マリウスはしばらく考えてから

「いいよ、ジョー。これは僕が持っておくから。・・・さあ、準備を頼む」

ジョーは空に出した手を引っ込めると

「・・・・承知しました」

地下でそんな、いきさつがあったとは知らず、テッドは、ベッドの中で母親の夢を見ていた。

「母様・・・」 

夢の母はいつもの笑顔でテッドに笑いかけた。

{ああ、いつもの母様だ。誰だよ、母様が死んだなんて・・・。ちゃんと目の前にいるじゃないか・・・}

夢の母は、テッドの手を取り、先にズンズン進む。そして、テッドは眩しい光に包まれた。そこは、花畑だった。いろんな花が咲き乱れ、シートを敷いた場所には父の姿も見えた。

「父様・・・。母様・・・」

テッドは幸せな夢をみていた。

その頃、二階の父の書斎で、両親の写真を手に取ったマリウスは、なにか手紙や地図の

ヒントになるものはないか、探していた。

きちんと整理されたデスクの引き出しの中には、領地の記録や領収書、そして懇意にして

いる貴族の名簿、なぜか1丁の銃。

地図についての記録や、これから役に立つものは見つからなかった。

マリウスはため息をつくと、あきらめて書斎を出ようとした。が、出る時にふと、屑籠の中にくしゃくしゃにされたメモがあるのを見つけた。

マリウスはそれを広げて驚いた。それは父の筆跡で、4月10日、21時、サーガン。

父はこの日、あの男が来ることを知っていたのだ。

マリウスは急いで、屑籠のメモをポケットにしまうと、今度は自分の服を準備するため、

テッドの寝室に入った。

「どこ行くの?」

テッドは、夢から起こされ、赤い眼をこすりながらジョーに聞いていた。

ジョーは、丁度入ってきたマリウスの方を見てから

「テッド様、これからロンドンへ向かいます。詳しいことはマリウス様からお話があると

思いますが・・・」

「兄さま?」

「テッド、とりあえず、ここから離れるよ。話は途中でするから」

テッドは、マリウスの固い表情を見て、これ以上聞けないと言った顔で頷いた。

30分後、3人は一階のロビーに、服の入ったバックと、バックパックを背負い、合流した。

車はいつでも出発できるようにジョーがエンジンを回し準備している。

ジョーはキッチンに簡単なメモ書きを残した。

‘しばらく旅行するので後を頼む‘ といった内容のメモだ。

マリウスやジョーの慌ただしい様子に

「兄さん、僕たちどこへ行くの?」

「大丈夫だよ、テッド。遠い親戚に会いに行くからね」

「う、うん」

「マリウス様、私はちょっと電話をかけてきます。この事を弁護士の先生にお伝えしなくては・・・」

「・・・そうだね。考えもしなかった。僕はテッドと、ここにいるから」

「承知いたしました。少しお待ちください」

ジョーはスマホを片手に、一階ロビーを出て地下のキッチンの方へ降りながら、一本の電話をかけた。コール音がして相手がでるとジョーは間髪入れずに

「私です・・・。ロンドンへ向かいます」

向こうではしゃがれた声で

「ジョー。お前が出来ることをするのだ」

「・・しかし。・・・分かりました。出来る限りの事はします」

汗が流れる手で、電話を切ると一息つき、急いでマリウス達が待つロビーへとって返した。

「お待たせいたしました。マリウス様」

ジョーは早口で言うと、荷物を持って車のトランクに入れ、前のドアを開けて、マリウスと

テッドに乗るように促した。

マリウスはバックパックを背負い、車に乗りこんだ。乗り込む際、後ろを振り返り、

ここにもう一度帰ってこられるだろうか。と、屋敷をしみじみと見た。

テッドはマリウスの心情が分からないため、席で、屋敷から持ってきたクマのぬいぐるみを抱いて、両親の写真を眺めていた。車は静かに発車した。

ロンドンに行くには、村の駅から列車に乗らなくてはならない。時刻表をみると、7時半の特急があった。駅の中には出稼ぎに行く村人もいて、マリウス達に会釈してくる。

事情を諭されまいと笑顔でそれに対応するマリウスとジョー。

「ご両親様は一緒ではないのですか?」

ぶつしけに聞いてくる村人に、マリウスは

「ええ、父様たちは用事を済ませてくるようで・・・」

「そうですか。ご旅行楽しんでください」

「ありがとう」

マリウスは、それ以上、言葉が出ず、速足でホームに向かった。それを、ホームの陰から見ている人物に気づかず・・・。

やがて列車の到着を知らせる放送が入り、ホームにロンドン行きの列車が到着した。

マリウス達はコンパートメントに席をとり、荷物を置いて椅子に座った。

「マリウス様、少し召し上がって下さい。テッド様も・・・」

ジョーが、出かける前に作ってくれたサンドウィッチを手に、マリウス達を気遣う。

「ジョー・・・。ありがとう。ほら、テッド、お前も少しでもいいから、食べろ」

「うん・・・」

テッドは相変わらず、ぬいぐるみを抱いたまま、外を眺めている。

サンドウィッチを口にしながら、マリウスは今後のことを考えた。

「ジョー、ロンドンに着いたら、まずホテルを取ろう。父様がよく使っていたホテルが

いいな。ホテルの手配を頼めるかい?」

ジョーは自分用のメモ帳を取り出し

「はい、御主人様がお使いになられていたホテルですね。確保いたします」

サンドイッチを少しだけ食べたテッドは、座席の上に食べ残したサンドウィッチを転がした

まま、また眠ってしまっている。

{無理もない、早朝から起こされたのだから・・・}

マリウスはテッドの髪をなでながら、テッドを不憫に思った。テッドの髪をなでながら、

マリウスも少し頭が重たかった。それもその筈。自分も昨夜から寝ていないのだから。

マリウスは眠い目をこすりながら、眠気をはらうため、のどかに広がる田園を見つめた。

ジョーは忙しく、ホテルの手配をしている。マリウスはボーとそれを見ながら、次第に目を閉じていった。疲れと緊張がピークを達し、それに伴っての温かい部屋、マリウスは次第に夢の中に入っていった。

マリウスがコクリコクリとするのを見て、ジョーはマリウスのコートを脱がせ、抱きかかえながら長椅子に横にさせた。そして座席に置いていたバックパックのポケットの中から、木箱を取り出すと、地図と手紙を出した。

ジョーは、それをテーブルの上に広げて、書かれた言葉を記憶するかのように、何度も口で唱えた。そしてカメラを手に取ると、それを写真に収めた。

マリウスが不意に寝返りをうった。ジョーはその音に慌てて、地図と手紙を木箱にしまうと、

何事もなかったように、予め入れてあったコーヒーをゴクンと飲み、ため息をつき目を閉じた。生前の主人の顔や、これから起こることに、ジョーは、体にかけた毛布を顔まであげ、

その考えを消そうと、目を無理やり閉じた。その間にも、列車はどんどん故郷から離れていく。

マリウス達が列車に乗っている頃、ヨークシャーの自宅に、黒の目立たない車が音もなく

入ってきた。その車から降りてきた三人組の一人は、あの夜、ここを訪れた傷のある男だ。

後の二人のうち一人は、大柄で腕力がありそうな男、もう一人は小柄で、キツネ目の細い目を

している。三人は誰も居ないことが分かっているかのように、正面のカギを壊し、中へ入り込んだ。

「サーガン、本当にここにあるのだろうな。あのお方が捜している物は」

「ああ、エドマン。奴は運び出していないはずだ」

「なら、早くやっちまおうぜ」

大柄の男は面倒なように、サーガンを睨みながら、

「俺は1階からみて回る」

そう言うと、暖炉の居間に入ろうとした

「ドメス、そこはいい。俺が捜した所だ」

「何!で、見つからなかったのか?」

「ああ、だから、その隣に行ってくれ。俺はエドマンと2階に行く」

3人は、ドカドカと足跡がついても構わないと言った歩き方で、2手に分かれて、何かを探し始めた。サーガンは、自分が殺した男の書斎に入り、書類やゴミ屑を漁り始めた。しばらく探していたが、目的物が見つからないのか、机の上に飾ってあった家族写真を手に取ると、

「フン!薄汚い泥棒一家。あれをどこへやった」

大柄の男ドメスはイライラしはじめ、装飾品や家具壊し始めた。1階から派手な音が聞こえてくる。

「サーガン!どういうことだ。ここにくればあの方が探している物が手に入るというから、付いてきてやったのに」

階段を上がりながら、悪態をついている。サーガンは

「文句を言うな。ドメス。奴はあれをどこかに隠しているはずだ。それを探すのが我らの

使命。お前、あのお方のご命令に背く気か」

あのお方・・。と、言われたドメスは、ビクッと顔を引きつらせて

「分かった。しかし、ここにはないようだから一旦引こうぜ」

「俺もそう思う。ここにはない」

細い目をさらに細くしたエドマンも、ドメスの意見に賛成する。サーガンは舌打ちをして

「そうだな。では引き上げるとしよう」


そんなこととは知らないマリウス達を乗せた列車は、イギリスの首都ロンドンに着いていた。

大きな汽笛で目を覚ましたマリウス達は、ジョーが用意した紅茶で目を覚まし、ロンドンの

地に降り立った。

 ロンドン・・・。ヨークシャーとは違い、何もかもが大きくて、そして賑やかで活気がある。

テッドさえ、周りの景色に圧倒され、眼をみはっている。

「マリウス様、ここからホテルまでは少し離れていますが、どうなさいますか?車を用意いたしますか?」

「・・・。車はマズイな。なるべく痕跡は残したくない」

「承知致しました。では、市内バスで移動いたしましょう」

バックパックを背負い、普通の観光客に見えるように、自然を装いながら、マリウス達はバス停に向かった。乗り込んだバスは、市内を回る路線のようで、ロンドンの名所の近くを走る。

いつもなら、両親と一緒に見ていた光景を、マリウスは複雑な思いで眺めた。ジョーはスマホで、ホテルの場所を調べているのか、下を向いている。

「マリウス様、5番目の停車場で降りると、近いようです」

「分かった。テッドいいね」

「うん・・・」

テッドは、ぬいぐるみを抱いたまま、俯き加減に答えた。

 5番目の停車場で3人はバスを降りた。少し離れた場所に、見覚えのある建物が見える。

ロンドンに来た際には、必ずと言っていいほど寄るホテルだ。マリウス達はそこに向かって、無言で歩き始めた。10分ほど歩いて、ようやくホテルの中に入ったマリウスは、一瞬、時が戻った錯覚に陥った。側で、父様がボーイとにこやかに話しをしている。母様は、テッドに手を引っ張られ、散策中だ。マリウスはボーとそれを眺めていた。

「・・・マリウス様。どうされましたか。支配人がこちらに向かっていますよ」

マリウスはジョーの声にはっと!我に返り周りを見渡した。見たことのある顔が笑みを浮かべながら、こちらに近づいてきている。

「これはマリウス様、お懐かしゅうございます。本日は当ホテルにようこそ。・・・ご両親様と御一緒ではないのですか?」

支配人は、マリウス達の後ろに、両親が居ないことに頭をかしげながら言った。

マリウスは咄嗟に

「父様たちは友人に会っているので、僕たちだけで先に来たのです」

「そうでございますか。それではいつものお部屋をご用意しておりますので、どうぞごゆっくりなさってください」

「ありがとう」

予約したスイートルームに入ると、マリウスは、早速、シャワーを浴びた。

汗が染みついた服を脱いで、シャワーの温かい湯に体を当てると、体から力が抜けてホッと

ため息がでた。流れ出るシャワーを見上げると、なんだかボーとしてしまった。

シャワーを出ると、先に出たテッドは、ベッドルームで寝てしまっている。マリウスは

「ジョーもシャワーを浴びてきてくれ。出たら、あれを見るから」

タオルで濡れた頭を拭きながら、そう言うと、バックパックのポケットから木箱に入った地図を出し、リビングのデスクの上に破れないようにそっと広げ始めた。

「承知いたしました。それでは・・・」

ジョーがシャワー室に消えると、マリウスは地図をスマホに撮り、ホテルが用意してくれた

マフィンと紅茶を口に運びながら、地図を眺めた。

「この文字は英語だから読めるけど、どういう意味がわからない。地図はどこかの場所を

示しているみたいだけど・・・。どこだろう。この暗号みたいな言葉と関係があるのか」

やがてシャワー室から出てきたジョーは、マリウスが地図を睨むようにみているのをみて

「マリウス様、いかがですか?なにか分かりましたか?」

マリウスは首を振りながら

「全く分からない。ジョーも一緒に考えてくれ。この地図に書かれた場所と、黄金の国と

いう言葉に何か意味があるのか」

「黄金ですか・・・」

その言葉にジョーはどこかで聞いたことがあるように、記憶を辿るように目を宙に泳がせた。そしてハッと何かを思い出したように

「マリウス様、そういえば、生前ご主人様が、日本の事を‘黄金の国ジパング‘と、呼ばれて

いるのを聞いたことがあります」

「父様が・・・?そうだ。それなら僕も見たことがある。ジパング・・・日本か」

マリウスも昔、父の書斎からそのような本を持ち出して見たことを、ジョーの言葉で思い出

した。金色の背表紙の分厚い本で、あの夜、居間に持ち出したものだ。

「ジパング・・・。日本・・・。だとすると、この地図が示している場所は日本かもしれない。日本に何かあるってことなのか?ジョー、次の暗号はどうなっている?」

マリウスは一歩進んだことで、この地図に興味が出てきたのか、次の言葉に目を走らせた。

「親しまれているこの像?何のことだろう」

一つ謎が解けてホッとしたのに、次もまたわからない言葉が出て、マリウスは、ため息をつきながら天井を見上げた。そして背伸びをすると、窓から外を眺めた。

ロンドンの町は、霧が多く、遠くに見えるタワーブリッジが微かに見える程度だ。ここから

あれを見るのはいつぶりだろう。マリウスは、両親とここに泊まった日の事を思い出した。

涙が出そうになった。マリウスは慌てて、気持ちを切り替えるように、フーと大きな息をすると

「さあ、もう一度チャレンジだ」

再度、地図と書かれた言葉に注目した。

「二つの騎士、親しまれている像・・・。場所が日本で合っているなら、どこかに共通する場所があるはずだけど・・・」

「・・・そうですね、マリウス様。これが日本のことを示すのであれば、日本に行けば

なにかわかるかもしれません」

ジョーもため息をつきながら、マリウスに同意した。

「日本に行けば・・・。そうだね、ジョー、それなら明日、日本に出発しよう。日本に行けばなにかわかるかもしれない」

急なマリウスの提案に、ジョーはエッと驚いた。

「明日でございますか?飛行機のチケットが取れるかわかりませんが・・・」

「うん、でも可能性があるのなら早く行かないと。もしかしたら日本ではないかもしれないだろう」     

「・・・承知いたしました。善処いたします」

ジョーはマリウスの提案に同意し、頷いた。マリウスはジョーの返答を聞きながら、夜の闇をみる。ロンドンの夜は、マリウス達の数日間が、嘘のように静寂に包まれている。

ジョーはそんなマリウスの気持ちを汲み取るように

「マリウス様。マリウス様は1人ではありません。私やテッド様もいらっしゃいます。今日はもうお休みください」

お盆にお皿を乗せながら、机の上の時計を見た。もうすぐ23時になろうとしている。

「わかった。ジョー、じゃあ、頼む」

「お休みなさいませ、マリウス様」

マリウスに一礼をすると、一階下の自分の部屋に向かうため、ジョーは手にお盆を持ちながら、ドアを閉めた。

{これからどうするか・・・}

廊下を歩きながら、ジョーの頭はフル回転していた。そして1つの良い案を考え付いた。

{そうだ!あいつに頼めば・・}

ジョーは、部屋のドアを開けて、鍵を閉めるとすぐにフロントへ1本の電話をかけた。

「アメリカまでの飛行機の予約を頼みたい。3人分だ、宜しく」

電話を切ると、今度は携帯電話を取り出し、なにやら電話をかけた

「・・・よう、アル。久しぶりだな。お前今、暇か?急で悪いが、お前の力が必要だ。

・・・ああ。日本の情報が欲しい。そう明日までに。明日、午後の便で日本に

むかう。その間に情報を集めといてほしい。頼めるか?そうか。助かる。また、向こうに着いたら連絡してくれ。恩にきるよ、アル。ああ、じゃあ頼む」

電話を切ったあとジョーは、スマホで写メした暗号の画像を見てから一息いれると、もう

1本電話をかけた。電話の相手に2、3言話すと、すぐに電話を切った。

「上手くいくといいが・・・」

そう呟くと、カーテンを開け、外の暗闇を睨むようにブラックコーヒーをグイと飲み干した。

「主よ。標的は日本に向かうようです」

頬に傷のある男サーガンは、ひざまつきながら、暗闇の中、ランプだけが光る部屋の、自分の目の前に座っている老人に、今かかってきた電話の内容を報告した。老人は、自分を取り巻いて座っている10人の人影に向かい、手を上げ力強い声で

「同志よ。時は来た。我が組織は、長年探し求めていた秘宝を手にいれるため、これより

全世界の同志に呼びかけ、必ずや彼の物を手中に収めるだろう。すでに我がスパイを標的内に送っている。サーガン、奴らの先回りをして必ず彼の物を手に入れるのだ」

「主よ。お任せを・・・」

サーガンは、一礼すると重いドアを開けて暗闇に消えた。サーガンが去ったあと残った人影は口々に

「オーガス様、サーガンで宜しいのですか?あやつは気性が荒く、下手をすると標的を殺しかねません」

「そうです。殺しては、秘宝の手掛かりを失うことにもなります」

「私の部下をお使いください」

それをオーガスは手を上げて黙らせると、皆は一斉に沈黙した。

「それは問題ない。秘宝のありかを手に入れれば、奴らが死のうが構わない」

10人の影は、オーガスの言う言葉に納得し頷いた。オーガスは周囲を見渡すと、声を高らかに

「命知らずな愚かな一族、クローリー家に報いを!わが組織に永遠の栄光を!」

「光を!光を!我ら、オーガス様に従う者なり!」

声高らかに叫び、ランプはおぼろげに光る部屋の異様さを醸し出した。

その頃、マリウスは、スヤスヤと眠るテッドの隣のベッドに横になりながらも、なかなか寝付けずにいた。毛布を頭までかぶり、どうにか寝ようと試みたが、無駄だと分かると、ため息をついてベッドから起き上がった。そして、木箱に入れた地図を、ベッドの上にだして眺めた。眺めているうちにいろんな感情が湧きあがってきた。

{こんな物が屋敷に長年あったなんて・・・。父様は、永遠に秘密にするつもりだったのだろうな}

マリウスは、ため息をつくと、紙をひろげたまま、落ち着かない様子で窓辺に立ち、真っ暗な暗闇を睨んだ。まるで組織に対抗するかのように・・・。そして時計をみると、巻物を木箱に入れて、自分もベッドに入り、心を落ち着かせるように言い聞かせながら目を閉じた。

早朝、マリウスは道を往来する人たちの声で目を覚ました。隣ではテッドが、まだ夢の中でスヤスヤ寝ている。

「テッド・・・」

弟を起こさないように、身支度のため、マリウスはバスルームに入った。鏡で顔を見ると、

寝不足からか、目の下に青ざめ、顔色は冴えない。しかし、ここで弱気になることは出来ない。自分の頬をパンと叩いてから、マリウスはテッドのベッドに座り

「テッド、朝だよ」

「うーん。兄さん?」

テッドはいつもと違うベッドに気づき、周囲を見てから、昨日のことを思い出そうと、手で顔を隠した。そして、思い出すと

「ロンドンだね。ここ」

ロンドンに行くことは知っていたが、テッドはまだ混乱している様子だ。マリウスはなるべくテッドに心配させないように、自然な笑顔で

「テッド、今日は日本に向かうからね。さあ、着替えよう」

テッドの身支度を手伝いジョーが来るのを待った。 

「マリウス様。ジョーでございます」

タイミングよく、ジョーが部屋にやってきた。

「おはよう。飛行機のチケットは取れたかい?」

「はい。今日の午後便ですが」

「兄さん、飛行機のチケットって日本行きの?」

「そうだよ、テッド。だから食事は、しっかりとらないといけないよ」

「あまり欲しくない」

すかさずジョーが、

「テッド様、少しでもお召し上がりください。でなければ私も、食事をするわけには参りません」

「・・・分かった。少しでも食べるよ」

1階のレストランで、マリウスは、クロッワッサンやオレンジジュース・ベーコン・卵・

紅茶にコーンフレークなど、バランス良く皿に入れると、テーブルについた。

テラス席はパークの景色が見え、バランスよく植樹された木には、リスがちょこちょこ動いている。早朝とはいえジョギングする人が見える。テッドはパンやスープを、どうにか口に運んでいる。ジュースを飲みながら、テッドは遠慮気味に

「兄さん。親戚の所に向かうでしょう?日本に僕らの親戚がいるの?」

「そうだよ。日本はとても美しい所らしいから、楽しみにしとくといいよ」

「そうか。日本・・・」

「ん?テッド、日本に何かあるのかい?」

「・・・。日本には、今でも侍はいると思う?ニンジャとか・・・」

急にテッドが、ニンジャとか言い出したため、マリウスは口にパンをいれたまま

「・・・」

マリウスとジョーは、顔を見合わせた。テッドは小さい声で

「僕、家の書斎の本棚から、日本の事を書いた本を読んだことがあって・・・」

テッドは、父の書斎。とはいわず、家の・・・という表現を使った。それを聞いたマリウス達は複雑な心境だった。テッドの心の傷の大きさを改めて感じた。

「テッド、日本に興味があるなら、僕達調べておくよ。だから、しっかり食べてくれ」

テッドは頷いて

「うん。兄さん。僕、日本に行ったらニンジャに会いたい。勿論、親戚が先だけど」

両親が亡くなった当初は、食欲も笑顔もなく、目を真っ赤に泣きはらしていた弟が、僅か

だが、笑顔も出るようになったことに、マリウスは安堵した。

その3人を、少し離れたテーブルから1人の男が見ていたことを、3人は気づくことはなかった。男は新聞で顔を隠し、時折コーヒーを口に運んでは、マリウス達の会話を盗み聞きしているようだった。その頬には傷が見える。やがて男は、新聞をそのままにしてエレベーターの方へ向かっていった。


午後の飛行機に乗るため、ホテルをチェックアウトしようとロビーにきた3人。カウンターで宿泊費にサインをしようとしていると、支配人がやってきて

「マリウス様。おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたでしょうか?

おや、もうチェックアウトされるのですか?ご両親様は?大変申し訳ありませんが、当ホテルでは良家の方でも、未成年の方のサインは規則に反しておりまして・・・。ご両親を待たれてはいかがでしょう。お急ぎでなければ・・・」

マリウスは焦った。両親がここに来られるわけはないのに・・・。

「私がいたします。マリウス様」

ジョーがカウンターに近づき、支配人に

「私はクローリー家の成年後見人です。私ならサインすることが出来るはず。そうですよね、支配人」

「まあ、確かに可能ではありますが、本来は、ご両親様のサインが必要でして。マリウス様、ご両親様は確かにここにこられるのでしょう?」

マリウスは返事に詰まった。ホテル代はジョーがなんとかするだろうけど、両親は後から来ると、昨夜言ってしまった・・・。今更なんと言おう。マリウスが言葉に詰まっていると

「父様たちは先に行っちゃったよ。僕たちを残して」

テッドがサラリと言い放った。これにはマリウスもびっくりした。

「テッド・・・」

支配人はテッドの方を向き

「御次男のテッド様でしたね。ご両親は先に行かれたとは?どういうことでしょう?」

テッドはポケットに手を入れて

「分からない?父様たちは、昨日友達と会ってから、別の用事ができて早朝に、ジョーに僕らの事を頼んで行ったの。僕たちもこれからそこへ行くところ。さあ、ジョー。遅くなると間に合わなくなるから早くサインしてよ」

「は、はい。それでは支配人、サインは私が・・・」

支配人は分かったような、分からないような表情で、請求書をジョーに渡した。ジョーはそこに{成年後見人ジョー}と記し

「これで宜しいでしょうか。ではマリウス様、テッド様参りましょう」

唖然とする支配人を尻目に、3人は手荷物をもって、ホテル前に待機しているタクシーに乗り込むと

「空港へ」

その後ろを黒い車が付いてくる。

「ハアー」

無事に空港に着くと、マリウスは大きなため息をついた。側の椅子に座わるテッドに

「テッド、良く咄嗟に思い付いたなー。あんなに出まかせをペラペラと・・・」

「同感です。しかし、あそこで支配人に捕まると面倒なことになっていました」

「・・・嘘はついてないよ。父様たちは誰かと会って、僕たちを置いて先に逝っちゃったのは本当だもの」

「テッド・・・」

テッドは、苦笑いの淋しい表情で俯きながら言うと、何か決意したように、マリウスを見て

「でも、僕もいつまでも泣かないよ。母様が悲しむから。だから、兄さんもジョーも僕に気を使わなくていいから、ねっ」

テッドは、先ほど一人で歩きながら考えていた思いを告げた。

「テッド・・・。分かった。僕もジョーもフォローしていくよ。でも辛くなったら、

いつでも言ってくれ」

マリウスは、テッドの髪をくしゃくしゃにしながら涙声で言った。

{テッドがもし真実を知ったら・・・} マリウスはそう思うと心が痛かった。

地上から離れる機体に、窓際の席のテッドは興奮気味に

「兄さん!高い、高い、見て、もう下があんなに小さく見える」

「テッド、もう少し静かにしてくれ」

マリウスは、高所恐怖症で、外を見ないように座席にしっかりつかまっている。

「兄さん、高い所、駄目だね」

1つ通路が離れた席のジョーは、しきりにスマホを確認している。

誰も、自分たちに向けられる無遠慮な視線に、気づかずにいた。視線は、2つ通路離れた通路側に座っている人物から放たれていた。

男はもう春が近いというのに、長いコートに身を包み、新聞を広げていたが、時々3人の方をチラ見している。と、男は急に新聞をたたむと、トイレに行く素振りで、マリウス達の席に

近づいてきた。

あともう少しでマリウスの席につく。が、丁度そのタイミングで

「ジョー。なにか頼んでもいい?」

テッドが、お腹を押さえながらジョーに言ったのをきっかけに、CAが近づく音が聞こえ、

コートの男はチィと舌打ちしながらそのまま横を素通りした。

夜の機内食がきた。パンとチキンの照り焼き・サラダ・洋ナシのコンポートが並んだが、

マリウスはあまり食欲が湧かないのか、サラダとウォーターのみで済ました。

「マリウス様、なにかお薬を頼みましょうか?」

「いいよ、少しマシになってきたからね」

苦笑いで頭上の棚から毛布を出すと、それを頭からかぶった。

対照的にテッドは、機内食が珍しいのか、すべてを平らげて、マリウスの残したデザートに

手を出そうとしている。それをジョーは、苦笑しながら自分の席に戻った。

夜も更けてきた。乗客たちが眠るため、安眠枕や毛布を準備しはじめたのを見て、テッドも休もうと、毛布を出し、ついでにトイレに行っておこうと、ジョーの横を通過した。

見るとジョーのスマホに、着信ランプをついている。ジョーは寝ているようだ。

テッドはつい悪戯心で、机の上からスマホをとりイヤホンを当てて留守電を聞いてみた。

「ジョー、明日の4時頃に着く便で行くからな」

と、いうメッセージが入っていた。英語だがアメリカン訛りで、ジョーの、流暢なイングリッシュとは全く、異なる。

{友達かな?}

テッドは深く考えず、席の後方にあるトイレに向かった。

トイレには赤いランプが点灯していて、誰かが入っていた。テッドは仕方なく、近くの壁に

もたれかかり出てくるのを待った。

{ポン}

誰かが出てきた。テッドは、暗闇の中での急な灯りに、目を閉じた。

出てきた相手はテッドの顔を見て、一瞬驚いた表情をして立ち止まったが、マリウスの席の方を見て、ニヤリとした。ようやく光に慣れたテッドは、出てきた人物とすれ違う瞬間、なにか見覚えのあるものを見た気がしたが

{?}

思い出せず、首をふると、そのままトイレに入った。

トイレから出てきた男は、ドンドンとマリウスの席に向かって通路を歩く。席につくと、

男はマリウスの毛布が落ちかけているのを確認し、荷物に手を伸ばしかけた。

「お客様。いかがされましたか?」

急に背後からCAの声がした。驚いた男は

「いや」

と、答えると何事もなかったように、自分の席の方へ戻って行った。

男と入れ違いに帰ってきたテッドは、落ちている毛布を拾うと、マリウスにかけなおし、

自分も安眠枕と毛布を掛けて、外の暗闇を見つめながら目を閉じた。0時になろうとしていた。

とあるアメリカの地で、1人の少女が、父親を、一生懸命に説得をしていた。

「パパ、いいでしょう。大学に行くまでの休暇の間に私、どうしても日本に行きたいの・・・」

「しかし、エレノア。お前一人は危険ではないかね。治安がいい日本とはいえ」

父親は腕組をしながら、エレノアと呼ぶ少女を見つめた。

「兄さんは仕事で無理よ。大丈夫。ちゃんと連絡するから。この時期の日本は、桜が開く

頃かもしれないから、今を逃したら来年まで待たなくちゃいけなくなるわ」

と、抵抗する。

「いつ、どこを回るつもりなのだね?」

「明日、チケットを予約するわ。行き先はまだ決まってはないけど、京都か奈良のような

歴史のある場所を考えているの」

父親は、娘の意外な場所を聞いて

「若い子は、東京とか浅草に行きたいというけど、お前は古物が好きだね」

「ええ、パパの娘ですもの。きっといいことがあるわ。そんな予感がするの」

両手を重ね、夢見るようにエレノアは笑った。憧れの日本に行きたくて、バイトをしながら

旅費を貯めた。

「ありがとう、パパ。気を付けていくから心配しないで」

1週間後、運よく日本行きの飛行機のチケットが取れたエレノアは、心躍らせて、日本行きの飛行機に乗り込んだ。

飛行機の中はアジア系、アフリカ系、白人で満席だった。エレノアは座席に座ると、早速、

日本のパンフレットを開いて、ワクワクしながらページをめくった。すると、ある男性が急に大きな声を上げて叫んだ。

「おわー」

振り返ると、パンを追いかけて、黒人男性がこちらに走ってくる。パンは、コロコロと

エレノアの足元まで転がり、止まった。エレノアはそれを拾いあげると

「はい、どうぞ。でももう、食べられないわね」

と、気の毒そうに言った。ところが男性は、人なつっこい顔で

「大丈夫、これくらいで捨てるのはもったいないからな。腹に入れば同じだ」

そう言うと、落としたパンをムシャムシャと食べた。エレノアは、呆気にとられるも、つい

「ぷっ」

と、噴き出してしまった。そして、お互いどちらともなく握手を求めた。

「俺、アルバート。皆アルって呼ぶぜ」

「私はエレノア。あなたも日本へ行くのね」

エレノアは、単なる好奇心からアルと呼ばれる年上の黒人に聞いた。

「ああ、ダチに会いにいくのさ」

「へえー、お友達に・・・」

エレノアは、この男の人からみて、友人もきっと愉快な人だろうと思い

「お互い、いい旅になるといいわね。幸運を!」

と、ニコッと笑い自分の席に戻った。

「ああ、お互いに」

夜になり、そろそろ休もうと、自分のスマホのチェックをしていたエレノアは、ラインに

入っていた文字を読み一瞬眉を顰めた。ため息をついて、

{分かりました。出来る限りしてみます}

と、返事をするとフーとため息をつき、どこかの上空を飛んでいる飛行機が、明日の午後には日本に着くのを少し恨めしく思った。

{さっきまでのウキウキ感が台無しだわ}

エレノアはもう一度、ラインの文字に目を走らせると、あきらめて座席を少し倒してから目を閉じた。

翌日、エレノアを乗せた飛行機は、定刻を少し過ぎて日本の羽田空港に着いた。

エレノアは荷物を待つ間、昨日のラインの事を思い出しながら、苦虫をつぶしたかのような顔をして

{仕方ないわ。与えられたことをしないと困ることになるのですもの。出来る限りのことはしなくちゃ}

エレノアは、嫌な気持ちを忘れるように出てきたトランクを持ち、おしゃれなワンピースと、パンプスで羽田空港の出口に向かって歩きだした。しかし、ウキウキしすぎていて、下を見ていなかった。

「あっ」

と、叫んだがもう手遅れ、パンプスは脱げて足首に鈍い痛みが走った。

その10分前、マリウス達は日本の羽田空港に着いた。やっと地に足がついたことで、

マリウスはホッとした気持ちでロビーの椅子に座っていた。すると

「あっ」

突然、マリウス達が座っている前で、トランクをゴロゴロと引いて歩いていた少女が、大きな声で叫びながら、転倒したのを見た。

少女は痛そうに足をさすって座り込んでいるが、周りの日本人は、少女が外国人ということもあり、声がかけられず、ちらりと見ながら通りすぎていく。少女は痛めた足をさすりながら、床の隙間に入り込んだ靴を取ろうと格闘している。見ると、どうやら床の切れ目の間にヒールが引っ掛かり転んだようだ。

マリウスはすぐさま少女の側に駆け寄り、

「大丈夫?ケガはない?」

と、腰をかがめながら尋ねた。少女は下を向いたまま、まだ床の切れ目からヒールを抜こうと躍起になっている。

「ええ、ありがとう。やっぱり慣れない靴なんて履かない方がいいわね」

少女は笑顔で言うと、やっと抜けたパンプスのヒールを放り出し、痛めた足をさすりながら

マリウスを見上げた。見られたマリウスは、少女の可憐な顔にドキッとしながら

「そこのソファに座って休むといいよ」

と、少女の手を取って、自分たちが座っていたソファに少女を座らせた。

そして水で濡らしてきたハンカチで、痛めた足首にあてて冷やしてあげた。

冷やしながらマリウスはこの少女を、ちらりと下から見上げた。

年齢は自分と同じくらいだろうか、金髪の青い瞳と白い肌。髪をポニーテールにまとめて、笑うと笑顔がよく似合いそうだ。今は痛みで顔をしかめているが・・・。

「大丈夫?きっと転んだ時に足首を痛めたのだと思うけど、少し冷やせば大丈夫だよ」

紳士的に少女を労わった。少女もチラリとマリウスを見ながら

「どうもありがとう。だいぶ痛みが治まったわ。私はエレノア。アメリカから来たの」

エレノアと名乗る少女は、自分の紅潮した表情を、同年代の少年に悟られまいと、ちょっと声高く言い訳をしながら、座ったままの姿勢で、今度はマリウスの顔をはっきりと見て自己紹介をして握手を求めてきた。マリウスは、エレノアの青い瞳にドキドキしながら

「僕たちはイギリスから。ぼくはマリウス。弟のテッド、そしてジョー」

エレノアは側で見守るテッドやジョーを見て、にこやかに笑いながら

「よろしく。私、日本での旅行が楽しみで、張り切りすぎたのね」

エレノアは舌をちょっと出して、マリウスに笑いかけた。マリウスはエレノアの隣に座り、

気の毒そうに

「それは残念だね。誰かと一緒じゃあないの?」

マリウスは周りをみながら、エレノアの連れがいないか探してみた。

「いいえ、私、一人旅なの。本当は兄が一緒に来るはずだったのだけど、仕事で無理だったから」

「へー。一人旅。すごいね」

マリウスは、女の子一人で旅をするなんて、すごいなあと感心しながら、興味本位に

「それで、エレノアは日本のどこに行こうとしたの?」

「私?私は古いものが大好きだから、お寺や神社、大仏なんかを見ようと思ってきたの。

だから行くとしたら京都か奈良ね」

エレノアは、バックの中から持ってきた日本の観光本をマリウスに見せながら言った。

そして今度はマリウスに

「あなたたちは?」

「うーん。まだ考えていないけど・・。どこがいいかな?」

マリウスは、エレノアの観光本を覗き込むように見ていたが、たまたま広げられていたページの写真を見て、アッと驚いた声を出した。

「エレノア!これは何?」

「え!これ?これは日本の仏像よ」

エレノアは、急にマリウスが顔を向けて喋りかけてきたため、驚きながら答えた。

「仏像・・・。それってどれくらい大きいもの。もしかしてもの凄く大きいとか・・・」

マリウスは、真剣なまなざしでエレノアに質問を繰り返した。

「えっ。・・・この仏像?そうね・・。ほら、これを見て。見上げても上が見えないくらい大きいでしょう。私もこの観光本の写真でしか見たことないから、はっきりわからないけど・・・」

エレノアはそう言いながら、マリウスが驚いて声を出した、観光本のページの、下の方にある写真をマリウスに見せた。確かに大きな像を人が見上げている。その下隅には2体の像が写っていた。マリウスはそれにも気づいたが、どうにか声を出さずに冷静にエレノアに言った。

「エレノア、じゃあこれは?」

マリウスは、体が震えるのを感じた。確か暗号の紙には2つの騎士に守られ。と、あった。

この本を見るとなんだか、この2つの像は、ナイトのように仏像を守っているように見える。ジョーの方を振り向くとジョーも頷いている。

「えっ!ウーンとね。ここに書いてあるのをみると、その仏像がある場所の、門に置かれてある像のようね」

エレノアは、この像に関しては何もわからないといった様子で、首をかしげている。

しかし、マリウスは自分たちが目指す場所はここだと確信した。

「エレノア、この像はどこにあるの?」

「ここ?えっと奈良県にある、東大寺南大門というお寺らしいわ。本に書いてある。

マリウス達はそこに行くの?私も一緒に行ってもいい?」

エレノアの急な申し出に戸惑うマリウスだったが、横からすかさずジョーが、

「お嬢さん。我々は急いでおりまして、ご一緒することは出来ないのです。しかし、とてもいい情報で助かりました。さあ、マリウス様。まいりましょう」

ジョーは、マリウスとテッドを促すと先に進もうとしたが、マリウスが慌てて、ジョーの

耳元に小声で

「彼女、足を痛めているし、日本には知り合いもいないから、誰かが手を貸してあげないと・・・。それに僕たちも道案内してもらえたら」

ジョーはマリウスの言葉に小声で

「しかし、マリウス様。私たちには時間がありません。それに人数が多くなると、人目に

付きます。なにかあればお嬢さんも危険にさらすリスクが高くなりますし・・・。第一地図と紙のことは秘密なのですから」

「危険なことって・・?親戚に会うのが危険なの?」

急にテッドが割り込んで、ジョーに不思議そうな顔をした。返答できずに困っているジョーにマリウスは、機転を利かせて

「テッド、時間がまだあるから、少し観光に行こうとジョーと相談してね。エレノアも行きたいらしいから一緒に連れていってあげようと思って。彼女、足を痛めているから、誰かが

一緒に連れて行ってあげないと・・・」

テッドはマリウスの言葉にエレノアを見て

「そうだね、英国紳士として放っとけないものね」

「エレノア、じゃあ、一緒に行こう。道案内は頼むよ」

後ろの方で相談する三人を、心配そうに見ていたエレノアは

「ワオ。よかった。私、この足で行くのには少し不安があったの」

エレノアは、乾いたハンカチを折りたたむと、痛む足を少し引きずりながら歩こうとした。

慌ててマリウスが

「ジョー、トランクを頼む」

「はい、マリウス様」

ジョーは、エレノアのトランクを引きながら、マリウス達の後に付いてくる。そして、皆から見えないように、素早くラインを送信した。

それを見ていたテッドは、親戚に連絡をしているのだと思い

「ジョー、早く。置いてくよ」

「は、はい。テッド様」

ジョーは、慌ててスマホをポケットに入れて走り出した。

その後ろからあの黒服の男がついてくるのに気づかずに・・・。

奈良県は、京都とはまた風情が異なり、静かな観光都市として外国人に人気がある。

特に古都ということもあって、観光地はいつもにぎわっている。

「着いたわ、マリウス。ここが有名な仏像がある東大寺、南・大・門」

マリウスは、目の前に広がった風景に圧倒された。広い空間に自然がいっぱい広がっていて、空気が清々しい。目の前には広大な土地に、鹿が自由にくつろいでいる。そして東大寺南大門に通じる道には、観光客をひきつける土産物屋が、たくさん並んでいる。テッドは、鹿の多さに大興奮な声を上げて

「わあー。すごい。すごい。鹿がいっぱいいる。僕ちょっと触わって来ようっと」

そう言いながら、自分のバックパックを地面に投げると、鹿に近づいた。その姿に鹿は、餌をくれるものだと思い、テッドの側に集まってくる。テッドは、警戒心なく鹿の頭をなでようと手を出した。すると鹿はその手にガブリ。

「わあ!なんで?」

それを見ていたジョーが、近くに{鹿の餌}と書かれた看板を見つけ

「テッド様、おそらく鹿はこれが目当てではないでしょうか。コインで買うシステムのようです」

見ると{鹿の餌、百円}と記載されている。テッドは慌てて

「早く言ってよー。ジョー、びっくりしたー」

それでも鹿に触りたいのか、それを購入すると、今度はジョーと一緒に、鹿の方に向かって

行った。ジョーとテッドが鹿に囲まれながら、餌をあげている間、マリウスは目の前の風景を見ながら別なことを考えていた。

{ここが・・・。暗号の示した場所}

その風景は、あの惨劇を忘れてしまうほど、美しいものだった。

桜の蕾が少し開きかけていて、風は少し冷たかったが、空気は凛として気持ちよかった。

生前、父と日本に行くことが夢だったマリウスは、涙をこらえるのに必死で、慌てて天を仰いだ。

「父様、日本に来たよ・・・」

「えっ、なにか言った?」

マリウスは涙をこらえながら

「いや。なんでもないよ。ありがとう、エレノア。ここに連れてきてくれて。ここからは、君も日本の旅を楽しんで。さあ、ジョー、テッド行くよ」

鹿と戯れていた二人に声をかけて、門の方へ歩き出した。少し、未練を残しながら・・・。

「待ってよー。僕のバックが鹿に囲まれているー」

テッドは慌てて鹿から引きはがすと

「じゃあね。お姉さん。旅行楽しんで」

と、ジョーと一緒に、マリウスの後を追いかけた。去っていく3人の姿を見ながら、エレノアは、メールに書かれていた言葉を思い出して

「待って、マリウス。一緒に大仏を見ましょう」

やがて、大きな門が見えてきた。そこはエレノアが持っていた、本の中に記されていた2体の像が、両脇にそびえたつ門だった。通る時マリウスは、この像をよく見た。

確かに一見すると騎士のような風格がある。片手をあげて邪悪なものを拒むかの様な、威圧感もある。エレノアは本を見ながら

「こっちが阿形像で、向こうが吽形像よ。近くでみると怖いというより神秘的だわ」

そこを通り抜けると、お目当ての東大寺が見えてきた。そこには、本にあった大仏が大きな

存在感をだして鎮座していた。

説明書を見ると、銅造蘆舎那仏坐像といわれるこの大仏は、1498mの高さがあり、

聖武天皇の時代に建立されたものらしい。

仏像は圧倒する大きさだが、同じくらい不思議なやすらぎ感をマリウスに与えた。

マリウスは、ただ息をのんで大仏を見上げた。

{なんて素晴らしい!}

その頃テッドは、マリウス達から離れて、キョロキョロしながら、周りに、なにか面白い

ものはないかと探していた。その後ろを、ジョーも周りを気にしながら、写真を撮るふりを

しながら誰かとスマホで話しをしている。

「ああ、着いたか。そこから俺が見えるか?わかった。ホテルは俺が取っておくから、先にホテルに行って待ってくれ。俺の名前で予約しておくから」

電話を切ると、着信履歴を削除した。

テッドは、観光客でいっぱいの広間を走り回っていた。

すると近くでキャアキャアと、楽しそうにはしゃぐ集団がいた。

{なんだろう?}

テッドは好奇心から歓声の声でにぎやかな方へ、足を向けた。

そこには一本の柱があり、観光客が周りを囲んでいた。その柱に近づき中を見てみると、

空洞になっている。

パワースポットなのか、観光の目玉なのか、観光客たちは、そこを通り抜けようと躍起に

なっていた。好奇心旺盛のテッドも、早速チャレンジしようと穴を覗き込んだ。

{いけそう}

そう確信し、テッドは穴にもぐりこんだ。穴は細身のテッドには、無理なく通れる空間で、

すんなりと通ることができた。

周囲にいた観光客はテッドを迎え拍手した。テッドはその人たちに手を上げて応えると

「へへん。兄さんにも教えてあげよう」

マリウスを探しに本堂の方へ入っていった。

「本当に素晴らしいわ。日本人が信仰深いのも頷ける。私は外国人だけど、この素晴らしさは理解できるもの」

「本当だね。少しも威圧感がなくて、全てを受容してくれるような、優しさを感じる」

マリウスはそう言いながらも、どこかに穴らしきものがないか、眼をくばっていた。その

マリウスの緊張が伝わったのか、エレノアが

「どうしたの?マリウス、なんだか怖い顔をして・・・」

「えっ!いいや。何でもないよ。あれ?テッドが僕を探しているみたい。ちょっと行ってくるよ」

テッドの声に、マリウスは助かった。と言わないばかりの表情をして、エレノアから離れた。


「なんだい、テッド」

「兄さん。僕、面白いもの見つけた。来て」

「面白い?」

テッドは、先ほど、自分が見つけた柱に、マリウスを連れていくと、エヘン!と咳払いをして、勿体ぶって、マリウスに見せた。

「兄さん。僕、この穴を通り抜けられたの。すごいでしょう」

「穴?どこの?」

マリウスは周りを見わたした。

「ここだよ」

テッドは、自分の後ろに隠れている柱を、マリウスに見えるように動いて、自慢げに柱を

指した。

「フーン、・・・柱かー・・・穴?テッド、何だって!」

「わっ!びっくりした。どうしたのさ」

マリウスの驚きに、テッドの方がびっくりして、胸を押さえている。マリウスは、テッドが

指さした場所を見た。

確かに、テッドの後ろに1本の柱が見える。マリウスは、テッドを押しのけるように、そこに近づいた。そして屈むと、柱の中を覗いた。確かに穴があり、空洞となって向こう側に通じている。マリウスは、直感的に

「テッド!ジョーをすぐに呼んできてくれ」

「え?う、うん」

テッドは、マリウスの声に慌てながら、ジョーを探しに走って行った。

マリウスは、周りに人が居ないことを確認すると、急いでその穴に両手を突っ込んで、穴の中に何か細工のようなものがないか、念入りに調べ始めた。

 「ない。ない。いや、あるはずだ。あの暗号の示す穴はここの筈だ」

マリウスは、自分を暗示にかけながら、何度目か手を入れた。

ふいに、マリウスの手が止まった。左手が、穴の右壁の何かに触れたのだ。

マリウスは、ビクッと一瞬手を引っ込めた。触った感じ、木の変形と言われればそうだが、

マリウスの頭は直感的に

{これだ!}

マリウスは、周囲を見た。誰もマリウスに目を止める者はいない。

マリウスは、もう一度、違和感を覚えた場所に手を当てた。そこは、不自然に凸凹していた。そして、息を整え、躊躇なく一気にそれを押した。

「カチッ」

音をたてて凸凹は、中にしまわれ、左側の柱の方から、何か落ちてきた。

マリウスは、ドキドキしながらソーとそれを拾うと、ポケットにしまい、何食わぬ顔でその場を離れた。

「マリウス様。何かあったのですか?」

「ジョー。見つけたよ。合っているかは分からないけど、あの地図に書かれた言葉の通りの場所に・・・」

マリウスは、誰にも見られないように、慎重にその巻物をジョーに見せた。

「これは・・・」

ジョーも、本当にあったとは信じられなくて、ゴクンと唾をのみ、ただただ驚いている。

テッドはそんな二人のやりとりを不思議そうに

「兄さん、それは?」

マリウスは、テッドの頬を手で包み込んで興奮しながら

「ああ、テッド。お前にもいずれ話さなければいけないな。とにかく今はここを離れよう。僕はエレノアを呼んでくる。ジョー、近くに泊まれるところを探しといてくれ」

「・・・マリウス様、あのお嬢様をお連れするのですか?」

エレノアの元に行こうとするマリウスに、怪訝そうに聞いた。

ジョーの言葉に一旦、立ち止まったマリウスは、振り向き2人を見ながら

「・・・・そうだね。連れていくわけにはいかない」

マリウスは自分に言い聞かせるように言うと、混雑した大仏殿にひき戻った。


マリウスが、エレノアの方に向かうのを見たジョーは

「テッド様、私はホテルの確保をしてまいります」

「んっ?ここですれば」

「えー。ここは少々、賑やかなので・・・」

「そう?まあ、いいや。早く行ってきて」

ジョーは、テッドに会釈すると、トイレの方向に歩いていった。

そして、テッドが見えなくなると、スマホを取り出し、素早く発信させた。

「着いたか?ああ、これからそちらに向かうから、目立たないようにしておいてくれ」

電話の主が

「了解」

と、短い返事をすると、ジョーは一方的に電話を切り、また着信歴を消去し、テッドの方に

足を向けて歩き出した。

一方マリウスは、エレノアの側に行くと、少し言いにくそうに

「エレノア、僕たちはそろそろ行くよ。いろいろありがとう」

「もう?次はどこへ行くの?」

「まだ、決まってないけど」

マリウスは、そう言いながら、早くこの場から離れようと焦っていた。バックパックの中には、手に入れた物がある。早く、見たかった。エレノアは、そんなマリウスの気持ちを知らず、慌てて手荷物をまとめると

「マリウス、待って。私も行くわ」

「マリウス様、どうされるのですか?」

ジョーは、タクシーの中で喋り続けているエレノアを見て、小声で言った。

「大丈夫さ。ホテルに着いたら、エレノアの事をドライバーに頼むから」

「そうでございますか?お嬢様には申し訳ありませんが、着いてこられては困りますからね」

「そうだね。困るよね・・・」

マリウスは、少し苦笑いしながら、ジョーの意見に同意した。

ホテルに着いた。マリウスはドライバーに

「このお嬢さんのいう所まで頼む」

「あっ、お友達ではなかったのですね。かしこまりました」

運転手はマリウス達の荷物を下ろすと、降りようとしているエレノアを見た。

「マリウス、わたし、まだ泊まるとこ決まってないの。ここに私も泊まりたいわ」

「どうかな。部屋があればいいけど・・・」

「私、聞いてくる」

エレノアは荷物を置いたまま、ホテル内に入って行った。

「フー」

「お客さん、余計なお世話かもしれないけど、今の時期は観光客が多くて、なかなか、部屋は開いてないよ。ましてや、女の子1人の外国人に貸すホテルを探すことは難しいだろうね」

タクシーの運転手が、エレノアの肩を持つように言った。

「兄さん、お姉さんに僕たちの部屋を1つ分けてあげたら。どうせ、ジョーは2つ部屋をとっているだろうから」

「テッド様、しかし・・・」

「まあ、部屋がなかった時に考えるさ。さあ、僕たちも行こう」

マリウスは2人を連れて、ホテルに入った。ロビー内は広くて暖かい。なんだかいい香りもする。

外の喧騒とは違い、静寂で静まり返っていて、ロビーには数名の客がいるだけだった。

客は、マリウスたちに背を向け、それぞれにくつろいでいる。新聞を読んでいるアジア系の男。男女のカップルは、チェックインをしてロビーの散策中だ。

もう一人は、こちらの方を向いて座っている。耳にヘッドホンをして音楽を聞いているのか

体が小刻みにリズムをとっている。ジョーはこの人物の姿を確認すると、お互い、皆に気づかれない程度の目配せをした。

フロントに近づくと、エレノアがフロント係の人に何か言われて困っていた。

「エレノア、どうだった?部屋は?」

「マリウス・・・。やっぱりこの時期は、空部屋がなかったわ。今、他のホテルに連絡

してもらっている所」

「やっぱり・・・」

マリウスはさっきの運転者が言ったことが本当だと感じた。この春先は、日本の四季の中でも、観光客が多く、どのホテルも満室が多い。マリウス達が急遽にも関わらず、2室もとれたことは、珍しいことなのだ。

 マリウスは困っているエレノアを見て、ジョーの方を振り向き

「というわけだから、エレノアに1つ部屋を提供しよう」

「マリウス様・・・。かしこまりました。しかし、あとの1室は洋室でベッドが一つしかありませんが・・・」

「そこは、僕とジョーで、使えばいいじゃない?」

テッドが、嬉しそうにジョーに言う。

「いけません。テッド様。良家の方と使用人では、扱いが違います」

「えー。なんで?ジョーは、家族同然も同じだから、いいじゃないか。ねえ、兄さん」

「ジョー、今晩は悪いがそうしてくれ。テッドも喜んでいるからね」

「マリウス様・・・」

マリウスは、フロントと話をしているエレノアに近づくと

「エレノア、僕らの部屋を提供するよ」

途方に暮れているエレノアは

「本当?マリウス。ああ、ありがとう。私、あきらめかけていて・・・。野宿の事、

考えていたわ」

「支配人、僕らの部屋を1室、彼女に提供することは構いませんか?」

「お客様の御連れでしたら、構いませんが料金の方はいかがいたしましょう?」

「それも、こちらでお支払いしますよ」

 ホテルの支配人はニコッと笑い

「承知したしました。ようこそ、当ホテルへ」

マリウス達が、部屋に着いた頃、ホテル前に一台のタクシーが停まった。そこから降りてきたのは、日本に向かう飛行機の中で、マリウス達を見ていた、頬に傷のある男だ。

男はホテルを見上げると

「フン、ここか。奴は・・・・」

ニヤッと笑いながらそう言うと、フロントに向かい、事前に予約しておいたのか、部屋のキーを受け取るとエレベーターに乗り込んだ。乗り込む際、どこからかの電話か、着信がなりだした。男はそれに出ると

 「ああ、抜かりはない。奴の言うように標的を捉えた。そうあのお方にお伝えしろ」

ニヤッと笑うと、エレベーターのボタンの5を押した。

マリウス達は512・513号の1部屋のうち512号をエレノアに提供し、3人は、

ベッドが2つしかない部屋に入った。

テッドは日本のホテルが珍しいのか、いろいろと部屋や引き出しを開けては、驚嘆の声を連発していた。

「ワオ、小さいけど機能的な部屋だね。いろんなグッズも揃って、可愛い」

「申しわけありません。この部屋しか空いていませんでしたので、それなのに、私まで

お邪魔をしてしまいまして・・・。私はこの椅子で休みますので、マリウス様達は、ベッドでお休みください」

ジョーは所在なさげに、小さくなっている。

「駄目だよー。ジョーは今晩、僕と寝るの。ちょっと狭いけど楽しいそうじゃない」

マリウスもテッドに同意するように

「ジョー。これが、いつまで続くか分からないからしっかり休んでいてくれ」

その言葉にテッドが、キョトンと荷物を解く手を止めて

「兄さん、まだ続くって?日本には親戚に会いに来ただけじゃないの?僕は親戚に会ったらイギリスに帰るとおもっていたけど・・・」

急なテッドの質問に、マリウスとジョーは、顔を合わせ、お互い頷くと

「・・・テッド。お前には話さないといけないことがたくさんある。・・・ジョー少し席を外してくれ」

「承知しました、マリウス様」

マリウスは、ジョーが部屋から出て行くのを見てから、テッドをベッドに座らせた。

「テッド、僕たちがなぜ日本に来たのか。そして父様たちはどうして亡くなったか。お前にも知る権利がある。長い話になるが聞いてくれ」

「えっ。父様たちは強盗に・・・」

テッドはマリウスの言葉に声をなくし狼狽えている。

「テッド。父様たちは・・・」        

マリウスは、あの晩、訪問者が来たところから、テッドが理解できる言葉を使って説明した。最初は両親の死を思い出したのか、泣きそうな顔をしていたテッドが、地下で手紙と地図を見つけたこと、それで日本に来た理由を知ると、表情が驚きの顔となり、最後は下を向いてしまった。

「なんで、僕には秘密していたの。日本の親戚に会うというのも嘘?僕が子供だから・・・?」

最後は、絞り出すような声でマリウスに怒りをぶつけてきた。

「テッド、すまない。日本に親戚なんていない。お前にこのことを隠していたのは、

苦しませたくなかったから。それにこの暗号を解くのは、父様母様の仇を討ちたい、僕の勝手な考えだ」

 「そうだよ!兄さんは勝手だ。何でも自分で決めて、全部自分1人でしょい込んで、僕だって・・・、僕だって、兄さんにしてみたら頼りないかもしれないけど、クローリー家の一員だ!」

下を向いて怒りをぶつけるテッドに、マリウスは、ただ肩に手をやり、抱きしめた。

「すまない、すまない。テッド」

テッドはしばらくの間、マリウスの胸で、怒りと悲しみで泣いていたが、やがて両手で涙を拭くと、顔を上げて、マリウスの目をしっかり見ながら

「・・・マリウス兄さんの気持ちは僕にも理解できる。僕だって弟には心配をかけたくない。でも兄さんも言っていただろう。母様たちを埋葬した時に、これからは2人で頑張ろうって・・・。僕だって、僕も、母様を殺した奴が憎い。兄さんと一緒の気持ちだよ。僕も兄さんに協力して両親の仇を討つ!」

硬い決意の顔で、テッドはマリウスを見た。

マリウスはそんな弟を見て、誇らしくそして不憫に思った。15歳という多感な年で、こんな運命を背負わせることにマリウスは、心苦しく、また同時にテッドを愛おしく思った。

「テッド、分かった。これからはお前にも相談するし、手伝っても貰う。でも無理はしないでくれ」

「分かっているよ、兄さん」

2人は抱き合った。それを見越したようなタイミングで、ジョーが入って来た。それを見た、テッドは、少し恨めしく見ながら

「ジョーは全部、知っていたみたいだね」

「テッド様・・・。申し訳ありません。マリウス様のお気持ちには逆らえませんでした。

もうテッド様に隠し事はありません」

「いいよ。ジョーも苦しかっただろうしさ」

「テッド様・・・」


ジョーはテッドの寛大さに感動しながら、廊下で待っている間に、自分なりに考えたことを基地にした。

「マリウス様、テッド様。お2人の意志が固まった今でこそお話しますが・・・・」

「何だい?ジョー」

「地図と暗号でこれから先、どうなるかわかりません。ただ、分かるのは、ご主人様が遺されていたように、相手は巨大な組織のようです。どこで見張られているかしれません。ですので、なるべく、単独行動はお控えください。また、知らない人間に気を許されませんように・・・」

マリウスは、ジョーの話に頷き耳を傾けながら、ふと、エレノアのことを考えた。

{エレノア・・・。彼女と出会ったことは、はたして偶然なのか。・・・まさか組織の・・・。いや、あの痛めた足は、偽っているようには見えなかった。でも今、ジョーが言ったように念には念をいれないと・・・}

マリウスは、エレノアが本当に米国人で観光に来ているのかさえ、疑問に思えてきた。

そんな考え事をしているマリウスの、気持ちが通じたかのように

「マリウス様、私もエレノア様の事が気になります。相手がどう動いているか分からない以上、エレノア様には気を許さない方が懸命かと存じます」

「確かに・・・。エレノアは、タイミングよく僕たちと出会い、今、行動を共にしている。偶然にしては不自然さがある。でも、僕たちが日本にきたことは誰も知らないはずだ」

ジョーはマリウスの反論に、少し間を置いてから、確かに。と、いった表情で頷いた。

「エレノアとは明日、別れよう。それでいいね。ジョー」

ジョーはマリウスの言葉に一礼して頷いた。

「その方が宜しいかと・・・」

「・・・それでマリウス様、見つけたものは何だったのですか?」

「あっ!」

ジョーに言われて、マリウスは見つけてきたものの存在を思い出した。

ジョーに言われるまで、テッドとの話や、エレノアの事を考えていて、すっかり忘れていた。マリウスは慌ててバックパックからそれを出してきた。

「何かのペーパーですね」

ジョーは、マリウスが手にしている物を、まじまじと見て首を捻った。確かに何かの紙だ。

紙は思ったよりも激しく風化している。

「こういう紙のことを、日本では巻物っていうらしいよ」

ニンジャに興味のあるテッドが、横から口を出した。

「巻物・・・」

マリウスは早速、巻物を、ジョーと両端ずつ持ちながら、ベッドの上に広げた。

広げた巻物の紙は、所どころ虫食いや破れた箇所があり、読めない部分もあった。

そこにテッドも加わって、3人は、上から見下ろすように、書かれた言葉を見た。と、同時にマリウスとテッドは

「なにこれ」

と、呟いた。

「書いてある文字が読めないよ」

ウーンと背伸びをすると、テッドは別のベッドに倒れ込んで、天井をみた。天井を見つめても

答えは書いていないのだが・・・・。

マリウスも、全くテッドと同じ意見だった。巻物の紙には、マリウス達には理解できない言語で書かれていた。

ジョーも同じように巻物の紙を見ていていたが、何か策があるのか

「マリウス様、これから私がすることを信じてくださいますか?」

と、唐突に聞いてきた。マリウスは驚きながらも、ジョーの目を見て

「ジョーが力を貸してくれたから、ここまで来られた。ずっと側で見守ってくれた。そんな君を、僕たちが疑うわけはないだろう」

マリウスにそこまで言われて、ジョーは一瞬言葉に詰まったが、気を取り直して

「ありがとございます。一つ、私に考えがあります。少し時間をください。必ず、ご期待に添えると思います」

そう言うと、部屋から出て行った。マリウスはテッドの顔を見て

「大丈夫だよ。ジョーを信じよう」

と、安心させた。

部屋から出たジョーは、急いでロビーへ降りて行った。そしてロビーでくつろいでいる何組かの客の中から、ヘッドホンをしている男の肩に手をおいて、声をかけた。

「おい、いつまでくつろいでいる。出番だぞ」

そう言うと、ヘッドホンを取り上げ、相手の男を軽く睨んだ。

睨まれた男性はジョーを見るとニヤッと笑い

「おお、怖い。ジョー。久しぶりの友にそれはないじゃないか?」

と、軽く手を挙げた。

「よく言うぜ。・・・なんだ。アル。おまえの格好」

アルと呼ばれた男性は、黒服にサングラスといった一風かわったいでたちで、ジョーを笑いながら見ている。

「オイオイ。これから坊ちゃんたちに会うだろう?最初が肝心だからな、これでビシッと決めるぜ。それでこれから俺はどうすればいい?」

アルの言葉にジョーは急に真面目な顔になって

「実は今、困ったことになっている。お前の力を借りたい。一緒に来てくれ」

「OK。いいぜ。俺の力の見せどころだな」

アルは、指をポキンと鳴らして立ち上がった。ジョーはそんな友人の姿をみて、苦笑いし

「じゃあ、行くぞ」

と、降りてきたエレベーターに乗ろうとした。その際、降りてきた男性と、アルがぶつかり

そうになった。

「おっと」

と、言いながら、アルは脇にどけた。男性はチラリとこちらを見ると、無言で通り過ぎた。

アルはその後ろ姿をみて

「不愛想な奴だなー。へー、俺と同じ格好の奴がいるぞ、見ろよ、ジョー」

ジョーは急いでいるのか、向こう側に歩いていく男性の方をちらりとみて

「ああ、そうだな、とにかく急ぐぞ」

アルを急き立てエレベーターに乗せた。

自室で待つマリウス達二人は、ジョーが20分しても、帰ってこないので段々心配になっていた。しびれをきらしたテッドが

「兄さん、僕ちょっと見てくるよ」

ベッドから飛び起き、ドアに向かおうとしたので

「テッド、行くってどこにさ。ジョーがどこにいるか分からないだろう」

と、制止したが、テッドは

「でも、ここにこうしていても仕方ないよ。フロントにでも行って聞いてみるよ」

そう言うと、部屋のドアノブに手をかけようとした。

{ガチャ}

テッドが開ける前に、廊下側からドアノブを回す音と、誰かが入ってくる姿が見えた。

マリウスはテッドの所に慌てて走り、テッドの体を引き寄せ、入ってきた人間を凝視した。

ジョーではない。知らない男だ。マリウスは咄嗟に、相手にむけてパンチ繰り出そうと拳を

上げた。

だが、その後ろから、ジョーが入ってきたのを見て、瞬時拳を止めた。ジョーは一瞬、マリウスの行動に驚いた様子だったが、同時に申し訳ない表情で、

「マリウス様、驚かせて申し訳ありません。私が先に入ろうとしてのですが、こいつ、いえ、友人が先走ってしまいまして・・・」

そう言うと、先に入ってきた男に目をやり、肩を小突いた。小突かれた友人といえば全く、悪びれる様子もなく

「そうか?俺は、全然気にならないけどな。ははは」

と、大きな声で笑った。マリウスとテッドはこの男に圧倒され、ベッドの隅まで下がり警戒

している。それをみて、ジョーは

「マリウス様、テッド様、大丈夫です。彼は敵ではありません。私の友人で、名前はアルバートといいます。彼が力になってくれます」

「力に・・・。って?この人に全部話したの?」

テッドはジョーを責めるように声を荒げた。

「はい。大まかなところだけですが」

「ジョー、僕たちはこの人のことを良く知らない。それに僕たちは今日、日本に来たばかりだよ」

ジョーは、テッドの疑問は最もだといわんばかりに

「はい、そうです。彼は、私が日本に呼んだのです。こういう時の為に」

それを聞いて、なおさら訳が分からない、といった顔で、マリウスは

「どういうことか説明してほしい。ジョー。この事は秘密の筈だろう。それに僕には、何故、この人が必要なのか分からない」

ゆっくりと、ジョーは言葉を選びながら、いきさつを話し始めた。


「もともと彼と私は、アメリカの同じ大学で経済学を学んでいました。彼は、コンピューターを操ることに長けておりまして、ネットワークも広く、多くの情報屋からの情報も得ることもできます。今回、この地に目星をつけたのも彼でした。マリウス様、我々の行動は、秘密であることはわかっております。しかし彼は今後、我々の旅に必要であろうかと思います。彼の同行をお許しくださいませんか」

マリウスはこの、アルバートと呼ばれる人物をよく見てみた。

黒人で背は高く、陽気で屈託のない笑顔。黒いサングラスをしているため、顔はよく見えないが、白い歯を見せて、何かの唄を口ずさんでいる。

悪い人物には見えないが、信用してもよいか・・・。ついさっきジョーは、人に気を許してはいけないと言ったばかりなのに・・・。

マリウスが返答に困っていると、ジョーは念を押すように

「マリウス様、彼は信用できる人物です。それは私が保証いたします。あの謎の言葉を解読できるのは彼だけです」

そこまでジョーに言われると、マリウスはこのアルバートという人物を、信用してもいいかも。と、思った。

何より今は、巻物に書かれた謎の暗号を解かないといけないのだ。

「分かった。ジョー。君を信じるよ。そしてアルバートさんも・・・」

マリウスの言葉にジョーは安堵した。その言葉を聞いたアルバートは、マリウスを、上から下まで、まるで品物を見るかのように見ながら

「あんたがマリウス・クローリー。で、そっちがテッド・クローリーの坊ちゃん達か。

俺のことはアルって呼んでくれ。まあ、よろしく頼むぜ」

「こら、アル。坊ちゃんたちに失礼な口はきくな。ちゃんと言葉には気を付けろ」

ジョーはアルをたしなめるように言ったが、アルは、お茶らけた様子で

「金持ちも貧乏人も同じ人間だ。俺だってこれで金を儲ける」

と、キーボードを打つ動作をした。

「アル!!」

ジョーは顔を手に当てて溜息をついた。そのジョーの姿にアルは

「ああ、悪い。悪い。俺思ったことすぐ言っちゃうタチで。でも根は良い奴だぜ。当てに

して悪いことはない。ははっは」

と、ノリノリの態度と軽い言葉に、ジョーは慌ててアルの頭を叩いて、訂正させようとしたが、マリウスが

「いいよ。ジョー。アルさん、これからよろしく。改めて僕はマリウス・クローリー」

「おいおい、サン付けはいらないぜ。なんだかムズ痒いからよ」

アルは本当に痒いのか背中を掻くしぐさをした。

「分かりました。それではアルと呼ばせてもらいます。僕たちの事も呼び捨てで」

アルは初めからそのつもりのようで

「了解。そうしよう。かったるいのは御免だからな」

マリウスは仕切りなおすように

「こっちが弟のテッド・クローリーです」

と、テッドを前に出して紹介した。テッドはぺこりと頭を下げ挨拶した。

「よし!じゃあ、暗号解読ゲームといくか」

アルは、ベッドに置かれた巻物に近づくと、書かれている文字を見て

「確かに、これはお前たち英国人には解読不可能だろう。だがお前なら読めるはずだ、

ジョー。これは、インディアン語だ。


‘ここより大海を渡りし、先住民の住む国。混とんとした国を統一し殺されたリーダーに挨拶せよ‘ 


下の方に、オレンジの絵があるが、これには意味はないだろう」

アルの言葉を聞いても、3人共、意味不明な顔をしている。マリウスはベッド脇でアルの言った言葉を反復している。

ジョーは、手を顎に当てて考えているが、はっきりとした答えが見いだせずにいた。その中でアルだけが、何かを掴んだのか、ニヤニヤしながら3人を見ていた。

「俺は、大体分かったぜ。おい、ジョー、お前まだ分からないのか。まじかよ」

「俺は専攻外で全くわからない」

ジョーは、アルにすべて任せるといった表情でアルを見た。

「専攻外といっても、あのゲイツ教授だぞ。うんちくオタクの講義を忘れるなんて、ありえないぜ」

アルは、ジョーをからかうようにニヤニヤしながら言った。ジョーはアルが自分をからかっているのが面白くないようで、少しムッとしながら

「うるさいな。あの教授は、暗号の解き方やマニアックな話ばかりで、興味なかったから

真剣に聞いてなかった。・・・よし、そんなに言うなら聞いとけよ。俺の考えはこうだ。

・・・ここより大海を渡り・・・。これは、大きな海を越えて、違う国に行くことを示している。インディアン語で書かれていたことから、この先住民というのは、インディアンのことだろう。インディアンが住んでいたのはアメリカだ。だから次の目的地はアメリカだろう。

でも分からないのは、 ‘混とんの国をまとめて殺されたリーダー‘ という言葉だ」

「はい、良くできました。お前にしちゃあいい出来だ」

ジョーはムッとした顔で

「じゃあ、今度はお前が言ってみろよ」

「いいぜ。そうだなー。俺なら国のリーダー。という所で、大統領をイメージするかな。

大海は、ジョーの言うように大きな海、つまり海を越えて違う国に行けと指している。それもジョーの予想通り、場所はアメリカだ。だが、俺にもわからないのが混とんの国で殺された

リーダーという言葉だ。これが大統領と解くなら、混とんの時代に殺された大統領となるが・・・」

アルは、自分の荷物の中からパソコンを取り出し、机の上に置くと、世界各国のネット仲間に通信し始めた。

2人のやり取りを、傍から見ていたマリウスとテッドは、顔を見合わせ

「兄さん、ジョーはアルといるといつものジョーじゃないみたいだね」

「友達だからリラックスできているだろう。それともこれがジョーの地かもしれないよ」

2人はクスクスと笑った。慌ててジョーが

「マリウス様、テッド様、違います。アルはもともとこういう奴で・・・。お調子者で人をからかっては遊ぶ、悪い癖がありますから気を付けてください」

ジョーは憤慨しながらアルを睨んだ。その視線に気づかないアルはPCとにらめっこ中。

アルがPCとにらめっこ中、ぼんやりと、巻物を見ていたテッドが

「兄さん。これ、大きな紙なのに、下の方ががら空きなんて変だよ」

紙の下の空間を指さしながら言った。

「本当だ。なにか意味があるのかもしれない」

2人で、ゆっくりと紙を上下にしたり、ひっくり返したり、複写があるかも。と、巻物の紙を透かして見たが、何も見つからなかった。

アルはジョーが入れたコーヒーを飲みながら、PCの前で返信を待っている。

「どうぞ、マリウス様。テッド様。お疲れでしょうから少し休憩なさってください」

ジョーが2人の前に、紅茶を差し出した。

「ありがとう、ジョー。アルの方は終わったかい?」

「いえ、まだのようです」

「そうか。まあ仕方ないね。・・・そう言えばジョー、1つ気になるものを見つけた」

マリウスは、テッドが見つけた箇所をジョーにも見せようと、巻物の紙を持った。

「コンコン」

突然、部屋がノックされた。ジョーは、マリウスとテッドを奥の方に無言で連れてゆき、

アルはPCを閉じて部屋の奥に隠れた。

「どなたですか」

ジョーは警戒した声でドアの外の人物に声をかけた。すると

「ジョー、私よ」

聞きなれたエレノアの声に、アルは誰だよ。と、テッドに聞いている。

テッドはニヤニヤしながら、手を上げた。

ジョーはマリウスの方を向き、いかがしますか。と、言った表情で指示を待つ。

マリウスは頷き、ジョーは仕方ないですねと、言った顔でドアを開いた。

廊下に立っていたエレノアは、日本古来の浴衣に着替えており、入浴したのだろう、

ほのかにシャンプーの匂いをさせて、部屋に入ってきた。

「やあ、エレノア。どうしたの?」

「なんだよ。知り合いかよ」

アルは隠れていた場所から出てきた。マリウスはエレノアを見ながら

「アル、こちらエレノア嬢。エレノア、この人はアル。ジョーの友人でたまたま同じホテルに泊まっていたらしいよ」

マリウスは、苦しい言い訳をして、二人を紹介した。お互い顔を見合わせた二人は同時に

「あれ?飛行機の・・・」

「あなたは確かアルバート?どうしてここに?」

ジョーは、アルが、また何かしでかしたと勘違いし、ため息をつきながら、アルに

「アル。これはどういうことだ。説明してくれ」

アルは、頭を掻きながら

「どうもこうも・・・。ただ、アメリカから日本に来る時に、同じ飛行機に乗り合わせた

だけさ」

「なるほど、エレノア様。アルは私の友人でして・・・」

「そうなの」

エレノアは納得したように、アルとジョーを見比べた。

{この2人、性格は正反対のようね}

「で、どうしたの?エレノア」

マリウスが、3人の間に入ってきた。勿論、巻物はエレノアから見えないところに隠して。

「えっとね。私が部屋貰ったから、マリウス達、困っているじゃないかと思って・・」

「いいえ、我々3人くらい、どうでもなります。彼は自分の部屋がありますし・・・」

アルを指さしながら言った。アルは、お、俺?といった顔でジョーを見たが、

ジョーは気づかないふりをして、エレノアに心配ないと告げた。

「そうなの?なら、良かった」

そう言いながらも、エレノアの頭の中はフル回転していた。

{こんな所で彼と再会するなんて・・・。私、飛行機の中でなにかヘマしてないかしら}

エレノアは笑顔を見せながら、頭の中はその考えで一杯だ。

アルはアルで

{オイオイどうなっているのだ!このメンバーに、女子がいるなんて情報はなかったぞ。

俺は元来、女は苦手で・・・。くそっ。困ったな・・・。なるべく関わらないようにしよう。女は勘が鋭いから苦手だ}

2人はお互いの思惑を、相手に諭されまいと、にこやかに笑顔だ。

「・・・」

「・・・」

エレノアは空気を和ませようと

「ア、アルバートはジョーと友人なのね。ということは、ジョーはアメリカ人ってこと?」

「そうです。エレノア様、私もアルも、同じ大学で知り合ったのです。変わった奴ですが、害はありませんから」

ジョーは真面目にアルの紹介をしている。

「だから、ジョー!そこが、お前がクソ真面目過ぎる点だ。面白くもない」

「別に面白くしているわけじゃない。お前がチャラチャラしすぎているだけだ」

エレノアは、2人の会話を聞きながら、

「プッ。2人ともコメディアンみたい」

ケラケラと笑いだす。

「そうか?ははっは、だとよ、ジョー。世話人なんて辞めて、俺とデビューするか?」

「このー。調子に乗るな。アル!」

2人の会話を、傍から見ているマリウスは、なんだか面白くない気持ちで、勢いよくベッドに飛び乗った。

その拍子に、巻物を落としてしまい、運の悪いことに、エレノアの足元にコロコロと転がった。

「なあに?これ」

エレノアは、巻物の紙を広げて眺めた。慌ててマリウスが

「エレノア何でもない。ただの地図だよ」

「でもこれ世界地図だし、何か文字が書いてあるわ。・・・インディアン語ね。書かれていることも不思議な書き方で、まるで暗号みたいで面白いわ。答えはリンカーン大統領ね。

誰が考えたの?このクイズ。商品は出るのかしら?」

と、笑いながら巻物をベッドに置いた。

{!}

皆がエレノアと地図を交互に見て、固まっている。アルにしては

{この女、何者だ!}

エレノアを凝視している。

「・・・エレノア、君、どうしてこれがインディアン語だと分かったの?それに・・・

リンカーン大統領って、まさか、あの?」

マリウスは唾をゴクンとさせながら、エレノアに尋ねた。

「えっ!そうよ。あのリンカーン大統領よ。暗殺された」

皆は唖然としてしばらく沈黙が続いた。アルが口をきった。

「でもよー、暗殺されたのは、リンカーンだけじゃないぜ。ケネディだって」

「アル。よく見て・・・。この紙は相当古いわ。ケネディ大統領が暗殺された時代の紙質ではない事は分かるわよね」

 「確かに・・・」

アルは、エレノアの気づきに目を見張り、ただただ驚くが、次の疑問が口をつく。

「でも、これは、昔のインディアン語だぜ。エレノアは其れが読めるのか?」

エレノアは、アルの疑問に答えるように

「ああ、それはね。私のパパ、博物館の館長をしているの。そのせいか、幼い時から博物館に出入りしていて、このインディアン語が読めたのは、そこに展示されているものの1つ

だからよ。何度も眺めたり、パパに教わったりして読めるようになったの」

エレノアは、皆が自分を凝視していることが急に恥ずかしくなり、下を向いてうつむいた。

アルはPCの情報を確認するため、机に向かっていたが、手で髪の毛をくしゃくしゃにして

「どうやら、エレノアの言うことに間違いはなさそうだ。こんな強い味方がいるのなら、

俺は必要なかったじゃないのか?」

少々むくれた様子でジョーを睨んでいる。ジョーは慌てて

「いや、エレノア様は仲間ではない。たまたまこの日本で、知り合いになっただけで・・・」

{そうなのか?なら俺の目的の邪魔にはならないな}

「エレノア、それじゃあ、混とんという意味は?」

急に、マリウスが、皆が解けなくて手をやいていた難問を口にした。

「そうなの。私も最初から、ここが引っかかって・・・。本来、混とんという意味は、

ぐちゃぐちゃとか、統一していないまぜこぜの・・・。という意味があって・・・。だから私、この一文を、こう解釈したの。

‘日本から大きな海を渡り、先住民のいたアメリカの、リンカーン大統領のもとを訪れよ。‘

・・・だって、大海って太平洋のことでしょう。そこを進んでいけば、アメリカ大陸よ。

それに、アメリカにはもともと、先住民のインディアンがいたの。この文字がインディアン語で書かれていたのも、その証拠よ。そして、皆が悩んだ、混とんというのは、混ざり合った、乱れた、という意味として考えたの。アメリカを混とんとした戦い、つまり南北戦争のことだと思ったの。そこで活躍したのは、北部を支持し、黒人の奴隷解放宣言をした、未来のリンカーン大統領でしょう。だから私はケネディ大統領ではなくリンカーン大統領だと判断したわけ」

エレノアは一気に話すと、みんなを見渡し

「それで、このクイズは誰が考えたの?」

と、笑顔で聞いた。またもや4人は、お互い一言も喋れなかった。

アルは、PCの返信音がなったので駆け寄り確認してから、エレノアの方を振り向いて

「ヒュー、すごいな。エレノアの洞察力は。今来た世界の仲間も、同じことを答えに出している」

「これクイズじゃあないの?・・・そうね、クイズの紙にしては凝っているわ。紙質も百年以上たっているような・・・」

エレノアは巻物を触りながら

「ねえ、この紙どこで?物によっては、博物館行きかも・・・」

「いいや、これは、代々うちに受け継がれているもので・・・」

「フーン、なら問題ないみたいね。でも、これを考えた人は頭がいいのね。一見暗号とは

気づかないもの」

感心しきった顔で、エレノアはしげしげと巻物の紙を触った。

5分後、アルはネットワークで確認できたと皆に報告した。

「どうやらエレノアの言ったことに間違いないらしい。次の目的地はアメリカのようだ。

場所は、リンカーンにまつわる場所でいえば、リンカーン像のあるワシントン州だ。行くか?」

マリウスは力強く頷き

「行こう!アメリカへ」

「よし、そうと決まれば、明日は忙しくなるぞ。ワシントンの地図を出して、それから・・・」

アルは、向かう先が決まって、イソイソと準備を始めた。

「アメリカ・・・。この暗号が示す先が・・・」

マリウスは、旅がまだ続くことに、ドッと疲れが出たのか、ベッドに座り込んだ。

それを見て、ジョーが

「マリウス様、お疲れでしょう。お待ちください」

自分専用のカバンから紅茶の缶を出すと、部屋のポットのお湯を注いだ。部屋は、一気に紅茶の甘い香りが漂う。

「どうぞ、マリウス様」

「ありがとう。ジョー」

マリウスはジョーの入れた紅茶を、ゆっくり口に運び、大きなため息をついた。そして、深呼吸すると

「よし!行こう。アメリカへ」

「当り前だよ、マリウス。ああ、楽しみだぜ」

アルは準備万端といった様子で、PCを閉じると、マリウスを見下ろした。

部屋の空気は一気団結し、高揚していた。


「ちょっと待ってよ、兄さん。あれは?」

いい雰囲気の場を壊すように、テッドが声を上げた。テッドが示す地図の下の空間、マリウスは思い出したように

「ああ、そう。僕たち、この空間が気になって・・・」

マリウスは、巻物の下半分の空白を皆に見せた。皆がその部分を覗き込んだ。最初に声を上げたのはアルだった。

「意味はないと思うぜ。たまたま、丁度いい紙がなかっただけだろうよ」

「私もそう思います。必要なのは、文字であって、白紙に意味はないと思います」

エレノアは、白紙の部分を手で触ったり、裏返したり、擦ったりしたが、そのうちハッと顔色を変え

「もしかして、これは・・・。隠された暗号かも」

マリウスは、エレノアが何を言っているのかわからない様子で

「・・・?でもエレノア、僕とテッドで色々確認はした。何も見つからなかったよ」

テッドもマリウスに同意して、頷いている。

「だから、隠された暗号なのよ」

4人は、巻物の紙を再確認するように、穴が開くほど見たが、エレノアの言っている意味

自体分からず、お手上げ状態でエレノアを見ている。

エレノアは咳払いを1回してから

「隠された暗号というのは大げさだけど、博物館には、いろいろな物が展示されているの。その中には、暗号のように隠された文字もあって、それを表面に出すことはまずないのだけど、もし、この紙に暗号が隠されていたら・・・」

皆、今やエレノアに注目して、彼女の一言、一言の言葉に興味津々だ。

「エレノア、早くそのさきを教えてよ」

我慢できないテッドはしびれを切らして、エレノアにせがむ。

エレノアは、小声で

「あのね。大きな声では言えないのだけど、隠された暗号を見つけるには、いろんな方法があるの。私はパパからいろんな方法を聞いてきたわ。濡らしたり、あぶったり、照らしたり・・・。その中でもポリュラーなのが、果汁を使うって方法よ」

「果汁?それは果物の汁の事か?」

エレノアが、アルの方を向きながら頷くと、今度はマリウスが

「果汁・・・。それって何だろう?世界中どこにでもある物かな。じゃないと、できる場所が限られるしね。オレンジ?レモン?それとも何でもいいのかな」

「それは、私にも分からないわ」

4人は落胆した。エレノアがこの問題も解決してくれると思っていたからだ。


「マリウス様はどう思われます?」

ジョーはマリウスの意見が聞きたかった。この旅のリーダーはマリウスだ。

マリウスは黙ったまま、巻物の紙をしばらく眺めていたが、急に思い出したかのように

「そういえば、アルがさっきオレンジって言ったようだけどあれは?」

マリウスの言葉に皆、アルを見た。

「ああ、暗号を訳した時にオレンジの絵が書かれていたから言っただけだ。・・・そうか!

オレンジか!オレンジを使えってことか」

マリウスは頷き、エレノアはパンと手を叩き

「そうだと思うわ。でも、ただ果汁で濡らすだけでは駄目なの。それを乾かさないと、

隠された何かは浮かんではこないわ。それに、もし浮かび上がる文字があれば、消える前に

それを何かに書き記す必要があるわ」

「よし、手分けして準備しようぜ」

それからの部屋の中はまるで戦場だ。

ジョーはフロントへオレンジを頼み、テッドは紙とペンを準備した。

マリウスとアルは、床に巻物を置けるようにベッドをずらし、スペースを作った。

そしていつ、オレンジが届いてもいいように、巻物を片方ずつ持って床に広げ、待機した。

「マリウス、スマホ借りるわ」

エレノアは、テッドが書き写すのが遅れた場合に備え、画像に残そうと、マリウスのスマホを手に構え、オレンジが届くのを待った。

5分後、届けられたオレンジをマリウスが持ち、ジョーとアルとで巻物を広げた。

そしてマリウスがオレンジの汁を垂らすのを、ゴクンと唾をのみ込んで見つめた。

「いくよ」

4等分にされたオレンジを、白紙に軽く押し付けた。一瞬、その場が凍り付いたように誰も

喋らない。マリウスがオレンジの汁を紙に押し当てている合間に、片方の手でジョーが、

ドライヤーを使い、紙を乾かしていく。初めに驚きの声を上げたのは、マリウスだった。

「何か出てきた!また文字だ」

マリウスの声に皆、一気にテンションが上がり、アルは

「マリウスどんどんやっていけ。すごい発見だぞー」

と、興奮気味に言った。

「ワオ、すごい。本当に出てきた」

テッドは興奮気味だ。ジョーが大声で

「テッド様!書き写してください」

「了解。これは読める、英語だよ。ええと、32、10、5、東に2キロ、南に1キロ、

乾いた大地の王が水を求める。そこから50センチ下。暗闇の中へ。これで全部かな」

テッドが、紙の下部までの文字を読み取ると

「そうね。文字はこれで全部のようね」

エレノアが、スマホから目を離して皆に言った。

そう言われて、皆、していたことを止めた。そして、ドッと疲れたのか、ベッドに倒れ込んだ。

「まさか、空白の場所に、あんな言葉が隠れているなんて・・・。やっぱりエレノアは頼りになるな」

「でも、それを見つけたのはテッドやマリウスだわ」

それはそうだ。誰も、あの空白の部分に着目する者はいなかったのだから、クローリー家のお手柄に違いない。マリウスは、そんなことをおくびにも出さずに

「皆、お疲れ様。少し休憩しよう」

「私、部屋からコーヒー持ってくるわ。待って頂戴」

そう言うと、エレノアは、部屋を飛び出し、隣の部屋に、コーヒーを取りに行った。

自室に戻ったエレノアは、お湯をポットに入れながら、荷物の中からレコーダーを取り出すと

「こんなに早く使うとは思わなかったわ」

ポケットに入れ、ポットに入れたコーヒーをお盆に乗せて、足早に部屋を出て行った。


その頃、マリウスの部屋では、皆一様にベッドに倒れていたが、それぞれが自分の考えに、思い耽っていた。テッドとジョーは、頭を使いすぎたためのダウンだったが、アルは違う意味でダウンしていた。

{エレノアがいるせいで、おれの予定が狂っちまった。が、エレノアの知識はこれからも

必要だな。さて、どうしたものか}

マリウスだけは、今の新発見の驚きと、純粋にエレノアの事を考えていた。

エレノアの頭の回転の速さ、タフさ、そして明るさに魅了され、彼女を仲間にしたいと考えていた。それは、仲間としてもだが、マリウス個人の願いでもあった。その一方で

{両親の仇を討とうとする者が、彼女を危険にさらしていいわけがない。それに、恋愛なんて感情は、持つべきではない}

マリウスは、自分にそう言い聞かせた。自分は、謎の組織に立ち向かおうとしているのであって、この旅はそれに必要なもの。恋愛なんてしている暇はない・・・。それはクローリー家の当主としての自覚が、目覚めた瞬間でもあった。 そんなマリウスの、気持ちとは裏腹に

「なあ、彼女だけどさ、一緒に連れていくことって出来ないのか。エレノアの頭の良さや情報量はこれからも必要だし、野郎ばかりよりか、女がいた方が華もあるぜ」

アルは、特にマリウスを見ながら同意を求めた。テッドは瞼が閉じそうな顔で、欠伸しながら

「僕はどっちでもいいよ。エレノア、明るいし、面白いし、兄さんが喜ぶじゃないかな?」

テッドはそう言いながら、マリウスを見た。

「私はマリウス様の決断に従います。」

「えっ?僕?僕は・・・」

皆が、マリウスを見ている。マリウスは、今は、自分の感情抜きに考えた。

{確かに、エレノアは必要な戦力だと思う。判断力や柔軟性、そしてなにより、あの明るさには癒される。コロコロと変わる表情や明るい笑顔は、暗くなりがちな僕たち兄弟を笑顔に

してくれる。でも・・・エレノアは女の子だ。僕等の事情には関係のない普通の旅行者だ。

僕の一存で決められない}

マリウスは、ベッドに座ったままの格好で、皆の顔を見ながら

「結論から言うよ。エレノアに仲間になってもらいたい。でも、勿論それは、彼女の気持ち次第だ。エレノアは普通の女の子だし、日本には観光で来ているだけ。だから僕たちの都合

だけで、この問題を決めることは出来ない。エレノア自身に決めてもらおう。それでいいかな?」

マリウスは全体を見ながら、そう自分にも言い聞かせた。


自分のことを話し合われていた、とは知らないエレノアは

「お待たせ。皆のコーヒー持ってきたわよ。テッドはジュースね」

エレノアは、屈託ない笑顔で、1人ずつ、カップにコーヒーを注いでいく。

ジョーだけは申し訳なさそうに

「エレノア様、申し訳ありません。本来ならば私がしなければならない事ですのに・・・」

「いいのよ。ジョー、気づいた人がやれば、それに私も飲みたかったし・・・。はい、

マリウス」

マリウスは、椅子にすわったままカップを受け取り

「ありがとうエレノア。・・・エレノア、少し話があるからそこに座ってくれないか」

「え、何?」

エレノアは、マリウスの表情に気押されながら、皆にコーヒーを配るとベッドの端に座り、マリウスの発する、次の言葉を待った。

マリウスはゴホンと咳払いをしてから

「実はエレノア、君が居ない間に皆で考えたのだけど・・・」

マリウスは、次の言葉が続かなかった。何故だろう?自分でも分からなかった。

なかなか次の言葉が出ないマリウスに、エレノアは

「マリウス、はっきり言って。私のこと?なら、余計気になるわ」

エレノアは、マリウスが言い出せないことが、自分に関することと感じ取り、話しの続きを

急かした。ジョーたちは、マリウスに一任しているため、話に割り込むことはせず、なりゆきを見守った。

マリウスは再度深呼吸して

「エレノア、君に僕たちの仲間になってもらいたい。勿論、無理強いはしない。君の都合もあるし、危険なこともある。どうだろうか?」

マリウスの申し出にエレノアは

「仲間って・・・。あなた達の?」

「そう。これからの旅が終わるまで・・・」

マリウスは、エレノアに上手く説明できない自分を恨めしく思いもどかしかった。

エレノアは、マリウスが何か隠していると感じながらも

「それは、さっき解いた暗号に関係があるの?マリウス、ちゃんと説明してくれないと分からないし、私自身納得できないわ」

苦笑いでマリウスに説明を求めた。

「そうだよね。ごめん。でも今はまだ言えない。でも1つ確かなのは、僕たちは、ある物を探している。その旅の仲間に、君が加わってくれれば大きな戦力になる。エレノアは、謎や

暗号を解く能力や柔軟性や知識がある。それと、アルのネットワークがあれば僕たちの旅に

とても強みがでてくる。少し考えてみてくれないか」

マリウスの提案に、エレノアはしばらく、手を口に当て考えた。

「エレノア、答えは今じゃなくていいから。部屋で考えてくれればいいよ。返事は明日の朝に聞くよ。第一、エレノアにはアメリカで待つ家族がいる。家族の人の了解もいるだろう。

僕たちに気を使わなくていいから、家族の人とよく話し合って決めてほしい」

マリウスは、エレノアには家族があり、帰る家もあることをちゃんと考えていた。エレノア

には、家族が・・・。だからこの頼みは、自分のエゴだと感じていた。

沈黙が流れた・・・。

エレノアは何か決めたように頷き

「マリウス。あなたたちが何をして、何を探しているのかは知らない。でも、マリウス達が、私を必要としてくれるなら、あなたたちの仲間になるわ」

マリウスは、エレノアのまっすぐな瞳に笑顔で

「エレノア、返事は急がないでいい。家族にも相談しないとダメだよ」

「マリウス、父は、私の決断を尊重してくれるはずよ。大丈夫、連絡して話すから」

エレノアの言葉に、テッドは両手をあげて、バンザイをしてベッドに転がり、ジョーとアルはお互いを見て頷いた。

「本当によろしいのですか。エレノア様、この旅は危険が伴います。最悪のことだって・・・」

「あら、ジョー。私はお嬢様ではなくて、エレノア・クライトンよ。様はいらないわ。

それに人生を楽しまなくちゃ損よ」

アルは、エレノアの言葉に、ヒューと口笛を鳴らし立ち上がると

「すげえ、お嬢だな。気にいった」

「アル!しかし、エレノア様・・・」

ジョーは、年長者として、エレノアの決意は尊重するが、軽率すぎるのではないかと危惧した。

「エレノア、本当にいいのかい?後悔するかも・・・」

「マリウス、これも私の運命だったのかも・・・。あなた達に出会って、旅をすることが、私の」

「・・・分かった。エレノアの意志を尊重するよ。それから、ジョー、エレノア同様、僕たちにも、様は必要ないから」

「マリウス様、そこは私も譲れません。上下の区別はつけなくては」

アルは、ジョーの昔からの堅苦しさに閉口しながら

「お前は相変わらず、堅苦しい奴だな。そんなことじゃ早く禿げちゃうぜ。ははは」

「うるさい、アル。お前はタメ口で十分だ」

「なんで?俺も様をつけて呼んでくれ」

アルは笑いながら、頭を掻いた。

マリウスは、部屋の中にいる1人1人を見た。

イギリスから逃げるように、この日本に来たことが嘘のように、こんな大人数になった顔ぶれを見た。このメンバーなら、どんな暗号でも、どんな困難でも乗り越えていける。

マリウスは確信した

「よし!明日はアメリカだな。ジョー、飛行機の手配頼むぜ」

アルが、最後のコーヒーを飲み込んでジョーに言った。

「えっ?アル、アメリカには明日行くの?もう?」

マリウスは、何やら言いたげそうなテッドを見て

「あっ!そうだ」

{思い出した。テッドとの約束}

「皆、アメリカに行く前に、寄りたいところがあるのだけどいいかな?」

「どこだ?あまり遠いところは・・・」

アルは、次の目的地が決まったためか、少し待ちきれない様子だ。

「実は、日本に来る時に、テッドと約束をしていてね。ニンジャに会うって」

それを聞いたアルは

「はあ?おい、テッド、マリウス、今時そんなもの居ないぞ。ニンジャっていうのは歴史の中だけの話で今は。なー、ジョー」

「ジョー。ニンジャっていないの?」

テッドは残念そうに声を詰まらせた。

「テッド様・・・。アルも言ったように、ニンジャというものは、歴史上の人物で現代の

日本にはいないのです」

ジョーは、困り果てて言葉に詰まった。すると

「あら、ニンジャに会いたいの?テッド。私、分かるわよ、ニンジャのいる所。それもここから近いかも」

エレノアは当然と言った顔で、皆を見た。

「エレノア。それはどこなの」

テッドは、ニンジャに会えると知って顔が紅潮している。

「ある場所に行けばいるのよ。本物ではないけどね」

テッドはエレノアの言っている意味がわからなくて、キョトンとしている。

「本物じゃない?どういうこと?」

「あっ、あそこか。うん、確かにあそこなら、テッドも納得するじゃないか」

エレノアは、日本用のパンフレットから、ニンジャの格好をした人の姿をテッドに見せて

「ここよ、テッド。ここにニンジャがいるの」

「そう!これニンジャだ。兄さん、僕ここに行きたい」

マリウスも同じようにパンフレットをみて

「テッド、ここでいいのかい?よし、じゃあ、明日はここに向かおう。皆、寄り道するけどいいかい?」

マリウスはみんなを見渡しながら聞いた。

「OK.いいぜ。な」

アルも皆を見渡して、確認した。ジョーもエレノアも頷き

「丁度、私も行きたいリストに挙げていたの」

「エレノア、そこはどこになる?」

「キョウトという場所になるわ」

「キョウト?」

「そうね。ここも古い町並みのあるいい場所よ。お寺も近くにあるし」

「そうか。ジョー、明日はそこに1泊するから手配を頼むよ」

ジョーは、エレノアから見せてもらった場所を確認し

「承知致しました。目的地の近くにホテルを手配いたします」

「おい、ジョー。明日のホテルは、俺が予約してやるよ。お前も疲れただろう」

アルは連日、ジョーがホテルや飛行機の手配、食事の手配など一手に担っていることに心配していた。

「近場にホテル取ればいいんだろう。大丈夫だ。任せとけよ」

「分かった。じゃあ頼む。決まったら教えてくれ」

「よし。じゃあ、明日は早く出るから皆もう休もうぜ」

アルはフワ―と大きな欠伸をすると、エレノアと部屋を出て行った。

「明日はフロントに8時、食事は各自で済ませといてくれ」

マリウスの声が響く。


2人が居なくなった部屋は、途端に静かになった。テッドはしきりに欠伸をしている。

「テッド様、シャワーを浴びてらしてください。コンパクトですが湯船もついていますから」

「そうだね。本当は大きなお風呂に入りたかったけど、もう眠いや。・・・うーん、眠い」

欠伸をしながら、浴室に向かった。マリウスもベッドに転げたまま

「ああ、僕もすぐに行くから、先に行ってくれ・・・」

ベッドの温もりに目を閉じそうになるマリウスを、ジョーが

「マリウス様。お休みになる前にシャワーだけでも浴びてください」

「うん・・・。分かったよ。・・・ジョー」

マリウスは、重たい体をだるそうに動かして、テッドの後を追うように浴室に向かった。

マリウスが浴室の方に消えると、ジョーは出たままになっている巻物の紙を広げ、暗号を

自分のスマホに写メした。そしてそれをどこかに転送した。

浴室からマリウスとテッドが出てくると、ジョーは何事もなかったかのように

「では、私も使わせて頂きます」

マリウスは、タオルで濡れた体を拭きながらベッドに近づく。巻物の紙が出っぱなしになっているのに気づき

「いけない。大事な紙を出したままで・・・。破れたら大変だ。」

巻物を破らないように丸め、バックパックのポケットの中に入れた。

そしてベッドに入ると、天井を見上げながらいろいろあったなー。と、思い出した。

自然に涙が出てくる。きっと気が緩んだのだろう。グスン、マリウスは鼻をすすった。

{父様、母様が今の僕たちを見たら、なんと言うだろう。心配するだろうな。何でこんなことになったのか。神様は僕たちに試練を与えているのか}

「ガチャ」

丁度、ジョーがシャワーから出てきた音がした。

マリウスは、ジョーに心配させまいと、毛布を頭までかぶって寝たふりをした。

そんなことに気づかないジョーは、バスタオルで濡れた頭を拭きながら、毛布をかぶっている2人を見て、寝たのだと判断し、窓際の椅子に座りため息をついた。

カーテンを開けると、真っ暗な暗闇だ。ところどころに街灯はあるが、0時をすぎた今は、

車の往来もなく静まり返った外の景色だ。

ジョーは、自分のポケットから、さっき撮った写メの映像をだすと、しばらく眺めた。

{こんな物で組織に敵うと思っているのだろうか。マリウス様は・・・}

 巻物を移した画像を険しい顔で見ると、ため息をついてから、自分も休むためテッドが

空けてくれたベッドに入り、目をつぶった。

マリウス達の部屋から自室に戻ったエレノアは、ベッドの脇に座り、さっきの事を思い

返していた。手に頬を当てて、マリウスの言葉を繰り返し思い出していた。

空港で出会ったのは全くの偶然だった。カッコイイ男の子とは思っていたが、まさか一緒に来てほしいなんて言われるとは、考えてもいなかった。

{明日サヨナラを言わないといけないのよね}

ため息をつきながら、マリウス達の部屋を訪問したのが嘘のようだ。

{これで自分の目的が果たせるわ}

エレノアは、荷物の中の、あるものの存在を感じながら、心の中で安堵した。

マリウス達の部屋から、1階降りた401号に、アルは部屋を取っていた。

椅子に座ると早速、スマホでどこかにラインすると、次に、世界中のネットワークの友人に

感謝の連絡をしていく。

アルの世界中に散らばる友人は、ネパール・インド・韓国・ドイツ・ポーランド・イタリア・アフリカ全土・アメリカ全土に広がる。ここ日本でも、北海道に住む30代の皇誠一と名乗る男性が、アルのフォローをしてくれている。

実はこの皇という人物が、アルにアドバイスをしてくれた人物だ。お国柄、自分の国が、

昔ジパングと呼ばれていたことや、2つの騎士のことなど、外国人のアルが調べきれないことも知っていたのだ。

「よう、誠一。サンキューな。お前の言う通り、日本で間違いなかった。今、日本に来て

いる。今回は事情があって、そこまで行けないがまた会おうぜ」

アルはSNSに呟くと、PCを切った。

そして大欠伸をしながら浴室に向かうと、ドアを開けっぱなしで音楽をかけながら、シャワーを浴びた。シャワーの音でアルは気づかなかったが、スマホのラインがピコと鳴った。

マリウス達の部屋から、5つ離れた部屋の男は、スマホを片手にコーヒーを飲んでいた。

スマホには英語で、京都、そしてアメリカへ向かう。と、書かれていた。

男はそれを読むとニヤリと笑い

「フン、奴らはアメリカか。アメリカなら、支部のあいつにも連絡しとくか。なにせ奴らは大所帯になったようだからな。頭の良い奴が仲間になったようだから、しばらく泳がせても

いいが、あのお方がお待ちかねだ。決行は明日か・・・」

男は、コーヒーをグイと飲むと、煙草に火をつけて、窓辺から夜の暗闇を眺めた。

{暗闇はいい、この傷も闇に隠してくれる}

男は、頬にある傷を手で触った。数年前に出来た傷。

この忌々しいい傷を付けた男は、死んでいないが、子孫は今ものうのうと生きている。

男は机の上の拳銃を握りしめて

「殺してやる。お前たち一族全て根絶やしにしてやる」

憎悪のこもった顔で、スマホの写真をにらんだ。

スマホには2人の笑いあう写真が写っていた。

色々な人間の思惑が交差した、日本での1日目が終わった。


その頃、マリウスはベッドで寝がえりをうちながら、ぐっすりと深い眠りに落ちていた。 

「ガサッ」 

夜中に、ふとマリウスは何か音がしたような気がして目を覚ました。目を凝らしても、頭は

ボーとしていて、真っ暗な部屋の中を見ても何も動いていない。マリウスは気のせいかな。と、思いながら再び目を閉じた。

朝になり、マリウスは、にぎやかなテッドの声で目を覚ました。

「どうした。なにを朝から騒いでいる?」

テッドは、マリウスを起こしたことに少し悪びれた様子で

「兄さん、起こしてごめんなさい。でも、聞いてよ。ジョーったら、僕のベッドに入らなかったみたいで」

「何も怒ることじゃあないだろう。ジョーは理由なしに、そんなことしないよ。そうだろう?」

そんなマリウスの言葉に、ジョーは言いにくそうに

「実は・・・夜中に目が覚めてお隣を見ますと、テッド様がベッドから落ちそうになっていまして・・・」

「でも、ソファで寝ることはなかったのに・・・」

「いえいえ、私は十分休むことが出来ましたから、テッド様、大丈夫です」

「もう!」

テッドはまだ文句を言いながら、浴室に消えた。

マリウスは、昨夜の音は、ジョーがテッドを移動させている音だったのだと納得した。

「ジョー、いつまで続くか分からない、この旅は。だから無理のないように頼むよ。ジョーに倒れられたら、僕たちは路頭に迷うことになる」

「マリウス様・・・。承知いたしました」

ジョーは、マリウスの心遣いが嬉しかった。と、同時に心苦しかった。

マリウスは、洗面所からでてきたテッドに

「テッド、朝食だ」

朝食は、ホテルのバイキング形式で、3人は各自の皿に、クロワッサンやスープ、ベーコン、エッグ、サラダ、紅茶を取り、テッドは皿大盛にウインナー、ベーコン、空揚げと、肉ばかり

取ってきてはジョーに

「テッド様、野菜もお召し上がりください」

サラダを皿に盛りつけられている。

「そういうジョーだって・・・」

見ると、ジョーはコーヒーだけだ。

「私は良いのです。これ以上成長しませんから。テッド様は、成長期ですからしっかりと

お召し上がりください」

まるで小姑のように、テッドの世話を焼くジョーに、マリウスは苦笑いしながら、これからの事を考えていた。

最初に、エレノアのことが頭に浮かび、口が緩んだ。

慌ててマリウスは、口元と顔を引き締めると、これから向かうアメリカの事を考えることに

した。

昨夜も、ベッドの中で考えていたが、イギリス以外、異国に行ったことのないマリウスには、アメリカという国が未知なるもので、想像もつかなかった。

アルは、その場所に心当たりがあると言っていたから、そこを目指していけばいい。

アルやエレノアにとっては、完全な自分のフィールドだ。

マリウス達は、1時間かけて、ゆっくりと食事と景色を楽しみ、おまけに通りすがりの日本人観光客に写真を撮ってもらってから、集合時間の8時にロビーに降りて行った。

ロビーには2,3人の観光客が新聞を読んでくつろいでいた。

マリウス達は、売店で、日本の思い出に何か買おうと入ってみた。

売店には、奈良県にちなんだ、鹿や大仏のクッキーやせんべい、キーホルダーやTシャツなどがあり、マリウスはその中で目をひいた、大仏の写真が入ったメモ帳と、鹿のミニチュアな

置物を購入した。

テッドは、鹿のクッキーを買って後で食べると喜んでいる。

土産店を出ると、ロビーにはアルとエレノアがいて、何か話し込んでいる。

「おはよう、アル、エレノア」

「よお。まだ眠いけどな」

アルは、欠伸をこらえるのに苦労している。

「おはよう、マリウス。私もあれから、すぐにベッドに入ったけど、興奮してあまり眠れなかったわ」

エレノアも、アルの欠伸がうつったのか、手で口を押えながら、どうにかこらえている。

見るとエレノアの鞄に、鹿のキーホルダーが付けられている。

「僕はぐっすり眠れたよ。朝まで目が覚めなかったもん」

テッドは妙な自慢をして、4人を笑わせた。

その間に、ジョーが支払いを済ませ、5人は各自荷物を持って、ホテルの外に出た。

その直後、ロビーで新聞を読んでいた男がすっと立ち上がり、マリウス達の後を追って外に出た。

男はホテルを出ると、マリウス達を追い抜き、向こう側に歩いて行く。

マリウスは、ホテルの前に止まっているタクシーを見て

「じゃあ、駅までタクシー2台に分かれて行こう。ジョー、君はアルと乗ってくれ。

エレノア、道案内を頼む。何かあればこれで、連絡を」

「マリウス様、私かアルを護衛につけてください」

「ジョー、心配しすぎだよ。ここは日本で昼間だし、大丈夫だよ」

マリウスは笑いながら、バックパックを背中に背負い、タクシーに乗り込もうとした。

その瞬間、何者かがマリウスにぶつかった。エレノアが

「あっ。マリウス危ない!」

と、叫んだが、マリウスはあっという間に、路上に倒れた。

背中のバックパックは道に転がる。そのバックパックを、ぶつかってきた男が拾い上げた。

マリウスは

「ありがとう」

と、男を見上げる。そしてゾッとした。その薄ら笑いする男と頬の傷には見覚えがあった。

イギリスの自宅に現れ、両親を殺した男だ。

今、その男が、マリウスのバックパックを持って、マリウスを見下ろしている。

少し離れた所から、ジョーやアルが駆け付けようとしている。

マリウスは、恐怖で委縮したが、次第に頭に血が上り

「それを返せ!お前サーガンだな」

サーガンと呼ばれた男は、名前を呼ばれて一瞬ビクッとしたが、ゆっくりとマリウスの方を向き、懐から、銃を取り出すと、マリウスに焦点を合わせた。

「ほお、俺の名前をどこで知った?ああ、父親がなにか残していたのか。あの男は頑固で、素直でなかった。素直にあれを出せば死ぬことはなかったのに・・・。母親もお前たちの身の心配ばかりで・・・女って生き物は面倒だ。だが、悪いのはお前たちの方だ。これはお前には必要のない物」

マリウスは、銃を突き付けられながら、この男が、両親の事を話していることに吐き気を

催した。

淡々と話すサーガンは、まるでクローリー家に非があるような話し方をする。

殺された両親に対しても、殺されても当然と言わないばかりの言い方だ。

「サーガン!お前を許さない。そこを動くな」

そう言うと立ち上がろうとしたが、どこか足首を痛めたのか、なかなか立ち上がれない。

テッドやエレノアは、銃におびえ動けないでいる。

ジョーたちも、銃がマリウスを狙っている以上,迂闊に動けない様子で

「マリウス様・・・」

その様子を見て、サーガンは勝利を確信したのか、マリウスを見下ろし、あざけり笑う表情で

「恨むなら、己の先祖を呪え」

銃を、マリウスに突き付けた。

 {父様、母様、ごめんなさい。僕はなにも出来なかった・・・}


その瞬間、誰も予想しない出来事が起こった。

サーガンが、マリウスに、今にも引き金を引こうとしているその瞬間、サーガンが、地面に倒れた。一瞬、誰もが、何が起こったのか、分からなかった。

地面に転がされたサーガンですら、自分の身に何が起こったのかと、周りを見ている。

マリウスの鞄を拾い上げている男が見える。

{あの男か?俺を殴ったのは・・・}

サーガンは頭に血が上った。手から落ちた銃を探したが、見当たらなかった。

「この野郎!何しやがる」

サーガンは鞄を持つ男に向かって、殴りかかった。が、その手は空をきり、サーガンはよろけた。男は動じることなく、鞄をマリウスに返そうとしている。ようやく見つかった銃を手に、サーガンは汗を流しながら

「こっち向けよ。ハチの巣にしてやるよ」

男は、マリウスに鞄を渡すと、ゆっくりとサーガンの方へ体を向けた。引き締まった上半身、顔にはたくさんの傷跡。男は静かに

「銃は、この日本では違法で、すぐに警察が来るぞ。周りを見てみろ。お前の顔が、

しっかりと撮られている。すぐにテレビに載るだろうぜ。これ以上、騒ぎにならないうちに

とっとと行け」

凄みのある声で、サーガンを威圧する。

サーガンは周りを見た。大勢の群衆が、スマホを片手にこの騒ぎを動画に撮っている。

サーガンは慌てて顔を隠すと

「クソ。覚えとけよ」

と、言いながら殴られた頬をさすりながらたち去った。


皆、一瞬のことで、呆然としている。

エレノアは、ようやく座りかけたマリウスを、手を貸しながら立たせた。ジョーとアルも

マリウスの周りに集まる。

「マリウス様、お怪我はありませんか?」

と、マリウスにケガがないか気にしている。マリウスはジョーの肩を借りながら

「助かりました。ありがとう」

男はそんなマリウス達に忠告するように

「気をつけろよ。日本は比較的、治安はいいが、油断はしないことだ」

男は自分の荷物を肩にかけ、その場を去ろうとした。

「待ってください。貴方がいなかったら、坊ちゃんがどんなことになっていたか。あなたは命の恩人です。ぜひお礼を・・・」

「礼には及ばない。たまたま目に入ったからやったことだ。気にしないでくれ。それより、さっきの奴は、確実にお前さんを狙っていた。いや、それをか・・・」

男はマリウスが、大事に抱えているバックパックを指さして言った。

「これは・・・」

マリウスは、しみじみと男を見上げた。長身で、やや赤みがかった髪、青い瞳、片方の肩に

小さなバックパックをかけた。

一見、旅行者には見えない風貌。鋭い目つきをしているが悪い人には見えない。

「あ、あの、ぜひ名前を教えてください。僕はマリウス・クローリー。イギリス人です」

男はマリウスをみて、この少年が、幼いながら、しっかりと大人の対応が出来ていることに、そのまま去ることは失礼になると考え

「俺はジンジャー。ジンジャー・グレイ、スイス人だ」

「スイス・・・」

そこへ、アルが割って入る。いつものあの調子で

「でもホント、あんた、強いよ。どこで、鍛えたのさ」

「まあ、いろいろやってきたからな・・・。生きるためにやってきたことだ。あまり褒められることでもない」

手で髪をくしゃくしゃにし、空を見上げた。

アルは、このジンジャーという男が、自分たちにないものをもっていると確信した。

小声でジョーの肘を突き

「ジョー。俺は、この男が、仲間だと心強いと思うぜ」

ジョーも頷き

「・・・。確かに、我々にない戦力だ。これから、坊ちゃんたちを守ってくれる人物は必要だろう」

アルはパチンと指を鳴らし

「そうと決まれば・・。なあ、マリウス。この旦那は強い。俺たちの仲間に、なってもらおうぜ」

アルの提案に、マリウスはしばらくバックパックを見ながら考えた。

{確かに、敵は目的の物を手に入れるために、これからも僕たちを追ってくるだろう。その時、僕たちは、自分の身が守れるだろうか。今でさえ、この人の助けがなければ、地図は奪われていた}

マリウスは首を振ると

「ジンジャーさん、もし今、急ぐことがないのなら、僕たちの仲間に・・・ボディーガードになってもらえませんか。報酬は出します」

マリウスの話しに、ジンジャーは、全員の顔を見渡し、しばらく考えてから

「悪い話じゃないな。急ぐ旅でもないし、ただし、俺は高いぞ」

バックパックを肩にかけなおして、ジンジャーはニヤリとする。

「構いません。ミスタージンジャー、あなたを雇います。どうぞ、よろしく」

「また、大きな兄さんができたね。エレノア」

「そうね。頼もしい仲間だわ」

エレノアは、さっきのようなことが起こってからではと、ジンジャーの加入に反対

しなかった。

マリウスはジンジャーに向かって

「紹介します。僕はマリウス・クローリー。こっちは弟のテッド、そして彼女はエレノア。あっちの右に居るのがアル、そして僕たちの後見人ジョーです」

紹介された者は一往に

「よろしく頼むぜ。よろしくお願い致します」

口々に、ジンジャーに握手を求めた。

ジンジャーは次々と握手を交わしながら

「よろしく頼む。俺は武術しか能のない男だが、役には立つと思う」

大勢に囲まれながら、ジンジャーは不愛想に答えた。

「それから、マリウス、俺にミスターはいらない。ジンジャーと呼んでくれ」

「じゃあ、そうさせてもらうよ。・・・早速だけど、ジンジャー、これから京都に行く」


目的地の、京都太秦映画村は、外国人にも有名なようで、移動中のタクシーの中でも、大勢の外国人を見かけた。

「すごい人ねー。この人たちも同じところに向かっているのかしら?」

タクシーの中で、エレノアは感動にも似た声をあげた。

「ここら辺は観光地が多いので、もしかすると、金閣寺や銀閣寺に向かう、ツアーかも

しれませんね」

タクシーのドライバーが教えてくれた。

「へー。なるほど」


太秦映画村についた。タクシーから降りた一同は、大きな門構えの建物に圧倒された。

料金を払い、中に入ると、エレノアとテッドは、テンションが上がり、マリウス達を置いて、散らばっていく。

この映画村は、日本人にも人気な場所で、年を通して、観光客が多い。

今日もどこかの団体や、修学旅行生が列を作って、周りは賑やかだ。

「エレノア、こっち、こっち。ここに面白いのがあるよ」

テッドが見つけたのは、昔の家の造り物で、中には、キモノを着た人形が座っている。

珍しいものを見るように、シゲシゲと見ながら、今度は通路を抜けて、武家屋敷の造り物の方へ走って行く。

「おーい。テッド、エレノア待ってくれ。急がなくても逃げやしないよ」

マリウスは2人を追いかけるのに、必死だ。ジンジャーがその3人を付いてきてくれる。

 ジョーとアルはといえば、途中に立ち寄った土産屋で、日本古来の漬物に目が釘付けの

ようだ。試食コーナーを回っては

「ウリ?なんだ、これ」

「アル、日本の野菜だろう。んー、美味しいぞ。食べてみろよ」

「そうか?おっ、いけるな。これ」

試食ばかりで、お店の人に、苦笑いをされている。

 

その頃、テッドとエレノアは、からくり屋敷の中で悪戦苦闘をしていた。建物の中が、からくり仕立てで、隠されたドア、回転する板、出口のない部屋、2人は前を行く日本人の間の真似をしながら

「難しいわねー。ここは、・・・回転トビラだわ。クルッと回って、あら、元の場所。モー、分からない。テッド、どう?」

「いいねー。昔のニンジャはこうやって、生活していたのか。憧れちゃうなー」

エレノアの苦労も何のその、楽しそうに、進んでいく。それを見て

{楽しそうでよかったわ。マリウスが言っていた、両親の仇っていうことは、亡くなっているのね。寂しいでしょうね。テッドもマリウスも・・・}

「エレノア、行くよー」

「はーい、待ってちょうだい」

エレノアは、テッドがこうして楽しんでくれていることに、安堵した。

外では、マリウスとジンジャーが、2人の出てくるのを待っていた。

2人でいると、なんだか間の持たないマリウスが

「ねえ、ジンジャー。誰も居ないから聞くけど、君は以前、何の仕事をしていたの?」

「・・・それは、契約に入っているのか。・・・まあ、得体のしれない者を側に置くのは嫌だろうから、簡単に言うが、傭兵だ」

「傭兵・・・?」

「ああ、いろんな国で必要な時に、金で雇われる人間のことだ。俺はそれを長年してきた」

「偉い人のSPも・・・」

「・・・偉い人間と言えば、そうかもしれないが、いろんな人間を守ってきた。危険なことや、ケガもそうだ」

ジンジャーの顔には、無数の傷跡がある。あえて聞かなかったが、きっと、それが任務で負ってきたものだろうと、想像は出来る。

「楽しかったー」

テッドと、エレノアが出てきた。2人共、顔が紅潮し楽しめた様子がうかがえる。

マリウスは、テッドが楽しんでくれたことにエレノアと共に頷いて

 「テッド、次は日本のお土産でも見に行こうか」

 「そうだねー。行こう行こう」

 陽気に口ずさみ、前を歩くテッド・・・。マリウスはここに来て良かったと感じた。

土産屋では、手裏剣と木刀とでテッドは大いに悩んでいた。

「ウーン。両方、欲しいけど、これは荷物になるしー」

「テッド、木刀は大きすぎるよ。こっちにしたら?」

マリウスは、苦笑いをしながら、小さな袋に入った星形の金属をテッドに勧めた。

エレノアは、匂い袋とアブラ紙に興味を示した。それから家族に送るように絵葉書を購入した。

ジョーたちも合流して、土産屋で大騒ぎ。食い気の次に、アルは浴衣に興味を持ち

 「昨日、着た服が気持ちよくて良かったから、似たものがないかな。っと」

ジンジャーは土産屋の外で、煙草に火をつけて待機中。そこへ、ジョーが出てきて

 「ジンジャー様、トイレに行ってきますから、後をよろしくお願いします」

 「ああ」

サーガンの姿は見えなかったが、ジョーは、時々後ろを見て、確認している様子だった。

「ジョー。なにか気になることがあるのか」

「いえ、別に・・・。それでは・・・」

ジンジャーに後を頼むと、看板を見ながら、トイレの方へ歩いて行った。

ジョーは、トイレに着くと、1本の電話をした。早口で何か言うと、電話を切り、すぐに着信を消去した。

 「フン、奴らは今日、動かず。か、まあいい。〇〇ホテルだな。偽名で俺の部屋を・・・。今朝はちょっと油断したが、いつまでも幸運が続くとは思わないことだな」

サーガンは、ラインの文字を見ると、不敵な笑いをして、レンタルした車の中に、ゴミを

ポイと捨て、エンジンをかけると街並みに消えた。

マリウス達は、午後5時までゆっくりと館内を堪能し、アルが手配したホテルに向かうため大型のタクシーに乗って、夕暮れの太秦映画村を後にした。


京都の夕は、周囲の景色が全て溶け込むような雰囲気がある。エレノアは、後ろを振り向きながら

「面白かったわー。これで金閣寺にも行けたら最高だったけど」

「き・ん・かくじ?」

テッドは聞いたことのない様子で、エレノアに聞いた。

「そうよー。あの有名なマルコポーロが、本で書いている黄金・・・。金閣寺は黄金で造られているの。とっても奇麗」

パンフレットを出しながら、テッドに見せた。確かに、写真は池を前に黄金の建物が写し出されている。

「わー、いいねー。兄さん、ここも行きたいな」

テッドに言われて、マリウスは難しい顔をして

「テッド、これは旅行ではない。それは、またの機会にしよう。いいね」

「あっ、はい」

自分たちの目的を思い出したテッドは、急に静かになった。

{すまない、テッド。しかし、ここでのんびりするわけにはいかない}

そんな厳しい表情のマリウスを、ジョーが静かに見守る。車の中は、急に静かになった。

ジンジャーは我、関せず。と、いった寡黙な表情だ。

「さあ、気分変えようぜ。今日泊まる所は、俺が予約したから、期待してくれよ。近くには川もあって」

アルが、予約したホテルの説明を始めると、静まり返った車の中は、少し活気が出てきた。

ジョーは、そんな気を遣うアルをありがたく思った。

{アルは、明るい性格だから、こんな時、助かる。私には、坊ちゃんたちを慰めることしか出来ないからな}

予約した建物についた。昨日の宿泊場とは違い、日本古来の佇まいをした旅館だ。

アルは早速、ロビーでチェックインをするため、荷物を下ろすと歩き出す。

ふいにジョーが、思い出したように

「あー、アル!ジンジャー様の部屋、予約したか?」

確かに、ジンジャーは、あの騒ぎの後からマリウス達の仲間になったため、6人として予約をしていないのだ。

「やばいな。まっ、とりあえず行ってみようぜ。部屋があるかもしれない」

「アルバート・ジュニアで予約した者だけど、もう一人追加できないかな?」

急に外国人の宿泊客から、部屋の追加を言われたフロントのスタッフは、慌てる様子もなく

「アルバート・ジュニア様ですね。いらっしゃいませ。ようこそ、当ホテルへ。もうお1人様追加でございますね。同じお部屋が宜しいでしょうか?」

マリウスが変わって

「はい、予約した部屋のどこかに追加できませんか」

フロント係は宿泊帳を見ながら

「それでは、和室になりますが宜しいですか?」

「和室?それは、どういう部屋ですか」

フロント係は心得たように、写真を見せながら

「このようなお部屋になります。床は畳という敷物で、そこに布団を敷いてお休み頂きます。4名様まで入ることが出来るお部屋が1室ご準備できますが、いかがでしょう?」

マリウスは

「では、そのようにお願いします」

「それでは、ご準備させていただく間に、宿泊の記載にお名前をいただいても宜しいでしょうか」

ジョーが代表で、宿泊帳にサインしている間、テッドがアルたちをうらやましそうに

「ワー、いいなあ。日本の畳で寝られるなんて、うらやましいなあ」

「うらやましいだろう。でもお前たちは坊ちゃんだからな、無理だろう」

「そんなことないよ。ジョー、明日教えてね、感想」

食事は、大広間で日本特有の、刺身や天ぷら・鍋といった珍しいものを食した。

食後、ジンジャー以外は、マリウス達の部屋に集まってから、熱い日本茶を飲みながら、

外の風景を眺めていた。

窓から入ってくる風が心地いい。高い場所から下を見ると、丁度、下に、タクシーが停まって誰かが降りてくるのが見えた。マリウスはそれを見ながら、ここは人気があるなー。と、

ぼんやり見ながら、部屋に置いてある説明書を見て

「エレノア、ここ屋上があるみたいだよ。行ってみない?」

テッドは眠そうにしているし、アルは有料のドリンクを飲もうとしてジョーに止められている。

「いいわね。行ってみましょうか」

「ジョー。ちょっと行ってくるね」

アルと小競り合いになりかけていたジョーは

「マリウス様、私も行きます。こら、アル離せ」

しっかりとジョーにしがみつくアルに、ジョーはイライラしながら、服をはがそうとした。

そんなジョーの耳元でアルが

「馬鹿だな。ジョー、野暮なことはせずに二人で行かせてやれ」

アルの言葉に、エレノアは顔を赤くして下を向いた。

「アル!」

両手で慌てて否定するマリウス。

2人が出て行くと、急にアルはジョーから離れ

「よしよし。いいチャンスだ。ジョー、お前どっちに賭ける?」

ジョーは、アルが何を言っているのかわからなくてキョトンとしていたが

「ほら、マリウスがエレノアに告白できるかどうかだよ。出来ると思うか?」

アルの言った意味に、ようやく気付いたジョーは慌てて

「アル!マリウス様がそんなことするはずない・・だろ・う?」

ジョーも半信半疑で首をひねりながら考えた。

「ジョー。マリウスの報告が楽しみだなー」

アルはニヤニヤしながら、お茶をすする。

「お前は本当に大学時代から変わらないな」

と、苦笑した。

大学時代のアルも、女生徒や教授を手玉にとり、単位ギリギリまで悪戯に明け暮れていた。

「アル、マリウス様を、お前の悪戯で傷つけたら承知しないぞ」

と、一応クギは指しておいたが、この男がそれを理解しているかはわからない。

それでもジョーはアルが好きだった。

「アル、お前は変わってくれるなよ」

アルは不意に出た、ジョーの言葉に驚きながらも

「俺だって、お前の知らない年月を過ごした。変わらない奴なんているものか」

と、やや不機嫌な表情をした。

「ああ、そうだな。俺もお前の知らないことがあるわけだし、お互い歳をとったな」

「ああ、もうあのころには戻れない、戻りたくても・・・」

アルはしみじみそう言うと、グイとお茶を飲んだ。


一方マリウス達は、屋上から見える橋や夜景に見とれていた。橋にはまだ観光客が何人か

見えて、歓声もここまで聞こえてきそうだ。

マリウスは風で触れるエレノアの横顔を見ながら

「奇麗だねー。ここ日本は本当に美しい所だ。四季もありいろんな顔を見せてくれる」

マリウスの言葉にエレノアも頷いて

「そうねー。本当に・・・。なんだか涙が出てくるわ」

そう言いながら、そっと目頭を押さえている。

「エレノア、もしかして家族の事を思い出した?」

「いいえ、違うの。こんな奇麗な場所を、家族にも見せたかったなって思って・・・」

確かにそうだ。風が心地よくて、桜は蕾だがライトアップされ、本当に幻想的な美しさだった。マリウスも、両親がこの景色を見たらきっと感動して喜ぶだろうな。と、考えた。

でもそれは叶わぬ夢。

「そうだね。きっと喜ぶだろうね・・・」

その瞬間、エレノアは、自分が無神経なことをマリウスに言ってしまったかを痛感した。

「ごめんなさい、マリウス。あなたにはご両親が・・・」

「・・・気にしないで。確かに両親はもうこの世にはいないけどね。心の中にはちゃんと

いてくれる。そして見守ってくれているから、少しも寂しくない。だからエレノアが気にすることはない。それより、僕はエレノアの家族の事を聞きたいな」

「私の家族のことを?・・・・。いいわ、話してあげる」

マリウスとエレノアは、近くの椅子に並び合って座った。

エレノアは、改めて自分の家族の事を話すことに、少し照れながら切り出した。

「パパはジョージでジョーと呼ばれているわ。ジョーと同じ呼ばれ方だから、私は違和感

なく呼べて嬉しいけど。パパは、前に言ったように、博物館の館長をしているの。

主にアメリカの古くからある発掘物や、資料を展示している博物館の館長で、見学にきた

人たちに、展示物の説明や、館内の見回りをしているの。

兄はケニー。大学院生で経済学を専攻していたのだけど、今はパパの影響からか、古代の

遺跡や文明の発掘なんかの助手をしているの」

エレノアは一気にここまで話すと

「・・・ママは、・・・ママはいないの。私が小さい時に亡くなったから」

いつも明るいエレノアに、そんな過去があったなんて・・・。マリウスはエレノアを慰めるように

「エレノア、辛いこと聞いてごめん」

「いいのよ。マリウス、私なんかまだましな方よ」

エレノアは微笑みながら続けた。

「私には父や兄がいるわ。1人じゃない、でしょ?だから大丈夫よ」

マリウスは、エレノアの言葉に強く心が揺さぶられた。

{1人じゃない・・・。なんて力強い言葉だろう。そうだ、僕にはテッドがいるし、ジョーもいる。エレノアには父と兄が。守る相手がいるってことは、自分を、こんなにも強くさせるものなのか}

マリウスはこれまで以上に、テッドやジョーの存在をありがたく思った。それと同時に

エレノアの事も守りたいと思った。

風が一段強く吹いた。時計を見ると、22時を過ぎていた。

「エレノア、ジョーたちが心配しているから、そろそろ帰ろうか」

椅子から立ち上がり、エレノアに手を差し伸べた。エレノアはマリウスの言葉に同意しながら

「マリウス、記念に写真撮りましょう」

「いいね」

京都の町をバックに、2人はにこやかな笑顔でカメラに収まった。

2人が部屋に入ると、その声で分かったのか、ジョーがドアを開けてくれて、開口すぐに

「マリウス様、変わったことはございませんでしたか?」

「うん。とても奇麗な夜景だったよ。ねえ、エレノア」

「こら、マリウス。ちゃんと白状しろ。エレノアと何かあったじゃないのか」

「エレノアと?ううん、別にこれといって。ねえ、エレノア」

マリウスは、なんでそんなことを聞くのかと、不思議そうにアルを見つめて、エレノアに同意を求めた。

「そうよ。私たち、景色を見てきただけよ」

エレノアも不思議そうにアルを見つめる。そんな2人を見てアルは

「かー。ダメだ。この2人には意味通じねえ。もういいや」

アルの側で、クスクスと笑うジョーを、マリウスとエレノアはお互い顔を見合わせて、首を

ひねった。

ジョーの時計が23時を知らせる音が鳴り響いた。

「ジョー、なんでこんな中途半端な時間にアラームを鳴らす。もうちょっと空気読めよ」

「すまない。別に意味はない」

ジョーは、切れ味の悪い返事をすると

「さあ、マリウス様、エレノア様、もう遅いですからお休みください。テッド様はもうお休みになっていますよ」

1日歩き疲れたのか、テッドは早々と眠りについている。

「そうね。明日はアメリカだから休みましょう」

エレノアは、そう言うと、椅子から立ち上がり、マリウスや皆におやすみなさい。と言葉を

交わしてから部屋を出て行った。

「うーん。俺たちも帰るか、ジョー」

アルは、背伸びをしてジョーを促した。ジョーはテッドの布団を掛けなおしてから、マリウスに

「それではマリウス様、私たちはこれで失礼いたします。お早めにお休みくださいますよう」

ジョーは一礼すると、アルと共に出て行った。



世界中を飛び回りながらヒントを集めお宝を手にする。それは誰もがしたいことの1つだと思うます。全くのオリジナルながら、どこかでヒントを得たことも記憶しています。チームの中に間者がいて、行く先先で敵が待ち構える恐怖は、20歳未満の子供のは命の危険もありハラハラドキドキの連続でした。私自身も登場人物たちと一緒に、いろんな国に赴き歴史を学びながら、中にはフィクションもありますが、夢を持って、この執筆に挑み楽しみました。少年少女の勇気と知力とチームワークを持って悪の組織に立ち向かいますがこのでは完結せず、これから冒険は続きます。後に続くエピソードも考えてはいますが、登場人物たちと共に、生き生きと、時には悩みながら、また、恋心を抱きながら、世界中を旅してもらえたら幸いです。この物語のヒントを与えてくださったある外国の今も続いているであろう本に感謝しながら楽しく私自身も展開の見えない物語でした。

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