17.突然でした
「えぐっ……うえん……っ」
「えっと、つまり、メンの気に入った人がオウル王国から出ていっちゃうの?」
「うん……そう言ってた……でも、メン、その人がいいの……」
えぐえぐ泣くメンを膝の上に乗せて根気よく話を聞いた。どうやらメンの相棒契約したい人は現在オウル王国にいるものの、すぐにオウル王国を発つ人らしい。なんてこった。
「っ、ふえん……っ、メン、あの人と離れるのも、ヒナタと離れるのやだ〜〜」
「私もメンと会えなくなると嫌だよ……っ」
キュルンとした眼差しで見つめられて、私の涙腺が刺激される。鼻の奥がツーンとして、涙がせり上がってしまう。
「うう……、団長に聞いてみよう……」
情けないけど、私にできることはメンの話を聞くだけ。団長は鬼だけど魔王だけど、フクロウ騎士団の団長なので私には思い浮かばない解決策があるかもしれない。そうと決めたら少し元気になった。
「俺になにを聞くんだ?」
「っ、ひゃあ〜〜っ!」
いきなり上から声が降ってきて肩が跳ねる。
見上げれば、ルーカス団長とオリバー副団長が私とメンを覗き込んでいてもう一度心臓がぴょん、と飛び跳ねた。フクロウみたいに音もなく近づかないでほしい。心臓がバクバクする。
「くくっ、ヒナタ、驚いたフクロウみたいな顔になってるぞ」
「〜〜〜誰のせいだと思ってるんですか!?」
堪らずといった感じに笑う団長をむっすうと睨む。まあまあ、と優しい副団長の声が横から掛けられた。
「団長、そんな言い方はだめですよ。ヒナタ、驚かせてしまってごめんね」
「い、いえ……会議が終わったんですね、お疲れさまでした。お茶を淹れますね」
壁時計をチラリと見ると、とっくに会議が終わっている時間だった。会議の後に団長と副団長が団長室で話し合うことは多く、いつものようにお茶を淹れようと席を立つ。
お茶を淹れた後は、フクロウ舎に行くことがほとんどなんだけど、今日はメンのことを話したい。
メンと話していて団長室の扉がひらいた音に気づかなかった──私はまだしも、人見知りなメンが気づかないなんて珍しい。メンの不安な気持ちを思うと心臓がギュッとしてしまう。
「あの、団長にメンのことを聞いて欲しいのですけど」
「ああ、わかった──ヒナタの分のお茶も淹れて座ってくれ。話を聞こう」
「っ、は、はい……!」
三人分のお茶をマグカップに淹れてソファに座る。メンも一緒に話を聞くことになったので、私のお膝の上で甘えるように寄りかかった。
メンの背中を手の甲でひと撫でして、二人に目線を上げる。
「メンに相棒契約したい方が現れたそうです」
「──やはり、そうか」
「えっと、驚かないのですか……?」
二人の反応が不思議で首を傾げると、オリバー団長が説明してくれた。
「僕たちもね、今日の会議でメンの相棒契約候補になった人物の報告を聞いているんだよ」
「相手から報告があったんですか……!? メン、いつも通りフクロウ舎に戻ってきていたのに、なんでわかったんでしょう……?」
相棒になる相手を見つけるとフクロウが相手から離れなくなるのが一般的。フクロウの性格によって見極めるまでの回数が違うらしいけど。
メンは外出時間が少し長めの日が増えていたけど、ちゃんといつもと同じようにフクロウ舎に戻っていた。だから、相棒候補から申告が来たことに驚いてしまう。
「僕も候補の人物を知っていますけど、少し変わっているんですよね」
「ええっ! オリバー副団長、変わってる人にメンを任せるのは心配なんですけど……?」
「ヒナタ、大丈夫だよ。メンにとって悪くない相手だと思うよ」
大事な大事なうちのメンを変な人と相棒契約なんてさせたくなくて、オリバー副団長をじとりと見る。
それなのに目があったら、にこりと微笑まれてしまった。オリバー副団長って優しくて柔和なんだけど、団長と違う圧があるんだよね。
「…………」
なんて言ったらいいのか分からなくて黙ってしまう。どうしてもメンの相手は素敵な人であってほしい。
「ヒナタ、本当に大丈夫だぞ」
「……うう、団長……本当に本当に本当ですか? メンがオウル王国を発つ人だから、もう会えなくなるって心配してます……」
ルーカス団長は意表を突かれたような顔で、首を傾げる。
「会えなくなる?」
「今はオウル王国にいるけど、すぐに発つ人なら会えなくなりますよね……っ」
じわりと涙目になるのが恥ずかしくて、視線を落としてメンの背中を撫でた。口にするとメンに会えなくなると突きつけられているみたいで心が凍りつく。メンに会えないなんて考えるもいやだ。
「ああ、なるほど。それなら大丈夫だ。相棒候補の名前はベンノ・シークレシー。オウル王国の外交官をしている。仕事柄オウル王国と他国を行き来することが多いが、定期的にオウル王国に戻ってくるぞ」
「…………へ? えっ、そ、そうなんですか? メンが会えなくなるって……」
「ヒナタ……相棒契約前は言葉が分からないのを忘れてるだろう?」
「あっ……」
相棒契約前のフクロウとは言葉が話せない。ただ相棒になるくらい相性がいい。マックスとワッシみたいに会話が成立しているように見えることが多くて忘れてしまっていた。相棒候補もメンの言葉がわからないし、メンも相手の言葉が全部分かるわけではない。メンが勘違いしていてもおかしくないことにようやく気づいた。
納得した私を団長にまっすぐ見られる。
「ヒナタ、ベンノはメンと相棒契約をして連れていくことを望んでいる──外国に行くことも多い仕事だがオウル王国に帰ってくることも伝えて、メンの気持ちを教えてもらえないか?」
「はい! わかりました、聞いてみます」
メンに団長から聞いたことを伝えれば、細くなっていたメンがみるみる元の姿に戻り、キラキラなまなざしを向けられる。メン、かわいい。メンのハート型の顔に、キュンです。
「メン、あの人と一緒に行く!」
メンの元気な返事と共に相棒が決まり、急遽、このまま相棒契約をすることになった。明日が出発するなんて聞いてません!
ええええ、待って待って! 心の準備ができてないです──!