1.異世界転移しました
「森、今日残業……」
「無理です!!!」
今日は、絶対に残業しない! 必ず定時で上がって、大好きなフクロウカフェに行くと決めている。絶賛片想い中だった先輩と部署のアイドルな後輩ちゃんが婚約したことを今朝聞かされたから。
二人にお祝いの言葉を告げた私のライフはもうゼロ。いや、それどころか「森、ありがとな。結婚式も来てくれよ」「次はひなた先輩の番ですね」なんて笑顔で返されてマイナスに振り切れている。
「はあ……」
盛大にため息を吐くと、かけたばかりのパーマが肩下で揺れた。先輩の好きなタイプは、ロングのもふもふパーマが似合う子と聞いて、ずっと髪を伸ばしてパーマをかけたのに。二人が愛を育んでいる間、私は先輩に可愛いと言われる妄想をしていたなんて、バカみたい。
もう、死ぬほど癒されたい。フクロウカフェの『ホーホーカフェ』に行って、推しの白フクロウのホワイト君で癒される! 絶対に!
定時上がりを死守してホーホーカフェに向かう。でも、信号待ちをしていたとき、暴走したトラックが目の前に迫ってきて──目の前が真っ暗になった。
「ひなた、ひなた──…」
誰かに呼ばれて目蓋を持ち上げる。
止まり木にフクロウ。一瞬で目が覚めた。しかも、『ホーホーカフェ』で私の最推し白フクロウのホワイト君。
真っ白でもふもふな羽根と、森の賢者と呼ばれる思慮深い顔。それにエサをねだるくちばしの動き。うん、控えめに言ってすべて推せる。
「ホワイト君?」
「うん。そうだよ。ひなた、目覚めてよかった」
夢だと瞬時に理解した。ホワイト君が話せるわけがない。でも、推しと話せるなんて最高な夢!と思ったところで、違和感に気づいた。まわりは真っ白で何もない。さらに私は光の玉のようなものになっている。
「ひなたは、さっき地球で死んじゃったんだよ。覚えてる?」
暴走してきたトラックにぶつかって死んだのだろう。光の玉だけど、頷いた。
「ひなたが死ぬ瞬間、僕に会いたいって想いが伝わってきたんだよ。あのね、僕は異世界の神様をやっているんだ」
「えっ?」
「定期的に他の神様が治める世界の視察に行って、自分の世界をより良くする糧にするんだ。僕のいた『ホーホーカフェ』は、フクロウ好きが集まる場所だと聞いたから、視察中だったんだ」
ホワイト君の言葉に驚きすぎて、言葉が出てこない。
「僕ね、ひなたのこと気に入っているんだ。ひなたの体がないから元の世界に戻すことはできないけど、僕の世界ならひなたの魂と体を再構築することができる。──つまり、異世界転移だね。このまま生を終えて地球で輪廻転生を待つこともできるけど。ひなたは、どうしたい?」
いきなり過ぎて混乱する。私は光の玉になっているし、ホワイト君はフクロウカフェの時より神々しくて、自分が死んだことを急に実感した。先輩に失恋したけど、大切な家族や友達はいて……。もう会えないと気づいたら、胸の柔らかなところをキュッと握られたみたいにふるりと震えた。
「あっ、大切なことを言い忘れていたよ。ひなたが僕の世界に来るなら『もふもふの加護』を付けるね。僕の世界にいるフクロウ達と話せるし、仲良くできるよ」
「ホワイト君の世界に行きます!」
フクロウ達と仲良くできるなんて、最高すぎる。秒で決断した途端、光の玉が眩しいくらいに光り出す。
「うん、ひなたを歓迎するよ。あっ、ぼくと会ったことは内緒だよ」
眩しさが収まり、目を開くと森にいた。
「えっ、なんで?」
ホワイト君の世界って街じゃないの? 見渡す限り木しか見えないし、上を向けば煌めく星空がすごく綺麗だけど、灯りひとつ見えない。これからどうしたらいいんだろう。
ガサッと音がして、視線を動かすと、ゆっくり現れたのは、巨大な狼だった。えっ、待って!?死んだふりするのは熊だよね、あっ、熊も死んだふりしちゃ駄目なんだっけ!?
「ガル……ッ」
「ひっ……!」
獲物を狙うようなギラついた目に腰が抜けてしまう。狼は鋭い牙と涎を垂らしながらじりじりと近づいてくる。私は尻餅を着いたまま、引きずるように後ろに下がった。本能から身体が震えて、死んだふりも悲鳴をあげることもできない。ダメだ、このまま私死んじゃうんだっ……
「落雷──!」
突然、目の前が光ったと思ったら、雷が落ちた。
「きゃいいん!」
驚いた巨大な狼は子犬のような声をあげて走り去っていく。私は狼の姿が見えなくなると、大きく息を吐いた。よかった。さすがに一日に二回も死にたくない。
「大丈夫か?」
地面にへたり込んだまま声のする方を見上げると、騎士のような制服を着た大柄な男性が立っていた。日本で見ることのない青髪と緑色の瞳。そして、その腕には……
「えええ?! 大丈夫じゃないです! シマフクロウに会えるなんて、まったく大丈夫じゃないです──っ!」
初めて見る天然記念物のシマフクロウ。翼を広げると180cmを超える世界最大級。圧倒的な風格に見惚れて、思わず叫んだ。その勢いのせいなのか、怒涛の一日を過ごして限界を迎えたせいなのか、そこで私の意識はぷつりと途切れてしまったのだった。