9、あれほど言ったのに……
昼休みにまで喰い込んだ授業が終わるやいなや、私は教室を飛び出した。
せっかくアネリーと昼食を食べる約束をしたのに、もう昼休みの半ば近くだった。いっそ先に昼食を取っていてくれればいいが、律儀そうなアネリーならまだ待っていそうだ。
(悪いことしたなあ……)
角を曲がればもう食堂というところで、私は黄色のカメオを付けた生徒と出合頭にぶつかりそうになる。
「ご、ごめん――」
昨日と同じような状況に、私は一息ついて謝罪の言葉を止めた。今のは前をよく見ず走って来た方が悪いと、思い直す。
「ねえ、急に角から飛び出してきたら――」
「シズ先輩!」
見知らぬ下級生から名を呼ばれ私は戸惑う。
「な、なに……」
「アネリーがっ……イルーア先輩に――」
涙混じりの言葉にもならない訴えだったが、その二つの名前に私は瞬時に状況を理解した。持っていた荷物を目の前の下級生に押し付けて、走り出した。
食堂の入り口には、騒ぎを聞きつけて集まってきたのだろう、たくさんの人だかりができていた。
「通してくださいっ! ――通して!!」
私は生徒たちの間を縫い、時には強引に押しやりながら前に出る。文句を言おうとした生徒は、それがイルーアと因縁の深い“私”であることに気づき口を閉ざす。
ようやく開けた場所に辿り着くと、そこにはイルーアといつもの取り巻き集団がいた。そして床の上で胸元を握りしめるように抑え、身を小さく丸めるアネリーの姿があった。
(あれほど……あれほど言ったのに……)
私の訴えなど、イルーアにはまるで響いていなかったことにやるせなさ覚えつつ、一言物申してやろうと一歩踏み出してぎょっとする。
アネリーの制服は真ん中で切り裂かれていた。アネリーは必死で布をかき集めるように抑えているが、白い肌が露わになっている。ガタガタと身を震わせすすり泣く少女を前に、自分の顔からすっと血の気が引くのが分かった。
イルーアを睨むと、気まずそうにそっぽを向いた。
「イルーア……アネリーに何をしたの?」
私の口から抑揚のない声がこぼれた。熱さとも冷たさともつかぬ感情に、私の思考は半ば停止していた。
肩をすくめたイルーアが、しぶしぶと言った様子で説明する。
「アネリーさんが窃盗を働いたんですよ」
「……やっていませんっ……」
アネリーの憐れにかすれた声が被さる。
「実際にアネリーさんの個室からは、証拠の品がたくさん出てきているのだから罪は明白でしょう。だからまだ発見に至ってない物を探すため、風紀委員の権限で彼女に身体検査をさせてもらいました」
「身体検査……?」
その言葉にぞっとする。男子生徒も多くいるこの観衆の面前で、イルーアはアネリーの衣服を切り裂いて体を暴いたのだ。イルーアは中性だが、生まれた時から女性として生活をしている。それがどれほどの屈辱と恐怖を与える行為か想像できないはずはない。
「私だって、ここまではしたくなかったんですよ? でもアネリーさんが頑なに罪を認めず、委員会の協力にも応じてくれないので、強硬手段を取らざるを得なかったんです」
後ろめたさなど微塵も感じられないイルーアの薄ら笑いに、私は限界を悟っていた。
大きくため息をつくと、私は顔を両手で覆ってうつむく。
「……シズ?」
一言も発しなくなってしまった私に、さすがのイルーアも何か違和感を覚えたのか、恐る恐る近寄ってきて顔をのぞき込む。
「どうしたんです? 気分が悪くなったんですか?」
視線を上げるとイルーアがいつもの可愛らしい仕草で、きょとんと小首を傾げていた。私は無言のまま右手を大きく振り上げると、その天使のような横っ面へと振り下ろしていた。