5、同じ部屋がよかったんですか?
私はある覚悟を決めて言った。
「――イルーア、一つお願いがあるの」
「なんですか。私にできることなら言ってください」
「学園ではできるだけ、私に関わらないで」
その言葉にイルーアは傷ついたように目を見開き、息を飲んだ。
「シズ……やっぱり私に幻滅しましたか?」
「そうじゃなくて、これは私の問題。あの様子じゃ、イルーアや取り巻きの子たちと一緒にいたら、まともに関わってくれ人なんていないでしょ。……私は自分の目と耳で、ありのままの人の意見や学園の実情を見たいの。その上で、私はイルーアに『あんなやり方、間違ってる!』って言ってやる」
きょとんとしているイルーアに、私は笑って言う。
「今の私が何を言っても、世間知らずが理想を語っているようにしか聞こえないでしょ? だから知りたいの。私が見て考えたことをイルーアにちゃんと伝えられるように」
「それって……私のためってことですか?」
「そうだよ、イルーアは私になんて期待してないかもしれないけど」
「そんなことないです。シズがそこまで考えてくれるなんて……ああ、うれしいです!」
イルーアはわざとらしく頬を両手で押さえて身をよじる。その冗談じみたふざけた言動こそ馴染みのもので、私はようやくほっとした。
「せっかく傍に来られたから、少し寂しいけどね。でもほら、寮では同じ部屋でしょ?」
「え?」
「あれ、違うの?」
一年生や二年生は大部屋だが、三年生からは二人部屋になると聞いている。てっきりイルーアと私は特別な関係性もあり、同じ部屋が手配されていると思っていた。
「シズ……忘れているみたいですが、私は『中性』です。だから寮では個室をもらっています」
「あ、そういうものなんだ」
私の世界とは大きく異なる点の一つに、この世界には三種の性別がある。男性と女性、そして『中性』だ。中性の者は女性として生まれてくるが、ある程度の年齢から性別を自在に変えられるようになるらしい。
その時の状況によって、女性として自分が子供を生むことも、男性として誰かに自分の子を産んでもらうことも選択できるとは、ずいぶん便利な体だ。……ハゼとかクマノミとかの魚みたい、とこっそり思ったのは秘密だ。
《御使い》に選ばれる人間は必ず中性で、他には王家など一部の家系にも表れやすいという。確率的に中性は百人に一人か二人程度いると言われているので、この世界では珍しいというほどでもない。
中性はどの性別とも結婚できる利点があるので、家を継ぐことを必要とする家系では、優先的に跡継ぎに据えられる。そのため男性や女性よりも、中性を優れた存在と見なす人たちも少なくないらしい。
「この学園では基本的に中性は生まれた時の性別――つまり女性体として過ごす規則なんです。年齢的に、入学してから中性であることが確定する者が多いですから」
中性はその特性ゆえか、女性形態の時にも生理がないらしい。そうして思春期の時に、初めて自分が中性であることに気づくと聞いた。
「在学中に許可を得ず性別を転換することは許されていません。どうしても男性体として過ごしたい者は、風紀の問題で卒業まで女性体には戻らないことを誓約させられます。……そういう事情もあって、中性は女性寮にあっても部屋を隔離されているんです」
「そういうことなら寂しいけど仕方ないね」
「シズは私と同じ部屋がよかったんですか?」
「できればだけどね。そしたら夜の間だけは仲良くしてても問題ないでしょ」
「夜の間……」
「夕食後から消灯までの間は自由時間だって聞いたよ。その間ならその日あったこととか、おしゃべりできるかなって思ったんだけど」
関わらないでと言ってしまったので少し心苦しいが、実は神官たちからイルーアの傍を離れず、よくお仕えするようにと言い含められてきた。せめて人目のつかない間だけなら、イルーアと親しく過ごしても問題ないかと思ったのだが、目論見は外れてしまった。
「――イルーア?」
ふと見ると、なぜかイルーアは顔を赤らめてうつむくと、口元を両手で押さえた。
「シ、シズがそこまで言うなら……ちょっと寮監の先生に掛け合ってみます」
恥じらうように体をくねらせながら言うイルーアを、少し不気味に思いながら、どうせ神殿に居た頃のような変な冗談だろうと私は受け流す。
「いや、そこまでしなくていいよ。またイルーアの立場を利用するみたいだし」
「いいえ! 考えてみれば、私たちの使命はこの国を安寧に導くこと。学園の規則や風紀よりも、優先されるべきだと思います!」
神殿にいた頃、『祈りの儀式とか、適当に省略しても信徒にはバレませんよ』などと、耳をほじりながらのたまっていた人物の台詞とは思えなかった。とはいえ《御使い》の心構えについては、私が口を出すことでもない。
「その辺のことはイルーアに任せるけど、無理はしないでね。あと仮にも風紀委員なんでしょ」
「大丈夫です! こういう時のための権力です!」
「いや、だからね……」
ぐっと拳を握るイルーアに、今は何を言っても無駄だろうなと、私は小さく溜息をついた。