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2、学園の暴君




 私が朝から晩まで教育係から様々なことを学ぶ傍らを、イルーアはちょこまかとつきまとい、時にはイタズラを仕掛けて神官から怒られ、私を困惑させた。


 とはいえ、生きるために他に選択肢もなく、与えられた義務をまっとうするしかない私にとって、彼女の明るさや能天気な言動は救いになった。


 整った美貌とは裏腹に些細なことで大笑いし、時に不貞腐れ、子供のようにくるくる表情を変えるイルーアは見ているだけで飽きなかった。好奇心旺盛に私の世界の話をせがんでくる様子は、妹を相手にしているような気分だった。




 一ヶ月もする頃には、私は夢の中をさ迷っているような心地から、『これは現実なのだ』と覚悟を決め始めていた。そしてイルーアはというと、名残惜しそうに一足先に学園へと旅立っていった。残された私は、静かになった神殿でただひたすら勉強漬けの日々だった。


 異世界の国エンドラ。最初は神だの魔法だのと話を聞かされ、頭がおかしくなりそうだったが、意外と文明にはすぐ馴染めそうだった。この世界にも電車なさすがにないが汽車はあるし、そこまで普及していないが魔法や蒸気を動力にした車もあった。その反面、王族貴族が支配する階級社会であり、神様とその奇跡の力は、人々に深く信じられていた。


 私からすると、様々な時代の文明文化がごちゃ混ぜになっているようで、妙な感覚だ。もっとも私が生まれ育った国も、新幹線やモノレールが通過する傍らに神社仏閣が建っているのだから、実はたいして変わらないのかもしれない。




 さすがに読み書きを習得するのには悪戦苦闘した。それでも神官たちは私のことを『歴代でも教養がある方だ』と言ってくれた。


 《守護者》とは《御使い》が代替わりするたびに、数多ある異世界から選ばれてやって来るものらしい。必ず《御使い》と同じ言語を話せるので、意思疎通に困ることはないが、知識や倫理観などは個人差があり、いつの時代も《守護者》の教育には大層苦労するのだという。


 歴代の《守護者》中には王族や貴族を名乗る人間もいたようだが、大抵は名もなき庶民であり、時には奴隷などもいて、簡単な計算すらできない者が多かったと聞かされた。私も間違いなく庶民だが、それでも教養があると言われたことはうれしかった。




 神官たちの予想より早く、私は半年程度でイルーアのいる王立学園に送り出されることになった。


 白い大きな襟が付いたブラウスの首元でリボンを結び、足首まで丈のあるチャコールグレー制服を着た私は、世話になった神官たちに見送られ、迎えの車で学園へと出発した。


 王立学園は十三歳から入学できる五年制で、私はイルーアと同じ三年生に編入することになった。私が異世界に来たのは高校二年生の年明けすぐ。偶然にも私がもうすぐ進級するはずだった『三年生』になるわけだが、生徒の年齢で言えば、あちらの世界の高校一年生に相当する。


 年下の子たちに囲まれるのは複雑だなあと思っていたが、イルーアや神殿にいる若い巫女たちを見る限り、この世界の子たちは大人っぽい容姿の子が多いので、違和感はあまりなさそうだった。




 少しの不安はあったが、真新しい制服に身を包んだ私は、これから始まる学園生活に心を躍らしていた。


(イルーア……うまくやれてるかな)


 異世界人の私からしても、少し浮世離れした能天気な相方に想いを馳せた。彼女の物怖じしない明るさに私は救われたが、人によってはうっとうしいと感じるかもしれない。


 王立学園はこの国ではまだ珍しい共学制で、寮は男女きっちり分かれているが、教室や授業は共通だと聞いている。あの美貌もあり、誤解や嫉妬を買ってイルーアがいじめられてはいないだろうかと少し不安だった。


 ――何も知らない私は数時間後、能天気だったのはイルーアではなく自分だったと思い知らされることになる。まさかあの愛らしい天使が学園の暴君として君臨しているなど、この時は想像もしていなかったのだ。






 ※※※※※※※※※※






「――返してください!」


 学園に到着し、編入の手続きを終えた私が担当教師に学園の中を案内されていると、女の子の甲高い声が聞こえてきた。


 ふと渡り廊下から足を止めて中庭を見ると、スカートを泥に汚しながら座り込んだ一人の少女を、何人かの女子生徒たちが取り囲んでいた。


「それを返してください、おばあちゃんの形見なんです!」


 仔栗鼠(りす)を思わせる、栗色の髪の少女が今にも泣きそうに訴えていた。派手さはないが可憐な愛らしさを備えた少女の姿は、猟犬に追い詰められた小動物のようで痛々しかった。




「みんな聞いたあー? 『おばあちゃんの形見なんですぅ』だってえー」


 一人の少女のわざとらしい声真似に、周りから嘲笑が沸き立つ。


「どうりで古臭いわけね」


「あら、そんなことを言ってはダメよ。彼女が暮らしていた田舎では、それが最先端の流行かもしれないじゃない」


 少女たちの言葉にまた笑い声がさざめき、ついにうずくまっていた少女がはらはらと涙を零し始めた。


 明らかないじめの現場なのに、周囲の生徒はニヤニヤと眺めているだけか、なかった事のように視線を逸らすばかりで、誰も止めに入る様子がない。




「いけませんね、アネリーさん。いくら形見とはいえ、学園で華美な物は身に着けてはいけない決まりですよ」


 愛らしく澄んだ声に、私の意識が引っ張られる。


 輝くような金髪の後姿に、私は「あっ……」と小さく声を上げた。少女を取り囲む一団の中央に立っていたのは、間違いなくあのイルーアだった。










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