17、前に言ったこと忘れないでね
私がアネリーの部屋を訪ねた数日後、臨時の全校集会が開かれ、風紀委員会から正式に窃盗事件に関する顛末が公表された。
大量窃盗の『真犯人』は出来心から発作的に盗みを働いたが、証拠の処分に困り、たまたま個室を使っていたアネリーの部屋に盗んだ物を隠した。そして密告の手紙を送り、アネリーを犯人に仕立て上げることを思いつく。しかし食堂での騒ぎに罪悪感を抱いた真犯人は風紀委員会に罪を告白し、見つかっていなかったモリカの万年筆を返却した。それが真相だということだ。
風紀委員会は窃盗は言語道断としながらも、自ら罪を告白した潔さに免じ、『真犯人』を戒告のみの処分にするとした。その処遇の甘さに、どうせ犯人は上流階級の人間だろうと、主に平民出身の生徒からは不満の声がささやかれた。しかし結局はいつものごとく、絶対的権力を握るイルーアたち風紀委員会に異を唱えられる者はなかった。
しかし私は、全校集会の前日の夜遅くに、なぜか制服を汚し、髪型を乱した風紀委員たちが、不満げな顔でレミレイス寮に帰ってくる姿を見ている。この結末が、今のイルーアに可能な限りの譲歩なのだとわかっていた。
こうして窃盗事件のことが生徒たちの記憶から薄れていく中、学園は春の休暇を前に浮足立った空気に包まれていた。窮屈な寮生活から、半月ほど解放される喜びもあるが、エンドラではこの時期に特別な行事があった。
降臨祭――神が地上の人々の前に降り立った日を祝う祭りであり、春の訪れを祝す行事でもある。神殿では厳かな式典が催されるが、そんなものは学園には無関係で、生徒たちが楽しみにしているのは、それぞれの寮で振舞われる晩餐と、友人同士で交わされる贈り物の交換だ。
この日は、シズが暮らしていた世界のバレンタインデーのように、親しい人間同士でキャンディーやクッキーなど、ちょっとした贈り物をする風習がある。
ただし相手の関係性は問わない。恋人でも友人でも誰でもいい。そして面白いのは贈り物を本人に直接渡すのではなく、見つからないようこっそりとその人の持ち物に紛れ込ませておくことだ。春の訪れと共に現れる、いたずら好きの妖精の伝承にちなんだものらしい。
一部の生徒の間では、より面白おかしく贈り物を仕込むのが流行っているようで、離席したほんの一瞬の隙をついてペンケースにお菓子を入れたり、友達の乱れた髪を直す振りをしながらリボンに飴をくくりつけたりと、不思議な光景があちこちで見られた。さすがに手の込んだ仕掛けをするのは、よほど仲の良い相手だけらしく、大抵はロッカーやカバンなどにこっそりとプレゼントを入れておく程度だ。
相変らず孤立している私は、イルーア以外から贈り物をもらえる当てなどない、そう思っていた。
私がその日の朝、個人用のロッカーの扉を開けると、可愛くラッピングされた小さな包みや箱がドサドサと足元に落ちてきた。ポカンと立ち尽くす私の肩越しに、ひょいと顔を出した人物がいた。
「シズせんぱーい」
もう嫌というほど聞き知った声に間近で呼ばれ、私は思わずびくりと肩を揺らす。
「もぉー、そんなに驚く?」
振り返れば、いつもの可憐な微笑みを浮かべたアネリーが立っていた。その正体を知った今となっては、何を企んでいるかわからない油断ならぬ表情に見えた。
「それきっと下級生からの贈り物だよ」
「え?」
私は床に落ちたプレゼントをかき集め、赤いリボンの小箱に添えられたカードを手に取る。女子の名前と共に、『シズ先輩の凛々しいお姿に憧れております』などといった内容がつらつらと書きつづられていた。
ざっくりと他のカードにも目を通したが、すべて女子生徒からの物で、書いてある内容も似たり寄ったりだ。剣道部に所属していた中学生の頃も、こんなことがあったなあと、私は思わず遠い目になる。
「あのイルーア先輩にびしっと言える人なんて、この学園でシズ先輩くらいだもん。密かに憧れてる下級生は多いよ。知らなかった?」
そうなったきっかけは、間違いなく目の前にいるアネリーだが、なぜか楽しんでいるような節がある。
「アネリー……ここは三年生のロッカーだよ。何の用?」
「何って、それはもちろん――」
「シズから離れなさい、この色情魔!」
高らかに響く声に、私は「ほら来た……」と波乱の予感に肩を落とす。振り向けば、腰に手をあてたイルーアがまなじりを吊り上げて仁王立ちしていた。
「あーあ、面倒くさいのに見つかっちゃった」
「なんですって!?」
アネリーが愛らしい顔のまま吐き捨てるように笑うと、イルーアの形の良い眉を跳ね上がる。私としては、やっかいという意味ではイルーアもアネリーも似たり寄ったりだ。
「イルーア先輩に言われなくても、もう授業が始まるから行きますよーだ」
「とっとと失せろ!」
鼻梁に皺を寄せるイルーアに肩をすくめると、アネリーは私の肩をぽんと叩き、耳元で声をひそめて告げる。
「――前に言ったこと忘れないでね」
ふいにブラウスの襟の後ろを引っ張られたかと思うと、何か薄い物が首筋をかすめ、背中の中に落ちる。
「ひっ……!」
ぞわりとした感触に私は仰け反って悲鳴を上げる。くすぐったさに慌てて制服をバサバサと振ると、ワンピースの裾からひらりと一枚の紙が落ちた。
「何これ!?」
背中越しにヒラヒラと手を振りながら去って行くアネリーは、何も答えなかった。




