15、間違えてたらどうしよっかなー
震える私の手からカップとソーサーが落ち、白いラグを茶色く染めた。動揺のせいではない。高熱が出る前の悪寒のように、本当に震えが治まらないのだ。
「――ねえ、シズ先輩。今から問題出すね」
アネリーは汚れたラグに構う様子もなく、しなやかな動作で立ち上がる。
「二年生の私が個室なのはどうしてでしょう?」
「え……?」
ベッドに膝で乗り上げると、アネリーは軽く私の肩を突いた。力の入らない体はそれだけであっさりとベッドの上に倒される。天井を背景に、場違いな笑顔が私を見下ろしていた。
「ヒントは私の生まれ。王室にはわりと多いので有名なんだけど、シズ先輩は知らないかな?」
「もしかして……中性?」
「正解! よくわかったね。ちなみに同じ女子寮でも中性の部屋に許可なく入るのは、風紀の問題で校則違反だから、今度から気をつけてね。……本当に今更だけど」
私はその言葉にようやく自分の置かれた立場を思い知る。今の私は知り合ったばかりの、異性の部屋に無防備に立ち入ったも同然なのだ。
慌てて身を起こそうとしたが、まったく力が入らない。何より私の体を跨ぎ、肩や腕を押さえつけるアネリーの力は、年下の少女と思えぬほど強かった。私の疑問を嘲笑うかのようにアネリーが短く息をつく。
「中性って転換しても、容姿はそんなに変らないんだよね。大人の中性でも服を着てたら、男女どっちに転換してるかわからない人は多いよ。でも女性形態でも見た目より筋肉量が多いから、女性単体性の人より力は強いんだ。――多分、薬抜きでもシズ先輩を押さえ込むくらいはできると思うよ」
この体の違和感はやはりお茶に何か盛られていたらしい。アネリーが母親から薬の調合を習ったと言っていたことを思い出す。
「それでは次の問題です。以上を踏まえて――今の私は男か女かどっちでしょう?」
「……は?」
私に馬乗りになるその体はどうみても少女にしか見えないし、数分前までそれを疑いもしなかった。だがあれで意外と胸が大きいイルーアとは違い、アネリーは同じ年頃の子たちと比べても、体つきがすらりとしている。ましてまだ成長期だ。実は少年の体だとしても、服の上からでは判断がつきそうにない。
「当たってたら放してあげる。……でも間違えてたらどうしよっかなー」
首筋の辺りで拍子をつけ歌うようにささやかれ、私の全身がぞっと総毛立つ。アネリーのほっそりとした白い人差し指が、硬直している私の制服のボタンを楽し気に弄んでいる。その妙に艶めかしい動きが、何か隠避な物を見せつけられているようで、私は思わず目を逸らす。
「別にどっちの性別でもできることはたくさんあるしね。――ほら、早く答えて答えて! 時間切れで不正解になっちゃうよ」
薬の効果なのか、頭までクラクラしてきて思考がまとまらない。最悪なのは女性と答えて間違えていた時だ。いや、その考えもアネリーの術中にはまっているような気がする。
長い髪が私の胸の上に零れて広がる。アネリーは私の耳元に顔をうずめて、しっとりとした声でささやいた
「――さあ、シズ先輩。今の私はどっち?」
その時だった。突然、扉が弾け飛ぶ勢いで開け放たれた。
アネリーと共に思わずそちらを振り向くと、長い豪奢な金髪を野生の獣のように逆毛立て、怒れる天使が仁王立ちしていた。
「――こんの変態が!!」
部屋にズカズカと入って来ると、私に覆いかぶさったまま唖然としているアネリーの尻を思い切り蹴とばした。
もんどり打って、ベッドから床に仰向けに転がり落ちたアネリーが「いったあ……」と顔をしかめながら身を起こそうとする。その足の間に向けて、イルーアが床に穴が開くのではという勢いで、片足を踏み下ろした。
「ひっ」と息を飲んだアネリーが硬直する。アネリーの太ももの間でスカートを縫いとめるように踏みつけたイルーアが鼻を鳴らして笑う。
「……ああ、残念。付いてない方でしたか。一生、男性形態になれない体にしてやろうと思ったのに」
……正解は女性だったらしい。
私は多少痺れが取れてきた体を起こす。
アネリーが顔を真っ赤にして踏まれたスカートを無理やり引き抜くと、イルーアから距離を取る。
「信じらんないっ!! 今の男だったらシャレになってないじゃん!! あんたやっぱり頭おかしいんじゃないの!?」
「ああ? どの口でほざいてるんです。色ボケかましたアバズレの分際で」
聞いたこともない口汚さでアネリーを罵るイルーアに、私は呆気に取られていた。
「私のシズに手を出そうなんて、よっぽど再起不能にされたいみたいですね」
ついでにどさくさに紛れて、何か妙なことを言った。




