12、もしかして結婚できるの?
幼い頃から愛憎に揺さぶられ、今もそこから解放されず苦しんでいるイルーア。
ふいに込み上げる憐憫に、私を思わずイルーアへと手を伸ばす。イルーアは眩しい物を見るような表情のまま私の手をそっと取ると、自分の頬をすり寄せた。
「……イルーア、さっきは酷いこと言ってごめん」
《御使い》が存在するせいで、私はこの世界に召喚された。この理不尽は元はと言えばイルーアのせい。そんな思いを私は自身の中でずっと燻らせ、今日ついに爆発させてしまった。誰よりも運命を前にした無力を味わってきた人間に向けて。
「シズが私に言ったことは的外れではありません。この状況をあなたが望んだわけではないのはわかっています。それでもシズ、私にはあなたが必要なんです」
エンドラのすべての民の幸福を祈り、愛を捧げる《御使い》になったイルーアは、人としての彼女に注がれていた愛を失った。きっとこの先の人生も何よりも尊い存在として、普通の人間とは隔絶された扱いを受けるのだろう。
私はようやく自分の存在意義に気づく。《御使い》イルーアは万人のために存在するが、ただのイルーアのために存在できるのは、異世界から来た、この世界になんの縁も持たない《守護者》である私だけなのだ。
そう思ったら、自由気ままで時に暴君ともなる完璧な美貌の主が、ひどく儚く頼りない存在のように思えた。
「……いいよ。私もイルーアのことは嫌いになれないもん。私でよければずっと傍にいる」
「本当ですか?」
見つめているだけで吸い込まれそうな、深い青をたたえた瞳がまた潤みだす。
「ワガママだし、強引だし、意地悪で腹も立つのも本当だけどね。どうせ私たち結婚もできないんだし。お互いだけが一生傍にいることになるなら、仲良くやっていくことを考えようよ」
「結婚できない……?」
「あれ、違うの?」
いぶかしげなイルーアに、私は思い違いをしていたことに気づく。てっきり一生その座から降りることが出来ない《御使い》や《守護者》は、他の聖職者のように結婚はできないのだと思い込んでいた。
「《御使い》って、もしかして結婚できるの?」
「ええ、別に禁止はされていませんよ。もちろん《守護者》も。……シズは将来結婚したいんですか?」
私は少し返答に詰まった。これでも一応十代の女子、相応に恋愛や結婚に憧れはある。友情にしろビジネスライクな関係にしろ、生涯付き合うことになるイルーアには、少し恥ずかしいが、早い内にちゃんと自分の意志を表明しておいた方がいいかもしれない。
「まあ、できるなら……したいかな。意外に思うかもしれないけど、私、赤ちゃんとか小さな子が好きだし――……イルーア?」
イルーアが突然どさりとベッドの上に突っ伏した。しばらくしてから、なぜか真っ赤になった顔を上げる。
「な、なに?」
「……私の天性の愛らしさ生かせるのは、どっちかと言えば男性形態より、女性形態の方だと思うんです」
「ん? うーん、まあそうかも……」
「おしゃれの幅だって女性物の方が豊富だし、髪型を変えるのもお化粧も好きだし。だから私はこのまま、一生女性形態として過ごす方向で行くつもりだったんです。女性単体性のシズに言ったら悪いですけど、私には女性特有の面倒事もありませんし」
「そっか、中性の子って女性体でも生理ないんだよね。ちょっとうらやましいかも」
なぜか明後日の方に行く話に、私は困惑しつつも応じる。
「《御使い》なりの事情もあるだろうけど、性別に関してはイルーアの希望通りにするのが一番だと思うよ」
イルーアはきっと私を睨むように見る。
「ええ、わかってます! だったら、必要な時に男性体になればってことでしょう? 別にそこは構わないんです。言っておきますけど、一時の転換すらイヤだと駄々をこねている訳じゃないですからね!」
「あの……さっきから何の話?」
「私が苦労を背負うなら一切迷いませんでした。でもシズにばかり痛い思いをさせることには気が咎めます。だいたいお産は命がけになるときだってありますし。でもそれがシズの望みだったら私は――」
私はイルーアの言わんとしていることを悟り、青くなる。
「なんで、私とイルーアが結婚するみたいになってるの!?」
「ええっ!? さっき一生一緒にいるっていったじゃないですか!?」
「言ったけど、それは使命とか運命の話で――」
「ひどいです!中性に思わせぶりな話をするなんて――」
「あー……」
私は同性の友達に将来の希望を語ったつもりだったが、この世界の価値観に照らし合わせれば、とんでもない匂わせ悪女ブームを仕出かしたことになるらしい。
「私の純情を弄んだんですね! 責任取ってください!」
「責任ってなに――いや、やっぱり言わなくていい!」
ベッドから降りて、慌てて扉へと向かおうとする私のスカートをイルーアがつかむ。
「待ちなさい! シズ、逃げないでください!」
「授業! 午後の授業もう始まってる!」
「どうせ今頃行っても出席扱いにはなりませんよ。そんなことよりも私の話を聞いてください!」
ぎゃあぎゃあと喚き合いながら、私はイルーアとの関係がいつも通りに、いや、ほんの少し絆が深まったことに安堵していた。




