麻婆豆腐を召し上がれ♡
「お帰りなさい、あなた。今日はね、麻婆豆腐を作ったの」
「おお、麻婆豆腐いいね! 明星の作ったご飯はなんでも美味しいから、俺は毎日幸せだよ」
「やだぁ~、あなたったら! ふふっ、じゃあ今日も食べさせてあげるね? あ~んして?」
「あ~ん」
私の夢は、将来の旦那様に手作りの料理を食べさせてあげること──なんだけど……。
「ちょっと、星野さん? 星野 明星さん!」
「ふぁっ……ふぁいっ!?」
お玉を持ってぼんやりしていた私は、いきなり名前を呼ばれて超間抜けな返事をしてしまった。
「……あれ?」
周りを見渡すと、エプロンと三角巾をつけた女子学生たちが、ワイワイ楽しそうに料理を作っていた。そして漂ってくるのは、麻婆豆腐の美味しそうな匂い。
そうだった。今は家庭科の授業の調理実習中だった。そして私は旦那様どころか彼氏もいない、ただの女子高生。そしてそして、さっきからグツグツと音を立てながらフライパンから液体が吹きこぼれているのは、私の作った麻婆豆腐……。
「焦げてる~!! アチッ! あちちちち!」
慌ててフタを取るも、飛び散った麻婆豆腐が指について軽い火傷をしてしまった。
「何やってるんですか、星野さん! まずは火を止めなきゃだめでしょ!」
メガネをかけた女の先生に怒られる。
私は水道で指を洗いながら、赤く濁った麻婆豆腐を見た。
「……豆腐どこいった?」
どうやら煮込みすぎて、豆腐は全滅したようだ。
「もう、明星ってば。これで何回目~?」
隣では私の失敗作を見てクスクス笑ってくれる友達がいる。
「あははっ、四回目……かなあ~?」
まあ見た目はやばいけど、味が良ければ……ってあれ? なんか麻婆豆腐、キラキラしてない?
「え、明星? どうして光ってるの?」
友達が驚いた様子で私を見る。
「光ってる? 私が?」
私がフライパンの取っ手を掴むと、突然ふわりと身体が浮いたような感覚がした。
「え、え、待って! なに? 何が起きたの!? きゃああああ~~ッ!!」
なに? 一体何が起きたの!?
怖くて目が開けられない!
とにかく麻婆豆腐がこぼれないように、フライパンをしっかり持たなきゃ!
すると浮いていた私の足は地面に着地した。そっと目を開けると……大丈夫。麻婆豆腐はこぼれてない。
「良かった~! 何が起きたかわかんないけど、麻婆豆腐が無事で……ん?」
気のせいかな? 今、視界に三人の男の人がいたような……。しかも剣とか持ってた。
「……」
私は麻婆豆腐を見たあと、気になる方へ振り返ってみた。
「えっ?」
やっぱり見間違いじゃない。階段の下に剣を持った男の人が三人いる。しかもとてもゲッソリしていて、今にも倒れそうな感じ。
……ん? 待って。階段の下?
そういえばここ、学校の教室じゃない。なんか薄暗いし、どこかの地下にいるみたい。それに私がいる場所って、なんか祭壇みたいな……。
「おっ……おおお!」
「!?」
突然、赤い髪の男が叫んだので、私はビクッとした。
「やった、やったぞ!」
「……えっ……?」
「神は俺たちを見捨てなかった!!」
「──はい?」
怖い。なんだかすごく、私を見て喜んでいるし。
「二人とも、見ろ! 女神様が何か持ってるぞ!」
「め……女神様??」
それって私のこと?
「おおっ……もしやそれはあんたが作ったものか?」
「え、えっと……はい」
「うおおおおおっ!!」
男たちの雄叫びが辺りに響いた。
「その料理を俺たちに食べさせてくれ!!」
「もうお腹空いて死にそうなんだ!!」
「飯!!」
私は三人の男たちに告白された。
ちがう、告白じゃない。
でもなんか、そう言われたら……
「いいですよ。麻婆豆腐を召し上がれ♡」
私はとびっきりの笑顔でフライパンを差し出した。