96.有言実行は大切だけどこれは違う
きんっ……きんっ……
金属同士がぶつかり合う音を聞きながらゆっくりと大豆茶を飲む、ヤマト。ご丁寧にアイテムボックスから椅子を出して。我が物顔でくつろぎ中。
大豆茶の残りが少なくなってきたので、髪紐が完成する前にフレデリコの領地へ遊びに行こうと決めた。
勿論その時は温泉を堪能する気満々。プルとラブも、そろそろ温泉を楽しみたいだろうなと。
昨日紹介してもらった工房でそう考えているヤマトは、近付いて来たドワーフ――この工房の棟梁へ向き直った。
「まだ出来ねえのになんで来てんだ」
「洞窟都市。エルフの子供が『迷路みたい』と教えてくれまして。通路での迷路ではなく、建物の入り組み方が迷路なんですね。中々に楽しいです」
「あ? だから何だよ」
「その子、迷子になって怒られたようで」
「で?」
「なので『私も怒られないとですね』と返してみました」
「……つまり」
「有言実行は素晴らしい精神だと思うんです」
「迷子ならそう言えや! おい誰かヴォルフかランス呼んでやれ!」
「あ。ふたり共、ギルドに行くと言っていました」
「ならギルド行け!! そもそも宿出んな!」
「え。ふたりの目が無くなって、心置きなく迷子になれるチャンスなんですよ。そんなの、出掛けるしかないじゃないですか」
「ねーんだわ。迷いまくってウチに辿り着いたって?」
「宣言通りちゃんと『迷子』になれたので、満足出来ました。――あ。途中で子供達と薬草採取もしましたよ。この完璧な造形美に臆せず話し掛けて来て、正直に迷子だと言ったら爆笑されて。何故か薬草採取に誘われましたね。何故でしょう。それで、採取が終わってもギルドへ案内してもらえずに『またね』と放置されました。ドワーフ族は子供の頃から怖い物知らずのようで。正直、一連の展開が意味不明で愉快でした」
「テメーが意味不明過ぎてまじ怖ぇ」
「“こわいもの”を知れたようで。なによりです」
すんっ――感情を手放したドワーフが可笑しいのか、くすくす笑うヤマト。自分の現状も、困惑するドワーフ達のことも娯楽にしている。
ヴォルフからも「出るなよ」と言われたが、そう言ったヴォルフも『出るだろうな』とは思っていただろう。迷子宣言をしていたヤマトにとっては絶好の機会なので、ヴォルフとしても想像に容易い。
それでも。なぜ態々迷子になるんだ……とは当然思っている。アホ。
「――で。態々あいつ等離して、ギルドは何考えてんだよ。邪推してくれっつってるようなもんだろ」
「んー。可能性としては……みっつですね」
「みっつ」
「ひとつ、単純に指名依頼。ふたつ、私が『機密』とやらに触れたらしいのでその確認。みっつ、あのふたりを離された私がどう動くかの観察」
「……それ。後のふたつ、王様の指示じゃねーの」
「ふふっ。『可能性』とは言いましたが、恐らく全部です。指名依頼と称して『機密』とやらの事実確認でもしているのでしょう。ここに来るまでも、監視するような視線と気配が途切れませんでしたし。まさか率先して迷子になるとは、流石に思わなかったでしょうね」
「軽ぃな」
「何か起きる前にプルが“処理”するので」
「ぷる?」
「スライムです」
「……あぁ。ドラゴンの魔石食った、新たな脅威って噂のバケモノスライム」
「賢くていい子ですよ」
「だから言ってんだろ」
知性のあるスライムなんて恐怖でしかない。只管、黙々と。機械的に何かを溶かしているだけの方が討伐は楽。
確かに討伐は楽ではあるが、スライムは“森の掃除屋”として自然環境を保つための存在でも在る。なので討伐は専ら低ランク冒険者の腕試し手段か、夜営時の安全確認程度。
冒険者として侮ることはないが、取るに足らない最弱の魔物。寝ている時に身体の一部を溶かされない程度に気を付けるだけ。それも、魔物除けの液体か魔道具を使用すれば大抵は事足りる。木や崖から落ちて来ない限りは。
しかしそこに知性が加わり回避や戦略、統率を取られてしまえば……想像もしたくない。
冒険者ではない一般人はスライムの特性すら知らない者が大半だが、冒険者と持ちつ持たれつのドワーフ――主に鍛冶師は魔物の特性を聞き齧っているので、ある程度の知識は有している。……とは言っても、その知識も冒険者の基礎中の基礎レベルだが。
なんにせよ、こわい。
未だにその『新たな脅威』の姿を視認していないので、尚更に。
因みに。ドワーフ全員、ヤマトの首元のケット・シーに即気付き盛大な二度見をかました。当然ながら『ケット・シー』は初めて見たが、あの大きさの猫の妖精は『ケット・シー』以外有り得ない。
妖精をペットにするなんて正気を疑う。暑くないのだろうか。
「ここ居ても何も出せねえぞ」
「お構いなく。見ているだけで楽しいので。鍛冶体験、出来ますかね? 明日とか」
「打ってどーすんだよ。その魔剣、拗ねんだろ」
「可愛らしい拗ね方をしてくれると思います。抜刀――抜剣?をさせない、とか」
「『抜刀』っつったら……“カタナ”ってやつか。確かに似てるな」
「気位が高くて、でも戦闘狂なのですよ」
「持ち主に似たんだろ」
「え」
「あ?」
「私、何だと思われてるんです?」
「王族」
「流れ者ですってば」
「ドラゴン狩る奴が戦闘狂じゃねえって?」
「食材を狩るだけで“戦闘狂”とは言わないと思いますけど」
「分かった。テメー、神族だ」
「分からないでください。ちゃんと只人です」
「噂流れてんぞ」
「人の口に戸は立てられませんからね」
「あ? 戸?」
「一度流れ始めた噂は止められない、と解釈して頂ければ。――そんなに気になります? この魔剣」
「魔剣なんざ滅多にお目に掛かれねえからな」
「見ても良いですよ」
「抜けるか。死ぬわ」
「はい、どうぞ」
すらりっ。魔剣を抜いたヤマトが刃を寝かせ棟梁の前へ出すと、わらわらと集まって来るドワーフ達。仕事をしながらでも会話は聞いていたらしい。
全員が興味津々な様子に笑いそうになったが、どうにか目元を緩めるだけに留める。必死に堪えているのでちょっと腹筋が苦しい。
刃の光沢や反りを真剣に観察するドワーフ達の中には、魔法使いの適正がある者もいる。魔剣が容赦無くヤマトの魔力を吸い取る光景に「うっわ……」とドン引きの声を漏らしたが、他の者達は真剣そのものなので気付いていない。
「刀と似てると言いますが、違うところは?」
「反りの角度。刃紋。密度」
「じゃあ、先程は鞘の角度だけで刀ではないと分かったんですね。流石です」
「テメーはどう判断してた」
「勘で」
「これだから嫌なんだよ、“黒髪黒目”っつーのは」
ケッ。忌々しいと吐き捨てる棟梁は、不快に思っている訳ではない。
単純に、ドワーフとして武具を見極める能力を養ってきた自分達の努力――それを『勘』だけであっさり凌駕された事実が、只管に悔しいだけ。自分達も勘を無碍にはしないが、己の得意なジャンルだからこそ腹立たしい。
しかも。何故か。今までに現れた“黒髪黒目”のほぼ全員が、勘による『カタナ』の真贋を看破していたと聞いているから尚更に。
つまり、シンプルにムカつく。それがカタナに限った現象だとしても羨ましい。
悪態を吐いた棟梁にくすくすと笑うヤマトは、なんとなく察したらしい。恐らく……『日本人』としての、“和の心”とやらが共鳴していたのだろう。
しかし確認することでもないな。と、観察して満足したのか各々戻って行くドワーフ達に目元を緩める。興味のあることだけを真っ直ぐと見てしまう、生粋の職人。
「素晴らしい」
「あ?」
「いえ。棟梁さんもお仕事に戻って良いですよ」
「はあ? ウチの工房でテメーに何か遭ったら、エルフ共に顔向け出来ねえだろうが。問題起こすなら国の外でやれや」
「なぜ問題を起こすことが前提に」
「起こしたから監視付いてんだろ」
「純粋な探究心を穿った目で見るの、失礼だと思いません?」
「つまり?」
「『機密』と知らなかったので許されても良いと思うんです」
「無理じゃね」
「楽しかったです」
「あ、そ。――来たぞ。迎え」
棟梁が顎で示す方を見ると、呆れてはいるが特に怒ってはいないヴォルフ。ランツィロットは……挨拶回りだろうか。彼は人付き合いが良いので、きっと合っている。
近付いて来たヴォルフは大豆茶でほっこりしているヤマトに、態とらしく呆れの溜め息をひとつ。やはり率先して『迷子』になることを予想していたのだと、確信。
確定してくれない『親友』が自分を理解してくれていて、純粋に嬉しい。上機嫌。
ぱっと手元に出したカップに大豆茶を注ぎ差し出すと、当然のように受け取り飲み干した。
「お疲れ様です。何か問題は?」
「ねえ」
「心配性のようですね」
「やらかしといて余裕だな」
「ヴォルフさんが味方になってくれるので」
「荷が重ぇよ。――そっちは」
「問題ありません。困惑させたくらいです」
「そりゃあな。ガキ共、ギルドに案内した方が良かったかっつってたぞ」
「ん、ふふっ……思い付くのが遅かったですね。大丈夫ですよ。面白かったので、気にしていません」
「だろうな」
ヴォルフからカップを返されたので魔法で洗浄し、アイテムボックスの中へ。おかわりか否かの判断も“勘”なのだろう。
腰を上げたヤマトは棟梁へ目元を緩め口を開く。
「お邪魔しました。鍛冶体験、楽しみです」
断ることは許さない――そう言われているような感覚。傲慢不遜。
ヤマトとしては『鍛冶体験したいから準備宜しくね!』のスタンスなのだが、如何せん……その完璧な造形美の“顔”で、エルフ族さえ『神族疑惑』を向けてしまうドラゴン・スレイヤー。
無礼千万で怖い物知らずなドワーフでさえ、得体の知れないものと対峙した感覚に陥ってしまう。仕事上、他国の本物の貴族や王族の傲慢さを知っているのに。
一言で言うなら――不気味。
それでも。その感じた薄ら寒さを決して表に出さないのだから、この棟梁は他者に弱さを見せない頑固親父なのだろう。
「お前、剣打ったら魔剣妬くんじゃね」
「だと思います。なので、ペーパーナイフにしようかと」
「んなに手紙貰わねえだろ」
「フレドの侍従にプレゼントしたくて」
「、あ? “友人”でもねえ貴族にやる意味ねーだろが」
「顔が怖い」
貴族嫌いのヴォルフ。しかしヤマトが“友人”と認めた貴族に対しては、『ヤマト』の意志を尊重している。ヤマトの“友人”――確定させたくない『親友』として。
だからこそ。その他の貴族にヤマトが気を回すことは、本来の『貴族嫌い』の性質が強く出てしまう。これが自分のわがままだと理解した上で、断じて許容出来ない。
恐らく“怒る”一歩手前。自分勝手で理不尽な主張だが、それ程に嫌だ。
だというのに。
ヤマトは眉を下げることもせず。寧ろ真っ直ぐとヴォルフを見上げ、胸に手を添えてから口を開いた。
誇らしげに。これは正しい感性だと、明確な自信を持って。
「これまで。フレドの人生に寄り添い励まし、主従以上の想いを向け支え続けて来た人格者です。私が彼へ敬意を贈ることは、フレドの“友人”として当然の権利かと」
「……」
「ダメですか?」
「……好きにしろ」
「はい。ありがとうございます。だから好きです。ヴォルフさん」
「知ってる」
「ですよね」
ふふっ。満足と笑うヤマトにヴォルフは頭を抱えるが、直ぐに苦笑してその“黒”を雑に撫でる。
主へ向ける侍従の敬愛。親愛。立場があるのでどちらも明言しないが、確かに存在する家族愛。純粋な『愛』。
貴族嫌いだが非情ではないヴォルフが、その最も美しい感情への敬意を許さない訳がない。貴族筆頭のグリフィス公爵へドラゴンの肝臓を売却した事を許したので、つまりはそう云うこと。ヤマトの予想通り。
だから……
これだから好きなんだよなあ……『愛』を認める、このアホが。
自信満々の“顔”が良い。傲慢だが“顔”が良い。
あー、敵わねえ。
ヴォルフはヤマトをクソガキだと思っているが、同時に『愛』を認める大人だとも思っている。妻への愛。弟妹への愛。友愛。親愛。敬愛。
これまで、ヴォルフの目に映るヤマトは様々な『愛』を認めていた。“友人”を侮辱されても。指を切り落とされても。
まるで“そう”することが正しいように。
これからも変わらず認め続けるのだろう。それでも、自分に害が及ばない『愛』だけを。
認めた上で、どこか他人事のように。何歩も引いた、俯瞰した場所から。
みまもって。
「やっぱお前神族だろ」
「只人です。なんですか、急に」
「さあな」
「えぇ……まあ良いですけど」
話さないなら訊かない。これも、ヴォルフからすると“好きなとこ”のひとつなのかもしれない。
当人に言う気が無い場合の押し問答は、時間の無駄でしかないから。
「邪魔したな」
棟梁へそれだけ言って歩き出したヴォルフの横を歩く、ヤマト。会話に注目していたドワーフ達へ手を振らないのは、先程『お邪魔しました』と口にしたのでこれ以上の挨拶は不要だろう。との判断。
現状。ヤマトは依頼をしただけで、技術ある職人へ馴れ馴れしい態度をとって許される立場ではないから。きちんと弁えている。
それにしては『迷子センター』として使っているが。相変わらず、気遣いの方向性がよく分からない。
だから『全てが思い通りになると思ってるだろ』と言われるのだろう。周りの全てを、無意識に利用しているから。
唯一のストッパーで在る筈のヴォルフが、指摘をしても「それで良い」と許してしまっていることが原因である。ヴォルフはヤマトに甘い。己の逆鱗に触れさえしない限りは。
何とも言えない……言語化に困る感覚でふたりを見送るドワーフ達。そんな中、逸早く我に返った棟梁は事務所兼倉庫へと向かう。過去に貴族から受注した、ペーパーナイフのデザイン画を発掘する為に。
どうせデザイン画を持参すると予想しているが、一応。
「――っという訳で。一度フレドの領地に行きますね」
「ペーパーナイフ、納得いかなかったらどうすんの?」
「いえ。これは、大豆茶と納豆の補充に」
「納豆っつったら……あ。温泉あるとこか。いーなー。俺も温泉入りてー」
「一緒に来ます?」
「おっ。行く行く」
「短時間で3回トべんのか」
「ヴォルフさんも入りたいんですね。温泉」
微笑ましいと小さく笑うヤマトは、デザートを一口食べてから流して来たヴォルフから皿を受け取る。ドワーフの作るデザートは甘みが強いので、ヴォルフの舌には合わずその“一口”もスプーンの半分程。
筋骨隆々のドワーフ。鍛冶師でなくとも筋肉に比重を置いているらしく、宿の者も運動は日課らしい。運動後の甘い物は至福。だそうな。
それでも食べているので、擦り込みとは恐ろしいな……と。ランツィロットはこっそり頬を引き攣らせる。
因みにプルの舌……舌?には合っているので、ヴォルフがヤマトへ流したデザートはプルから横取りされた。ちょっと残念に思ったが、許した。かわいい。
「――そういえば。ランツィロットさん、今回は高めの宿なんですね」
「ん? あぁ。この国、滝で湿気あるだろ。安い宿は除湿魔法ケチってるとこ多くてな」
「防音魔法も」
「睡眠は大切ですよね」
ドワーフの国ならではの宿事情。それでも観光業が成り立っているのは、湿気の原因の滝を見に来ているので「これも醍醐味」と観光客も割り切っているのだろう。
自分の周りの温度を常に一定に保っているヤマト。なので、湿気に気付いていなかった事実は一応口にしなかった。きっと「ずるい」と言われるから。
恐らく気付かれているとは思うが。言わなければ知られていないと、同義。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。
相変わらず性格悪いなといっそ感心している作者です。どうも。
近くにいる間はヴォルフとランツィロットの周りの温度も調節出来ますが、頼まれてないのでやってません。
『冒険者』として自分の周りの“空気”を他者に掌握されるなんて、“自由”を奪われたようでなんか嫌だ。ムカつく。
暑さも寒さも、自分が選んだ選択肢による事象なだけですからね。
でもじめじめ寝苦しいのは嫌なので、ランツィロットはドワーフの国ではお高めの宿に泊まります。
ちゃんと寝たい。睡眠、だいじ。
特に『家族愛』を認めているヤマト。
故郷の村を重税で潰されたヴォルフからすると、めちゃくちゃ好ましい。
テオドールの『弟妹愛』を気に入り許したヤマトを叱るだけに留めたのは、こういう理由もあったのでしょう。
工房を『迷子センター』にされた棟梁、魔剣を観察させてくれたので許したよ。
希少なミスリルと『神の雫』や酒を貰えるので、忖度したとも言う。
まあ「自分から迷子になるってアホか」とは思ってますが。
この後、弟子達とも「アホだな」と話した。
正しい認識。
棟梁は主人公を『テメー』呼びしてますが、事前に若い頃のヴォルフとランツィロットが喧嘩する程に口が悪いことを聞いていたので特に気にしていません。
主人公からしても雑に扱われている感覚もありませんし、これが棟梁のデフォなのだと理解してる。
主人公は相手の種族と性質によってラインを決めているようです。
なんで率先して迷子になるの?バカなの?
(A.アホ)
今更ですが、ヴォルフの生い立ちを活動報告に書いておきますね。
次回、一旦冒険者ギルド。
鍛冶体験。
暇な大人ふたり。