9.虫酸が走る程度には“貴族”だった
「避けられている気がします」
「……あ?」
1日を締め括る飲みの席に乱入して来た、ヤマト。
コップに口を付けたまま聞き返すヴォルフは、今日は1人飲み。というか、別の店で飲み潰れたパーティーメンバーを放置しての飲み直し。
ことりっ。コップを置いたヴォルフへ眉を下げたヤマトは、改めて口を開いた。
「皆さんから、避けられている気がします」
「今更だろ」
「いえ。今迄は近寄り難いといった雰囲気だったのですが、こう……怖がられている気がして。揶揄いも無くなりましたし」
「愉しんでたのか」
「勿論」
「領主と仲良くなったからじゃねえの」
「顔を覚えて頂いただけですよ」
「十分だろ」
「この顔ですよ。それこそ“今更”でしょう?」
「……まあ。確かに」
「ロイドさん達からも、『本当に繋がってる』と笑われただけでしたし」
「ロイド?」
「私が依頼を出した時に頑張ってくれた子です」
「……あぁ。グレーの髪の。そいつは?」
「変わらず懐いてくれるいい子です。他の方々、特に解体班からの揶揄いが無くなりました」
「……あー。あれだ」
ぷすっ。肉を刺したフォークをそのままヤマトへ向けたヴォルフは、くつりっ。喉を鳴らし、意地の悪い笑み。
不思議そうにその肉からヴォルフへ視線を戻せば、
「Sランクの件。魔族って侮辱されたから怒った」
なるほど。
一気に腑に落ちたヤマトは、愉快そうに肉を食べるヴォルフに肩を竦めて見せる。
「侮辱とは思っていません」
「あん?」
「彼女達の正義の押し付けが気に食わなかっただけです。一般論がどうかは分かりませんが、“魔族”という呼称を侮辱だとは思いません」
「非常識」
「よく知りもしない内に、先入観での忌避はしないだけですよ」
「知れると良いな」
「楽しみです」
本当に楽しみだと目元を緩めるヤマトは、確かに非常識で世間知らずなのだろう。ヴォルフが呆れた顔で頬杖を付いている。
通り過ぎの店員にホーンラビットのロースト、クリームチーズのクラッカー。オススメの酒を瓶で頼み、直ぐに配膳された酒をグラスに注ぎヴォルフへ。
当然のように差し出されたので、咄嗟に受け取ってしまった。
もう1つのグラスへ自分の分を注ぎ、高級な酒に頬を引き攣らせるヴォルフのグラスへ軽く打ち付ける。オススメを頼んだら出された高級な酒。相変わらず、店員から貴族と思われている。
乾杯したなら飲む。最早癖で酒を流し込めば、値段相応の素晴らしい味。ともなれば、気分も良くなる。
こう云うとこが貴族っぽいんだよなあ。
自覚なくやってんのが尚更に。
そう考えながら、視線はクラッカーをテーブルに置く店員へ。直ぐにヤマトへ戻したが。
「しかし、どうしましょうか。あの揶揄いがあるからこそ、皆さんも話し易かった筈ですし……」
「仲良くなりてえの?」
「なりたいです」
「……ハァ」
「意外ですか」
「いや……お前、なあ。正直なのは良いが、その顔の威力考えろ」
「情けない顔をしていましたか」
「今直ぐナンパしてくれ。って顔」
「してくれます?」
「今俺がされてんだろ」
「ふふっ。ヴォルフさん、話し易いので」
「どうも。で?」
「取り敢えず、先ずは友人になってくれます?」
「……」
「お酒。飲みましたよね」
「やり方がイヤらしいんだよ」
「ありがとうございます」
どうする。と言いたげに小首を傾げるヤマトに、盛大に呆れた顔を見せてやる。……あー。
んなこったろうと思った。
こいつは理由も無く酒を奢る人間じゃねえ。店員から貴族だと勘違いされてる。それを確信した上で“オススメ”を注文した。
高級な酒を敢えて店員に選ばせ、酒飲みの習性を利用して俺に高級な酒を飲ませた。
態々結果論を用意し、自分の意志じゃなく周囲の意志で望む結果へ誘導する。俺が……断る気が無い事を確信した上で。
なんで貴族じゃねえの、こいつ。
未だに頬杖を突いたまま。笑みを見せるヤマトへ手を伸ばし、ぴんっ。その形の良い鼻を指で弾く。
反射的に目を閉じるも直ぐに目を開けたヤマトは、怒る事なく満足そうに頬を緩めた。
「次、こんな回りくどい事したら殴る」
「“この顔”を?」
「すんなっつってんだよ」
「肝に銘じます」
「期待はしねえ」
「正しい判断ですね」
くすくすっ。可笑しいと笑う姿からは、殴られる不安なんて少しも無い事が見て取れる。
その理由は勿論、“この顔”だから。殴ってしまえば、どんな理由が有っても殴った側が非難を受ける。
圧倒的な貴族顔とは本当にチートである。
酒を飲むヤマトは上機嫌で、呆れっぱなしなヴォルフは運ばれて来たローストを一口。
つまり。
『次にギルドで会ったら“魔族”と揶揄ってほしい』
そう、頼んでいるのだろう。
直接言えば良いものを。こんな回りくどいやり方を選んだのは……単純に、愉しんでいただけ。
ヴォルフが意を汲める人間かの“テスト”を。
「そんなだから貴族っつわれんだよ」
「これくらいなら商人も使いますよ」
「領主とは愉しめたか?」
「疲弊しました。流石、お貴族様」
「慣れろ」
「なんの為に?」
「さあな」
既に噂を聞き付け人を送ったらしい王族からの、執拗な探りを回避する為に。
っとは言わず。不思議そうなヤマトの口へ、フォークに刺したホーンラビットのローストを突き付けた。
ヴォルフの協力により、“魔族”との揶揄いでは怒らない。正義の押し付けが気に食わなかった。
それらを正しく理解したらしい。
「おーいっ。まーた魔族の貴族が来たぞー」
「あーもーやだーこの魔族やだー」
「魔族でも貴族でもないですよ」
「ほらもー嘘ばっかー」
本当だと分かった上で嘆く解体班は、また軽口と共に会話が生まれご機嫌なヤマトに内心安堵。ヤマトを揶揄ったヴォルフを心配し声を掛け、ヤマトにとって“魔族”は侮辱にならない事を聞いていた。
それでもこうやって、実際に確認するまでは不安だった。どこからどう見ても傲慢貴族なあの姿を二度も見てしまった後だから、余計に。
傍から見る分には面白いが、それが己に降り掛かるのは嫌だ。あの顔からの侮辱は確実に心が折れる。……と。
これまでの交流で好感を持っているからこそ、嫌われたくないとの思いによる行動。一種の、好き避け。
思春期かと自分で自分に呆れたが、それ程にヤマトを好ましい人物と思っているのだから仕方ない。
「ファントムウルフの毛皮。領主様も喜んでいましたよ」
「アホ程気ぃ使ったから当然だ。感謝しろ」
「ありがとうございます。流石、良い仕事をしますね。また狩って来ます」
「やめろ。神経くそ磨り減る」
「次は私が個人的に使う分なので、それ程気を使わなくて大丈夫ですよ」
「そのコートあんのに?」
「宿の床に敷きたいので」
「……」
「ふかふかで気持ち良さそうですよね」
「まじこいつやだ。きらい」
「私は皆さん好きですよ」
「そういうとこ! ほんっと、まじでっそーゆーとこ!」
「今日も元気ですね」
「……ハァ。おら、出せ」
「カツアゲじゃないですか」
言いながらも愉しそうな笑み。アイテムボックスから引き摺り出したのは、ケルピー。
一斉に顔を背けられた。
「解体、お願いします」
「……あーあー。ケルピーが見えるなあ」
「ケルピーです」
「どこだ」
「ダンジョンの原生林で」
「んな階層知らねえよ!! 何階層だよ!!」
「80は越えてない筈です」
「この短期間でどうやって!?」
「走って」
「は……し……」
「ダンジョン、攻略済みまで転移出来るの便利ですよね」
「わかった。あんた、魔王だ」
「分からないで下さい」
それこそ織田信長だろうに。
ところで。
『第六天魔王』って、元は仏教用語でも厨二心を擽る素晴らしい単語だよね。でも信長の代名詞ってだけでアイタタさが吹き飛ぶから、本当に信長の存在感って凄い。
「初代国王陛下が『ダイロクテン魔王』だから妥当じゃねえの」
アイタタタ……信長様、本当に何してるんですか……。大丈夫、それでも大豆食品広めてくれたから好き。
「そうなんですね。王家の血筋でもありませんよ」
「それが一番信じられん」
「そんなに珍しいですか。この髪と目」
「この街で見た事あるか?」
「無いですね」
「王家でも“黒髪黒目”は稀だ。片方でも持って生まれれば、初代国王陛下の生まれ変わりだと国を挙げての祭りが開催される」
「魔王と畏れられていたのでは?」
「自称だ。実際は慕われてたっつー話」
「中々愉快な方だったのですね」
「家臣に裏切られたけどな。甘ぇとこもあったんだろ」
「そのようです。それで、現王室に“黒髪黒目”の方は?」
「あー……。おい、誰か覚えてる奴」
「第二王子が“黒混ざり”だ」
「あ。ギルマス」
誰かが呼んで来たらしく、解体台に乗られたケルピーを見て顔を引き攣らせるギルドマスター。数秒頭を抱えたが、一旦思考を放棄しヤマトへ向き合う。
変わらず顔を引き攣らせたままに。
「またとんでもねえもんを」
「馬肉って美味しいですよね」
「やっぱり食うのか……。魔石と肉以外は?」
「売ります」
「そりゃ有り難い。後で書類書いてくれ」
「分かりました。“黒混ざり”とは?」
「ん? あぁ。銀髪に黒髪が混ざってるから、混ざり。それだけでも王都では祭りが開催された。“黒”ってのは、この国では権力の象徴。王家の血筋にしか現れねえ筈なんだよ」
「他国に行けば面倒事を回避出来ますかね?」
「無理だろ。そんだけ純粋な黒は、どの国にも存在しない」
「難しいものですね」
「……まあ。ヤマト坊っちゃんは貴族や王族じゃねえって公言してんだし、大丈夫だろ。たぶん」
「たぶん」
「悪いが、何か遭っても助けてやれねえからな」
「冒険者では在りませんからね。理解しています」
「なら良かった」
理解はしているが巻き込む気満々。……との考えをヤマトが持っている事は露知らず。改めてケルピーを観察し始めるギルドマスターは、どこか愉しそうに見える。
高ランクの魔物。冒険者なら誰もが興奮する。それは、元冒険者のギルドマスターも例外ではない。
「どこで狩ったって?」
「ダンジョンです」
「……」
「情報、欲しいですか?」
「冒険者でも義務じゃねえぞ」
「対価によっては提供しても良いですよ」
「……1階層毎に金貨1枚」
「んー」
「1階層毎に金貨2枚。加えて、身分証発行の保証人」
「ギルドマスターが?」
「俺を巻き込むな。適任を用意する」
「ランツィロットさんを?」
「――……ハァ。坊っちゃん、勘が良過ぎて怖ぇよ」
「簡単な推測ですよ」
単純に、出自不明の“黒髪黒目”を監視下に置いておきたい。という事だろう。
ドラゴンやファントムウルフすら単独討伐する、突如現れた脅威。その要素も理由の半分を占めているのだが。
そんな存在へ宛てがうなら、この大陸の冒険者最強で在るSランクは確かに適任。“黒髪黒目”による面倒事も、ランツィロットの名により牽制が出来る。
意外と心配してくれているんだよなあ、この人。私、冒険者じゃないのに。
いい人。善人は好きだ。しっかりと嫌な事は嫌だと言う、気持ちの良い善人。必要な時は、気付かないフリで利用されてくれるんだろう。
そうでなくとも利用するけど。
機嫌良くそんな事を考えるヤマトは、思い出したように口を開き……
「あ。そうでした。ホーンラビットのスポットに遭遇したのですが、隣の部屋で出せば良いですかね?」
「……ほんと、そういうとこだぞ。坊っちゃん」
「好感度って大切ですよね」
街への貢献。庶民の日常に馴染んだ、ホーンラビットの肉。大量に市場に流れれば、その時だけだが安く肉を手に出来る。
これが他の冒険者なら、また安く手にしたいから狩って来い。と、街の者達が圧を掛けて来ただろう。
だが、それをヤマトへする勇気は無い。どこからどう見ても貴族な存在に、安く食べたいから……なんて。周囲から乞食だと指を差され非難されるだけ。公開侮辱を受ける可能性もある。
恐らく街の者達は“貴族からの施し”として、その場限りで享受する。
『貴族じゃない』
本人が何度も公言し続けているので、それは理解している。理解した上で、納得出来ない。と。
『貴族で在ってほしい』
その身勝手なレッテルを貼り付けて。
圧倒的な貴族、王族顔。初代国王陛下と同じ“黒髪黒目”。庶民からすると、天上人――そのもの。
好感度を上げようが上げまいが、庶民はヤマトへの貴族疑惑を持ち続け最低限の礼節を取る。万が一……に備えて。
それが“庶民”と云う生き方なのだから。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
“美”を自覚しているこの主人公が好きな作者です。どうも。
ヴォルフ可愛いよヴォルフ。
ヴォルフもちゃんと“貴族ではない”と分かってるのに、“貴族で在って欲しい”と思ってます。
貴族嫌いなのにね。
そして割と本気で殴りたいと思ってる。
主人公、これからもこうやって偶にヴォルフをムカつかせるのでしょう。
がんばれ、ヴォルフ。
ケルピーって馬なの? 魚なの? 上半身が馬だから馬だな!
っと、判断した主人公。
お肉は美味しく頂きました。
気に入ったようなのでまた狩りに行くと思います。
ダンジョンなので生態系狂わない事だけが救い。
思春期解体班、可愛い。
本当にこの解体班がお気に入りです。
ランツィロットはいつ出るか分かりません。
かなり大きな大陸なので、合流する迄にかなりの時間を要するかと。
早く出したいのですがね。
次回、遂に王族との邂逅。
卵かけご飯はソウルフード。