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89.『価値』に煩い

「っしゃあ来たぞお前等! 気ぃしっかり持て! なんで昨日来てくれなかったの意味分かんねえっ!」


冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間。ひとりの職員が叫んだことに少し驚いた、ヤマト。昨日はそのまま宿に戻って汗を流しぐっすりしたので、気を張らせ続けてしまったのだと少し申し訳ない。


しかし直ぐに『気ぃしっかり持て』の理由を察したので、ヴォルフを見上げ口を開いた。


「一体、私は何だと思われているのでしょうか」


「神族」


「只人です」


間髪入れずの即答。困ったように眉を下げて見せたら鼻で笑われた。解せない。


ヴォルフからの神族疑惑を向けられているヤマトは、そこかしこで「あれが人造人間……」との大変失礼な疑惑が囁かれている事実を未だに知らない。興味を唆られない人物が何を話しているのかなんて、聞く価値すら無いと思っているのだろうか。


だとしたらシンプルに性根が腐っている。これが、抑圧された現代社会から解放され『自由』を知ってしまった故にタガが外れた弊害か。


いつもより静かなギルド内を特に気にも留めず、受付へ向かったヤマトは勝手知ったるように口を開いた。


「フリーで解体を頼みたいので、書類をお願いします」


「どうぞっ」


食い気味に。しゅばっと出された書類。


その対応の速さすら気にも留めない。只々、仕事が出来るな。と感心するだけ。


ダンジョンに潜る目的だった4種の魔物の名が、次々に書き込まれていく。それを見る職員はそわそわしていて、その内心は「おこぼれ納品してもらえないかな」一択。


特に、この国の宰相からの依頼である『T・レックスの全身骨格』を。ドラゴンの下位互換なので、ドラゴン・スレイヤーのヤマトには不要なものだと予想して。


昨日。ランツィロットが「あいつドラゴン素材まだ残ってるし、頼めばT・レックスの素材売ってくれんじゃね?」と言っていた。希望はある。


なので。ヤマトが最後のサインを書く前に、ドキドキしながらも職員は口を開いた。


「あの。T・レックスの骨、使い道が無いのなら全て納品して頂けますか? 本来差し引かれる手数料分は、依頼人に上乗せするよう交渉するので」


「構いませんよ」


「っしゃあありがとうございます!――おいお前! 宰相にこの手紙持ってけ!」


「オーケー任せろ!」


「賑やかなギルドですね」


「お前の所為でな」


用意が宜しい。手紙片手にギルドを出て行った職員には目もくれず、『納品』欄に『ティラノサウルス・レックスの全身骨格』と書いてから最後にサイン。


先程から思っていたが、T・レックスの正式名称なんて初めて知った。――っと云うか、『ティラノサウルス』も『T・レックス』も正式名称ではなかったのか……との、一種のカルチャーショック。昔からそのふたつの名前で呼ばれていたので、誰も気にしたことがなかった。


この流れでヤマトから(・・・・・)ファントムウルフの毛皮の納品を申し出てくれるかな……との期待を職員は持っていたが、ヤマトとしてはする気は皆無。もふもふソファーにするし、ヴォルフの分も作る。ルーチェとリリアナにもプレゼントする。


あとプルとラブ、フェンリルのもふもふ丸ベッドも作る。絶対可愛い。確信。


そもそも。ファントムウルフの納品は既にランツィロットがしたと、昨日の今日で噂が回っており耳に入っている。


その上で更なる納品を期待する職員には、強欲だなと少し愉快に思うだけ。ギルド側から申し出ていないので、自分の予想でしかないと気分を害する必要も無い。申し出ない職員も、その辺りは弁えているのだろう。


「骨格標本――ですか。T・レックスは『暴君の王』なので、それを求める宰相様は良い趣味をお持ちのようですね」


「ぼーくんのおう」


「皆さん、何故私を見るのです」


「……咄嗟に?」


「お前が『支配者』って気付いたんじゃね」


「勝手に支配者にしないでください。只の流れ者です」


「傅いてやるよ」


「だとしたら。そんな詰まらないものには絶対に成り下がりません」


「そりゃ残念」


戯れ。ヤマトを揶揄う序でに、ヤマトの“価値観”を周知させる為の。


それと同時に『支配者』を詰まらないものと一蹴する程の、圧倒的な傲慢さも周知されてしまったのだが……いや。傲慢さは入国からのこの数日で既に周知されているので、今更か。


「――あ。ケンタウルスの全身。納品されているのなら、一緒に解体をお願いします」


「やっぱり貴方でしたか。依頼人の名前、何事かと軽くパニクりましたよ」


「遊んでみました」


「俺等で遊ばんでください」


「考えておきます」


「……楽しんでいるようで何よりです」


複雑そうな表情。彼等は“黒髪黒目”へ価値を見出してはいないが、その暴力的な造形美は素直に受け入れている。正義でしかない『美』から“遊んでもらった”――との嬉しさはあるが……


この国の民は『王族への敬服』を知らないので、その高揚感を正しく理解出来ずに困惑。


現に。別の国出身の冒険者達は、小声で「遊んでくれるなんてノリ良いんだな」と笑い合っている。彼等はヤマトを何だと思っているのだろうか。


ヴォルフはその“遊び”を知らなかったらしく、不思議そうな表情。それに気付いたヤマトは、ヴォルフを見上げ口を開いた。


「依頼人欄に『神族(笑)』と書いてみました」


「認めたなら先に言え」


「事実ではないから書けたんです。――解体部屋、占領しちゃいますが。大丈夫ですか?」


「あ、はい。冒険者達戻って来るまでなら、どうぞ」


「ありがとうございます」


昨日の内ではなく翌日。今日の朝に来たのは、解体を滞らせて冒険者の迷惑にならないように――らしい。冒険者達はこれから依頼を受けるので、朝に解体物を持ち込む者は極僅か。その気遣いは普通に嬉しい。


ヤマトとしては早く解体を終わらせたいとの打算もあるのだが、口にしなければ誰も気付かない。絶対的な造形美からの気遣いは純粋に嬉しいので、その他は些事だと人々は思考すら向けない。『美』は正義。


受付の職員へ労いとして目元を緩めてから。


解体部屋へ入ったヤマトの目の前には、各魔物の解体資料を手に「さあ出せすぐ出せ今出せ」と。わくわく、そわそわしている解体班。笑いそうになり咄嗟に口元を隠し、ヴォルフは顔を逸らした。


傷だらけの厳ついおっさん達が少年のように顔を輝かせている姿。とても面白い。


流石、冒険者の国。高ランク魔物の解体は日常茶飯事だからか、ヴィンセントの領地にある冒険者ギルドの解体班と違い積極的で楽しむ気満々。微笑ましい。


ならば早く楽しませてあげよう。と。


ケンタウルスとケルベロス、ファントムウルフは取り敢えず10体。隣の部屋にT・レックスを出してから、


「お願いします」


「おうっ。資料は揃えたが、T・レックスの解体は初めてだ。一応、3時間くれ」


「――あれ? T・レックスって、まだ誰も討伐していなかったのでは」


「ここのダンジョンでは、な。資料あるんなら過去に誰かが討伐したんだろ。ほら、あの……よく分かんねえ“森”にでも生息してんじゃねーの」


「なるほど。解体、楽しんで」


微笑ましいと。目元を緩めると、何やら狼狽える解体班。言語化出来ない感覚に戸惑っているのだろう。


しかしヤマトは何も言わず、そんな彼等に後は任せて解体部屋を後に。まだ戸惑いが残りながらもいそいそと取り掛かっていて、再度笑いそうになり口元を隠す。男はいつまでも少年なのだな、と。


さて――と。


時間潰しに何をしようかと考えてはいるが、殆ど思考は食べ歩きに傾いている。ソース焼きそばが美味しかったので、味変に生卵ぶっ掛けたい気もする。確実に周りはドン引きするだろうが食べたい。


「食べ歩きしましょう」


「食い過ぎ」


「幸せそうに沢山食べるヒトって、可愛いと思うんです」


「限度あんだろ」


呆れの声。正論なので言葉は返さず、変わらず目元を緩めておくだけ。呆れた顔もされたが、“食べる”と決めたので撤回はしない。絶対に焼きそばに生卵を落として食べる。


固く心に決めて上機嫌に足を動かし――たのだが。


「ああ居た! あんただよな。ドロガメの血で、ウチの奴が迷惑掛けたの」


「お気になさらず。私も愉しみ(・・・)ましたから」


「いや、でも……あんた“黒”なのに“あの国”の王族と仲良いみたいだし。ヴォルフとランスも目ぇ掛けてるから、詫びは入れねえと」


どうやら、とあるクランのリーダーらしい。しかも“黒髪黒目”の存在の危うさを知っていて、『王族』が絶対的な存在だと知っているので他国出身の。


更に、何やら焦りに似た印象を受ける。


……あー。




なんとなく。ここは冒険者としての裁量に任せた方が良いかも。


このヒト、焦りの中に恐怖が滲んでるし。笑顔だけど口元が引き攣っていて、まるで追い詰められたような……耐え難い恐怖を誤魔化すような。威嚇や自己防衛に近い笑い方だし。


何が要因での焦りや恐怖なのか分からないから、最低限の対応で後はノータッチが良さそう。このまま“黒髪黒目(わたし)”が対応しても、その恐怖を増幅させるだけっぽい。


だとしたらヴォルフさんに任せるべき。




そう判断したヤマトがヴォルフを見上げると、数秒考える素振り。結論が出たヴォルフは、軽い様子で口を開いた。


「詫びなら酒で良い」


「それはヴォルフさんが飲みたいだけでは」


「俺に任せたろ」


「利用されている気がします」


「今更」


「ここまであからさまなのはヴォルフさんだけですよ」


ゆる〜く、を心掛けての戯れ。


いつも通りのそれは、何が怖いのか分からないので『怖くないよー』と示す為の会話。本当に気にしていませんよ、と伝える為にも。


聡い者は察するし、聡くなくともこのフランクな会話に「ぁ……なんか邪魔っぽい」と話を切り上げるだろう。なんかふたりの世界……と思って。


相手が通常の精神状態だったのなら、に限るが。


「だ……だが“黒”なら……そっそうだ、俺が一時的にあんたの奴隷になる。だからクランのメンバーには手を出さないでくれ! たのむっ」


「ぇ」


思わず。と、口から溢れた一音。


何故いきなり、一時的でも『奴隷になる』と言われたのか。心底意味が分からない。理解が出来ない。


自分は悪くないのに「また“黒いヒト”が何かやってる」と、周りがひそひそし始めた現状は理解したくない。侮蔑ではなく娯楽としているようなので、特に彼等へ何かを言う気は無いが。


ヤマトは自由気ままなスローライフを過ごすため、普段は『ほんわかのんびりお兄さん』に擬態している。この国に来て早速“やらかした”が、その擬態のお陰で「色々ヤバそうだけど最低限の礼儀払ってたら無害」との認識もされている。


例え“黒”だとしても。ドラゴン・スレイヤーだとしても。そこまでの恐怖を覚える必要は無く、これ程の突飛なケジメも不要。


だのにこのクランリーダーは先程までの笑みを消し、明らかな恐怖の表情でがしりとヤマトの腕を掴んだ。自分の言葉に触発されたのか、懇願の色すら滲ませて。


反射的に放たれた殺気はヴォルフのもの。相手が冒険者でクランリーダーなのである程度の接近は大目に見たようだが、それでもこの無礼な接触は無自覚の『騎士』として許せないものがあったらしい。


ちゃきっ……静かに剣に手を添えたヴォルフに気付いたヤマトは、流石にギルド内での殺し合いはマズイよなーと口を開いた。


「落ち着いてください。本当に気にしていませんし、貴方のクランに危害を加える気もありませんよ。意味がありませんから」


「でも“黒”はっ――1年……1年はあんたの奴隷になるから、だからっ」


「不要です」


「な……ならやっぱり後から俺のクランを!?」


「ですから。そんな意味の無いことはしませんって」


「だったら俺の誠意を受け取っ、」


「黙って」


「!――」


しんっ……


瞬間的に静まり返ったギルド内。娯楽にしていた冒険者達も、そろそろ止めに行くかーと苦笑していたギルド職員達も。


いつもより低い声で発されたその一言は、この数日で構築した『ほんわかのんびりお兄さん』のイメージを一気に崩壊させる痛烈な色。


威圧。牽制。不快。


ゆっくり……と。自分の腕を掴む手に視線を向けると、クランリーダーは反射的にその手を離した。


言葉も無く、視線ひとつでヒトを動かす。その姿は紛れもない――『上位者』。


「誠意を見せることは美徳ですが。断っている相手に強要しては、それは自己満足で只の迷惑です」


「、……ぁ」


「貴方の“黒”への認識がどのようなものかは知りません。どうやら偏った見解のようなので、貴方から訊く必要も無いでしょう。その上で。ひとつ言うと、」


一度言葉を止めたヤマトは動かした手を己の顎へ置き、頤を上げて。


自分の方が背が高いのにまるで見下されている感覚に陥ったクランリーダーが、一歩。足を引いてしまったと同時に。




「その認識が恐怖でも侮蔑でも。“黒”だからと全てを同一視しては、差別と変わりません。――不愉快です」




明確に込められた不快の色。


『誠意』についての指摘により冷静さを取り戻していたクランリーダーは、流石にその“不快さ”を汲み取りバツが悪そうな表情。確かに……差別でしかない。


“黒”本人から指摘されて漸く理解が出来た程には、己の価値観に根付いていた。それは一種の……トラウマ。


“黒”に傾倒する者達とは逆に、“黒”への恐怖心を植え付けられた国。それこそ洗脳さながらに。


「わ、るい……俺の祖国、昔……“黒”に支配されかけて。ガキん頃から、『悪さしたら“黒”が来るぞ』って言われてて」


「だから、許せと?」


「、いや……違う。怖かっただけだ。“黒”が……あんたが」


「そうですか」


ふ――と。ヴォルフが剣から手を離したことを視界の端で確認したヤマトは、顎に置いていた手を下ろしいつも通りに目元を緩める。


『ほんわかのんびりお兄さん』に擬態。見事な豹変。


その変化に、もう一歩。足を引いたクランリーダーは、


「もう一度言います。ドロガメの血の件はお気になさらず。それでもクランとして(・・・・・・)の誠意を示したいのなら、オススメのお酒を2本お願いします。――これが今回の『誠意の価値』です。理解出来ましたね?」


……こくりっ。強制された『頷け』との含みに従い、気付いた時には言葉も無く頷いていた。


明示された、「『クラン』としての誠意なら奴隷という巫山戯た提案は出来ないだろ」――その含みに、頬を引き攣らせて。


擬態しているのに発されている、その重い威圧感から早く逃れたくて。


「良かった。お酒、楽しみにしています」


その言葉を最後に歩き出したヤマト。続くヴォルフがクランリーダーへ視線を向けると、がちりと硬直したがヴォルフは何も言わずヤマトの横へ。


「今回、優しめだったな」


「敵意が無く恐怖が見えたので」


「上出来」


「ありがとうございます」


ご機嫌。つい先程までの不愉快さは無く、褒められて機嫌を良くするヤマト。


ふたりが出て行っても尚。しんっと静まり返っていたギルド、の中では。


……嘘やん。


「あれ……優しめなのかよ」


「ヤマトさんにしては優しめ」


「ぅ……かっこよ……ヤマトさん、すき……っ」


「まじ支配者で最高にカッケー……すき」


「お前等“黒髪黒目”好き過ぎてやべえ」


「はあ!? ヤマトさんだからこんななってんだよ! “黒髪黒目”ってだけなら『好き』とか言えねえわ畏れ多くてっ!」


「あーはいはい。――で。“優しくない”の、教えろ」


「依頼終わってからー。4時間くらいで戻って来るんで、昼飯一緒食いましょ」


「おう。頑張れよ」


未だに見極めているランツィロット。ヤマトと顔見知りの冒険者パーティー。


彼等のその会話に、ちょっと知りたいかも……と顔を見合わせる冒険者達も、4時間以内で依頼を終わらせるのだろう。


『ヤマト』と云うとんでもねえ“娯楽”を愉しむ為に。




閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。


優しめとは……?な作者です。どうも。


主人公、割と本気で迷惑がってました。

クランリーダーが軽い恐慌状態だとは分かっていても、話が通じず堂々巡りになりそうだったので。

あと『誠意の価値』を落とそうとしていたのでちょっとイラッとした。


一応言うと、これは公開侮辱ではありません。

主人公の自意識では単に「不愉快です」と伝えただけ。

なので『優しめ』認定。

伝え方が心臓に悪いですね。


クランリーダーは素直に反省しました。

“黒”へ向ける感情が恐怖でも『差別』になるのだと、めっちゃ反省。

暴走はしましたが良い人なんです。

ちゃんとお酒買いに行ったし、どのお酒にするか小一時間悩んだ程には良い人。


当然ながらこの件も貴族へ報告が上がるし、貴族達は「これで貴族じゃないって何事!?」となります。

諍いを好まない日本人らしく軋轢を生まない為に、逆鱗をぶん殴られていなければ丁寧な言葉遣いなだけなんです。

混乱させてすみません。慣れて。


解体が終わって一連の出来事を聞いた解体班は、まあ正論だなと「へー」だけで終わらせました。

そんな事よりファントムウルフとT・レックス解体による、この高揚感の余韻に浸ることの方が大事。

めちゃくちゃ楽しかった。

また解体したい。


次回、もういっかい。

ヴィンセントの領。

お久しぶりの解体班。


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