88.一応「おすわり」は試した
冒険者の国、最大のダンジョン。国の中にそのダンジョンが発生してから冒険者が集まったことで、結果的に『冒険者の国』と認識されるようになったのだろう。
そう考えるヤマトは、どことなくスッキリとした顔。やっぱり自己処理より人肌が良い、と。存分に愉しんだらしい。なによりである。
「入場の登録があるんですね」
「死亡者の確認に一応な」
「入場料、払った方が良いですか?」
「乱獲すんなら払っとけ」
「金貨1枚?」
「妥当」
「っはー。稼ぎに潜るってのに、払うとか。それで採算取れまくれるってのも異常だよな」
「今更」
「今更ですね」
ランツィロットの言葉にほぼ同時に返したヴォルフとヤマト。ドラゴン・スレイヤーなので本当に『今更』なため、周りで聞き耳を立てる冒険者達も不快の視線を送ることは無い。
当然ながら『ドラゴン・スレイヤー』を信じていなかった者達も居た。しかし先日、実際にドラゴン素材をその目に映してからは信じるしかないと。一種の諦めで信じているらしい。
あと貴族のような傲慢さの中に見え隠れする“更に上位者の空気感”も感知してしまい、なんだかとても怖い。各々所属するクランのリーダーから「絶対に喧嘩売るな」と言われているので尚更に怖い。実質個人Sランクのヴォルフと、正真正銘個人Sランクのランツィロットを当然のように引き連れているので吐きそうな程に怖い。こわい。
……っと、いうか。この国に来た目的が超高ランクの魔物で、素材のためではなく食べる気満々なので理解不能で恐ろしい。何故食べる。
「――そういえば。T・レックスを確認しているのなら、ケルベロスを討伐したと。それってランツィロットさんですよね。なら、ファントムウルフも?」
「あー。いや。してねえよ。なんつったっけ、あれ……」
「クサヤ」
「それだ。その『クサヤ』っつーゲテモノ持ってれば、大抵の魔物は近寄って来ねえのよ。持ってる方もニオイでヤられるけど」
「くさや、美味しいけどニオイは最悪ですもんね」
「知ってた。あんたがあのゲテモノ食うの、知ってた。何で食うんだよこいつまじ異常者」
「傷付きます。怖いもの見たさでチャレンジしたら、意外と美味しかっただけですよ」
「チャレンジ精神ちょいズレてんだよなー……おい。ヴォルフ」
「獣人の国が作ってんぞ」
「そうじゃねえ」
「あ。やっぱり“黒髪黒目”が齎したんですね。流石、獣人。嗅覚を犠牲にしながらも“黒”への敬意が迸っていて、とても興味深いです」
「そうだろうけどそれでもねえんだよ。なんなんだよ、あんた等。ズレまくってんだよ」
「食いもん絡んだこいつに常識求めんな。疲れんぞ」
「それは『T・レックス食べたい』ってので理解したけど、まだついてけねえ」
「早く慣れろ」
「暫く無理」
「だろうな」
ヴォルフや“あの国”の者達がヤマトの異常な食欲に慣れたのは、各地にゲテモノ――基。『名物料理』があったから。ゴボウすら嬉しそうに食べる食欲に、慣れるしかなかったから。
厳密に言うと。その『食欲』自体に慣れただけで、『“黒髪黒目”がゲテモノを摂取している』その事実には慣れていない。慣れたくない。なんで……たべるの……なきたい……
これから超高ランクの魔物を狩るというのに。のんびりとズレまくっている会話をしながら、本当に入場料を払ったヤマトはダンジョンへと足を踏み入れた。
「ダンジョンの転移魔法陣。本人しか移動出来ないの、ちょっと不便です」
「実力不足が下層に行っても死ぬだけ」
「その点に限り、ダンジョンの思考はヒト寄りと云うことですかね」
「だから『ダンジョン魔物説』を前提に話すな。――で。どうする」
「ヴォルフさんは潜ってないんですっけ」
「61階層は行った」
「では、そこに移動していてください。走って行きます」
「ランツィロットは」
「お好きに」
軽い準備運動を始めるヤマトにヴォルフは呆れるが、その言葉はランツィロットを蔑ろにしている訳ではないと分かっている。本当に『61階層から付き合わせるのも心苦しいから、ランツィロットさんの好きな階層に移動して良い』と心底から思っての発言。
しかしそれを分かったのはヴォルフだけ。なので目を向けて来たランツィロットに「気遣い」と小声で伝えてみると、察したらしく頬を緩める。心置きなく125階層で合流することに決めた。どうやら生きて動いているファントムウルフを見てみたいらしい。
合流場所は転移魔法陣がある、各階層へ続く階段。ダンジョン内の階段には罠も無く魔物も侵入出来ないので、これも『ダンジョン魔物説』の要素のひとつなのだろう。
「――ぁ。おい。途中倒した魔物、要らねえなら“譲る”って明言しろ」
「聞き取れる速さではないのですが」
「なら受付に言っとけ」
「わかりました」
くるりと受付へ向かうヤマトは、冒険者カードの確認をする職員へ声を掛ける。「私が回収しなかった魔物、冒険者達に譲ります」と。少し大きな声で。
ちょっとよく分からない……という顔をされた。討伐した魔物を譲る者は極稀なので、それは正しい反応である。
取り敢えず……と。ヤマトの後ろのヴォルフを見てみる職員は、ヴォルフが頷いたことを視認したので数回のやり取りの後に了承の言葉を口にした。
まだよくは理解していないが、本人が「譲る」と明言したのなら問題は無い。退場の際に「“黒いヒト”から譲られたものはあるか?」と確認をするだけで、そこで正直に話すも話さないも冒険者次第。確認も口頭だけなので別に話さなくとも構わない。
これは、冒険者による横取り――『冒険者被害ではない』と示す為だけのパフォーマンス。ヴォルフの“冒険者を守りたい”と云う思いを、ヤマトが“友人”として尊重しているだけのこと。
「了承、貰って来ました。では、後程」
受付から戻って来て、言うが早いか。地面を蹴ったヤマトは、次の瞬間には土埃を残し姿を消していた。スタートからのトップスピード。本当に、途中で討伐した魔物は捨て置くのだろう。
このスピードで動くヤマトを魔物が襲えたら――だが。
「なあ」
「言わねえ方が良いぜ。それ」
「……いや、おい。アレ、本当にヒトか?」
「言うなって。本人は“ヒト”だっつってる」
「いやあいつ俺より速ぇぞ!? 個人S以上だろっ!」
「はあ? ドラゴン・スレイヤーだから当然だろ。ヒトが作った基準に『ヤマト』を当て嵌めようなんざ、考える方がそもそもオカシイんだよ」
「まっじで神族疑惑拭えねえんだけど」
「ノーコメント」
「一旦否定してくんねーかなあ……」
「して意味あんならしてるっての。先、行くぞ」
「125階層までどんくらい」
「4時間掛かんねえんじゃね」
「あー……なら、着いたら一旦戻って来い。昼飯行こうぜ」
「りょーかい」
どうやらヴォルフも、ランツィロットの考えを察していたらしい。『生きて動いているファントムウルフを見たい』と。生粋の冒険者なので当然の帰結か。
軽く右手を上げてから転移魔法陣で61階層へ向かったヴォルフを確認したランツィロットは、さて……何をするか。
そう考えたのは一瞬で、直ぐに掛かった声に笑顔で振り返った。
「ランスさーん。ヤマトさんに振られたなら付き合ってー」
「ばーかっ。あんな性悪、趣味じゃねえよ。何階層?」
「100! 連携見て!」
「ケンタウルスか。あいつが食いたがってたぜ」
「あー、やっぱヤマトさん食おうとしてんだ。なんで……くうの……鬱っ」
「つって、ヤマトさんケルピー食ってたじゃん」
「ケルピーはまだ分かんじゃん。大部分馬だし」
「馬食うのもどうかと思う」
「それはそう」
貴重な移動手段。そんな『馬』を食べようだなんて、普通は考えない。なぜ食べる。……ヤマトさんだからか。
何やら勝手に納得した、ヤマトと顔見知りの冒険者パーティー。『ゲテモノ食い』により、ヤマトの食欲を変に信頼しているのだろう。
ぞろぞろと転移魔法陣で100階層へ向かい、
「で。どんな依頼?」
「えーっと、『ケンタウルス全身納品』っての。血も込み」
「……それ、ヤマトが依頼人だろ」
「え――うっわほんとだ! 依頼人とこ『神族(笑)』って!」
「あいつ自分で否定してんのにまじ何なの」
「遊んでるだけじゃん? ヤマトさん、ノリ良いし。こん前も遊んでたし」
「こん前?」
「ほら。ギルドでヴォルフに甘えてたの」
「……アレ、遊んでたのか」
「え。あ。もしかして裏あるとか思ってた? あのヒトに真面目に対応してたら疲れんよ」
「身に沁みた。――ほら、行って来い。見ててやる」
「おなしゃーすっ」
いそいそっ。武器を手にケンタウルスへ向かって行く彼等は、Aランクに上がったばかり。しかし自らこの依頼を選んだだけあり、連携も申し分ない。
伝えた通り彼等の連携を見逃さないように注視するランツィロットは、……まじか。
まじで遊んでただけかよ。あいつ、俺からまだ見極められてんの覚えてんのか?……覚えてる上で遊んでるんだろうな。
“ありのまま”を見せる為に。保証人になった俺が抱くだろう杞憂や、『ヤマト』の存在で発生する損得。もしかしたら……ヤマトが人類の敵になった時、どの程度の戦力で殺せるかの見極めすらも。
それらを現時点で予想させる為に全てを見せようと。
良い奴なのか嫌な奴なのか、よく分かんねえな。本当に『只の流れ者』なら今から考えさせる事じゃねえだろ。いや“黒髪黒目”やドラゴン・スレイヤーの保証人になるかもっつったら、まあ不可避の思考なんだが。
あ。もしかして、気遣い?……ほんっと、変なとこで気ぃ遣っててよく分かんねえ奴。
そんな自由人から喜んで振り回されてるヴォルフ、まじ趣味悪ぃな。
呆れが膨らむ中。ケンタウルスに良い一撃を入れた冒険者に、ランツィロットは「ぉ」と感心の言葉を溢す。ヤマトの事は一旦思考の端に置き、彼等の連携に集中。
後輩冒険者の成長をその目に出来る事は純粋に嬉しい。
「半日で攻略する気か」
「半日も掛かると思ってんのか?」
「なんかもう笑えてきた」
「その認識が妥当」
ダンジョン攻略に専念したいらしく、昼食は手軽に済ませたヤマトは再びダンジョン内。しっかりと食休みはとっている。
125階層。ファントムウルフが出現する階層。勿論、他の魔物も出現するが。
「ダンジョン、乱獲しても影響が無いので嬉しいです。お肉と毛皮のストックいっぱい」
「毛皮。他に何に使うんだよ」
「フェンリルの寝床に丁度良いかな、と。犬吸いのお礼に」
「エルフにやんねえのか」
「あ、良いですね。リリアナさんとルーチェさんにお揃いのコートとか。――あ。お漬物をくれた彼へのお礼にも」
「あの変態はファントムウルフより、野菜と塩貰った方が嬉しいんじゃね」
「確かに。――どうです?」
「普通に感動してる。ファントムウルフの連携、頭脳派で戦い難い」
「そう言いつつソロで3匹討伐出来るんですから、ヴォルフさんもやっぱり実質個人Sランクなんですね。メガネ、似合ってますよ」
「どーも」
「その筋のヒトみたいで」
「おい」
厳つい顔にスタイリッシュなシルバーフレームのメガネ。完全に、どう見ても“裏”の人間。治安が悪い。自分でも思ったが、一応抗議は伝えておく。
反して。離れたところで楽しそうにファントムウルフを討伐する、ランツィロット。元から童顔なのでスタイリッシュなメガネでも、寧ろ大人っぽくなったな程度。
選ぶのが面倒なので同じメガネを買ったが、まさかこうも差が生まれるとは……
まじで世界が不公平過ぎるだろ。主に顔面に関して。
まじ、さ。信用してるが信頼はしてないランツィロットの分も魔法付与してくれた、ヤマトの“冒険者への公平さ”を見習えよ。
まあ俺がランツィロットにも見せてやりたいと思ったから、ヤマトも汲んでくれたんだろうが。おっさん甘やかして何が楽しいんだか。
いや、おい。お前掛けたら貴族感増すからやめろ。まじやめろ。外せ。腹立つ。
ヴォルフのメガネを取り自分も掛けてみるヤマトに思いっきり眉を寄せれば、どうやら察したらしい。苦笑しながらもすぐに外し、ヴォルフへ返却。
討伐を終え戻って来たランツィロットは、上機嫌に口を開いた。
「あんたまじ最高だな! 生きたファントムウルフ見れるなんて一生の自慢になんぜ! あー。この後メガネ壊すの、すっげえ勿体ねえ」
「個人的に使うのなら、好きにして構いませんよ」
「アホ。こんな至宝、個人で保管すんの不可能」
「Sランクでも?」
「貴族と、俺の場合王族とも交流あるから逆に無理だろ」
「彼等は傲慢ですからね」
「あんた程じゃねえけど」
「え」
なぜ。と首を傾げるヤマトは、どうせ説明は無いなとの確信があるので訊くことはしない。話すのなら聞いて否定する。それだけ。
満足したランツィロットはメガネをヤマトへ返し、転移魔法陣へと歩いて行く。149階層へ移動するのだろうか。
「また、後程」
「おう。1時間くらいだろ。飲みもん買って来るわ」
「お願いします」
これからケルベロスとT・レックスへ挑むというのに。一切の緊張感も心配も不安も無い。ファントムウルフを討伐するヤマトのえげつない連発魔法と、自律する魔剣で「問題無い」と判断したらしい。
ソロの『ドラゴン・スレイヤー』なので、そもそも心配はしていなかったのだが。
ランツィロットの姿が見えなくなってから階層を進み始めたヤマトと、それに続くヴォルフ。『1時間』との時間指定が入ったので適度に走っての攻略となったが、ふたりとしても特に問題ではない。
「ケルベロス、火・水・風でしたよね」
「ランツィロットの情報では」
「ではT・レックスは土属性ですかね」
「たぶんな。エリア確認は」
「はい。ジャングル――というより、太古の森に近いと。毒草と毒虫も発生していて、でもT・レックスは硬い皮膚で毒が通じないと」
「それ」
「――ぁ。もしかして、ランツィロットさんが『既存の毒消しポーションより上のランク開発』と言ってたのって」
「だろうな。お前なら、事前服用でも効果あんの作れんじゃね」
「あー……たぶん、出来ます。聖属性の付与で」
「気が向いたら作ってやれば」
「代価が楽しみです。――見学するのなら、おふたりに障壁を張りましょうか? 近くでラブを守ってくれると私も安心出来ますし、毒虫ならプルが食べますよ」
「戦闘に問題は」
「ありません」
「頼む」
「頼られるの、嬉しいです」
「使ってやるよ」
「中々に意地悪な言葉のチョイス。私、便利道具ですか。拗ねちゃいます」
「許してくれんだろ」
「仕方のないヒトですね」
くすくすっ。可笑しいと笑うヤマトに、愉快と口角を上げるヴォルフ。この、気を遣わない戯れは互いに愉しい。
やはり緊張感も無く。
流石にファントムウルフを冒険者へ譲っては市場に混乱を招くだろうと、進行方向に現れた個体だけを討伐しアイテムボックスで回収。こういう『魔物素材の価値』を守る点も、ヴォルフからすると好ましい。
「ケルベロス。どう討伐すんの」
「普通に。都度、対応属性で打ち消そうかと」
「Sランクの魔物っつうのに」
「所詮は“番犬”ですから。ドラゴンの足元にも及びませんよ」
なんか俺が言われた気分。
『ヤマトの番犬』の自覚があるヴォルフ。思わず苦笑したが、確かにドラゴンの足元にも及ばない。紛れもない事実。
しかしヤマトは『ヴォルフ=番犬』との認識をしていない。だからこそ口にしたのだとも、ちゃんと理解している。
流石にこれで拗ねるのはお門違いか。――と。
126階層への階段を飛び下りるヤマトに続き、地面を蹴った。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。
この“存在意義”の価値観のズレがド性癖な作者です。どうも。
ヴォルフは『番犬』だと自認しているのに、主人公は只管に『ヴォルフ=親友』と認識しているっていうね。
片や身を捧げることに躊躇いが無い『無自覚の騎士』と、片や対等だと信じて疑わない『絶対的な支配者』。
交わらない価値観……良い……萌える……
恐らくこの認識のズレは、主人公にはバレてはいけないものでしょう。
普通に拗ねるし、普通に悲しむ。
「『親友』と思っているのは私だけなんですね……」とか言って、普通にめっちゃ傷付く。
甘やかしたりご機嫌取りだけでは許してもらえず、最悪……『親友』と認識することをやめそう。
二度と日本に帰れず家族や友人達とも逢えない自分の心を守る為に、これ以上傷付きたくないと何重にも線を引いて。
孤独を受け入れてしまって。
うっ……そんな主人公、かわいそかわいい……(性癖)
ヴォルフは早急に番犬なんぞ辞めて、主人公とは『対等な親友』なんだとの自認と自覚をするべき。
うちのヤマトくん、めちゃくちゃ寂しがり屋なんで本当に宜しく頼むよ。ヴォルフさん。
各魔物との戦闘は書くか迷いましたが、戦闘描写がとっっっても苦手な作者は諦めました。
申し訳ねえ。
本当に苦手なんです。
きっと魔法連発か魔剣で、目的の魔物は瞬殺していたかと。
だって『ドラゴンの足元にも及ばない』ので。
T・レックスですが、同じくドラゴン亜種のワイバーンと比べると段違いに強いです。
それでもやっぱりドラゴンの足元にも及びません。
生態系の頂点で在る『ドラゴン』が規格外過ぎるので。
主人公と顔見知りの冒険者パーティー、良い仕事しましたね。
本当に遊んでただけと漸く知ったランツィロット、「バカじゃねえの」との率直な感想。
そらそう。
次回、T・レックス&ファントムウルフ。
ギルド、大興奮。
『誠意』の価値。