87.奈落≒聖域
「流石、冒険者の国ですね。味付けが濃くて食べ応えがあります」
「飽きねえの」
「全然。ちゃんと野菜と食べているので。でもラブは飽きたみたいです」
「だろうな。待ってろ」
そう言ってとある屋台へ向かうヴォルフは、片手に紙の器を持って戻って来る。渡されたそれは、爽やかな香りの……
「フルーツ?」
「みてえなもん。野菜っつう奴もいる」
「イチゴを野菜と言う人もいますからね」
「お前の知識なんなんだよ」
「実生活にはほぼ意味が無い雑学です。――あ。美味しい。ライム……パイナップル? 爽やかで、でも仄かな甘みもあって。スッキリします。ほら、ラブ」
ラブの口元へ持って行くと、くむくむと鼻を動かしてから、ぱくりっ。気に入ったらしい。顔を上げて、ちょいちょいと手招きでのおかわり要求。かわいい。
頭の上でぷるぷると揺れるプルにも差し出せば、こちらも気に入ったらしい。ぽむぽむと小さく跳ねている。衝撃がちょっと重いが、可愛いので許した。
「なあ。あんた、今日潜るんだよな。何で飯食いまくってんの? 宿で食べてないとか?」
「食べましたよ。潜る前の腹拵えです」
「大食漢すぎてこっちが気持ち悪くなってきた」
頬を引き攣らせるランツィロットは、ヤマトが「食べたいから」と食事を態々魔力に変換している事実を知っている。エルフの国で聞いた。未だに理解は出来ていないが。
このペースなら昼から潜る事になりそうだな。と、確信。
「そういや。潜るってもヴォルフは?」
「行けるとこまで行く。ファントムウルフからは無理」
「ヴォルフさんも倒せますって」
「視えねえ」
「……」
「拗ねんな。殺す気か」
「なんか、こう……メガネに『可視化』みたいな魔法を付与してみるとか……あ、出来そうな気がします」
「んな至宝クラスの魔道具、使い終わったら壊さねえとだろ」
「良いですよ」
「止めろ。アホ」
それでも行くことにしたらしい。ヤマトをランツィロットに任せ、ファッションメガネを買いに行くヴォルフ。
珍しく他者に任せるのは、ランツィロットの実力を認めているから。自分との軋轢を生ませないために、最低限の対応はするだろう。と。
「ヴォルフさんも結構我が儘なんですよね」
「あんたに触発されたんじゃね?」
「甘え合える関係って、深い信頼と執着がないと出来ないと思うんです」
「合ってんじゃん」
「あげませんよ」
「、……それ。ヴォルフからも言われた」
「私のこと大好きですから」
ランツィロットに奪う気が無い事を察したヤマトは、ゆるりと。褒めるように目元を緩める。初めて、心から強く求めた“友人”――『親友』を奪うなんて許さない。
蛇のような執拗さ……ならまだマシだったのだろう。
ヴォルフが自分から離れる夢を『悪夢』と言い、こうやって牽制もする。これ迄に見てきたその執拗さは、一度手をつけた“獲物”に強い執着心を剥き出しにするベアー種と酷似している。奪われたら奪い返す、執拗な……
あ。だから、“食”に貪欲。
唐突に腑に落ちたランツィロットは、見上げて来るその緩んだ目元――“黒”の奥にどろりとした歪みを感じ取ってしまい、再び頬を引き攣らせる。
それは先程の呆れからのものとは違う。なにか……得体の知れない“事象”を目にしてしまった、無力なヒトの『原始反射』に近い忌避感から来るもの。不穏。
ヤマトは勿論。他の誰もが、ランツィロットのその心情に気付かなかった事が幸いである。
「あまり、場所を移動しない方が良いですよね」
「好きに食ってろ。俺居るから、ヴォルフからも見えるだろ」
「目立つヒトって便利です」
「あんたの方が目立ってるけどな」
「自慢の“顔”です」
「いや貴族っぽくて」
「なぜ」
胸に手を置き誇らしげなヤマトは、即座に投げられた訂正の言葉にきょとんとした表情。貴族のような言動はしていないのに、とでも言いそうな程に。どう見ても“貴族っぽい”のに。
これでもランツィロットは気を遣ってはいる。「王族っぽくて」と口にしないだけ感謝してほしいと。王族よりも更に上――『支配者』なのだとも確信しているが、これは戯れだとしても口に出来る関係性ではないので飲み込んだ。
今のところ、は。
次のご飯ーっと。大勢の冒険者による活動で国自体が栄えているので、屋台でさえ使用されている高級なソース使用のヤキソバ。それを食べるヤマトに呆れるのは、頬寄りの口元にソースがついているから。ガキかよ。と。
ソースの直ぐ横を指で突けば「ありがとうございます」と言って魔法で綺麗に落とす。こんな些細な事に魔法を使うのだから、注目している周りの者達は理解が出来なくて少し引いた。
どれだけ膨大な魔力を持ってんだ……と。恐怖もあるのだろう。無意識での『魔力吸収』と『魔力還元』の使用中という事実。それを知ったところで、魔法使いではない彼等に理解は出来ないのだが。
「、――血のニオイがするな」
「ち」
「……あぁ。あいつ等か。ちょっと横ズレるぞ」
「はい」
大きな革袋をふたりで担ぐ冒険者達。泥だらけなので、沼地の魔物との戦闘だったのだろう。
「依頼で、血の採取ですかね」
「沼地で血の採取なら……『ドロガメ』だな。食えるし、血は精力剤になる。高ランクだから稼ぎも良い」
「どろがめ……精力剤……、あぁ。スッポン」
「すっぽんぽん? 確かに裸にはなるが、何でいきなりガキの下ネタ?」
「いえ。『スッポン』と云うカメで。祖国にも生息していて。思い出しただけです」
「へー。どの国も考える事は一緒か」
「子孫繁栄は重視されますからね。因みに、アレって女性への効き目は」
「そりゃあ、まあ。“精力剤”だもんで」
「確かに」
「一応、言うが。精力剤悪用して女犯したら奴隷落ち」
「そんなもの使わなくても、声を掛けるだけで事足りますよね」
「それ出来んのあんただけだし、そもそも“その顔”でナンパはやめろ。娼館で満足しとけ」
「勿論。立場上、明確化しておかないと“あの国”に迷惑が掛かりますから」
「だろうな」
革袋を担ぐ冒険者達が「血ィ被りたくなかったらどけろー」と言っており、周りも特に嫌な顔をすることなく道を開ける。血を被るなんて普通に嫌だ。精力剤なので尚更嫌だ。
「!――っと、危ねえ。おいガキ共、危ねえから走り回んな」
「ごめんなさーい!」
「おー」
流石冒険者の国。冒険者側も住人側も慣れているんだな。と、純粋に感心する。
血を運ぶ冒険者達が前を通り過ぎ、避けた先が屋台の前なので再び道の中央側へ移動。ドロガメの精力剤……どれ程の効能なのかと興味を唆られるのは、“気になったらとことん気になる系オタク”だから。好奇心。
一度、娼館で同意を得て使ってみるか。女の子の“魅力”を存分に堪能出来るし。
出禁にされない程度で。出禁、やっぱりちょっと不便だし。
よしやろう。
固い決意。やると決めたからには必ずやる。流石にヴォルフから叱られない程度に留めるが、絶対にやる。気になる系オタクの好奇心と飽くなき探究心。
プルがヤキソバをご所望し始めたので目線の高さに上げてやれば、すぐにヤキソバへダイブ。かわいい。
プルの体内でしゅわしゅわと溶けていくヤキソバを見ながら、さて次は何を食べようか。と。
それは叶わない事となった。
ざわっ――
道の先の方で何やらざわめきが上がったと思ったら、先程見た革袋を担ぎ走って来る……
「窃盗?」
「あー稼ぎ良いからな。ドロガメに限らずよくある」
「大変ですね」
我関せず焉。周りの一般人も冒険者すらも捕縛しようとしないので、本当によくある事なのだと理解。
視界に入った屋台へ足を進め、注文しようと口を開いた――瞬間。
「この野郎っ暴れ、」
流石、冒険者。捕まえたのかとそちらへ目を向けると同時に、視界が真っ赤に染まり……
一瞬。の、後。
「さいっっっあく!!」
「おいあんた等! 革袋奪い返してから拘束しろよ!」
「やだもう! 新しい服なのにっ!」
「うっえ……鉄臭ぇっ」
阿鼻叫喚――と云う程ではないが、光景そのものとしては中々に地獄絵図。辺り一面、血の海。どうやら窃盗犯の抵抗で、革袋が装備か武器に引っ掛かり裂けたらしい。
しかしヤマトの周りは無事。ぶわりと広がったプルがドロガメの血を取り込んだので、今日のプルのランチはドラゴン肉のフルコースに決めた。ペットが有能過ぎる。
そう云えば。と振り返れば、どうやら離れていたらしく見事に血塗れのランツィロット。周りにヒトが居たから剣で払えなかったのか。
「ランツィロットさん。大丈夫ですか?」
「あー……むり。ちょー元気」
「ご立派で。お相手ならそこら中に居るので、無駄な出費が無いだけマシですかね」
「くっそムカつくな。こんまま抱き締めてやろうか」
「ヴォルフさんから怒られる覚悟をしてから、どうぞ」
「その“ヴォルフさん”が走って来てるぜ」
「プルが居るのに」
これは、プルが居るから大丈夫だと判断した上での心配。それは分かっているので只管に緩む目元。純粋な心配がとても嬉しい。
びちゃびちゃと血の中を駆けて来たヴォルフは、ヤマトの周囲だけが無事――無事な者達がヤマトの頭に乗るプルへ感謝の目を向けている。それを視認し、良い働きをした後輩冒険者を褒めるような笑みでプルを撫でた。
ぷるぷると揺れているので褒められて嬉しいらしい。かわいい。
ふ、と。ランツィロットへ視線を向け、愉快そうに上げた口角。
「色男になったな」
「うっせー……流石に限界。もう良いだろ」
「あぁ。ありがとな」
「おー」
ヴォルフが来る迄周囲を牽制していたのだろう。辺りには興奮しまくっているヒト達。目をギラつかせる彼等から、この圧倒的な造形美を汚させないように。ヴォルフからの信頼通り“守る”ために。
さて誰を誘おうかと血塗れの者達を見渡すランツィロット。直ぐ側でのんびりと始まった会話は一応耳に入れておく。
「取り敢えず。ヒト減るまで待機」
「気にしませんよ」
「俺が気にする」
「なら仕方ないですね。それにしても……懇願を込め視線だけで誘う女性達は、本当に魅力的です」
「お前の感性どうなってんだ」
「思いません?」
「お前の思考が貴族寄りなだけだろ」
「魅力的なものを『魅力的』と評価しているだけなのに。――あ。ヴォルフさんも誘ってみては? お金、浮きますよ」
「要らねえ」
「もったいな、……」
「あ?」
「……」
「どうした」
「……いえ、ちょっと……マズイかもしれません」
「なにが」
「ニオイが」
「は?……っおい!」
鼻を覆い俯くヤマトに首を傾げたヴォルフは、しかし直ぐに“とある可能性”に思い至り顔を真っ青に声を上げる。反射的に集中する視線。血塗れの者達も、血を被らず「悲惨だなー」と笑っていた者達も。
『ドロガメの血』――人気の精力剤で、経口摂取により効能を発揮する。それは常識で……その筈、なのに。
まさか“ニオイ”で効果が出る奴も居るのか。
いや、こいつの嗅覚が異常だからかもしれんが。
一瞬の冷静な分析。その分析はどうやら正しかったらしい。
「あー……」
殆ど抑揚の無い声を溢しながら顔を上げるヤマトが、何故か……酷くゆっくりと見える。まるで白昼夢のような。地面から足が離れたような、ふわふわとした感覚。
しかし次の瞬間。
「ヤりてえ」
掻き上げた前髪により鮮明に視認してしまった、恍惚の滲む“黒”。興奮によるものか僅かに紅潮する頬。綺麗に歪む口元。そこから発された乱暴な音に含まれていたのは、『屈服』を強制させる色。
欲に塗れたその暴力的な美は“魅力”なんて可愛いものではない。それはこのヒトの世に存在して赦されるものでは無く、以前に写真で見た『ヴァンパイア』――人外の美。蠱惑的以上の真の『蠱惑』。
これは、正しく。ヒトを狂わせる……
奈落と同義の『聖域』――底無し沼。
「っおいランツィロット! 高級娼館どこだっ!」
これはやばい。と瞬時にヤマトを担ぎ上げたヴォルフは声を荒げ、流石と言うべきか……硬直していたランツィロットはその声で我を取り戻し、歓楽街の方を指差した。
「み、んな寝てるぞ」
「叩き起こすっ」
「って、おい。相手なら今選り取り見取りだろ」
「こいつ奉仕好きだからプロじゃねえと狂うんだよ!」
「その“顔”で奉仕好きって。えげつね。――あ、おい! ダンジョンは!」
「明日!」
自然と開かれる道。歩きながら会話をしていたヴォルフは、肩の辺りに当たる固い物体――男性のシンボル。その感触に、眉間に皺を寄せたくなる衝動を落ち着かせる。
何が悲しくて男のシンボルの感触を、自分の肩で実感しなければならないのか……めちゃくちゃ嫌だ。シンプルに不快。
「ヴォル、」
「黙れ」
「こすれ、」
「出したら落とす」
「なら。お姫様抱っこで」
「……」
無言のまま横抱きに変えた。自分の肩が原因で出されるなんて嫌だ。めちゃくちゃ嫌だ。それがヤマトだとしても絶対に嫌だ。気色が悪い。
シンプルに、不快。
やはり。引き続き。自然に開かれる道。
完全にヴォルフに身を任せ空を仰ぎ見るヤマトは、取り敢えず――と片手で顔を隠しておく。暴力的な『美』が欲情し切った表情を不特定多数へ晒しては、確実に何かしらの“よろしくない欲”を抱かせてしまうと。その配慮と、自衛。
傍から見るとお姫様抱っこに恥ずかしがっているとしか見えないが、どうせ数分後には「ドロガメの血で興奮した“黒いヒト”の顔見たら狂いそうになった」――との事実の情報が回るので、皆も「配慮してくれたんだな」と勝手に納得するだろう。
ちょっと見てみたかったな……と思いながら。
「それで。どうです?」
「あ?」
「『魅力的なものを魅力的と評価しているだけ』――ご理解は?」
「した」
「それは良かった。男性に食指が動かなくて、残念でしたね」
「黙って運ばれとけ」
「ん、ふふっ。はい」
指の間から見上げて来る“黒”。恍惚の色が滲むそれは先程より鋭く、それは獲物を前にした獣のような印象を受ける。
だからと言ってその“挑発”にノる気は皆無。ヴォルフの恋愛対象も性的興奮を覚えるのも女性で、例え“黒髪黒目”でも嫌なものは嫌。『男役は譲りません』とヤマトが宣言しているので、尚更に嫌。
そもそも。ヤマトも、早く欲を発散したいとの衝動に従い挑発をしているだけに過ぎない。『ヴォルフ』に性的興奮を覚えている訳ではなく、これがランツィロットや……それこそキアラが相手でも同じことをした筈。
会ったばかりのランツィロット相手では気まずさが生まれ、キアラ相手では多方面にごたつく事は目に見えるが。
だから、こそ。ヴォルフが相手だからこそ安心して挑発したのだろう。
知人。友人。恋人。主君。人間関係を構築する関係性の中で、ヤマトから唯一強く望まれた『親友』――その関係性を最上位と見ていると。その確信の上で、必ず断ると信頼して。
ヤマトのその“信頼”を察したかは不明だが、視界の奥に視認した歓楽街にヴォルフは僅かに息を吐く。
まあ……店丸ごと貸切にしときゃ人数足りるだろ。どうせこいつが払うし。
なにやら大変不名誉な誤解が生じている。
ヤマトは『英雄』ではない。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。
そもそも『色』を好んでもいないのだが……な作者です。どうも。
『英雄色を好む』と云う慣用句です。
伝わらなかった方の為に補足として、一応。
プルへの『ドラゴンのフルコースランチ』は、残念ながら振る舞えませんでした。
だって、ね。うん。ね?(ね?)
主人公は早く欲を発散したくて、でもヴォルフなら断ってくれると。本当にそう信頼しての発言です。
つまり、戯れ。遊んでる。
ドロガメの血により強制的に発情させられているのに、ヴォルフと遊ぶことは忘れない。
只のアホです。
※決してBLじゃない(信じてください)
単語のアウトのラインが分からないので、本文では『発情』ではなく『興奮』と書きました。
本当は『発情』と書きたかった。
教えて有識者っ(人•͈ᴗ•͈)
残されたランツィロット含む血塗れの者達、主人公発情の『暴力的な美』により何かが狂った可能性。
あー!いけませんお客様!それ以上はR18です!状態。
即断でその場から連れ出したヴォルフ、今回のMVP。
そもそもMVPは基本的にヴォルフのものなのですがね。
ご迷惑をお掛けしています。
因むと。
脳内アニメではね、主人公も血塗れになってたの。
『暴力的な美』+『血塗れ』でマジもんの『人外』と化してたの。いっそR18Gだったの。
でもいそいそと書いてたら「うちのヤマトに何させようとしてるの?」ってプルちゃんからブロックされたの。
プルちゃんが有能過ぎたので、作者のド性癖は披露できませんでした。
期待した人、ごめんね。
この件で『ヴォルフ=ヤマトの保護者』と云う認識がこの国でも広まった。
『ドロガメ』はダンジョン内の沼地エリアに生息する、巨大な“スッポンのような何か”です。多分亀。
『ポークフロッグ』同様、これも“黒髪黒目”が人類初食べました。
取り敢えず挑戦する“黒髪黒目”、改めて考えると中々にやばい。
控えめに言って狂気の沙汰。
ヴォルフを奪う気は無いよね?と“試す”主人公、只の嫉妬です。
ヴォルフとランツィロットが互いに信頼していて仲も良いから、ちょっと不安になっちゃっただけなんだよね。
でも目の奥に“不穏”を滲ませるのはやめようね。
『神族疑惑』がある存在からのソレはまじで恐怖だから。
友愛が重い。
次回、やっとダンジョン。
目的は100階層から。
所詮は番犬。