84.“ヒト”が一番怖い
ヴォルフの案内で下山していくヤマトとランツィロット。案内とは言うが、先頭ではなくヤマトの左隣。定位置。
ランツィロットはヴォルフの横。まだ見極め中なので仕方がない。
「ケンタウルスは食用ですか?」
「は?」
「ミノタウルス、半獣半人でも食用なので。半人半獣のケンタウルスはどうなのかな、と。ふと」
「……蛮族は食ってる」
「なら食用ですね」
「なんでだよ」
「祖国。戦時中は蛮族なので」
「やべー国だな」
「そのようです。聞きます?」
「やめろ」
「ですよね」
“黒髪黒目”のイメージが崩れるから話すな。と言っているのだろう。
戦時中となれば非情さを持つことは理解出来るが、それとこれとは話が別。態々、“黒髪黒目”の崇高さを落とす話なんて聞きたくはない。
ヤマトもそう考えていたのだろう。特に気に留めた様子も無く話題も続けないので、揶揄われたのだと察した。
嫌な揶揄い方なので今後はやめてほしい。
「あ。そういや、その蛮族が『ミノタウルスは上半身の方が美味い』っつってたな」
「確かに『人肉は美味』って言いますからね」
「え――」
「え? え、ちょっと。どうして離れて……って、違います違います! 食べてません! いや食べませんよ!? その『食ってそう』って顔やめてください! 逆に『めっちゃ不味い』とも言いますし、待って置いてかないで!」
“ヒト”すら食べると思われているとは。大変遺憾。
一度スイッチが入れば人を食ったような言動をとることは事実。ふたり共、文字通り食べたとは流石に思っていない。
しかし、ゲテモノ食いのヤマト……有り得そうでちょっとこの確信に自信を持てない。ドン引きを通り越し真顔のヴォルフとランツィロット。
確実に、これ迄の“ヤマト”の言動の所為。自業自得。大部分が『ヒトに近い顔をしたハルピュイアの味』に興味を示した点で。
ランツィロットは『石を食べたし、もしかしたら……』一択。石ではなくキノコである。
結果的に。
「ねえ、ちが……ねえ待っ、待てって! 待っ……違う言いよっやっか! わい等まじふざくんな話聞けさ!」
ヤマトが“本性”で強く否定したので、本当に『違う』のだと確信を持てた。
改めて。合流。
大変遺憾だと、当然ながらヤマトは盛大に拗ねている。
「悪かった」
「……おふたりが、私をどう思っているか。理解しました」
「あー、やー……ちょっと、なァ? ちょーっとだけ有り得そうだなって、なー」
「おいバカ!」
「あ……あー。いや、うん。悪い。違うよな、うんうん。分かってんぜ。うん」
「……」
じとりっ。ジト目で真っ直ぐとランツィロットを見上げるヤマトは、こんな表情でも整っていて……
「うっわ。美人って怒っても美人」
「アホ」
「いっ――……わりぃ」
純粋な感想だった。つい、口をついて出る程の。とても美人。
普段ならその場違いな発言で『面白い』と許したのだが、しかし今回は物凄く失礼な疑惑を向けられたので簡単には許さない。たいへん、いかん。
ふいっ。前を向き気分を下げていくヤマトに、流石にちゃんと謝るか……とヴォルフは口を開く。殊勝な声色を意識しながら。許してもらう為に。
「俺達が悪かった。許してくれ」
「……」
「……ヤマト。許してくれ」
「、……『ごめんなさい』って言ったら許します」
「は、」
「ごめんなさい!」
「ランツィロットさんは許します」
「……悪かったって」
「ダメです」
「ヤマト」
「やだ」
絶対に『ごめんなさい』を言わせたいヤマト。絶対に『ごめんなさい』と言いたくないヴォルフ。
珍しく名前を呼んでもダメなら、残された手段は“言う”しかないのに。
……なんだ、このふたり。
どっちも何のプライドだよ。いやヤマトに主導権があるから、ヤマトが譲らないってのは分かるが。でも『やだ』はガキ過ぎる。
言えば許してくれんだし、ヴォルフも意地張らずさっさと言えば良いのによ。完全に俺達が悪いんだし。
もしかして『ごめんなさい』がガキっぽいから言いたくないとか?
いやそんな事で意地張る方がガキっぽいだろ。
ハァ……
思わず出た溜め息は、まだ「ヤマト」「やだ」の攻防を続けるふたりの耳には入らない。視線もこちらに向かない。
なので。
「ぅ、おっ!?」
がしりとヴォルフの頭を掴んだランツィロットは、驚いた声の一音目で見上げたヤマト。その眼前。目鼻先数㎝にヴォルフの顔を突き付けた。
さしものヤマトも目を瞠ってしまう。いつも緩めているからか、その“黒”が一等大きく見える。
……まつげ、なっげ……あー……“黒”、かっけー。あ、でもちょっと茶色混じってんな。焦げ茶。
まあ。こいつが“黒髪黒目”には変わりねえか。
あと“顔”が良い。
場違いにも。そんな事を考えてしまうヴォルフは、急に頭を鷲掴みされ屈まされた。その事実以外には特に心音を速めない。
ヤマトが憧れの“黒髪黒目”と云うことも、ヤマトの“顔”が良い事も周知の事実で常識。只の『常識』に心音を速める理由はない。――と。既に盲目なのかもしれない。
これがロイドならば顔を真っ赤にし、声なき絶叫を上げていただろう。そもそもロイドなら秒で『ごめんなさい』と口にするので、こんな状況にはならないのだが。
数秒にも思える、一瞬。
その一瞬の後にふたりの鼓膜を揺らしたのは、ランツィロットの呆れた声だった。
「仲直りは出来る時にしとけ」
「、……あぁ。――ヤマト。ごめんなさい」
「……ふふっ。はい。許します」
なにか。一瞬だけ何かに反応したヴォルフは、ランツィロットの過去を知っているのだろう。
仲直りを出来ず失った“誰か”の事を。
「ん」
満足そうな色。その一音だけでランツィロットはヴォルフを解放したので、ヤマトは確信。
ヒトとの関係性が希薄な冒険者ならば、例え仲直りが出来ずに失ったとしてもそれ程心に留めない。勿論悲しみはするが、己の生活が最優先なので心に留める暇はない。
なのにヴォルフは従った。
つまりそれは……ランツィロットが“誰か”を心に留めているから。希薄な冒険者の儘。こうやって、ヴォルフが気を遣う程に。
恋人……いや。奥さん――旦那さん?かな。冒険者の。
あぁ、確かに。よく見たら、ピアス。ランツィロットさんにはちょっと装飾が合ってないね。
なるほど。――形見。
希薄な冒険者。そんな彼等が心に留めるのなら、それ相応の強い執着心があるということ。その執着を向けるには“恋人”では足りない。ならば残りの人生を共にすると決めた『配偶者』しかない。……実子、の可能性もあるが。
しかし。ヤマトが“それ”を確認することはない。気になるのは、失ったパートナーの性別がどちらだったのか。それだけ。
変にズレている。
ヤマトが“察した”ことを、ヴォルフもランツィロットも気付いただろう。しかしヤマト同様、ふたりも何を言うつもりも無い。言う必要が無い。
超マイペースな唯我独尊のヤマトは、その王族さながらの傲慢に反して。ヒトを慮れるお人好しだから。
「やっぱり便利です。“この顔”」
ほらな。
「“顔”が狡ぃんだよ。お前は」
「好きなくせに。至近距離で見たご感想は?」
「ちょっとヤバかった」
「ん、ふふっ。します?」
「だから。んな趣味ねえっての」
「ざんねん」
「だまれ」
わざと。『“顔”に負けた』と解釈しましたよ。――そう言外に伝えるヤマトと、その仄めかしに全力でノるヴォルフ。
これは『ランツィロットの過去』から焦点を逸らす為のヤマト主導の戯れで、ヴォルフも瞬時にその意図を察しての戯れ。小芝居。
その小芝居に小さく笑うランツィロットは、やはりお似合いだな。と。改めて。
序でに『ヤマト』の評価を上げておく。空気が読めて、不躾に踏み込まない。例え非常識な傲慢人間だと分かっていても、淀み無く流れる水のようなその気遣いは素直に好ましい。
非常識で傲慢なのに他者を気遣えると云うその大きな矛盾は、恐らく冒険者でなくとも理解が及ばないので少し不気味ではあるが。
「ケンタウルス。どこのダンジョンに出ますかね」
「さあな。冒険者の国にあんじゃねえの」
「潜ってないんです?」
「途中まで。冒険者多くて混む。だりぃ」
「確かに。――ランツィロットさん」
「一番でけえのは150階層。そこの100階層のフロアボスがケンタウルス。ダンジョンボスはドラゴンの亜種」
「あしゅ」
「ドラゴンだけどドラゴンじゃない。あー……なんつったっけ。てぃ……てぃら……てぃ、れ?」
「ティラノサウルス。T・レックス」
「それだ。知ってたのか」
「最も有名な恐竜なので」
「有名? きょーりゅー?……まあいいや。どっち」
「どちらも正解です。『T・レックス』は略称で、正式名称は『ティラノサウルス・レックス』――とある言語で『暴君の王』」
「お前じゃねえか」
「何か言いました?」
「いや何も」
「でしょうね。……うん。良いですね。ケンタウルスもですが、T・レックスも食べてみたいです」
「……好きにしろ」
「いや止めろよ。ダンジョンボス、まだ誰も倒せてねえんだぞ。絶対面倒な事なるだろ。おい。ヴォルフ。聞いてっか? おい、遠い目すんな帰ってこい! もしくは俺も連れてけっ連れてって! こいつまじ怖ぇんだけどっ!?」
とっくにヤマトの『ドラゴン・スレイヤー』ムーヴと『ドラゴン食い』に慣れているヴォルフは、己の精神衛生上に必要な事だと軽い現実逃避。全く慣れていないランツィロットは、一刻も早く記憶を消したい程の盛大な現実逃避をしたい。
きょとんっ。
不思議そうに見上げて来るヤマトが心底恐ろしい。ドラゴン・スレイヤー、シンプルに怖い。『ドラゴン食い』……意味が分からない。
個人Sランクのランツィロットが恐怖を覚え、軽いパニックに陥っているのに。なのに慣れたようにスルーし、ヴォルフを見上げ口を開くヤマト。相変わらず、究極のマイペース。
「面倒と云うと、冒険者達ですよね。特に問題とはならないでしょうが、冒険者の国でのタブーは?」
「自由な冒険者にタブーがあるって?」
「思いませんね。では、気を付けることは」
「あー……一応。あの国は『クラン』――いくつかのパーティーを高ランクパーティーが統括してる。ギルドの依頼の他に、クラン独自で依頼受注もしてたな。クランの拠点に家借りたり建てたり、まあギルドの縮小版みてえなもんだ。冒険者もパーティーも多過ぎてギルドが管理出来ねえから、苦肉の策ってのでそうなった」
「冒険者知識になると饒舌になるヴォルフさん、好きですよ」
「使われてやるよ。――理解は」
「冒険者とトラブルになったら高ランクパーティーが出張ってくる?」
「あぁ。それと、『貴族怠ぃ』っつう奴が多い」
「何故それを私に言うのですかね」
「さあ?」
揶揄うように頤を上げるヴォルフ。眉を下げての無言の抗議をしてみたが、その抗議は無視された。面白がっているようなので良しとした。
先程とは違いこれで怒る事はない。毎秒“貴族疑惑”を受けているので、この程度で一々怒っていたら疲れる。訊かれたら否定すれば良いだけ。
あと、あわあわする周りがちょっと面白い。貴族疑惑にうんざりしていることは事実だが、面白いと思える内は愉しむことにしている。慣れた……のだろう。
これまでの言動による認識なので自業自得である。
「貴族と衝突したり?」
「冒険者だらけっても、“国”として確立してっからな」
「……国に、貴族が少ない?」
「超実力主義国家。流石に国政は別だが、王は決闘や何やらでしょっちゅう代わるんだと」
「それ、国として大丈夫なんです?」
「そこを少ねえ貴族サマが回してる。文句言うだけで移住しねえんだよな、あいつ等」
「……あぁ。なるほど。“歴史”がありますからね」
「あん?」
「家紋の歴史もですが、国の歴史。国を紡がなければ『由緒正しき貴族』としては在れませんし、彼等は傲慢なので地位を失う事態は矜持が許さないでしょう。決闘で代替わりが可能な直情的な制度は懐柔し易く、操ることも容易い。冒険者と云う『武力』も有していますし、意外と周辺諸国よりも歴史を重ねていける気がします。よくよく考えると……恐ろしい制度ですね。決闘による王の挿げ替え。実は初めに、貴族達が国を乗っ取ろうと結託し提言したのでは――と邪推してしまいます」
「お前まじ何で貴族じゃねえの」
「え」
「ぶん殴りてえ」
「なぜ」
「そういうとこ」
不思議そうに首を傾げるヤマトは只考察しただけで、特殊な国で限定的だが“貴族側の思考”を口にした自覚が無い。純粋な興味。好奇心。
しかしこの好奇心による仮説を現地で確認する事はしない。確実に面倒事が舞い込んで来る、と。
恐らく“貴族の画策”がタブーなんだろうな……と。こっそりと、そう確信はしている。
会話の間に落ち着いていたランツィロットが、ひょこりと。ヴォルフの向こうから顔を覗かせ口を開いた。その表情は、揶揄うようなもの。
「あんた、外套要るんじゃねえの? まじの貴族顔だし」
「この造形美を隠す理由には足りませんね」
「いや、王族顔か」
「では、“あの国”を知る者は手を出して来ませんね。出禁になりますし」
「それでも出して来たら?」
「存分に叩き潰して差し上げます。ヴォルフさんが」
「俺かよ」
「するでしょう? ヤマトのこと大好きなら」
「……」
「お願いしますね」
「……他力本願」
「信頼出来るヴォルフさんの所為かと」
「責任転嫁」
「得意分野です」
「クソガキ」
「可愛らしい我が儘でしょう? 可愛がってくださいね」
「……ハァ。たちわりぃ」
「やった」
「いやなんでヴォルフは“それ”で納得出来るんだよ」
「ヴォルフさんは私の“顔”に弱いので」
「おい騙されてるぞお前! 良いように使われてんぞ! 良いのかこれで!?」
「こいつが愉しけりゃ良いだろ」
「あ、そ」
すんっ。反射的にヴォルフを心配し声を上げるランツィロットは、次の瞬間には一気に気を鎮める。やはり自分のケツは自分で拭かせると。もう知らん、と。
不意――に。
二歩程先に出たヴォルフ。その先には少し背丈のある草が生い茂っており、鬱陶しそうに。それでも歩き易いように、踏み締めながら進み始めた。どう見ても保護者。従者。
過保護が迸っている。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。
ナチュラル保護者ヴォルフにニヤニヤしている作者です。どうも。
ヴォルフのこういう行動が主人公の“わがまま”に拍車を掛けている。
初対面の時から変わらず『手の掛かるクソガキ』と思っているので、率先しての世話焼き。
なのに“わがまま”に呆れたり。でも享受したり。
本当、何やってるんでしょうね。ヴォルフさんは。
つまり。主人公は子供らしく甘えているだけです。
タチの悪い言葉を口にしながら全力で甘えています。
今回は冒険者の国についての説明回でした。
今後本編で判明しないと思うので書いておくと、主人公が考察した『貴族の画策』は事実です。
各代の王を愚王に仕立て上げたり賢王に仕立て上げたり、冒険者の国の貴族にとって『王』は使い捨てでしかありません。
だって王室より冒険者ギルドの方が幅を利かせている上、明らかに『武力』の宝庫だから。
普通に冒険者ギルドに尻尾振ってた方が、国を紡ぐ事に繋がりますからね。
この国では王室はお飾りなのです。
私もT・レックス食べてみたい。
筋肉質なのかな。
鳥類の祖先に属してたみたいですし、味はとり肉に近そうですよね。
……てりやき、にすべきか(熟考)
この作品BLじゃないから、それっぽいことやらかさないでほしい。
主人公が“黒髪黒目”で傲慢だからこそヴォルフは無自覚に『主』と見做していて、根底に恋愛対象が女性という事実があるからこそ“それっぽい”雰囲気にならなかったから良かったものを……
貴方のことですよ、どっちもイケるランツィロットさん。
いやまじでやめろ。
※決してBL話ではない。
カニバ疑惑掛けられる主人公、クソワロ。
この世界では『ゲテモノ食い』と認識されていますからね。
ヴォルフ達からすると「有り得そうで怖い」と本気で思うのも仕方ない。
さしもの“ヤマト”でもプリオン怖いし、そもそも“ヒト”としての倫理観あるからそら食わんて。
まあ実際の味は“とある国”に行けば分かうわなにするやめry
次回、冒険者の国。
憲兵困惑。
ギルド大混乱。