81.救護室、定員オーバー
「出発と、レオから叱られるの。どちらを先に済ませた方が良いですかね?」
「お前、風呂入れねえ時に王族に会えんの」
「行ってきます」
「なんで訊いたんだよ」
「王への挨拶も忘れてくれるな」
「リリアナさんへの確認、お願いしますね」
本当になぜ訊いたのかも分からないし、リリアナへの挨拶を失念していた事が少し心配になる。まだ本調子でないのか。
恐らく、フレデリコを泣かせてしまったショックをまだ引き摺っている。
それはヴォルフ達に話していないので、出発は遅らせた方が……と話している彼等に苦笑。しかし話す気は無く、胸に秘めておくことに。
自分への戒めとして。
「せめて前日に連絡しろっつわれてたよな」
「許してくれますから」
機嫌良さそうにそう宣ったヤマトは、なぜこれで自分は我が儘じゃないと思えるのか……心底不思議である。自覚が無いからこその“我が儘”なのだが。
しかし直ぐには腰を上げず、しっかりと食休みを取ってから。周りからすると、ゲテモノ食いなのに健康志向という矛盾。
不思議な生態だなとの認識は一生覆らないのだろう。
「だから連絡をしろと言ったのだ」
「流石に反省しています」
「どうだか」
「傷付きます」
王城では様々な催しが開かれる。王家の権威を示すものから、貴族達の交流の場の提供まで。
今日は、飾り立てた男女が舞う日。
「舞踏会って、夜に開催するものだと思っていました」
「気温が低い季節では昼から開催している。その日の気温によっては、夜まで踊る者も居るが」
「ちょっと迷惑ですね」
「聞かなかった事にする」
「ふふっ。ふたり共、抜け出して大丈夫でした? 婚約者にご迷惑なら日を改めますよ」
「内心では興奮していたようなので構わない」
「面倒臭ぇから助かった」
「……兄上。女性を『面倒臭い』など」
「ジジィの息掛かった女なんて面倒なだけだろ」
「聞かなかった事にしよう」
「見ない内に仲が良くなったようで」
「苦言を呈しただけなのだが」
苦笑を溢すレオンハルトだが、以前は苦言を口に出来る距離感ではなかったから……改善はしているなと思い直す。それでも『仲が良い』かは疑問だが、確かに“継承権争い中の王子同士”と云う前提で考えれば良い方。
その結論はテオドールの病的なブラコンさを含めた考えによるものだが、レオンハルト自身は“含めた”ことに気付いていないらしい。これも『ヤマト』という存在による影響か。
「それでも。王子様が会場に居ないのは、褒められた事ではないですよね」
「第三王子が居るから構わないだろう」
「子供になんて無茶を」
「尤もらしい言葉だが、私達が早く戻るには“小言”を省略するしかないな」
「気付かれちゃいました」
「ノるとは思っていなかったのだろう?」
「チャレンジ精神って大切だと思うんです」
「否定はしないがな。――ヤマト」
「はい」
がらりと変わった雰囲気。重く鋭い、プレッシャーに似た重圧。
形の似ている二対の目に、やっぱり兄弟だな。などと考えながら、口を開いたレオンハルトの声に集中する。
「流血を甘んじた理由は」
「血のニオイが無ければヴォルフさんは動かないかな、と」
「それだけで?」
「充分でしょう?」
「ヤマト。正直に言わぬのなら、私は個人的に抗議を送る」
「脅迫ですか」
「そうだ」
「、……ふふっ」
可笑しそうに。でも嬉しそうに。溢れてしまった笑み。
“友人”として怒っているレオンハルトには敵わないな、と。潔く諦めた。
改めて。
すっ――と脚を組んだヤマトは組んだ両手を膝に置き、僅かに首を傾げて見せる。その暴力的な造形美によりとても映える。
世界から切り取られた絵画のような。“黒髪黒目”と云う要素が相乗させる、圧倒的な存在感。
荘厳さ。
「本当に、最初は血を流す気はありませんでした」
「では、なぜ」
「誘拐された“黒髪黒目”――君達は、ヤマトに手を出した愚物を生かしておけます?」
「それは……無理だな」
「“黒髪黒目”を敬愛すると言っても、他国間の戦争に首は突っ込めませんよね。参戦も地理的に難しいでしょう」
「……拘束するだけで良かったのでは?」
「無理ですね」
「むり?」
「“子供”を狙ったのですよ。ムカつくじゃないですか」
「……あんた、まじで子供好きなのか」
「純粋、純真。綺麗なものは心が洗われますから」
「程度によるだろ」
「確かに」
ふっ。と小さく笑ったヤマトは背凭れに沈み、ひらりと片手を動かす。
まるで虫でも払うようなその動きは――
「拘束時には抵抗され武器を抜かれます。それ即ち、“黒髪黒目”への殺害未遂と同義。継承権争い中の王子にしか過ぎない君達が、冷静さを欠き他国の戦争に首を突っ込んでは『王の資質』を問われてしまう。それでもこの国は“黒”に甘いので、後援の方々も苦言を呈しても良いものかと頭を悩ませることとなっていたでしょう。だとしたら、周辺諸国からのイメージはどうなっていたか」
「……憧憬と感情に踊らされる扱い易い愚者の国。か」
「よく出来ました。感謝してくれても良いんですよ」
――事実。『虫を払ってあげたよ』と。
確かに戦争犯罪者を拘束しただけでは、“黒髪黒目”への憧憬と手を出された怒りに任せ首を突っ込んでいた。“友人”としても。
しかし現状は既に戦争犯罪者は惨殺されており、そんなヴォルフの『騎士』っぷりに気を逸らされ怒りは収まっている。……ので、父で在る国王が『“黒髪黒目”を敬愛する国』として事実確認の書簡を送っただけ。形式的な、冷静な文面で。
つまりは、暴走するだろうふたりを留める為に戦争犯罪者を“処理”させた。と。
それらを正しく読み取ったレオンハルトは、にこにこと“王子スマイル”を貼り付けるだけ。同じく読み取っているテオドールは、ソファーに深く沈み眉を寄せている。
なにか……僅かな違和感を覚え、納得出来ない様子。
しかしその違和感も直ぐに解消した。
「まあ。ヴォルフさんの友愛を試したかった事は認めますが」
「その言葉が無ければ、純粋に感謝を出来たのだがな」
「一言余計なんだよ。アホ」
「正直者ですから」
違和感は綺麗さっぱり無くなったが、ふたり共呆れにより頭を抱えてしまう。
王子様ふたりが頭抱えてるの、レアな光景だなー。
こういう反応が似ているから、やっぱり兄弟。弟妹も似てるのかな。似てそうだな。この病的なブラコンが居るんだし。
よきかな、よきかな。
などと呑気に考えているヤマトは、ふと。湧いた疑問を口に。
「第三王子を担ぐ勢力は居ないのですね」
「ん? あぁ。兄上は『剣の天才』、私は『黒持ち』と称されている。現状、まだ8才の第三王子を担いだとて旨味は無い。第三王子と云う立場も継承権が低く、画策するにも“黒”を貶める者は既に兄上を支持している」
「簡単に言うと、ジジィ共でも一線は越えられねえって事」
「なるほど。確かにグリフィス公爵も、最も近道な暗殺を除外していますね」
“黒”ではなく“黒髪黒目”へ憧憬を抱いているグリフィス。だとしても、国の象徴で在る“黒”を亡きものにはできない。そんなことは許されない。
この国の貴族として。根深い洗脳に従って。
「では、第三王子との仲は良好だと」
「当然」
「貴族の基準だが、良好な方だ」
「“黒持ち”が居るからでしょうね。今代では血が流れずに済みそうで、安心しました」
「あんた流れ者って嘘だろ」
「なぜ」
「なんかもう全部」
「だから、なぜ」
不思議だ。と首を傾げるヤマトを鼻で笑うテオドールと、眉を下げた笑みを見せるレオンハルト。呆れているのだろう。
流れ者が国の行く末を案じた言動をとる。誰もが理解出来ず、流れ者だとは信じない。世間話として政治を話題として出す者はいるが、実際に渦中の人物達に影響を与える者はほぼゼロ。
それを何度も行っているヤマトは、その渦中の人物達から呆れられても仕方ない。
だとしても。今後もマイペースに過ごし、何も変わることはない。『自由』を知ってしまったから。
「――そうだ。お土産ですが、エルフのレシピで傷薬を作ってみました」
「研究に使っても?」
「構いませんが、出来れば普通の傷薬と思ってほしかったです」
「ヤマトが作ったのなら、古傷すら治るのだろう?」
「謎の信頼がちょっと面白いです」
「否定しねえのかよ」
「指南してくれたハイエルフから『なぜそうなるんだ』と頭を抱えられたので」
「あんた本当は魔族だろ」
「ちゃんとヒトです」
久し振りの魔族疑惑。事実ではないのでしっかりと否定しておく。
「まあいい。貰う」
「どうぞ。――では、お話も終わったので私は戻りますね」
「説明と土産だけで談笑は無いとは……悲しいな」
「おい。リアム。こいつ、飾れ」
「話の流れ」
常にレオンハルトの側に居る、姿を見せない護衛――リアム。悲しむ弟にブラコンを発動させたテオドールからの命令に数秒考えてしまったが、レオンハルトが制止の言葉を口にしないので従うことに。
ヤマトに近付く間にも困ったような表情を向けられているので、僅かな良心が咎め……レオンハルトを振り返ると、わくわくした表情なので良心は捨て去った。己の『主』の望みを叶える事こそ、生き甲斐。
「そもそも。私のサイズ、無いですよね?」
「既に手に入れている」
「ちょっと身の危険を感じました」
「以前、ロイド達が駆けずり回って融通させただろう。作っておいた」
「なぜ」
「ヤマトを想いながら選ぶのも、中々に愉しかったぞ」
「ブラコンの前でその発言は私の身が危な――いや、テオ。顔。顔、やばいです。“王子様”の顔じゃない」
「……手前ぇ、俺の弟誑かしてんじゃねえぞ」
「ほら〜〜〜」
もうやだ。と言いたげに再度ソファーに沈んだヤマトだったが、そっと肩に乗せられた手にその先を見上げる。
顔の大きな傷。その傷により、同情のような表情が更に痛々しく見えてしまう。漠然とだが「諦めて下さい」と言われている気がする。
例の如く視えているヤマトには、もう誰も何を言う事も不気味がる事も無い。“そういうもの”だと認識しているのだろう。
アイテムボックスからパーテーションを出したリアムと共に、苦笑しながらもパーテーションの向こうへ移動するヤマト。他の王族や貴族達と顔を合わせる気は無かったのに、強行突破でエルフ国へ戻らないのは……偏に。
“友人”への甘さ故。
「“らしい”な」
「え」
王子様の微笑みを携えながら隣で呟いたレオンハルトに、不思議そうに首を傾げるヤマト。反対隣のテオドールは気怠げだが、これはいつも通りの態度らしい。彼は弟妹以外に興味が無いのだと、再認識。
異常な弟妹愛。素晴らしい。
『らしい』と言われたヤマトの服装は、黒を基調とし金と銀の刺繍を取り入れた最高級の正装。なのにその“顔”に負けてしまったので、「なぜだ」とパニックになったリアムは装飾品をガン盛りに。
完全に『王族』と化した。
パーテーションから出た瞬間、レオンハルトとテオドールが盛大に吹き出し数分間笑われた程に。大変、遺憾。
「あんた、表情作るの上手ぇよな」
「……あぁ。そういう。祖国は、諍いを好まない国民性なので」
「ふうん」
貼り付けた柔らかい笑み。夥しい数の驚愕の視線と秋波を受けながらも、涼しい顔で歩き続ける。
しかし噎せ返りそうな程の香水のニオイに、ヤマトの嗅覚は既にギブアップ寸前。それでも決して表情には出さない。トラブルを回避する日本人の性。
「あ。フレドも来ていますね。笑わないでほしいです」
「無理だろ」
「無理だな」
たいへん、いかん。
僅かに眉を下げたヤマトは、しかし直ぐに表情を戻し口を開いた。
「フレド」
ぞくりっ――
目元を緩め、柔らかい声で。
この場の全員の全身を震わせた“それ”は、興奮だったのか……畏怖だったのか。恐らく、どちらも。
ヤマトは決して「おいで」と口にしていない。なのに足を動かしたフレデリコは、流石だね――と内心愉快に思いながらヤマトの前へ。
継承権争い中のふたり。どちらの派閥の人間に先に声を掛けるのかと窺っていた周囲は、それにより中立派も動く事を確信していた。この国に於いて“黒髪黒目”の一言は、例え流れ者だとしても貴族すら動かす事があるから。
しかし完全中立のフレデリコを選んだので、中立派の者達は内心ほっと胸を撫で下ろす。彼が……“黒髪黒目”が軽率ではなく、貴族の勢力図を理解してくれていて良かった。と。
無論。ヤマトはそこ迄考えていない。普通に“友人”を見付けたので呼んだだけ。
またしても悲しい誤解が生まれた。
「先日ぶりです。飾っているフレド、いつも以上に綺麗ですよ」
「ありがとう。ヤマトくんが来ると知っていたら、“黒”を取り入れたのに」
「髪結いの紐でも贈りましょうか」
「楽しみ。ヤマトくんも……うん。いつも以上に“王族”だね」
「流れ者ですってば」
くすくすっ。可笑しいと笑うヤマトは、貴族達の前で王族疑惑を否定出来て満足。
揶揄いの上で切っ掛けを作った、フレデリコの気遣い。とても嬉しい。
「ふふっ」
「? どうしました?」
「いや。立場上、中々王都に来られないヴィンスが悔しがりそうだな。ってね」
「あー……ヴィンスには、見たいものを見せたので。諦めて頂きましょう」
「僕も見たいな」
「機会があれば」
“本性”を見せた事はヴィンセントから聞いているのだろう。自慢として。
愉しみだと笑むフレデリコは、ふ――と横へ視線を向け、でも直ぐに再びヤマトへ。
「僕が懇意にしている人達を紹介させてくれる?」
「“友人”の頼みなら」
「良かった」
完全中立派が間に入る。“黒髪黒目”を利用させないように。曲解も誤解もさせないように。
これでレオンハルトとテオドールは、安心して己がやるべき事に集中出来る。
「でも、2時間後には退席しますよ」
「予定があったの?」
「夕食。きのこの炊き込みご飯を仕込んで来たんです」
「そうなんだ。今度、ヤマトくんの手料理食べさせてね」
「勿論」
やっぱり“食”かあ……
会話が聞こえていた者達は、噂通り食欲で動いているヤマトに何とも言えない複雑な感情を抱いてしまった。それでも“黒髪黒目”への敬愛はブレない。
根深い洗脳教育の賜物である。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。
フレデリコもちょっとズレてるのが面白い作者です。どうも。
貴族達との会話も書こうかとも思いましたが、今回は『流血を甘んじた理由』の説明がメインなので割愛。
もっと言うと脳内アニメでくっっっそタチの悪い言動のオンパレードだったので、書いちゃったらブロマンス系が崩れそうだな……と割愛。
脳内アニメでは老若男女問わず誑かして沼に引き摺り落として、大勢をぶっ倒れさせて。
なのに放置で夕食の為にさっさと帰ると云うやりっ放しだったので、シンプルにドン引きしましたね。
こいつぁアカン。
しかし何かの機会があれば書くことも吝かではない。
書きたい気分になったら、後書きや活動報告でのプチ会話をまとめた短編集を作って書くかもです。
気分で決めます。
第三王子には本当に政治的利用価値はありません。
なので王族としての挨拶が済んだら、いずれ護衛となる同年代の子と静かに過ごすだけです。
王族としての教育は受けていて己の立場は分かっているから、特に不満は無いようです。
でも、寂しそう。
なので。完全中立のフレデリコは第三王子とよくお話しして、その寂しさを紛らわせていました。
第三王子はフレデリコに懐いています。
ってことで活動報告にヤマトと第三王子のほっこり会話を書いておきますね。
ほっこり……だよ(目逸らし)
これで『戦争犯罪者』に対する“ヤマト”の行動の不可解さは全部説明出来たかな?
他に「あれ?これは?」と思う点があれば、お気軽に感想からご質問ください。
次回、エルフ国最終日。
エルフ族は意外と宴好き。
来ちゃった♡