表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/97

80.一瓶空けた

「あぁ、見付けた。飲みに行きましょう」


今日の冒険者活動を終え戻って来た、泥を被ってくれる獣人冒険者パーティー。声にならない悲鳴を上げぶっ倒れたので、内心大爆笑を悟られないように困ったように眉を下げておいた。


そんな昼過ぎ。真っ昼間から酒を飲むなんて……とは誰も思わない。実力のある冒険者は昼迄に依頼を終わらせ、それから飲んで日付が変わる前に寝るのが常。


ヴォルフからそう聞いていたヤマトは、だったら自分が合わせるべきだな。との判断。


「好きなだけ飲んでくださいね」


獣人達オススメの店。店員のエルフ達は、もう只人だからと嫌な顔はしない。


ヤマトはエルフ国の恩人で在り、食欲で動いていると既に周知されている。ヴォルフのことも“ヤマト”へ無礼を働かなければ温厚だと認識されている。


ランツィロットも稀少素材や肉を連日ギルドに売却しているので、警備隊から『国に有益』と判断され髪飾りを貰っている。絶妙に似合っていないのでヴォルフから笑われた後である。


絶世の美形(ヤマト)の後に見てしまえば、誰もが見比べ同じように笑うだろう。ランツィロット自身も自分で笑ったので、寧ろネタにして愉しんでいる様子。


冒険者は娯楽に目敏い。


「おそれおーい、んすけど」


「お礼ですから。――店員さん、彼等がいつも頼むものを適当に。私達には店員さんのオススメを」


「……『神の雫』?」


「折角です。『神の雫』で乾杯しましょうか」


「店長ー!『神の雫』入りましたあっ!」


「は!? 誰だあんなバカ高ぇ……なんだ、ヤマトくんか。つまみのリクエストあるか? 俺のオススメはオデンだが」


「おでん、良いですね。カラシが良いアクセントになって、お酒が進みます。取り敢えず4人前で」


「また薬を飯に……いや、あんたはそう云うヒトか。了解。待ってろ」


「お願いします」


嬉しい。と目元を緩めるヤマトは、集中して来る視線に気付き首を傾げる。


なんだか知り合いのようなやり取り。それを不思議に思っているらしい。


「あいつ、屋台出してたか?」


「いえ?」


「どこで知り合った」


「歓迎会とアンデッド掃討記念の時ですよ。お食事、彼も作っていたんです。ブル煮込みが美味しかったので覚えていました」


「……あぁ。あれ、美味かったな」


「店員さん。ブル煮込みもお願いします」


ヴォルフの言葉に即座に注文を飛ばしたヤマト。甘やかしている。


そして当たり前のように同席しているヴォルフとルーチェ、ランツィロット。奢られる気満々な彼等には特に苦笑もなく、寧ろ面白いなとお愉しみ中。


“友人”ではないランツィロットにも奢るのは、ヴォルフを怒らせた時に迷惑を掛けたお詫びとして。海エリアダンジョンで魔物を譲ってくれたお礼でもあるのだろう。そうでないならそもそも参加を許していない。


『神の雫』――ロックグラスに4分の1の量。これだけで、金貨10枚。7人分で金貨70枚。


当たり前のように金貨70枚を店員に渡したので、ドラゴン・スレイヤーの金銭感覚は狂っているな……と。いっそ感心してしまった。


正直、会計は帰る時にしてほしいが……『神の雫』は超高額な酒。その都度先に払っていた方が店側も安心するのは事実。


大金に若干震えながらカウンターへ戻って行った店員に、ほぼ全ての客が同情してしまったのは当然の事だろう。


「まさか『神の雫』があるなんて。不思議なお店です」


「誰が造ってるか分かんないっすもんね、あれ」


「わからない?」


「うっす。ずっと変わらない味だから、長命――エルフが造ってるって噂はありますけど」


「……いえ。それは無いです。だとしたらもう少し流通量を増やして、只人からお金を巻き上げている筈ですから」


「あー確かに。金巻き上げるの、手っ取り早い復讐ですもんね」


「お待たせしました」


納得する獣人冒険者の間を縫ってテーブルに置かれていく『神の雫』、7人分。実際に目にすると途端に緊張してしまう。


そして当然のように手にするヤマトはとても似合うので納得だが、こちらも当然のように手にするヴォルフには違和感しかない。なぜそんなにも普通で居られるのか。……飲んだのか。前に。


「久し振りですね」


「お前が“暴君”ムーヴかました時以来か」


「その後にも晩酌で飲んだじゃないですか」


「……記憶に無ぇ」


「潰しましたから。ヴォルフさんも酔うんですね。中々にデレてくれたので、満足しました。愉しかったです」


「……」


「視線で殺されそう」


そう言いながらも口角を上げてみせるヤマト。物凄い形相で睨み付けるヴォルフは、自分が何を言ったのか……嫌でも想像が付いてしまったらしい。


反射的にグラスを置こうとしたが、ヤマトが『神の雫(これ)』で乾杯をすると宣言した事実。諦めて飲むことに。


「では、皆さん。乾杯」


「……ぁ。かん、ぱいっ」


あまりにもあっさりとした乾杯の掛け声に呆けてしまった。ヤマトが差し出したグラスにヴォルフがグラスを軽く打ち付けた音で我に返り、慌てて獣人達も乾杯を。続くように、ルーチェとランツィロットも。


そろそろと流し込んだ『神の雫』は口当たりが良く、仄かな甘みが特徴的だがとても飲み易い。流石、神の雫。


別名――“覇者の酒”。


その仰々しいふたつの名に相応しいと、心底から納得出来る。高額過ぎて飲むことは二度と無い……と確信したので、続々と出されるツマミと共にちびちびと飲む事に。


「おかわり」


既に3杯目を飲んでいるヴォルフ。その都度店員へ金貨を渡す愉快そうなヤマトの姿は、見なかったことにした。


『神の雫』を水のように飲む姿が理解できなくて、ちょっと怖い。


「皆さんも沢山飲んで良いんですよ」


「無理っす」


「無理だろ。ヴォルフがオカシイんだよ」


「なんでだよ」


「同じものを頼む」


「そっちのハイエルフもオカシかったわ」


「何故」


本当に分からない。不思議そうにランツィロットを見るふたりは、ヤマトが奢ると言ったから遠慮なく存分に飲んでいるだけ。“友人”だから許される。――と、そう判断して。


そもそも。人の金で飲む酒はまた格別。飲まない理由が無い。


ランツィロットや獣人達も奢りとならば容赦無く飲むが、今回はその対象がアホみたいに超高級な酒。前提条件が違う。流石に気後れしてしまい酒が喉を通らない。


ならば、と。好きな酒を飲むように言えば、皆安心したように各々注文を飛ばした。


「カラシ、合うな」


「でしょう?」


ふふんっ。得意気なヤマトは、初めてヴォルフが変わった食べ方に同意してくれたことが嬉しいらしい。


今まで“ゲテモノ食い”と残念な生き物を見る目を向けられてきたので、心底から嬉しい。今日を記念日にしよう。今日が何月何日かは知らないし、特に気にもならないが。


そういえば……と。この世界に来て“あの森”で過ごすこと、約1年。あの小屋から離れて、恐らく……約5ヶ月が経っているなと。ふと考えたヤマトは、楽しい時間はあっという間だと。しんみり。


目敏く気付いたヴォルフが視線を向けると、当然のように気付き口を開いた。


「色々なヒトと交流しましたが、獣人との交流は二度目だなと思いまして」


「何度も襲撃されてたろ」


「あれを交流と思えるその思考回路、とても興味深いです」


「第一王子との交流(・・)


「綺麗な型は本当に天才だと思います。実力もですが、師も有能なのでしょうね」


「お前のが興味深ぇ」


「え」


襲撃を交流とは思わないと言った口で、テオドールの襲撃は交流だと宣う。無自覚で。


気に入った相手だからこその認識の切り替え……なのだろうが、その切り替えは明確な基準を持つ冒険者としては理解に苦しむ。


以前。オークションの時に“ヴォルフ=番犬”の話をしていたのに、次の瞬間には“動物の犬”と受け取った時に受けた『まじかよこいつ……』の感覚に近いかもしれない。


理解が出来ないからこそのヤマトだと思っているので、特に指摘はしないが。


「で?」


「もっと話しておきたかったな、と」


「“黒髪黒目(おまえ)”の場合、狂信者の懸念があるから納得しろ。今は好きに交流して良い」


「嬉しいです。お金、おいておきますね。好きに飲んでください。ルーチェさんも」


「あぁ」


どさりっ。重い音と共にテーブルに置かれた袋を取ったヴォルフは、ルーチェとの間にそれを置きまた店員へ注文。序でに、おでんのおかわりも。気に入ったらしいのでヤマトは上機嫌。


その上機嫌に緩む目元をそのままに、改めて獣人達へ向き直った。獣人達は慣れた酒に代わったので、今度こそ存分に飲んでいる。ぴるぴると動く耳が可愛い。


「リリアナさんとのお話、大丈夫でした?」


「うすっ。一応、『“黒髪黒目”傷付けられて頭ぶっ飛んだからあんま覚えてない』って誤魔化し方も教えてもらったんで」


「時には誤魔化しも必要ですからね。国への報告は」


「えーっと」


「メーヨってのあるから真実は口外するな、って頼まれました」


「あ、それ。自慢はしてえけど、約束したんで王にも言わねーっすよ」


「約束は守る。と。素晴らしい」


「、ぁ……っす」


褒めるように。ゆるりと緩められた目元に、体温が急激に上がったような感覚。獣人として“黒髪黒目”から褒められる、その栄誉。


めちゃくちゃ嬉しい。歌でも歌いたい気分で、踊り出したい気分。良い人生だった……


夢見心地な獣人達に、相変わらず“黒髪黒目”に狂ってんなーっと呆れるランツィロット。今に始まった事ではないので特に何を言うつもりも無い。


が、確認しておく事はある。


「つってもよ。お前も言ってたが、どっちにしろ獣人の王ならこっそり褒めるだろ。ヴォルフ(こいつ)から功績奪ったかも〜っとか気にならねえの?」


「え。全然。本人が要らねえなら貰っとく」


「……まあ、“黒髪黒目”が関わればそうなるか」


冒険者は他者の功績を奪う真似はしない。


確かに合同依頼の報酬分けで虚勢は張るが、事実をごり押しするだけ。己の力量にそぐわない功績は足枷となり、身の破滅を招く。


それを分からないままでは、一瞬の判断で死に直結する冒険者なんて続けられない。続けられないというより、早々に命を落とすだけだが。


彼等もそれは正しく理解しているが……獣人は“黒髪黒目”に限りで途端に沸点が低くなり、激怒し暴走することもまた事実。


恐らく。あの日、ヴォルフの戻りが遅れていたら。表向きの説明通りに彼等が惨殺していた。


ヤマトも“それ”は察していただろう。そうでないのなら、狂信者に獣人が多くなる理由にはならない――と。


街にヴォルフの気配があったからヴォルフに任せたが、まだ戻っていなかったら獣人達に任せていた事は想像に容易い。『戦争犯罪が発生した』と、自分が暴力を受けたとの事実を大々的に示す為に。


その場合……ヴォルフはヤマトに手を出した者を自分が“処理”出来ず、逆鱗をぶん殴られた怒りを晴らすことも出来ずに更に機嫌が悪くなっていただろう。ヤマトとしても『頼りたかった』との僅かな不満が尾を引いていた筈。


方法は最悪だったが、ヤマトとヴォルフ――お互いにとっては最適な結果だったという事か。


「獣人の国は何かタブーはあります? ジェスチャーとか、食べ物とか」


「タブー?……特に無いっすね」


「なんつーか、獣人って趣味?嗜好?がバラバラ過ぎて。タブーとか考えたこと無いっすよ」


「なるほど。確かに」


「こいつ、生食すんぞ」


「せいしょ……は?」


「魚。刺し身食ってる」


「ワサビと食べると尚美味しいです」


「……」


「魚や山芋、卵だけではない。ドラゴンの肝臓も、刺し身で食べているぞ」


「鉄分は人体に必要ですよね」


「……」


「そういや、あんた。石食ってなかったか?」


「トリュフ。石ではなく、スライスや削って香りを楽しむキノコですってば。祖国では高級品なんですよ」


「……きのこ、なま?」


「はい。勿論食べ過ぎや不衛生なものは危険なので、量の管理や『鑑定』は必須ですけど」


「……わざわざ、危険を冒して?」


「“食”には妥協しない国民性なので」


「“食”への執着異常な変態国家だとよ」


「美味しいものは、手軽に幸福を得られますから」


「……っ酒追加!」


「おっ。現実逃避か」


「なぜ」


ランツィロットの言葉通り、なにやら遠い目をしている獣人冒険者達。


美味しいものは幸福を得られる。正論を言ったのに、なぜ現実逃避をされなければならないのか。解せない。


自分で『鑑定』魔法を使えるからこそ、生食への危機感が薄いのかもしれない。鑑定は魔道具を使うことが常識で、それも『高・中・低』の品質情報のみ。


そもそも『鑑定』と云う魔法は、発動者の知識に準じた情報を表示する“知識特化魔法”――という事実を忘れているのだろう。大賢者の本で知った筈なのに。


まあ。一般的に、魔法使いは『なんか凄い存在』だと周知されている。ヤマトが様々な魔法を使っていたとしても、一般人は『なんかめっちゃ凄い存在』だと思うだけ。


魔法への理解は出来る気がしないので、そもそもする気が無い。


しかし……“生食”だけは、実際に目の前で実践されても理解したくない。ちょっと怖い。狂気の沙汰。解釈違いで許容したくない。泣きたい。


「でも皆さん、ミルクは飲みますよね。そこに抵抗は無いのですか?」


「? ミルクは果物っすよ」


「木の実?」


「いや、だから。『ミルク』って果物」


「待ってください私の中の常識と乖離し過ぎていて受け入れられません無理ですそもそも畜産自体無かったですよねちょっと待って卵って何の卵なのいえいいですこの話やめましょう怖い」


「ヒトと共生してる草食の鳥型魔獣。あの街なら殺菌工場で飼ってる」


「なら良いです」


「良いのか」


『この話やめましょう』と言われたのに、少しも気にせず卵について説明をするヴォルフ。これは“友人”としての距離感なのか、それとも憂いを晴らす為の言葉なのか。


単純に。未来での面倒な暴走を察知したから、フラグを叩き潰しておきたかっただけ――の可能性が高い。


突然のワンブレス。驚き硬直してしまった周りは、ヴォルフの言葉でいつも通りの『ほんわかお兄さん』に戻ったヤマトにほっと胸を撫で下ろした。




ところで……“果物じゃないミルク”って何だろう。




当然の疑問を覚えたが、考えない方が良さそうだと酒に集中。


ずっと料理をもぐもぐしているプルがとうとう酒すら飲み始めたので、「飼い主に似るんだな」との雑な感想を抱いた。


どうやら、スライムはアルコール耐性があるらしい。……あるのか?





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。


お酒も嗜むプルちゃんグルメだなーと感心している作者です。どうも。


スライムは普通にアルコール耐性あります。なんでも食べるので。

厳密に言うと、“酔う”に至る器官も感覚も無いので『耐性』とは少し違います。

まあ似たようなものなので一切酔いません。ザル。

プルは飼い主の舌に似て、これからは高級酒を好んで飲むことになりそうです。

お金が掛かる子ですね。


この世界のミルクはフルーツで、環境無視で割りと色々な場所に自生しています。

街で絞っての販売もしていますし、節約に自分で採りに行く者達もいたり。

成分は植物性タンパク質ですが、ミルクの木が魔物化し生物を捕食し続けたら動物性タンパク質に変質します。

変質した方が圧倒的に美味しいのですが、採取にリスクがあるので高級品です。


タブーが無い獣人の国でも生食はしない。

そらそう。命の危険。

これはタブーではなく、単純にお腹壊したり病気が怖いだけです。

ってことで、主人公は獣人の国でも普通に生食します。

だってタブーじゃないもん。


『神の雫』とおでんの相性抜群。

なので『神の雫』を気に入ったヴォルフは、おでんを好物のひとつに追加。勿論カラシ付きで。

何杯もおかわりしていますが、ヤマトと飲んだ時とは違い1杯が少ないのでまだまだ全然潰れないよ。

泥酔しなかったので尊厳も威厳も保たれた。


ルーチェが遠慮なく飲んでいるのは、遠慮されると不快に思うタイプなので自分も遠慮しないだけです。

一応主人公の様子は窺っていましたよ。

主人公が“奢り”を愉しんでいたので、遠慮なく飲み食いしました。

高い酒で満足した。


この獣人達ですが、主人公と今後行動する訳ではありません。

「“黒髪黒目”と長期間一緒に居るなんて無理。緊張する。むり。くろ、すき」

っとの事です。

獣人の国で再会するかも考えていません。

恐らくしない。たぶん。わからん。

(キャラひとり歩き系作者)


活動報告に、泥酔ヴォルフ。

(※ヴォルフのイメージ崩したくない人は読まないでね)


次回、レオンハルトとテオドール。

「だから連絡をしろと言ったのだ」

まだあった流血を甘んじた理由。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ