8.どう足掻いても掠り傷がやっと
『宿前で騒ぎを起こしたくないので送り迎えはギルドでお願いします』
手紙にそう記した、その翌日。ギルド職員が持って来た報せには、今日の夕食への招待。
態々、報せの当日に迎えを寄越すなんて。貴族は傲慢だ。逃げないのに。
沁み沁みと実感するヤマトは、16時に迎えが来るのでその時間にギルドで待たせて貰う事を伝えて部屋へ戻る。受付に、昼を過ぎたら起こして欲しい。と伝える事は忘れずに。
至福という名の二度寝である。
その至福の時間を経て……
「おっ。来たな、ヤマト坊っちゃん」
「お手数お掛けしてます。ギルドマスター」
「気にすんな。部屋確認すっから待ってろ」
「ありがとうございます」
今迄の素材。特にドラゴンで稼がせて貰ったからか、友好的なギルドマスター。最初は圧倒的な貴族顔と“黒髪黒目”に萎縮していたが、確かに貴族特有の雰囲気は無いのでヤマトの言葉を信じたらしい。
それでも。独特な不思議な雰囲気は察知したので、只者ではないと確信し最低限の礼節は取っている。万が一……のために。
迎えの時間より少し早めに来たのは、領主としてのヴィンセントについての情報を聞いておきたいから。それと、貴族と会う際のマナーも。
文化が違えばマナーも違う。そこから、望まぬ諍いが起きる事もある。その面倒事を回避出来るのなら、多少の手間は惜しまない。
やはり貴族らしい思考回路である。
整えていた応接室の最終確認の為に2階へ向かうギルドマスターを見送り、直ぐに声を掛けて来るヴォルフへ振り向く。……と、当然あの話題。
「聞いたぞ。ファントムウルフ。まさか討伐出来る奴が存在するとはな」
「中々にしぶとかったですが、ヴォルフさん達でも討伐可能かと」
「視えなきゃその評価も意味ねえよ。国に目ぇ付けられる事、仕出かした割には余裕じゃねえか」
「頼りにしてます」
「手に負えるか。ギルマス戻って来るまでツラ貸せ」
「何かありました?」
「説明は後だ。来い」
どこか焦りの混じった表情。
直ぐに足を動かしたヴォルフに不思議に思うも、纏う空気が通常とは異なるので言われた通りに歩き出し……
「お前がヤマト・リューガか」
凛とした声。真っ直ぐと見て来る、美女集団。
フラグ回収キタコレ。
瞬間的に確信してから、……チッ。ヴォルフの舌打ちが聞こえたので、避難させようとしてくれていた事を察する。いい人。
庇うように身体を動かしたから、大丈夫。との意味で掌を見せ制すると、あからさまに心配そうな目になった。
あー……ヴォルフさん、苦手なのか。この人達の事。“っぽい”な。なんとなく水と油って感じ。
漠然とだが確信したヤマトは、改めて美女集団……Sランクパーティーへ向かい合った。
「そうですが、なにか?」
ぎろりっ。途端に睨み付けて来る彼女が、恐らくリーダーだろう。
そう見当を付けていると近付いて来た、Sランクパーティー。ヴォルフが剣へ手を置いた事に気配だけで気付くも、彼が勝手にやっている事だと宥める事はしない。
それを、彼女達がどう解釈するか。
そんな事には欠片も興味は無い。よく知りもしない他人からの評価なんて、心底どうでも良い事が見て取れる。
「高ランクパーティーにすり寄りか。良いご身分だな」
「そう受け取るのならご自由に。それで、なんのご用でしょうか」
「リリア達を知っているだろう」
「……いえ。残念ながら記憶に有りません」
「とぼけるな。お前がこの場で侮辱した3人組パーティーだ」
「……あぁ。侮辱されたので侮辱しただけですが、それが?」
「だからと言って、女を人前で侮辱する必要など無かっただろう」
「なぜ?」
「は……」
「女性だからと言って、なぜ仕返しが許されないのです」
「っ女子供に紳士で在るのが男だろう!」
「それは貴女方の思想でしょう。初対面の他人へ理想を押し付けて満足ですか? やられたらやり返す。とても簡潔な、事態収集の秘訣ですよ」
「復讐は何も生まないっ新たな復讐を生むだけだ!」
「私は復讐の話はしていませんが……。まあ、復讐の連鎖は確かに面倒ですね。もし復讐する時は塵ひとつの痕跡すら残さないか、そんな勇気も出ない程度に精神的に壊して廃人に落とす事にします」
「それがお前の正義かっ! “森”での事もだ! 私達が助太刀を頼んだのにお前は無視をした……それがお前の正義なのかっヤマト・リューガ!」
“森”?……あぁ。あれ、この人達だったのか。なら助けなくて良かった。っというか、無事なのにここ迄非難する理由は何なんだろうか。
理解が出来ない。と首を傾げるヤマトが気に食わないのか、剣を握るリーダーの女。
反射的に剣の柄を握ったヴォルフ。彼が自分側だと云う事実を嬉しく思いながら、やはり宥める言葉も無く口を開く。
「戦闘音や連携の言葉が飛び交う中。20Mはある崖の上の人間が、協力要請の声を聞き取れると思っているのですか?」
事実、あの場でそんな声は聞こえなかった。戦闘音に混じって“人の声のようなもの”が聞こえていただけ。
正論。至って冷静な諭し。
あれ……ヤマトさん、これ何も悪く無いんじゃ……イチャモンつけられてるだけじゃ……
ほらもー、そんな目立つ顔してっから。
周りで事態を見守っていた冒険者達は、その冷静な諭しで一斉にヤマトへ同情の目を向ける。しかし誰も口は挟まない。これはヤマトの問題で、なにより。
めちゃくちゃ面白い。
つまり。娯楽にされた。
「だとしてもっメタルリザード4体との戦闘には加勢するべきだろう!」
「冒険者は自己責任なのに?」
「!」
「“あの森”に入るのも自己責任でしょう。だとしたら、私が加勢する正当な理由は?」
「お、まえは……っお前は目の前で人が死んでも心が痛まないのか!?」
「なぜ痛める必要があるのです」
「なっ……」
「それが知人なら寂しく思いますし、友人ならば心底から悲しみます。ですが見ず知らずの他人が目の前で死んだところで、嘆く必要は無いでしょう。私には関係の無い存在なのですから」
「それでも人間かっ! どうやら魔族との噂は本当のようだな! 魔族には理解出来ないだろうが人間の命は、」
「黙って」
しんっ――
反射的に言葉を切った、リーダーの女。あー……。これ、見た事あるやつ。
前回の公開侮辱をその目にした者はどこか遠い目をし、傲慢貴族の再臨を確信する。貴族じゃないらしいが、それを見た彼等は一切信じていない。
「人の命の価値を説きたいのなら、冒険者ではなく騎士に成れば良い。自由を愛し未知なる高揚を追い求め、時には己の命を懸け魔物を討伐する。そんな冒険者から命の価値を説かれたところで誰の心にも響きません」
「お……んなが騎士に、」
「黙って。と、言いました」
「っ――」
「過去には女性騎士も存在しました。単に、貴女が逃げただけです。……あぁ。正義、ですが。こんなものに正義を掲げるなんて、理解が出来ません。貴女は余程、人の上に立ち優越感に浸りたいのですね。申し訳ないですが、そんな正義を押し付けられても……正直、迷惑でしかない。不愉快です」
「っ!」
「人助け、大いに結構。強者による弱者救済は、さぞかし気持ちが良いでしょう。所構わず人の命をその手で救い興奮を覚えるなんて、なんとも……はしたない。私には理解出来ませんが、その特殊な性癖を褒めて差し上げます。素晴らしいですね」
ぱちぱちっ。軽く叩かれた両手。
目が笑っていない薄い笑みでの拍手は、Sランクパーティーの彼女達からするととてつもない侮辱。それ以前に、特殊な性癖との侮辱。こんな……
――そんな侮辱を受ける為にSランクに成ったんじゃないっ!!
「剣を抜け魔族!! 我々への侮辱は許さんっ決闘だ!!」
湧き上がる怒りに剣を抜きヤマトへ突き付け、今にも射殺さんばかりの鋭い睨み。
なのにそれを受けるヤマトは普段と変わらず、眉ひとつ動かす事なく口を開いた。
「核心を突かれると決闘。何とも直情的ですね」
「っ四の五の言わず、」
「メリットは?」
「は?」
「私がその決闘を受ける事で、私が得られるメリットは?」
「――……ハッ! 魔族でも男には変わらないな。お前が勝ったらこの身体、好きにしろ」
奴隷でも、慰みものでも。……っと云う意味だろう。
その意味を察したヤマトは思案するように腕を組み、睨み上げて来るリーダーの女性。その身体の隅々まで視線を動かす。
あーあー……やっぱヤマトさんも男か。あいつ、乳でけえし。
さらば、俺達の憧れの美女パーティー。
怒りも嫉妬もなくそう考えてしまう周りは、完全にヤマトがイチャモンをつけられた被害者。と、正しく理解している。正論も正論。正義の押し付け。
ヤマトでなければ、今頃既に斬り合いが始まっていただろう。それ程に、冒険者は自由を愛しているから。
なので。片手を動かし顎に手を置いたヤマトの言葉に、
「貴女の身体にどれ程の価値が?」
もうヤマトさんかっけえ好きっ!!!!
そうだった。ヤマトさん、強いだけの女じゃなく内面も見るんだった。全然ブレねえ。まじ尊敬する。どう見ても傲慢貴族だけど。
頤を上げての、笑み。身長により見下したように見えるその笑みは、事実見下しているのだろう。前回よりもその色が強い。
何を言われたのか……状況が、理解出来ない。
そう硬直する彼女達へ、一歩。二歩。近付きながら言葉を紡ぐヤマトは、
「普通なら飛び付くのでしょうが、私は自分を安売りする女性に興味はありません。“そう”するのなら、高級娼館でお世話になる方が圧倒的に有意義。メリットにはならない」
ぴたりっ。
リーダーの女の前で立ち止まり、こてんっ。目元を緩めながら態とらしく首を傾げ、息を呑んだ彼女達へトドメの一言。
「そもそも。私は冒険者ではありません。魔族でもない、只の流れ者です。なので、冒険者被害としてギルドに訴えますので。悪しからず」
「!……な、ん……っそもそもはお前が、」
「でなければ。その決闘を受けて貴女方を再起不能にします」
「――……っ」
「懇意にしておられるお貴族様の顔を潰したいのなら、決闘をオススメします。その場合、勿論責任は取りません。決闘なので取る必要も無いでしょう」
「ぉ……まえ、は…っ」
「ほら。選んで良いですよ」
剣先が当たる、胸板。その先には、心臓。このまま力を込めれば難なく心臓を貫く。……筈、なのに。
――目の前で無防備に立つこの男の心臓に、剣が届く未来が見えない。
それは、Sランクパーティー故に感じ取れる事実。何度も命の瀬戸際に陥った経験から来る、確定の未来。確信。
「女性や子供に紳士で在れ。理解出来ますし、出来るだけそうしています。ですが、敵意を向けて来る者に迄紳士で在る必要は無い。そんな事をするのは紳士以外を知らない無知か、己の実力を過信した愚者だけです。貴女方だって“そう”でしょう?」
「そ、れは…」
「なのに。“男”だから? ご自分が出来ない事を性別を理由に強要するなんて、理不尽極まりない。性別を利用する事で生計を立てる者もいるので、その点は言及しませんが。……ねえ。もう分かりましたよね」
一度言葉を切り、胸板に当たる剣先。それを手の甲で払い、
「貴女方は単純に、男が女を蔑ろにした事が気に食わなかった。ご自分が“女”だから、“男”の私へ非を押し付け糾弾したかった。そこに正義は無い。滑稽ですね」
薄っすらと見える、見上げて来る瞳に張った涙の膜。図星……だったのだろう。
そこに正義は無い。只単に、自分達が気に食わなかっただけ。女……で在る自分達が、男のくせに。と……
「そのくらいにしてあげてはどうかな」
静まり返ったこの場に響く、怖い程に透き通る柔らかい声。
声の主へ目を向けると、そこには質の良い服を纏った男。趣味の良いその服は華美ではなく、持ち前の上品さを際立たせるもの。
「先日振りです。やはり領主様には、そちらのお召し物の方がお似合いですね」
「おや。ヴィンスで構わないと言った筈だが」
「努力はしていますよ。ヴィンセント様」
領主自らの迎え。
……だから、逃げないってば。あーあ、情報やマナー聞きそびれたな。
残念に思うも大して不安に思わないのは、何度も貴族ではないと公言した上での夕食の誘い。ならばヴィンセントもマナーやらに言及する気はない。そう確信して居るから。
一度振り向いたヤマトは視界に確認したギルドマスターへ目元を緩め、
「お部屋、準備して下さったのにすみません。ヴォルフさんも、お気遣いありがとうございました」
そう言ってから放心するSランクパーティーにはもう目を向けず、ギルドの出入り口で待つヴィンセントの方へ。
変わらず笑みを見せるヴィンセントは目の前に来たヤマトの背中へ手を置き、外に止めた馬車へと促す。
「お恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
「いいや。ヤマト殿の本質を知れた、良い機会だった。どうやら私の目に狂いは無かったようだ」
「とんでもない誤解を受けている気がします」
「私が“そう”望んでも?」
「お望みの答えをお返ししたいところですが、違うものは違いますよ」
「困ったものだ」
貴族ではない。何度も公言しているのに、なんとしてでも“貴族である”との言質を取ろうとして来るヴィンセント。恐らく、只の揶揄い。
その揶揄いにノってしまえば、翌日には初代国王陛下の直系として担ぎ上げられる。
なんとなく。それを確信しているので、今後も貴族疑惑は否定し続けなければ。そう心に決めたヤマトの頭の中には、既に先程のSランクパーティーの事など無い。
未だに静まり返るギルド内では、初めて……核心を突かれ崩れ落ちたSランクパーティー。闘わずして敗北を突き付けられた事実。闘っていたとしても、恐らく……確実に負けていた。
胸中に渦巻く怒りと羞恥、悔しさ。
込み上がるのは、先日の女性達と似た感情。いつ振りかの、涙。
それでも違うのは、
「……ぜ、たい……見返すっ」
込み上がる悔しさをエネルギーに変換出来る。このままでは終わらせない、強靭な精神。
それがSランクパーティーたる由縁なのだろう。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
正論のような極論や暴論を書く事が好きな作者です。どうも。
人としては美女さんの言い分が正しいのでしょう。
少なくとも、この物語の世界じゃなく我々が生きるこの“現実世界”では。
しかしこの物語の世界は死が身近にあるので、彼等にとっては主人公の言い分の方が正しいのです。
しっかりと世界に順応していってますね。
順応してもマイペースなのは変わりませんが。
この美女達は今後もちょいちょい出て来ます。
美形美女美少女が好きな作者なので。
美は正義。
それにしても。
主人公、本当に酷い事を言いますね。
普通なら非難されるのでしょうが、普段がのんびりマイペースの優しいお兄さんなので周りは冷静に分析できています。
顔が良いのも理由のひとつですね。
人は顔の良し悪しで話を信じますから。
あと、どう見ても傲慢貴族だから“らしい”と思われているのが最たる理由。
疑惑払拭には程遠い。ウケる。
次回、しょんぼりヤマト。
ヴォルフも出るよ。
ヴォルフとの関係性が変わります。