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79.『子供』に弱い

なんだかんだ、この国に来る頻度多いな。今回は私もちょっとは悪いから仕方ない。


いや、いつも好きで来てるんだけどね。




そんな事を考えながら温泉街を歩くヤマトは、串焼き屋で腹ごしらえ。納豆ペーストが隠し味のディア串。今日も美味しい。素晴らしい。


因みに。既に物凄い勢いでの心配と安堵を受けた後。


家族経営の店。店員総出で、傍から見ると親戚の集まりかのように中々に鬱陶しい勢い。


しかしヤマトは“黒髪黒目”へ向けた純粋な心配だと理解し、『反省』を表すように眉を下げて宥めていた。


言うまでもなく反省はしていない。ヴォルフの無慈悲さを知れたので、満足。


例の如く大量注文でディア串のストックを完了。また買いに来る事を約束してから、フレデリコの邸へ足を進めた。


当然のように先触れは出していない。フレデリコ側に通信具を使える者がおらず、それはこの領地に来る王族は必ずあの旅館に宿泊するから。


勿論先触れは出すが、宿泊は旅館だと王室の掟として決められている。なので、通信具を使える者は旅館に常駐している。


フレデリコも旅館に赴き王族へ挨拶をする程度で、以前レオンハルトがヤマトと共に宿泊した時は挨拶に来ていない。一応でも“お忍び”だったので、それは当然の対応である。


そう云った諸々を知らないヤマトは――




どうせ検問所からフレドに報告上がってるから、まあ大丈夫でしょ。


“黒髪黒目”が暴力を受けたって噂が回ってるなら、フレドなら仕事の休憩に会ってくれるだろうし。




――と。先触れも無しにそう考えているので、相変わらずのナチュラル傲慢さ。


確かにフレデリコにとってヤマトは、奇病を治してくれた恩人。そう考えてしまうことは間違ってはいない。


傲慢には変わりないが。


「待たせたかな?」


「いえ。お仕事は大丈夫ですか?」


「ヤマトくんなら優先しないと」


貴族で在る彼等のこういう対応がその傲慢さを育ててしまうので、一概にヤマトが悪いとは言えないのだろう。この国には、ヤマトに厳しいストッパー役は存在しないから。


存在したとしても。既に『自由』を覚えたヤマトには、焼け石に水となる事は目に見えるのだが。


「僕からも叱ってほしいようだね」


「特殊な性癖のように言わないでください」


「違うの?」


「本質は間違っていないので、完全に否定出来ないことが残念です」


「ふふっ。生憎。僕は全面的に君の味方で居たいから、叱ることはしないよ」


「それは……逆に怖いですね。代わりに何をされるのでしょうか」


「泣こうかな、ってね」


「ぇ」


予想外の言葉に固まってしまったヤマトは、視界に映るフレデリコ。彼の目にじわりと涙が滲んだ事実を視認し、焦りのような……怒りのような感覚に咄嗟に拳を握る。


つうっ――静かに流れた涙。


瞬間。ぶわりと湧き上がったのは殺気に似たもので、それは“友人”が泣いたから。己の逆鱗をぶん殴られたような、脳を揺さぶられた衝撃。


しかし原因は自分なのでその殺気は瞬時に収め、今は……兎に角。


腰を上げ、側へ。


「すみません。フレド、お願い。泣かないで」


顔を俯け静かに泣き続けるフレデリコの手を取り、心底からの謝罪。と、懇願。


「き、みが……他者の為に、傷付くなんて……耐えられない」


「はい。自分で治せるからと。“黒髪黒目”ならあまり怒られないだろうと。そう、甘く考えてしまって。軽率でした」


「ヤマトくんが、“黒”でなかったとしても。僕は……耐えられない」


「フレドは“ヤマト(わたし)”と云う存在に、親愛を抱いてくれているのですね。嬉しいです」


「僕の……我が儘だと理解しているよ。ヤマトくんには、ヤマトくんの考えがある。ヤマトくんの身体は、ヤマトくんだけが好きに扱える。それでも……心が痛いんだ」


「それがフレドの本心なのでしょう? 優しい“友人”を得た私は、とても幸せ者です」


「……ごめんね。心は、ままならないね」


「謝らないで。フレドのその純真な心、とても綺麗で好きですよ。妬ましい程に」


「、――……ふふっ。ヤマトくんから、妬まれることがあるなんて。自慢になりそう」


「存分に自慢してください。本当に……すみません。今後、似たような事態には『幻覚』か『分身』の魔法を使います。“ヤマト(わたし)”本体に傷は付けさせません」


「予めの回避をしないなんて、ヤマトくん“らしく”ないね」


「子供が被害に遭いそうな時だけです。許してください」


「……そう。子供を好きだから、心が未熟な僕に優しいのかな」


「否定はしませんが、本質は別です。フレドが“友人”だから。だから、泣かれると困ります」


「君が泣かせたのに」


「イジメないでください」


困った。と眉を下げるヤマトは、今回の件に対し初めて心底から反省をしたらしい。


今迄、何を言われても“友人(ヴォルフ)”からの友愛を実感していた。なのに今は、己の行動で“友人(フレデリコ)”を泣かせてしまった事実に意識を奪われている。


強い罪悪感。


ヤマトが“友人”――ヴォルフへ向ける依存そのものの執着は異常だが、それでも他の“友人”達へ向ける執着も確かにその胸に存在する。


例え『自由』を得て好き勝手過ごしていても、懐に入れた“友人”には弱い。特に、子供のような純真な心を持つフレデリコには更に弱い。


これは友愛なのか、それとも庇護なのか。


自分大好きなヤマトが他者を庇護するとは考えられないので、友愛で間違いないのだろう。


何にせよ。“執着”には変わりない。


「叱られるより、泣かれる方がダメージが大きいみたいです」


「良いことを聞いちゃった」


「フレド限定ですよ」


「ヴィンスが泣いたら?」


「それは……嘘泣きを疑ってしまいますね。有利な言葉を引き出そうとしているのでは、と」


「ふふっ。気を付けて。殿下方は、感情の抑制が癖付いているから泣かないだろうね」


「王族ですから。人前で涙を流すことは、矜持に関わるのでご法度でしょう」


「ヴォルフは……想像出来ないね」


「ちょっと見てみたいとは思います」


「カメラ、常に構えておかないと」


「ファンの女性達を対象に、良い商売ができると思うんです」


「僕も買おうかな。記念に」


「確保しておきます」


くすくすっ。可笑しいと笑うフレデリコに、安心して肩を下ろすヤマト。本当に、心底から焦っていたらしい。


安堵に目元を緩めると、ぁ……と小さな声を出したフレデリコは口を開いた。


「気が利かなくてごめんね。どうぞ、座って」


「隣に?」


「それは嬉しいけれど。今優しくされたら、ヤマトくんが“友人”を失うことになるかも」


「それは悲しいですね」


巫山戯合い、なのだろう。揶揄いも含まれているのかもしれない。


一度……成熟していない心が勘違いを起こした、恋心。それをフレデリコは綺麗に整理している。“黒髪黒目”への憧れと強い恩だったのだと。しかし後悔も、今では羞恥も無い。


そんなフレデリコだからこそ口に出来た言葉。敢えて口にすることで『これからは誤解せず、正しく己の心を理解する』――その、宣言に似た悪巫山戯。


吐露した心の傷を理解している『ヤマト』なら、曲解も警戒もせずに伝わる筈だと。そう確信して。


事実。その確信は裏切られることは無かった。


貴族故に言葉を忍ばせてしまうが、貴族ではない者が正しく受け取ってくれる事は素直に嬉しい。それが“ヤマト”なら、殊更に。


腰を上げたヤマトは親指でフレデリコの目元を優しく拭い、涙が止まっていることを改めて確認。ドアの横で静かに待機していた侍従に目を向け、礼を示し出て行った侍従に感心する。


「彼も有能ですね」


「僕の全てを知っているから」


「素晴らしい」


腫れてはいないが、目を冷やす為の水とタオルを取りに行った。ヤマトが口に出して頼むまでもなく、流れるように。


先程の侍従――彼が、フレデリコの皮膚をずっと清潔に保っていたのだろう。ぐちゃぐちゃの皮膚に薬を塗り、日に何度も包帯を換えて。文句も言わず、目を逸らす事もせず。


大切な“ぼっちゃま”へ真っ直ぐと向き合って。


素敵な関係性。ほわほわと胸の辺りがあたたまる感覚。無意識に目元が緩んだヤマトは、改めてソファーに腰を下ろし口を開いた。


「愛されているようで」


「人に恵まれていると自負しているよ。――あ。元婚約者以外の話ね」


「そのご令嬢は、今は」


「王家が新しい縁を繋いだみたい。仕方ないよね。初代国王陛下が愛したこの領地との縁は、彼女には不要らしいから」


「中々に不自由する地へ売られた事は分かりました」


「うーん……一応、言葉は選んだのだけれど。ヤマトくんは顔に似合わず過激だ」


「苦手です?」


「全然。ギャップ……と云うものなのかな。面白くて、惹かれてしまうよ」


「今初めて、本当にヴィンスと友人なのだなと納得しました」


「ヒトに対する好みは似ているんだ」


「そのようです」


くすくすと可笑しそうに笑うヤマトは、改めて。アイテムボックスから取り出した小物入れをテーブルへ置き、どうぞと手で示しながら口を開いた。


「お土産です」


「香水はくれないの?」


「ふふっ。中に」


「嬉しい。ありがとう、ヤマトくん。毎日使うよ。君が側に居てくれるようで、とても心強く思える」


「それは……私に会いたいとの思いを刺激し、余計に寂しく思うのでは?」


「そうだね」


「揶揄いだったのですが」


「事実だから。――あぁ、誤解しないでね。甘え続ける気はないよ。確かに恩も憧れもある。それ以上に、この心を救ってくれた君に近付きたいんだ。君の“友人”として、恥ずかしくない人間に成長したい。隣……は無理でも、傍らに在る事を許されるように。ヤマトくんは僕のヒーローだから」


真っ直ぐと。濁りも淀みも無い綺麗な碧眼。


その空のような純真と違わず、紡ぐ言葉も澄んだ綺麗な色。


なので、流石に。これは……


「……」


「ヤマトくん?」


「いえ、ちょっと……純真無垢とは、破壊力が凄いなと」


「うーん。立場上、私欲は薄いから『純真』は有り難く受け取るけれど。僕も貴族だから、流石に無垢ではないと思うよ。……あ。照れてるの? あのヤマトくんが?」


「私でも照れますよ」


「ふふっ。良いもの見ちゃった。ヴィンスと殿下方に自慢しても良い?」


「存分に」


「たのしみ」


上機嫌に笑むフレデリコは、その“自慢”でマウントを取るつもりは無い。只々、純粋に。『良いものを見たよ』と共有するだけ。


フレデリコの“自慢”は、問題を解けた子供が「僕凄いでしょ」と親に報告するようなものに近い。これも、対人関係に関する心の未熟さによるもの。


この国の貴族――国民ならば、“黒髪黒目”の照れた姿なんて見たいに決まっている。その目に映せたこと自体が栄誉で、そんな姿を見せて頂ける関係性だと。貴族としての優位性を求める材料にうってつけ。


なのに誇示しない。


恐らくは……継承権争いの影響が無く優位性も必要が無い、この領地を護る事に心血を注ぐ家門だからこそ。の感覚なのだろう。


今代の領主で在るフレデリコは、マウントを取る必要性すら無いと考えているのかもしれない。


だからこそ。“貴族”らしく傲慢で私欲を持つヴィンセントから『無害』認定され、歳は離れていても気の置けない仲となれたのだろう。


今回の“自慢”にはヴィンセントはめちゃくちゃ悔しく思い嫉妬されるのだが。


「坊ちゃま。目を冷やすお水をお持ちしました」


「ヤマトくんの前で『坊ちゃま』はやめてよ」


「失礼致しました。私の幼く可愛い“坊ちゃま”が戻って来た感覚になり、つい」


揶揄うような声色。幼少期からフレデリコの世話をしてきたので、この程度ならば気分を害さないと把握しているのだろう。フレデリコの沸点が著しく高い事も、ひとつの要素。


ソファーに横になり、目元に乗せられた濡れタオル。冷たくて気持ち良い。泣いたことで僅かに感じていた頭痛も、静かに和らいでいく感覚。


「今も可愛いつもりなのだけれど」


「フレドは綺麗ですよ」


「ぇ」


思わず。と目元のタオルを捲りヤマトを見ると、組んだ脚に頬杖を突く姿。膝のプルが良いクッションとなっている。


いつも通りの柔らかく緩んだ目元。こてり――と、頬杖のままに首を倒したヤマトは口を開き……


「私の感覚では、金髪碧眼は『王子様』なんです。色を抜かしてもフレドの顔は造形的に整っていますし、声も耳朶に残る魅力的な音です。身体に残した傷痕も、これまでの痛みや苦悩の人生を受け入れていると。その心の強さも大変好ましく、とても綺麗な人だと思います」


突然の称賛。紛れもなく本心で。


「えぇっと、ちょっと……うん。これは……照れるね」


こんな事を言われてもフレデリコは素直に受け取ってしまうのだから、ヤマトから『純真』と評されるだけ在る。耳が熱い。顔も熱い。……あつい。


目を隠す濡れタオルに感謝である。既に温くなっているが。


「先程の仕返しです」


「仕返しされる事をした覚えがないのだけれど。まあ、ヤマトくんが楽しいのなら」


「甘やかしています?」


「これでも歳上だよ。今日は、感情を制御出来なかったけれど。“貴族の微笑み”も大した事無いよね」


「偶には感情に素直になる事も必要ですよ。歳も性別も関係なく。私で良ければ、また涙を拭って差し上げましょうか」


「是非お願いするよ」


くすくすっ。


揶揄い合いを楽しむふたつの笑みと、……ふふっ。微笑ましいと溢れたひとつの笑み。


その溢れた笑みに視線を動かすと、濡れタオルを交換するために手を動かしている侍従の姿。冷たい水は、彼にとって少しの問題にもならないらしい。




やっぱり、素晴らしい。


いっそ“親”のような思いを持っているんだろうね。いつまでも『幼く可愛い坊ちゃま』に。


変な影響を与えないように気を付けなきゃ。是非とも童心を持ったままに、心を“貴族”らしく成熟させてほしいな。


そしたらマダムキラーに成長してウケるから。




やはり自分が愉しむ事を最優先に。


見目も声も童心も持ち合わせたフレデリコ。これから彼が、女性達の母性を掻き立てる魔性の男に成長する未来を確信しつつも口にはしない。


その方が、フレデリコの心を傷付けた元婚約者は心底から存分に後悔するだろうと。


例え過去の話だとしても。ヤマトは“友人”を傷付けた者を赦す気は更々無い。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。


お前今まで他者へ“変な影響”を与えてきた自覚あったんかい……と呆れている作者です。どうも。


自覚があったとしても、今後もフレデリコ以外への言動は何も変えるつもりは無いようです。

だってその方が愉しいから。

自分の存在に影響される姿を愉しむなんて、ほんっとに心底性格が悪いですよねこの男。悪質。


そしてさらっと褒めるところもタチ悪い。

“照れる”と確信して口にしているから尚悪い。


フレデリコも褒めていますが、これは一種の宣言のようなものなのでセーフ。……セーフか?

無自覚で褒め言葉を口にするのは寧ろタチが悪い……?

わからん。

主人公が悪質過ぎて基準がバグってきますね。


まあ。

そんな悪質な主人公も他の人からの褒め言葉とは違って、フレデリコの純真な褒め言葉には普通にめっちゃ照れてましたが。

お澄ましさんモードなので笑みで誤魔化してたけど、めっちゃ照れてた。

『純真』って怖い。


泣く程『ヤマト』を好きなフレデリコ、可愛いね。

子供好き&世話焼きには、フレデリコの涙はリーサル・ウェポンなのかもしれません。

主人公、本気で焦ってたし困ってたよ。

いつも焦らせたり困らせたりする側だから、偶にはこういうのも良いと思います。


なのに律儀に叱られ回りに行く主人公、やっぱり変にズレてる。


次回、獣人達と飲み会。

しっかり参加する“保護者”達。

獣人の国について、少し。


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