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76.悪質な相思相愛

兵士達の遺体は送り返した。――と聞いたヤマトは、ご飯時に届いたら吐くだろうな。とのズレた感想で終わらせた。


ヴォルフから担がれての移動は別の道をヴォルフが選び、その後も遺体は見せてもらえなかった。原型を留めない程の損壊……とだけ聞いている。


特に見たいとは思わないので別に構わないが。


そして昨日の夕方。助けた子供達がルーチェの家に突撃をかまし号泣で感謝を伝えられたので、しっかりと困ったしちゃんと慰めている。心配と感謝をする程に懐いていると云うことだと正しく理解し、大満足。


この件でエルフ族からのヤマトへの警戒は完全に解けただろう。


「ヴォルフさん。おかわりは」


「……」


無言で差し出された皿。受け取ったヤマトはミノタウルス肉100%ハンバーグを配膳。


今日もせっせとご機嫌取り。


因みに。おかわり時のコミュニケーションを取る前提として、ハンバーグを一口サイズで幾つも作ったことは秘密。予想も確信もされているだろうが、自白しなければバレていないと同義――との暴論。


昨夜こっそりとランツィロットに説明し、おかわりは自分でやってもらっている。なので、ご機嫌取りをされているヴォルフは満更でもない様子。


それは“黒髪黒目”からの献身に対する優越感ではなく、単純に“友人”として受けるべき当然の権利だと認識して。


余談だが、昨日の夕飯はミノタウルス肉の希少部位でのすき焼き。薄切り肉をせっせと焼いていた。勿論、ヴォルフの分だけを。


ヤマトもこのご機嫌取りを楽しんでいるらしい。


そんな、ヴォルフに尽くしまくっているヤマトは……


「体調崩すなら機嫌取り終わってから崩せ」


「すみません」


あたたかい気候のエルフ国。日差しに焼かれる海エリアダンジョン。肌寒くなっていた王都。フェンリルが居る寒い洞窟。


見事に春夏秋冬を網羅。


つまり。連日の移動による急激な気温の変化で自律神経が狂い、昼を過ぎてから熱を出しベッドに放り込まれた。不覚。


全員から「熱を出すなんて“ヒト”っぽいところもあるんだな」と思われている事は、知らない方が良いのだろう。


魔法で治せないかなとも思ったが、熱の所為で上手く思考が回らないので控えている。ヤマトの魔法がイメージ先行だとしても構築式は必須なので、思考を置いてけぼりにして魔法の成功は叶わない。


「あたまがいたいです」


「だろうな」


「ちょっと、さむけもします」


「熱出てっから」


「さむけ。はじめてです」


「良い経験になったな」


「そばにいて」


「……」


「どこにもいかないで」


「トイレくらいさせろ」


「やだ」


「……ハァ」


熱を出した時は心が弱ると知っているし、パーティーメンバーも風邪を引いた時は側に居ろと言っていた。自分の看病をさせる為に。


だが、この……圧倒的造形美のこの男は、看病要員ではなく只管に側に居てほしいと懇願している。その圧倒的造形美を熱により崩し……崩れてねえな。




何で顔歪めてんのに崩れねえんだよ、こいつ。どう云うことだ。美形も大概にしろ。


その“顔”で甘えんな。懇願すんな。こんなの、許して叶えるしかねえだろ。


あー……まじで顔が良い。




改めて。ヤマトの“顔”の良さを再確認したヴォルフは、頭を抱えることしか出来ない自分に盛大な溜め息。語彙力が無くなる程度には、ヴォルフは“ヤマトの顔”に弱い。


例え泣かれようともトイレは行くが。


「薬効く頃だろ。寝とけ」


「そばに、」


「居るから寝ろ」


「やくそく」


立てた小指。ガキかと呆れたが、これで安心するのなら安いもんだと小指を絡める。


ふにゃりっ――警戒心の無い笑み。純真な、無垢な子供のように。


指を離したヤマトは安心したのか目を閉じ、確かに薬が効いたらしく1分もせず寝息を立て始めた。滲んだ汗を拭いてやるヴォルフは膝に頬杖を突き、


「たちわりぃ」


苦笑もない感心による呟き。


安全面ならプルだけで充分。その事実がある上でヴォルフを引き留める。只々純粋に、他でもなく“ヴォルフ”に側に居てほしいのだと。


心細くて寂しいから。“友人”として、『親友』としても。


「寝たか」


「あぁ」


ほぼ無音で部屋に入って来た、ヤマトの看病要員として謹慎を取り下げられたルーチェ。


しかしヴォルフは振り向く素振りも見せず。頬杖の儘に言葉を続ける。


「何飲ませた」


「睡眠薬。副作用の無い」


「んなもんよく手に入ったな」


「過去の“黒髪黒目”が、妖精――『ザントマン』から貰った砂で作った薬。だそうだ」


「いくら」


「ヤマトに請求する」


「する気ねえだろ。“友人”だからこそ金のやり取りは明確化しとけ。要らねえ気遣いされてえのか」


「金貨20枚」


「こいつに請求で」


「出してやらないのか」


「男に貢ぐ趣味はねえよ」


「尽くしてはいるのに」


「自己紹介か?」


「否定はしないのだな」


尽くし……というか、甘やかしている事実があるので否定出来ない。きちんと自認しているので、その指摘に羞恥を覚えたり気を悪くすることも無い。


寧ろ、ヤマトの隣に在り続ける為に必要な事象とさえ思っている。


「起きねえな」


「妖精の素材だ。効果が続く間は起きない」


「……その薬、俺が居ねえとこでこいつに飲ますな」


「おい、やめろ。想像させるな」


「何想像したか訊いてやるよ」


「本当にやめてくれ」


眉を寄せるルーチェは、ヤマトが“そういうこと”に巻き込まれる事が許せないのだろう。生物なので性欲が湧くことは当然だが、そんな……ヤマトの意志が介入しない行為は許せない。と。


それは普通の感性なのだが、対象が“ヤマト”なら余計に許せない。想像しただけで腸が煮えくり返る。解釈違い。


エルフ国を救い、蚕業を復活させ終戦を引き寄せた恩人。そりゃあ過保護になる。


先日見せられた“仲が良い”写真を、受け入れられなくて燃やそうとした程に。二度と見たくない。


更に。『麗しの種族』の自分でさえヤマトの“美”は性別を超越していると、そう認識していることも拍車をかけているのかもしれない。


柔らかい笑みも子供のような笑みも、支配者の素質も治安の悪い本性ですらも。様々な表情が様々な要素と絡み合い『ヤマト』の魅力を相乗させている。


そんな存在が“価値”を穢されるなんて……と。そんな事を考えてしまうルーチェは、既に無意識下では支配をされたがっている可能性がある。


ドラゴンさえソロ討伐可能な強大な力を有する、神族とさえ錯覚してしまう――『自然』を超越した存在。そんな存在へ自然を愛するエルフ族が傅いたとしても、誰も疑問に思わない。


しかし。どう在ってもヤマトは只人なので、ヤマトが受け入れない限りはエルフ族が傅く未来は訪れない。


エルフ族にとっては、ヤマトが“冒険者よりも自由な唯我独尊”と云う事実こそが幸いなのかもしれない。


「薬。普通の只人ならば7時間は起きないが、普段ポーションや薬を飲まないヤマトはどうだろうな」


「飯までには起きるだろ。つーか、薬とされてるもん食いまくってっし逆に早く起きんじゃねえの」


「やまいも」


「こいつなんであんなの食うんだよ。きめぇ」


「声が愉快そうだぞ」


「ウケるからな。――ランツィロットは」


「まだ戻って来ていない。あちらの国から連絡でも来ているのだろう。“黒髪黒目”関連ならば、耳は早い筈だ」


「あー……『ヤマトから連絡させる』っつっとけって言ったから、まあ大丈夫だろ」


「許したのか」


「だからここに居んだよ。ほんっと、タチ悪ぃクソガキだぜ」


「お互い様だろう」


「、あ?」


漸く。反射的に振り返ったヴォルフの視界には、ドアに寄り掛かり腕を組んだ『麗しの種族』――造形美。


それでもヤマトの“顔”の方が魅力的だと思うのだから、心底から気に入っていると改めて自覚。表情の重要性を理解させられてしまう。


ヤマトを見ていたルーチェの視線が自分に向き、と同時に。


「ヤマトは、祖国に帰ることは出来ないのだろう。――甘やかし“依存心”を育てているあんたも、タチが悪い」


「……」


「ヤマトが“そう”望んでいても」


「……ハァ。たしかに」


今気づいた。と頭を抱えるヴォルフは、ルーチェの指摘通りヤマトが己へ抱く依存心を育てていた。無意識で。


自分に好感を持つように。自分を最優先に頼らせる為に。甘やかし、許して。


これは流石に、素直に反省する。本当にヤマトが望んでいたとしても、ヒトとして……特に自由な冒険者としては依存させてはいけなかった。


ヤマトの自由を奪ってはいけなかった。


――だとしても。




「お前にもやんねえぞ」




望み望まれての“友人”達。その中でも明確に線引きされている、更に深く重い執着。


優越感で満たされる『親友』――その立場を譲るつもりは無い。奪う事も許さない。


振り返り真っ直ぐと見据えて来るその姿は紛れもない『騎士』で、ルーチェは意識して大袈裟に肩を竦めて見せる。


愉快。と。


「奈落に堕ちる趣味は無い」


「どうだか」


ヴォルフの視点だからこそ分かる事もある。


ヤマトの『支配者』足る姿を知っている。エルフ族が自然を愛しまくっている事も、勿論知っている。


だとしたら。エルフ族の悲惨な歴史さえ無ければ既に傅いていた事も、決して表に出さないが……『支配』と云う“庇護”を受けたがっている者がいるだろう事も。


そう、ヴォルフが分析しても仕方無い。


しかしエルフ族への忠告も、ヤマトへの諫言も口にしない。そもそも、ヤマトは支配しないし庇護も与えないとの絶対的な確信がある。




じゃねえなら一緒に居ねえよ。


こいつの優先順位は明確化されてる。一番に“ヤマト”、次にペットと俺。そして“友人”達。最後にロイドやらのお気に入り。


自分の身が一番可愛いと思ってんだから、その優先順位のランク外には……あぁ。あとガキ共か。子供好き。


だからって庇護を与えるかは別。つーか誰にも与えねえだろ。ペットにも、俺にも。


こいつはヒトの命に責任を持つような、そんなお綺麗な人間じゃねえ。寧ろ他人へ興味を向けない、清々しい程の性悪。あと……色々と汚れてる。


いや“お綺麗”な外見との落差えげつねえな。




思考が取っ散らかりそうになったので軽く息を吐き、また自分の膝に頬杖を。ずっと見ていられる造形美。


正直……こうやってずっと静かに寝ていたり、いっそ黙っていてくれと思ってしまう。美術品鑑賞的な意味で。顔が良い。


それでもウケる言動をやらかしまくるので、娯楽的な意味では存分に愉しんでいるが。


因みに。『奈落』を否定しない自分も大概趣味が悪いな、との自覚はあるらしい。


「酒」


「昼間からか」


「側に居ろっつわれて暇」


「甘い奴だ……肴は無いぞ。あのSランクの、昼食しか残っていない」


「ツマミならヤマト(これ)で充分だろ」


「……あんたも大概重いな」


「だからここに居んだっつの」


愉快。お互いに重い友愛をぶつけ合っているふたりが、ルーチェの視点では可笑しくて仕方無い。その間に割って入ろうなんて思えない程の相思相愛。


……もし……


「ヤマトに恋人が出来て、放られたら」


「はあ? なんで『親友(おれ)』が恋人如きに負けんだよ」


「悪辣」


「なにが」


「いや。似合いだと、な」


「ならいい」


親友として愛されている。その絶対的な自信もまた、ヤマトから向けられている執着と依存による自信。


実際にヤマトが恋人を作ったとしても、ヴォルフを蔑ろにすることは無いだろう。そんな軽い友愛ではなく、そんな浅い執着――依存ではない。


寧ろ。逆に恋人の方が嫉妬する……だけならまだマシだろう。その重く深い友愛にドン引きし、“なにか”を勘違いして身を引く可能性もある。


その時はふたり共、何故ヤマトが振られたのかと理解が出来ずに首を傾げるだけ。別れを告げられたのならヤマトは追わないし、ヴォルフや周りも追わせようとしない。


傲慢不遜。傍若無人。誰よりも自由な『ヤマト』を理解しない方が悪い――のだと、本人も周りの者達も心底からそう考えて。


不意……に。ヤマトの頭の横で寝ていたラブが立ち上がり、欠伸と背伸びを。


ヤマトが寝ているのにベッドの上を跳ね回り始めたので、発熱により魔力の制御が出来ていないのだと判断。魔力を食事とするケット・シーが居なければ、故意でなくともまた人為的な魔力溜まりが発生していたかもしれない。


「おい。ルーチェ」


「、――あぁ。魔力封じの魔道具、借りてくる。だが、証拠品だから期待はするな」


「無理ならフェンリル連れて来い」


「そちらの方が無理だろう」


「『転移』なら見られねえだろ」


「フェンリル側に決定権がある」


「エルフは融通利かねえな」


「“自然”に関する事だけはな」


どこか誇らしげな声色。エルフ族としての誇りは揺るがない。


早速『転移魔法』を行使するルーチェは、リリアナのところへ向かったのだろう。無理ならば次はフェンリルのところへ向かう筈。


本当に魔力封じの魔道具を借りられるかも、フェンリルを連れて来られるかも。結果なんてどうでも良い。


そもそも。プルとラブが“おやつ”として嬉々として食べるのだから、魔力封じの魔道具もフェンリルも不要。


つまりこれは、ヴォルフとルーチェにとってはヤマトの為に行動した――『“友人”としてやることはやりましたよ』と。その事実を示すためだけの、パフォーマンスにすぎない。


「プルは食わねえのか?」


ラブとは反対隣に落ち着いているプルに問い掛けると、ぷるぷると揺れるだけ。やはりスライムとの意思疎通は難解だと。改めて。


それでもヤマトの側から離れないので、食べる――が、今はラブに譲っているのだろうと解釈。先輩風を吹かしているのかもしれない。


「食いきれなかったらフェンリル連れて来てくれ」


魔力封じの魔道具の貸し出しは無理だと、ヴォルフは確信している。同時に、ヤマトを残念な生き物だと認識しているあのフェンリルなら来てくれるとも確信している。


借りられるか来てくれるかは本当にどうでも良い。それは本心だが、あの背筋が凍り意識が飛びそうな魔力溜まりは……二度と経験したくない。


その本音がヤマト本人に伝わる事態は避けたいので、寝ているとしても決して口にすることは無い。


「早く治せよ、アホヤマト」


代わりに『心配してる』と伝えるその表情は、只管に柔らかく緩んでいた。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。


ヴォルフの落ち着いた保護者ムーヴが大好きな作者です。どうも。


保護者ポジでも依存心を育てているので、この男も大概悪質。

無意識だったとしても悪質。

意識したこれからも「ヤマトが望むなら」と、変わらず依存心を育てていくので悪質。

ルーチェの言葉通り、タチ悪い者同士お似合いですよね。

類は友を呼ぶ。


当然ながら魔力封じの魔道具は借りられませんでした。証拠品なので。

ルーチェも分かっていたので特に食い下がらず、リリアナもルーチェのその考えを察しているので申し訳なさそうな顔もしません。

このふたりは深い信頼で繋がっていますからね。


その後、フェンリルに頼みに行ったルーチェ。

盛大な溜め息の後に腰を上げたフェンリルに苦笑しつつ、『転移魔法』で家へ移動。


エルフ達はフェンリルの魔力に気付きましたが、主人公が熱を出したと何故か噂が回っていたので突撃はしない。

フェンリルが帰ってから、ルーチェが「ヤマトが熱で魔力制御出来ず、魔力溜まりが発生し掛けた」と説明したので問題は無いかと。


エルフ達皆、「あのヒトなら魔力溜まりくらい作れるよな」とか思ってそう。

神族疑惑は健在。


3日連続更新、めっちゃ疲れた……

筆はノって楽しかったけど頭使ってめっちゃ疲れた……

次話はまだベッドの上で病人扱いですが、再来週に更新します。

申し訳ねえ。


次回、「特に問題無いです」

叱る代わりの揶揄い。

悪夢。


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