75.印象操作は隠蔽の常套手段
「ルーチェさんは悪くないです」
翌日。リリアナから呼び出されたヤマトは、開口一番にそう口にした。世話役ならば責任が発生することは当然。
しかし本当にルーチェは悪くない。
『騎士気取りの令嬢』の父親とその国王から謝罪文と処分の説明が届き、リリアナがルーチェを呼び今後の対応の話し合い。それを聞いたヤマトは「ではフェンリルのブラッシングをしていますね」と、上機嫌に出掛けて行った。
検問を抜けてからルーチェの責任問題とならないように、移動中のリスクが無い『転移魔法』でフェンリルが居る洞窟内に移動。嫌そうな顔をするフェンリルをブラッシングしてから、自然の一部で在る神獣として龍涎香の香りはどう思うかと質問したり。
のんびりまったり、もふもふを愛でていた……時。
「フェンリルが気付いたのです。子供達の近くに魔力封じの魔道具を持った兵士が居る、と。『自然』はヒトに無慈悲ですが、エルフ――特に子供は自然を駆け回ることが好きですからね。自然の一部の神獣は知能がある分、好いてくれる存在を無下には出来ないようです」
つまり。神獣が『子供を守れ』と伝えて来たので守った。自然を愛する日本人として、『自然』に敬意を表して。
その根底には“子供好き”があるのだが、ヤマトがその事実を口にすることは無い。大勢の子供達の安全と精神面を守る為に。
神獣の判断。ならば、自然を愛するエルフ族は納得するしかない。
「子供達を守ってくれた理由は分かった。だが、それは暴力を甘んじた理由とはならない。森の警備隊に伝える手段は、ヤマトなら幾らでもあった筈だ」
「あの兵士達が本当に敵国の兵士なのかを知りたくて。戦場から離れた場所だったので、確信が欲しかったのです」
「……確かに、兵士を騙り市民を襲う盗賊もいるが……痣だらけになるまでの暴力は不必要だろう」
「意外と皮膚って頑丈ですよね。血を流すにも一苦労でした」
「……だから。何故態々血を……」
「何故、って。“私”に手を出したのですよ。死ぬべきでしょう?」
然も当然に。何かオカシイことでも言ったかと首を傾げるヤマトは、初めに訪れた国が“黒髪黒目”を崇拝さながらに敬愛している国だったから……認識が歪んでしまったのだろうか。
元から持ち合わせていた異常性が、自由を得たことで前面に出ただけの可能性もあるが。その思想はサイコパスに酷似しており、しかし何かが大きくズレた儘に他者を気遣い子供好き。
“友人”に対する友愛は重過ぎるが、それは元の世界へ戻れないが故の依存のようなもの。当然ながらそれは説明出来ないので、リリアナ達は純粋な恐怖を覚えてしまう。
一体、何を考えその発言なのか。しかし……不思議と納得してしまいそうな、絶対的な存在感。
神族疑惑すら向けられてしまう『ヤマト』と云う生き物は、誰も理解の及ばない未知の領域なのだろう。
「……『神獣の気紛れを叶えた』――それが理由で良いな?」
「はい。エルフ族としても“それ”が都合良いでしょう」
「ならばそれだけを言えば良かっただろう」
「リリアナさん達に隠し事をする理由が無いので」
「お前は、本当に……呆れる程に良い男だな」
「光栄です。口説いて良いですか?」
「子供に興味は無いよ」
「残念。振られてしまいました」
本気だったらしい。
己の身に降り掛かった過去の悲劇を乗り越え、復讐を“出来る”種族だと示しエルフ族を守り続ける王。『気高い女性』が好みのタイプのヤマトなら、リリアナに好意を抱いても不思議ではない。
例えリリアナがルーチェと子を成すのだとしても、それは遠い未来のことで自分の寿命が尽きた後の話。今なら、問題は無いだろうとの判断。
『子供に興味は無い』と振られてしまったので、リリアナの恋愛対象と成れないのなら深追いはしない。そんな恥知らずではない。
その代わりに、別の関係を望むことに。
「では“友人”は」
「勿論」
「嬉しいです。改めて宜しくお願いします、リリアナさん」
満足。嬉しそうに笑むヤマトに呆れた顔をするリリアナは、先程の『口説いて良いですか?』発言が本気だったのだと察する。
ヤマトならお窺いを立てずに口説くだろうと予想していたので少し意外に思う。だがそれは、自分の“王”と云う立場を考慮してのお窺いなのだと。“友人”のルーチェへの義理立てもあるのだろう。
難儀な奴だな。との、総評。
「一応、今後の予定を訊いても?」
「あぁ。隣国と周辺諸国に『戦争犯罪』が起きたと周知させる。魔力封じの魔道具とヤマトが受けた暴力の診断書もあるから、直ぐに獣人の国が先陣を切り隣国への抗議を始める筈だ。後は民意がエルフ族に味方し終結するさ」
「兵士達、全員処分しちゃいましたが大丈夫ですかね」
「ドラゴン・スレイヤーは只人への手加減が難しいだろう?」
「……んー。それ、ちょっと難しそうです。私は皆さんから、私の“価値”を落とすなと乞われているので」
「ならば……『拘束し連れて来たが“黒髪黒目”を崇拝する獣人達が襲撃した』ならどうだ? 戦争犯罪者が殺されたところで嘆く者はいない。獣人の暴走も、“黒髪黒目”が絡めば皆納得してしまう。ヴォルフの面子も保つ」
「獣人達が泥を被ってくれるのなら」
「問題無いと思うよ。――おい。数人、冒険者に声を掛けてみてくれ」
「了解しました」
一礼するエルフはヤマトにも一礼し広間を出て行く。子供を庇ってくれた事実に心底から感謝しており、戦争が終わるだろう事にも同じく感謝している。
目元を緩めその感謝を受け取ったヤマトは改めてリリアナへ視線を移し、流石国のトップだと純粋に感心。清濁合わせ持っている。
「ルーチェさんは」
「昨日から謹慎させているが、場所は私の部屋に移そう。体裁もあるから……5日は帰せない」
「久し振りに恋人らしい事をしてください」
「恋人ではないよ。罰としてスイーツ作りで疲弊させるだけさ」
「なるほど」
だからルーチェさん、スイーツ作りが得意なのか。尽くしてるんだな。
子供、200年も掛からないんじゃないかな。
察した上での予想。確かにヤマトの世話を焼いているので、ルーチェが世話焼きで尽くす性質なのは一目瞭然。
……世話焼き。
「ヤマトはどのような罰を受けるのだろうな」
意地の悪い笑み。愉しそうで、なにより。
世話焼き。世話好きで、分かり難く。でも分かり易くヤマトに尽くしているヴォルフが脳裏に過った瞬間のその言葉は、中々に精神的にクる。
「ずっと無視されています。久し振りに早朝に起きて朝食を作りましたね。食べてくれたので、勝機はあるかと」
「個人的にはルーチェと同じ期間、その罰を受け続けてほしいよ」
「前回は3日目の夜に許してもらえて」
「女々しいな」
「はい。前回は私が悪いので甘んじましたが、今回は……私もちょっと悪いですね」
「明らかに悪い。お前には魔法があるだろう。『幻覚魔法』で暴力を受けたと偽装すれば良かっただろうに」
「血の匂いが無ければ動かないかなと」
「聞いた限りは視覚情報で充分だと思うが。怪我は?」
「全て治しています。必要なら、診断書通りに『幻覚魔法』で再現しますよ」
「療養として暫く家に籠もっておけ。ヴォルフのご機嫌取り、努力することだ」
「……フェンリルの所に籠城したい」
「やはり子供だな」
くつくつと喉を鳴らすリリアナ。しょんぼりするヤマトが可笑しくて仕方無いらしい。神族疑惑を生む規格外でも“友人”には弱く、恐らく……いや。確実に“子供好き”の、気のいい只人。
好感はある。恋愛としての好意を抱かないのは、ナチュラルな傲慢さは勿論。今回、その異常性を確信したから。
世が世ならば既に『世界の支配者』として君臨していただろう。
そんな時限爆弾のような存在とは、支配から一番遠い“友人”で己の身と国を守るに限る。
「エルフの王として口添えしようか?」
「……いえ。とても魅力的ですが、頑張ってみます。特権でもあるので」
「そうか」
“友人”として、『親友』としての特権。ヴォルフのその怒りは、ヤマトを大切に想っているからこその怒りなのだと理解している。
ならば、甘んじてご機嫌取りをするだけ。
前回はロイドの説教で“ちゃんと”理解し謝罪をしたので許してもらえたが、今回は……兎に角、只管にご機嫌取りをするしかない。
ヤマトよりも子供を優先してしまったから。
ヴォルフの怒りは恐らく“それ”なのだと。だとしたら機嫌を取り続ければ怒りを収めてくれるとの、漠然とした確信を持って。
「連れて来ました」
「ご苦労」
泥を被ってくれる獣人達。世論を動かす為に協力してくれるのなら、崇拝している“黒髪黒目”へ逢わせるべきとの判断だろう。
がちがちに緊張している獣人の冒険者パーティーの視線は、勿論“黒髪黒目”――ヤマトへ。
ここは私が動いた方が良いな。この獣人達の面子の為にも。
そう判断したヤマトは早速足を動かし、パーティーリーダーの手を取る。柔らかく、包み込むように。
彼等が望む崇高な“黒髪黒目”の慈悲深い微笑みで。
「本当に宜しいのですか? ご家族にも、ご迷惑を掛けると思うのですが」
「ひっ……だ、大丈夫ですっ俺等孤児なんで!」
「獣人の国に迷惑は」
「いやいやいや! 寧ろこっそり表彰されます好きです!」
「ありがとうございます。嬉しいです。ちゃんとお礼はしますが、欲しいものはありますか?」
「写真欲しいっす!!」
「写真」
「出来れば獣人の正装し、痛って!?」
「圧が強いんだよ。アホ」
「ランツィロットさん。どうしたのですか?」
「ヴォルフの機嫌が悪い。多分あんた戻って来んの遅ぇからだろ」
「……不法侵入?」
「そこのエルフに許可貰った。話は?」
「恐らく終わりました」
リリアナを振り返ると頷いたので、一先ずは終わったのだと判断。戦争を終わらせる材料は集まり、後は国同士の話し合い。そこにヤマトを巻き込む気は無いらしく、ちゃんと線引きはしている。
ヤマトを巻き込んだらナチュラル王族ムーヴで更に面倒な事になる。――そう思っての判断なのだろうが、その事実をヤマトが知る未来は無い。
ヤマトも関わる気はなく、その判断を当然だと受け入れている。ここでも滲む傲慢さ。
因みにノールック肉球ぷにぷにを続けており、被害に遭っている真っ最中の獣人は「はわわわわ……っ」とパニック中。惨い仕打ちである。
茹でダコ状態の獣人に気付き、こてりっ。小首を傾げて見せるのは、その“美”を利用しているのだろうか。
「詳しいことはエルフの方々とお願いしますね。獣人の正装は“黒髪黒目”と云う立場上難しそうなので、別に準備しておきます」
「あああありがとうございますっ!!」
「こちらこそ。ヴォルフさんと仲直り出来たら飲みに誘います。私の奢りなので、高いお店を選んで構いませんよ」
「娼か、ってえっての!ランス手前ぇこの野郎!!」
「“黒髪黒目”を安易に娼館に誘うな。ヴォルフから睨まれんぞ」
「ぅ……」
「私は構いませんが。諸々の事情と体裁があるので、高級娼館しか利用出来ませんよ」
「無理っす……高い女、怖ぇ……」
「強かですよね。7日以内に誘えるように頑張ります」
くすくすっ。可笑しいと笑うヤマトは漸く手を離し、リリアナへ緩く手を振ってからランツィロットと共に広間を出る。
“黒髪黒目”を崇拝している獣人。それは自由を愛する冒険者だとしても、只のひとりの例外もない。細かい設定もしっかり覚え役割を全うするだろう。
後は彼等の演技力とアドリブセンスに任せるだけ。多少の粗があっても『“黒髪黒目”を侮辱されたら獣人は暴走する』――その先入観があるので問題は無い。
「あんた、王族向いてるぜ」
「生食が許されない立場に興味はありません。自由も無くなりますし」
「ならいい。――ヴォルフ、どんな?」
「やり場の無い苛立ち。ですね」
「……あー。あんたの意図を尊重した上で、それでもムカつくって?」
「逆鱗なので。兵士をぐちゃぐちゃにした時点である程度は発散したようですが、それでも腹は立つでしょう。私だって逆の立場なら拗ねます」
「それ分かっててやったのか。あんまヴォルフ困らせんなよ」
「結果的には許してくれますから。いつも笑われている仕返し、と思っておきます」
「何で笑われてるか分かってんの?」
「いえ、全く。何故笑われているのでしょう」
「だからだろ」
「うん?」
「“ウケる”とこ」
「全然分かりませんね」
「言う気無いからな」
娯楽を愉しむ笑み。首を傾げるヤマトは、しかし言う気が無いならいいかとそれ以上の追求はしない。言うも言わないも個人の自由で、知れる時は知れる。只、それだけ。
堅牢な樹木の城から出たヤマトは、心配の言葉を掛けてくれるエルフ達に上機嫌。問題が無いことと今後の事はリリアナから説明があるだろうと伝え、ランツィロットと共にルーチェの家へ。
今更だが……違和感無く転がり込み生活しているランツィロットのコミュ力の高さは、純粋に尊敬出来るものだと。感心。
リビングのソファーに寝転がるヴォルフ。それは『不貞寝してる』と示す行動だろうなと予想。
ヤマトが居ると無視をするくせに、居ないなら居ないで機嫌を悪くする。我が儘にも程がある。
「ただいま、ヴォルフさん。昼食作りますね」
覗き込んで言えば横目で視線を送って来たが、何も言わずに不貞寝続行。女々しい。
なのに昼食を食べて来なかったのは、ヤマトの作る昼食を食べる為。胃袋を掴まれている。
ヴォルフとしては不思議と……不本意でないことが自分でも腹立たしく思わず、しかしそう思わない事が少し腹立たしい。現在の精神状態だからこその苛立ちだとは、ヴォルフ自身も理解しているらしいが。
だから『親友』って確定させたくねえんだよ。まじでムカつく。
このよく分からねえ苛立ちも、年下のくせに余裕のあるヤマトも。大人げなく直ぐに許せねえ俺も。
人間関係が希薄な冒険者だったんだから許せよな。
己の感情を上手く制御出来ない現状こそ、ヤマトが求める“友人”の在り方なのかと思ってしまう。人生で初めての感覚。
それでも、ヤマトの隣に在り続ける為ならと。このままならない感覚すら、ヴォルフは受け入れてしまうのだろう。
この先怒らないかは別として。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。
友人関係に感情を掻き乱されるヴォルフが愛しい作者です。どうも。
いつ死ぬか分からないからこそ“大切な存在”を作らず他人に希薄な冒険者。
子供の頃に友人達は居ても、故郷の村を重税で潰されてからは誰ひとりとして心の内に入れようとはしませんでした。
それは亡き前リーダーのことは勿論、現在一時解散しているパーティーメンバーのことも例外無く。
何十年もヒトと精神的な距離を置き友人を作らなかったからこそ、この歳で出来た“友人”により感情をぐちゃぐちゃにされている。と。
まだまだ全然手探り状態です。
厳ついおっさんが臆病になってるの、かわいい。
幼女かな(認知の歪み)
この後ちょっと遅い昼食をしっかり食べたヴォルフ。
ミノタウルス肉&サーペント肉&バジリスク肉のスタミナ丼に、思わず許してしまいそうになり主人公を睨み付けました。
体力勝負の冒険者にとってはクリティカルヒットな味付けだった。
尚、ヴォルフ達は生卵NGなのでニラ玉に変更。
アホみたいに美味しかった。
獣人の“黒髪黒目”への傾倒、とても怖いですね。
それ程に過去に迫害されていたという事ですが、それにしても傾倒が過ぎて怖い。
獣に近い分執着も強く、特に熊の獣人は見た目が獣に近い程に危険です。
恐らく『流血した“黒髪黒目”』を見たらブチギレで犯人を嬲り殺すかと。
めっちゃ怖い。
そして喜ぶだろうと獣人にサービスしてる主人公、タチ悪過ぎて怖い。
こいつは一体何を目指しているのか。
主人公は本当にフェンリルから子供の危機を伝えられ、『子供を守る』という目的を持って動いていました。
なので戦争に“関わってしまった”自覚がありません。
恐らくロイドかレオンハルトから説明されてから自覚するのでしょう。
自覚したところで何も変わりませんし、「以後気を付けます」で終わらせるだけかと。
まじでやべえなこの主人公。
エルフ国編を描き始めた当初、「リリアナと恋人にしようかなー」と思っていましたが何か知らん内に振られてた。
びっくり。
いや、書きながら「ルーチェというイイ男が側に居るのにこんなやべえ男に引っ掛かる訳ないよな」とは思っていましたが。
つまり、日頃の行いの結果。
くそ性格悪い傲慢野郎なので。
そんな『ヤマト』が大好きです。へへっ。
この『戦争犯罪者に対するヤマトの行動の不可解さ』ですが、ちょいちょい説明していきます。
“友人”達から叱られながら。
そんなにシリアスにはならず、ほのぼの寄り。だと思う。たぶん。……たぶん(目逸らし)
活動報告におまけの会話。
リアクション、皆さんの反応が様々で見ていて面白いです。
特に爆笑してるリアクションが嬉しい。んふふふってなる。
いつも反応ありがとうございます✧◝(⁰▿⁰)◜✧
次回、せっせとご機嫌取り。
ヴォルフ&ルーチェ回。
依存心。