74.ルーチェは城に泊まった
厄日か……
しみじみと。確信するヴォルフのズボンを掴み、ぐすぐすと泣き続ける子供エルフ。しかも、ふたり。予想外の現状に眩暈を覚えている真っ最中。
なにがどうしてこうなった。
周りの大人エルフ達がわらわらと集まって来るのは、ヤマトの存在によりヴォルフが苦労人だと察したからか。ヤマトのフォローに回るヴォルフの言動で、『エルフ族に仇なす者ではない』と判断した可能性もある。
大人達が幾ら慰めても子供達は泣き止まず、ヴォルフのズボンも離さない。泣き続け、初めてルーチェの存在を心から欲してしまう。
しかし辺りにルーチェは居ないので、……ハァ。
溜め息を吐いてから漸くしゃがみ込んだ。ヤンキー座り。厳つい顔で更に治安が悪い。
「なんだよ」
「……ぅ」
「泣いてちゃ分かんねーぞ。ヤマト呼ぶか?」
「、ぅあああぁんっ」
「……んだよ」
本格的に泣き出した子供達に頭を抱え、――ふと。思い至った予想。
「ヤマトに何か遭ったか」
確信の色。その言葉に漸く目を合わせた子供達は、
「ゃ……やまと、おにぃさん……つかまった」
「ぼくたちのせいでっ敵のヘーシに……っき、にしないでって!」
「ごめんなさい! 僕達のせ、で……ヤマトおにぃさ……っ」
「ごめんなさい!」
くちゃくちゃな顔。謝罪の言葉を繰り返す姿は、なんて痛ましい……
一般人ならそう思うが、ヴォルフは違う。思わない。
寧ろ、常な冷静さ。
「ヤマトが気にするなって言ったのか」
「ぅ、ぐす……う、んっ」
「笑ってたか」
「ぅ、ん」
「目は」
「め……?」
「目は、いつも通り笑ってたか?」
「……め」
記憶を辿るふたりの子供エルフは、パニックとショックによりよく覚えていない。しかし、確かに何かの違和感は覚えていた。
笑っていた。『気にしないでください』と、いつも通りに。
……いつもどおり?
「俺んとこ来たんなら、ヤマトは『気にしないでください。大丈夫ですよ。ヴォルフさんにそうお伝えください』――っつってたろ」
「……いってた」
「なら良い。気にするな。その内戻って来る」
「ぇ――……え?」
「怒ってんだよ。戦争犯罪者に」
嘘。ヤマトはそんな事で怒らない。興味すら向けない。
しかしこの嘘を吐かなければヤマトが子供好きだと周知されてしまう。『子供を盾にすれば事を有利に進められる』――その事実が広まってしまう。
その事実を隠す為には、誰もが眉を顰め怒りを覚える『戦争中に市民に手を出す兵士』――戦争犯罪者の存在は使える。皆が納得するので、“子供好きだから”との疑惑は生まれない。
ヴォルフも“ヤマトが子供好き”との確信は無かったが、現状で確信出来てしまった。だとしたらこの『嘘』は今後の為に必要。
そして、ヤマトが子供好きならば……この子供達を宥めることも必要。
あの面白いアホからの信頼を裏切らない為に。
「知らねえのか? ヤマトはドラゴン・スレイヤーで、プルはドラゴンやらバカ強ぇ魔物の魔石大量に食ってんだぜ。ラブも、妖精特有の豪運で何とかなる。只人の兵士如きに負けねえよ」
「……で、でもっあのヘーシ、まりょくふうじ!」
「あいつの魔力、アホみてえな量だぞ。魔道具が壊れる。――っつーか、な。封じられたとこで関係ねえよ。ブラックドラゴン倒せる奴が素手喧嘩……あー……武器無いだけで、ヒトに負けると思うか?」
「ぉ……もわない」
「だろ。あいつが『大丈夫』つったなら大丈夫だ。気にせず待ってろ。戻って来たら礼言って、思いっ切り泣いて困らせてやれ。いいな?」
「……ゎ、かった。こまら、せる」
「それで良い。おら、カーチャンとこ帰れ。危ねーとこ行ったこと叱られてから、甘いもんでも食って落ち着いてろ」
「……ん」
それでもまだ心配の表情のままなのは、純粋な子供だから。この子供ながらの純粋な点は、ヴォルフも好ましいと思っている。
世話好き。ヤマトからそう認識されているので自分に出来る最大限で対応したが、果たしてヤマトはお気に召してくれるのか。
じゃねえなら次は俺が駄々捏ねてやる。
幾ら俺が世話好きっつっても、只人を警戒してる“エルフ族”のガキは荷が重ぇよ。アホ。
これで満足しとけ。
今は届かない愚痴を盛大に心の中で吐いてから、子供達が母親を探しに行ったので一応の安堵。周りに集まっていた大人達は少し戸惑っているが、安心の目を向けて来たので問題は無さそうだと判断。
なので特に言葉を口にせず、その場を離れた。
「問題は」
「ねえ」
「そうか」
漸く来たルーチェ。遅いと文句を言おうとしたが、息を切らしていたので飲み込む。誰かが呼びに行ったようだが、『転移魔法』は座標が分からなければ使えない。
そう考えたら早い方だろう。
『転移魔法』を連発しているヤマトの所為で認識が歪みそうになる事が、問題と言えば問題だが……それも口にしない。今更で、ヤマトが改めるとも思えないから。
「あのSランクは」
「依頼。現状、ランツィロットは動かねえよ」
「……」
「過保護。適当に折り合い付けねえと疲れんぞ」
「経験談か?」
「あいつ、王都で狂信者処刑されるまで毎晩襲撃受けてた」
「プルに頭上がらないな」
「夜食楽しんでたから良いんじゃねえの」
「それは……ヤマトも、ストレスが溜まっただろう。よく耐えたものだ」
「ブチギレ寸前」
「……よく、許してもらえたな」
「変に優しいんだよ。キレてくれた方が楽だぞ、“あれ”は」
「肝に銘じる」
「そうしとけ。――報告すんのか」
「世話役だからな。王にも動かないように言っておく。“そう”した方が良いのだろう?」
「あぁ」
「了解した」
言うが早いか『転移魔法』を行使したルーチェも、勿論心配はしている。……っと云うか。
物凄い速さで噂が回っている。子供達を庇い敵国の兵士に捕らえられたヤマトを心配する声が、そこかしこから。
そして耳が良い獣人の冒険者達があわあわし、それにより只人の冒険者へも広まり始めた。顔面蒼白の獣人達。“黒髪黒目”への羨望と敬愛は揺るがない。
寧ろ先日の“騎士気取りの令嬢”への公開侮辱を見聞きしてから、獣人達の姿勢は王への敬服さながら。獣人が抱く『異常な“黒髪黒目”大好き度』も揺るがない。
恐慌状態に陥った獣人達が獣人の国へ連絡を入れる前に戻って来て欲しい。きっと、無理だとは思うが。……無理か。
その恐慌状態の収集はお前がつけろよ。アホヤマト。
取り敢えず怪我無しで戻って来るならそれで良い。
一応の心配をしながら。ヤマトの『大丈夫』を信じて待つことに。
今日中に戻って来ないなら迎えに行く事は決めている。その場合は手際が悪いヤマトの所為だとの、責任転嫁をして。
「ドラゴン・スレイヤーも大した事ねえな」
「っ、」
「おら、言えよ。『貴方様に従います』って。俺等が上手く使ってやるよ」
ばきっ。どごっ。
魔力封じの魔道具を付けられ拘束されたヤマトは、只々無言で拳と蹴りを受け続ける。プルはコートの中で拳や蹴りを避け、ラブは襟巻きとして道中落ちて今は木の上で待機中。
何故、プルが攻撃を避けているのか。何故、魔力封じの魔道具如きで障壁を張らずに大人しくしているのか。
その理由は、たったひとつ。
「色男が台無しだな。――っは、序でに俺等の“メス”にしてやるか」
下卑た笑み。これが兵士とは、敵国の品性が疑われる。恐らくは金で掻き集められたならず者達だろう。
だからこそ、この世界で『戦争犯罪者』と定義付けられた市民への手出しをしたと。
理解。
ふっ――と。小さく笑みを溢したヤマト。その唇は切れ、口の中も切れたのか少なくはない血が流れている。
漸く反応を示したと口角を上げた兵士は、更に拳を振り上げ……るより先に。
「もういいよ。プル」
「あ?――は……ぇ?」
ぶわりっ。
昇り龍が描かれたコートの襟ぐり。その隙間から現れた巨大な物体は、広がったプル――スライム。
その、まるで高波のような淡い水色に取り込まれた兵士達は、目と鼻以外はプルの体内。しゅわしゅわと溶かされている感覚に、ここにきて初めて恐怖を覚えたらしい。
手を出してはいけない存在。それは、唯一。
この目の前の“黒”なのだ――と。
「プル。全部溶かしちゃダメだよ。“これ”はこの戦争を終わらせる道具に最適だから」
するりっ。脚に擦り寄り上って来た、ラブ。首元に落ち着くその顎を指で撫でると、ごろごろと癒しの福音が伝わって来る。
その手首には既に魔力封じの魔道具は無く、反対の手に。それを兵士達に見せ付け、
「貴重な魔道具。証拠として頂きますね。罪人以外への魔力封じの魔道具の使用は犯罪ですから。――あぁ、どうやって外したのか。ですか? 魔道具なんですから、魔力回路に干渉すればロックは外れます。そもそも、ドラゴン・スレイヤーが魔道具程度で戦闘不能になると。本気で信じていたのですか? 浅はかですね」
ぽいっとアイテムボックスへ魔道具を放ったヤマトは、一歩。プルに拘束されている彼等へ近付き、
「無傷では無いのでヴォルフさんからは怒られてしまいますが……仕方無いですよね。戦争犯罪者を生かしておく訳にはいきませんし、私は周りから乞われている“私の価値”を守る為に貴方達を殺せません。だとしたら、方法はひとつ」
ゆるりっ――
目元を緩めたヤマトは『転移魔法』の構築式を展開しながら口を開き、
「ヴォルフさんが貴方達を殺せば良い」
まるで世間話をするように。今日の夕飯はステーキなんですよっとでも言うような、弾んだ声で。
「大丈夫。ヴォルフさんは私が殴られ蹴られた意図をちゃんと察して、しっかり貴方達を殺します。彼の逆鱗は“私”に血を流させる事ですから。本当に――私は、私の為にヒトを殺せる優しい“友人”を得られた幸せ者です」
「っ――!」
「だから安心して、私が幸せを噛み締める為に死んでくださいね」
それは無垢な子供のような笑み。純粋に、楽しみを愉しもうとする……悪魔のような。
ぐらりっ。
いつの間にか溢れていた、大量の涙で歪む視界。
それに倣うように世界が歪む感覚に襲われ、しかし込み上がる胃の内容物は吐き出せずに飲み込むしかない。初めての経験。
更に。同様にこれから初めて経験するのは、決して触れてはいけない逆鱗に触れた己の末路。
「……」
「ただいま戻りました。ヴォルフさん」
「……」
「言い訳は後程します。直接ここに移動してしまったので、今から検問所で手続きをして来ます。なので――お好きに」
いつも通り。目元を緩めての言葉。それに従うように静かに剣を抜いたヴォルフは……
とろりっ。
その“黒”に幸福が滲んだ。その事実を視認してしまった。
しかし直ぐにヤマトは検問所の方へ足を動かしたので、エルフの目も子供の目も。獣人の目も憚らず。
大量の涙を流す両目の間へ寝かせた剣を無言で突き立てた。
『お好きに』
その、「全員殺せ」と同義の命令を静かに受け入れて。場所を考えろ……との正論を思考に浮かべる間もなく。
己の逆鱗に触れた“敵”を排除する為に。
「どっ……どうした、それは。なにが……いやいつの間に中に!? 大丈夫なのかそれ!」
「大丈夫です。必要なパフォーマンスなので、診断書を貰ったら治します」
「だい、じょうぶ……なのか、それは……」
「大丈夫です。直に戦争も終わるでしょう」
「は……?」
「その内分かりますよ。手続きをお願いします」
「……あ、あぁ。……大丈夫、なんだな」
「はい。ご心配、嬉しいです。ありがとうございます」
「いや……あぁ」
渡された、入国税免除の書類。警備隊による『国に有益』の判断だけなら減税だが、エルフ王が免除としたのでほぼヤマト専用書類となっている。
これは身分証を得ても必要なもの。ヤマトもヒトなので髪飾りを付け忘れる時もあり、しかし問題無く通している。既に顔パスでは……とは誰もが思っているが、必要な書類なので誰も指摘はしない。
エルフ国の恩人。故に警備隊は、ヤマトへの警戒は解いている。
アンデッドが溢れてしまえば真っ先に戦い、国民の盾に成るつもりだった。だからこそその恐怖を取り除いてくれたヤマトを真っ先に受け入れることに、一切の抵抗は無かった。
嬉々としてオクラを収穫している姿は、未だにちょっと……かなり、結構受け入れ難いが。
「それより。暫くヴォルフさんの機嫌が悪いと思いますが、私の所為なので気にしないでほしいと噂を流してください」
「……何をしたんだ」
「過保護なんです。ルーチェさんに説明しておきますから、気になるなら後日に訊いてくださいね」
「……よく分からないが、わかった」
「許してもらえるように頑張るので、出来ればヴォルフさんを怖がらないで頂けると有り難いです」
「本当に何をしたんだ」
「んー。逆鱗をぶん殴りました」
「………………そうか。がんばれ」
「ありがとうございます」
書き終えた書類を渡し、形式上の確認を完了。
不意、に。ヤマトの顔に伸ばした手。切れた唇を確認するように動いたその手は、一切の下心の無い純粋な心配によるもの。
ゆるりと緩められた目元に、ほっと息を吐き手を下ろした。
――その時。
「ぅ、わっ」
人拐い宜しく。肩に担がれたヤマトは、一応にも傷が痛むらしく顔を歪めている。
その痛みを与えた犯人は、勿論。
「お疲れ様です。ヴォルフさん。何か問題は」
「……」
「無いようですね。――警備さん。お仕事頑張ってください」
「ぁ、あぁ」
ひらひらと手を振りながら無言のヴォルフに拐われて行ったヤマトは、いつも通りの柔らかな表情。これから本当に怒られるのかと湧いた疑問は、ヴォルフが無表情の無言で……加えて血塗れで。その上、足音も気配も無かったので瞬時に消え去った。
どう見ても激怒。静かに、凪いだ海面のように。
声を荒らげるよりも静かな激怒が圧倒的に恐ろしい――とはよく耳にするが、実際に見ると納得するしかない。こわい。
「逆鱗って……多分、血だよな……騎士……いや、言わない方が良いな。これは」
漠然と確信。
言い触らせば恐ろしい目に遭うなと、取り敢えずは……頼まれた通りに噂を流すために同僚を呼んだ。
閲覧ありがとうございます。
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あー……やっちゃった……と頭を抱えている作者です。どうも。
これはアカン。
そりゃあヴォルフは激怒する。
恐らくロイドも激怒する。
ヴィンセントはスペキャ状態になって、フレデリコは主人公の異常性にちょっと泣く。
レオンハルトとテオドールは「良い案だが王族の自分達では使えないな」との、かなりズレた感想を抱く。
王族怖い。
主人公は口では「戦争犯罪者を生かしておく訳には」と言っていますが、別にその点は興味無いです。
単純に、ヴォルフの推測通り“子供を守る”為に動きました。
しかしヴォルフは子供を捨てても“ヤマト”を取るので、激怒。
主人公のお気に入りのエルフの国。
早く平穏が戻るように、子供達が好きに遊び回れるように。
戦争を終わらせる為に戦争犯罪者を利用する事も察していますが、だからと言って主人公が血を流すことは違うだろと思っています。
更に腹立たしいのが、『これは矢面に立っても自己犠牲でもない』と。
何故かそう認識してしまっていること。
主人公は純粋に子供達を助けたくて、子供達が平和に遊び回れるように行動しているだけだと理解してしまっていること。
ヴォルフは自分のその認識と理解が腹立たしくて恨めしくて、でも同時に“ヤマト”らしいと。
心底からの安堵も覚えていたり。
そして一番に頼ってもらえて嬉しい。
“排除”を任せるに値する存在だと、信頼されていて嬉しい。
ヴォルフ、とっっっても我が儘ですね。
実は脳内ネタの段階では兵士を懐柔+洗脳して戻って来る予定でしたが、書き始めたら何故かこうなりました。
何故でしょう。
(A.キャラ独り歩きの弊害)
ランツィロットは依頼から戻って来て、原型を留めない兵士達の遺体の前で数十秒程固まってました。
冒険者達から的を得ない説明を受けて、何となく察して今日は宿に泊まろうと爆速で宿を取った。
触らぬ神に何とやら。
次回、手際が良い。
ごめんなさい。
ゆるさない。




