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73.ヴォルフ曰く「王族の匂い」

「ダンジョン行かねえのか?」


珍しく4人揃っての朝食。


ヴォルフもランツィロットも早朝の冒険者活動はせず、ヤマトもこの国に来てからはとても珍しく起きて来た。今日は雪か?との揶揄いは一通り終えている。


デザートはエッグタルト。あの変態エルフは塩を大量に使っているが、ルーチェもこうやって砂糖を大量に使っている。一体どこから調達しているのか。


そう考えたところで、蚕を見付けたダンジョンを暗記していた事を思い出す。普通にダンジョン素材での金策だろう。


特に確認することでもなく、知れる時に知れば良いや。程度の疑問。


それよりも、ルーチェがスイーツ作りが得意なことの方が俄然気になる。


「冒険者でない私が行く理由が無いので。お金もお肉も沢山ありますし」


「今お前魚にハマってっしな」


「ヴォルフさんも気に入ってますよね。流石、私。今日はブリ――アンバージャックのしゃぶしゃぶにしましょうか」


「あっちぃな」


「あたたかい日に食べるお鍋も美味しいですよ。ほら、冷たいお酒と」


「……良いな。シメは」


「おじや一択」


「米好きだよな、お前」


「ソウルフードですから」


「いや、おい。ダンジョン行かねえのかって」


急に夕飯の話になったが、ヤマトは食欲に正直だと把握したので疑問には思わない。話を戻すだけ。


ヤマトのペースに合わせたら昼から暇になる。しかし身分証の保証人になるか見極めるには側にいないといけない。なので、多少強引にでも暇を回避したいとダンジョンに連れて行きたい。


戦闘能力の把握の為にも。


「ハルピュイアの階層あって目の保養だぜ」


「倒すまでは、でしょう? そもそも私、ハルピュイアに惑わされないので」


「あ? あぁ、魔力量か」


「ハルピュイア自体は興味深いのですがね。なんですっけ、あれ……えぇっと……『不気味の谷現象』に近いものがあって。いえ、それとは別の意味で精神的に大変宜しくない造形なのですが」


「ぶきみ……なに」


「一種の生理的嫌悪です。ヒトに近いけれどヒトの構造的に有り得ない差異に、脳が拒否反応を起こす――と解釈して良いかと。簡単に言うと『目が上下逆さ』とかですね」


「きっも」


「はい。ハルピュイアから受ける拒否反応はその感覚に近いので、個体差で嫌悪の感覚がどれ程に異なるのかはちょっと気になります」


「あんたのその興味のズレ何なんだよ。ハルピュイアっつったら、毒の新しい活用先とか気になるんじゃねえの? 既存の毒消しポーションより上のランク開発とか。好きだろ、そーゆーの」


「下手の横好きですよ。専門家には頑張って頂きたいですよね」


「虚勢張らねえ訳ね」


それを知りたかったらしい。


自分を大きく見せず等身大でありのまま生きている。確かに、冒険者には向かない。


己の力量を把握している冒険者でも、時には虚勢を張らなければならない時もある。合同依頼の報酬分けの時は、特に。


「行きたいとこねえの?」


「海」


「いや魚大量だろ」


「ちょっとやりたい事があって」


「海で?」


「海で」


「魚捕る以外に?」


「海水浴でもないですよ」


「ふぅんっ」


頬杖を突きちらりとヴォルフを見ると、目を伏せ思案する姿。数秒……程か。


視線が合い、頷いたのを確認したので言葉を続けた。


「この辺から見える一番高い山。頂上のダンジョン、最難度の階層無し海エリア」


「行きましょう。お昼は海バーベキューですね」


「おー」


爆速の掌返し。行く事が決まったし、昼食も決まった。







「山頂なのに海って、ダンジョンの思考回路が心底不思議です」


「『ダンジョン魔物説』を前提に話すな」


正論。一般人は『ダンジョン魔物説』なんてそもそも知らず、冒険者でも知らない者が大半。なんか聞いたこと有るような……と記憶を辿ってみる者が偶にいる程度。多分“そう”だろうなと思っている者は1%に満たない。


因みにランツィロットはその1%に入り、ここ最近でヤマトに感化されたヴォルフもその1%に片足を突っ込んでいる。魔物の腹の中……と考えると、これまでに感じたことの無い恐怖を覚えてしまう。ちょっと怖い。


「『ダンジョンボスからドロップする槍が欲しい』――この『王の右腕』っつう依頼人、主張激し過ぎね?」


「恐らく、王を守るよりも戦場を選んだヒトですね」


「それで“右腕”つってんの図々しいな」


「おい。俺は露払いしか出来ねえぞ」


「ボスは任せろ。それまでは半分ずつ」


「了解」


淡々と役割を決めるふたりに、お互いを信頼しているんだな。と純粋に感心。


離れて待機するふたりの間。波打ち際にしゃがんでいたヤマトは、立ったままのルーチェを見上げ口を開いた。


「半分ずつ?」


「ポセイドン出現までに、100体の魔物が1体ずつ襲って来る。出現後は眷属が2体。ダンジョンは閉鎖されないから、撤退も出来る」


「なるほど。確かにふたりなら大丈夫ですね」


「意外だ。あんたも手伝いそうなのに」


「冒険者への依頼なので」


こういう“冒険者の矜持”を軽視しない点が、冒険者達から好かれる要素のひとつなのだろう。


事実、ヴォルフもランツィロットも満足そうに口角を上げている。


「でも致命傷を受けたら問答無用で治します。それが嫌なら無茶はしないように」


冒険者は自己責任。例え死んでも、それは己が選んだ先の結果というだけ。


なのにまるで「私の前で死ぬ事は許さない」と言うような……言っているのだろう。


ヴォルフとランツィロットが睨み付けて来た気配がしたので、小さく笑ってからヤマトはアイテムボックスへ手を入れた。これで無茶はしないだろう、と。


同時に――波間に見える影。水生……ではなく両生だろうか。もしくはダンジョン内と云う特殊な環境により、空中すら“海”と認識させられているのか。


鋭い牙のサメに似た魔物が空中へ飛び出たので、後者だと判断した。


「出来ればお肉欲しいです」


「アイテムボックス開けとけ」


「ありがとうございます」


上機嫌。取り出した30㎝程の石のニオイが気にならない程度には、とても嬉しい。


因みに魔道具の手袋をしているので、手にニオイが付くことは無い。念の為に厚手の手袋である。


そんな、魔道具を使わないと触れない……触りたくない石を海に放ると、石なのに浮くという不思議な現象を目撃。


既に始まった戦闘をヤマトは一切気にせず、うんうんと何やら唸り始めた。


ルーチェの視界にはぷかぷかと浮かぶ石を覆う、反転させたドーム状結界の構築式。これで謎の石は結界内に留まり沖へ流れない。結界の反転とは考えたなと、純粋な感想。


しかしヤマトは更に別の魔法を構築しようとしており、文字や数字が飛び交っている。えらく暴力的な構築式だなと若干引きながら、読み解こうとしてみたがその文字が“やたら線が多い文字”なので潔く諦めた。


また、意味の分からない理解不能の魔法を作っているらしい。やっぱり神族だな……との確信に似た疑惑が再び頭をもたげてしまう。


「何してんだ」


「、大きいですね。タコ?」


「知らねえ。お前なら食えるだろ」


「謎の信頼。……ちょっと、時間を進めたくて」


「あ?」


「この石の時間を取り敢えず100年くらい進めたいんですが、イメージで補完も難しくて」


「……」


「こちらを見るな。俺も今初めて聞いた」


「…………時計回ってんの、イメージしてみれば良いんじゃねえの」


「時計が……、あ。出来ました」


「なんでだよ」


「ありがとうございます。引き続き楽しんでください」


「おう」


深く考える事を放棄したヴォルフは、開きっぱなしのアイテムボックスへタコのような魔物を突っ込んで戻って行く。謎の石の時間を進めて何をしたいのか。


反対側のランツィロットも不思議そうな様子で、襲って来るグソクムシに似た魔物の頭部を切断。食べるのなら、との判断か。


食べるなんて正気ではない……とは、ヤマト以外が思っている。ヤマトのゲテモノ食いは今更だと全員が理解をしているので、その点については特に何を言うことも無いが。


それでも漸くしゃがみ込んだルーチェは、ぷかぷかと浮かび波に転がされ強制的に時間を進めさせられている謎の石。それを見ながら口を開いた。


「時間を進めて、何をする気だ」


「大型の水生魔物。この前、解体したじゃないですか」


「……あぁ。あのSランクが来た時の」


「腸内にあった結石です。酷いニオイですよね」


「……食べるのか」


「いえ、流石に」


石すらも食べると思われているなんて。大変遺憾。


トリュフを掘り出して食べた日には「石を食べた」と騒がれ……ないか。皆、謎に納得するだろう。キノコだと説明に疲弊する日は近いのかもしれない。


「それで?」


「熟成するととても良い香りになります。一応、海水でやってみようかと」


「100年」


「目安です。実際にどれ程の期間が必要かは不明で。そろそろ100年経ちますね」


「あちらは17体倒したところだ」


「手際が良くて感心します」


次は蟹に似た魔物をアイテムボックスへ押し込んで来る、ランツィロット。どうやら会話は聞こえていたらしく、可哀想なものを見る目を向けられている。


ヤマトが石に集中していて気付かなかった事が幸いか。


魔法効果が切れた事を確認し、鑑定。結果は『結石』。まだまだ熟成が足りないらしい。


再度石に魔法を掛け、偶にヴォルフとランツィロットの戦闘を応援し……


――何度目だろうか。


30㎝あった石は時間を進めた数百年間で波に揉まれ擦り減り、20㎝もない大きさとなっていた。


「……うん。出来ました」


「良かったな。それが、どうなる」


「『龍涎香』――自然が作り出した、香料です。飲むと薬効もあるみたいですよ。とても稀少で、私が知る最高額は1g……銀貨60枚だった気が。こちらでは金貨6枚になりそうです」


とある“なんでも鑑定する番組”では1g6万くらいだったなと記憶を辿ったヤマトは、元の世界とのお金の価値を照らし合わせて銀貨が1000円相当と予想している。その上で物価や稀少性の違いを加味すると、金貨6枚は妥当……


「いえ。金貨60枚かもしれません。この“香り”に価値が付けば、の話ですが」


何ともなしに。機嫌良さそうに予測を口にするヤマトは、隣でドン引きの顔をしているルーチェに気付いていない。『麗しの種族』の麗しい顔面をこうも歪めまくるのはヤマトだけだろう。


序でに。離れているふたりもドン引き。


貴族が好む香水。作るにもお金が掛かり販売価格は高額となるのは当然だが、その香料だけでリーズナブルな香水は6本も買えてしまう。


そんなもの、稀少性に弱い貴族が欲しがるのは必然。


それを知ってか知らずか。……恐らく、いや確実に知っているのだろうが。


「私は香水を作るので、おふたりは楽しんでいてくださいね」


香水の作り方を調べていて良かった。と、上機嫌で後方へ向かうヤマト。どこか諦めたようにその後を追うルーチェ。


波打ち際に残されたふたりは、やはり……どこか諦めたように遠い目をしながら、依頼を達成する為に剣を奮うのだった。







「――なるほど。その香りは、その『リュウゼンコウ』なるものか。流通は……難しそうだな」


王都。レオンハルトの執務室。


30分程前に『今からお伺いしても良いですか?』――との連絡に二つ返事をしたレオンハルトは、仄かに香る香水を気に入ったらしい。


流通もそうだが、自らも手にしたい様子。


「手に入るかは完全に運ですからね。どうです?」


「高貴で、しかし安らぐ香り。ヤマトに似合っている。いや、ヤマト以上に似合う者はいないだろう。それは自慢もしたくなるな」


「ふふっ。私、嫌な奴ですね」


「それ程に欲を刺激して来るのだ。私だって自慢するさ」


「したいですか?」


「したい。そう言ったら?」


「取り敢えず10本ラッピングして来ました」


「……ヴィンスとフレド以外に渡す相手は」


「エルフ王も好みそうです。――そう云えば。確か、現在の王室は7名でしたね」


「少し待っていてくれ」


「どうぞ。香りのサンプルです」


「準備が良いな」


悪戯を思い付いた子供のような笑み。いそいそと部屋を出て行くレオンハルトへ緩く手を振ったヤマトは、入れ替わりに入室し菓子を並べていくメイドに感心。


レオンハルト付きの筆頭メイド。初対面での失態が無かったかのように、洗練された所作。


「レオが戻るまでお話でも?」


手で隣を示せば一瞬で顔を真っ赤にさせたが。“黒髪黒目”なので仕方無い。


しかし誤解も曲解もせず。


「お気遣いだけ頂戴致します」


「そうですか。貴女から見たレオの印象を、聞かせて頂けると嬉しいです」


「殿下は……素晴らしい御方です。私の立場では烏滸がましい評価と存じますが、貴方様にお逢いしてから“王”と成るに相応しい威厳を得た――そのような印象を見受けられます」


「憑き物が落ちた。と」


「貴方様には深く感謝しております」


「ヤマト・リュウガ。お好きに呼んで構いませんよ」


「リュウガ様。身に余る光栄に心からの歓びを」


見惚れる程のカーテシー。相手が名乗るまでは名を呼ぶ事をしない。貴族としての生き方が洗練されており、しかしヤマトに煩わしさを感じさせない。


ヤマトを相手に冷静な言動を続けられる令嬢が、この国に何人存在するだろうか。大多数の令嬢は“黒髪黒目”とその暴力的な造形美に畏怖を覚え、二の句を告げずミスをしても不思議ではない。




だからレオから信頼されているんだろうな。




「貴女のお名前は?」


「私の名を口にされてはリュウガ様にご迷惑かと。どうぞ、これ迄と同様に居ないものとしてお使いください」


「とても残念ですが、貴女の考えを尊重しますね」


「お心を砕いて頂けた事、大切な思い出として胸に秘めさせて頂きます」


試した……のだろう。残念と言いながらも満足そうに目元を緩める姿に、メイドは表情に出さず心の中で安堵。


しかし直ぐに、ヤマトの視線がお菓子を食べるプルへ移った。それを視認し、自分から意識が逸れたので静かに一礼。


洗練された所作で。礼節を持ちながら。“居ないもの”として静かに退出して行った。




流れ者なのに恐ろしい。




それでも言葉を交わせた事実を、本当に大切な思い出として胸に刻みながら。





閲覧ありがとうございます。

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こ、怖ぁ……っな作者です。どうも。


もしここで名乗っていたら、メイドさんはレオンハルトからお叱りを受けていました。

最悪、解雇も有り得たんじゃないかな。


第二王子付きの筆頭メイド。

その存在が“黒髪黒目”から名を呼ばれてしまえば、このメイドの家門が『“黒髪黒目”からの覚えがめでたい』と水面下で噂を流しても不思議ではないですからね。

自らの立場を固める為に、様々な取引を有利に進める為に。


政治利用です。


そんな事をしたら『ヤマト大好き勢』のレオンハルトがブチギレます。

レオンハルトは只、純粋な“友人”として主人公と交流を持っているので。


恐らくテオドールもブチギレる。

漸く手にした、何も考えずにありのままで在れる存在ですからね。

病的なブラコン&シスコンだとしても、初めて得た“友人”を利用されたらそりゃあブチギレる。


後書きか活動報告の裏設定かは思い出せませんが、以前に書いていた『主人公に付けさせたい香水』は龍涎香でした。

自然の香りが好きな主人公らしいですよね。

仄かな香りに留めたので、これからこの国での香水の流行は“仄かな香り”になりそうです。

これが“黒髪黒目”の影響力。


『不気味の谷現象』ってなんか良いですよね。

あのゾワゾワ感、危機管理能力が鍛えられそう。

実際に鍛えられるかは知らない。


次回、“ヤマト”の弱点。

だとしても問題は無い。

当然の問題は起きた。


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