71.観察結果、『奈落』
「ほら起きろ。おい、毛布を離せ。籠城するな。寝るな」
「まだ……おひるじゃ、ない」
「もう11時だ。その寝穢さ、ヴォルフは注意しないのか?」
「すきに、させてくれます」
「ヒトとして朝日は浴びろ。体内時計を戻せ」
「よるがた、なの……で」
「寝るな」
よっとヤマトを担いだランツィロットは、抱き枕にされていたプルをぽむっと一度撫でてから部屋を出て洗面所へ。降ろされたヤマトはのそのそと顔を洗い、まだ睡魔によりぽやっとする感覚の儘にリビングへ入って来た。
ランツィロットから「起こしてくる」と言われていたルーチェが朝食兼昼食を運び、ゆっくりと食べ始めたヤマトは徐々に頭が覚醒。したので、
「朝の冒険者活動、もう終わったのですね。流石です。ランツィロットさん」
「ヴォルフから『ヤマトの面倒臭さ知っとけ』って、簡単な依頼渡された」
「うーん。ひどい」
簡単な依頼と言ってもランツィロットの基準での“簡単”なので、一般的な冒険者なら何日も掛かる高ランクの依頼。ヴォルフもそれを分かって選んだので信頼しているのだろう。
漠然と。そう確信するヤマトは態々確認する事でも無いと箸を進め、キノコとオーク肉の卵とじをもぐもぐ。エルフ国では調味料が貴重で基本的に薄味のシンプルな味付けだが、食材そのものの味を楽しむヤマトからするととても口に合う。今度自分でも作ろうと決めた。
デザートまでしっかりと食べたヤマトは、食休み序でにお喋りでも――と。
「近くに居たのですね」
「近くっつうか、ふたつ先の国。あんたがこの国に行くってギルドに連絡入ったから、のんびり戻って来た」
「お手数を掛けてしまいましたか。そういえば……そもそも、どうして見ず知らずの私の為に長距離移動を?」
「ヴォルフが気に入ってるってのが、ひとつ。もうひとつは『“黒髪黒目”現れた助けて。身分証欲しがってる助けて』って、あっちのギルマスが」
「そんな素振りは一切見せなかったギルドマスターの語尾が『助けて』になってるの、ちょっと面白いです」
「“黒髪黒目”の願い叶えんのがあの国の性質だからな」
「生まれる前からの洗脳は根深いですものね」
「洗脳て……いや、洗脳か。それを利用してヴォルフに取り入ったとか?」
「まさか。高級なお酒を奢って『友人になってくれます?』と言いました」
「そんだけであいつがノるかよ。脅した……訳じゃないな。その顔なら脅すより籠絡した方が早ぇし」
「ここは身の危険を覚えるところですかね」
「おー。俺、好きになったら性別気にしねえから存分に警戒してろ」
「潔くて好感が持てます」
「そりゃ嬉しいぜ」
気の抜けた笑み。それは偏見の目を向けないヤマトに好感を持ったからだろう。冗談ではなく、本当に性別は気にしないらしい。
確かに騎士や貴族の男色事情は広く馴染んでいるが、庶民――特に男性達は身構え偏見の目を向ける者も少なくない。男女間と同様、選ぶ側にも好みはあるのに自意識過剰な男性の多いこと……とは、常日頃から思っている。
そんなランツィロットの好みは『裏表がなくよく笑う努力家』なので、早々にヤマトは恋愛対象から外れている。猫を被っているとの情報を得た時点で「なし」との呟きを溢した。
決して外見で判断せず内面で判断するので、面食いのヴォルフとは互いにその点だけは相容れないそうな。
――っと云うか。ランツィロットからすると、自分同様に内面を重視し『気高い女性』が好みのヤマトとの方が恋愛話は盛り上がるだろうなと思っている。
「因みに、ですが。私、男役は譲りませんからね」
「俺やヴォルフみたいなガタイの良いおっさん抱けんのか?」
「不潔でないなら。愛してしまえば性別も年齢も気にしません。イケます」
「あんた、それ他の奴に言うなよ。貴族から囲われるぞ」
「それは嫌ですね。どうしようもない事態に陥ったら、闇魔法の『記憶改竄』で事なきを得ようかと」
「改竄したとこでその“顔”で即落ちだろ。意味ねえよ」
「幾ら貴族でも、特殊性癖でない限りは肉親に手は出さないでしょう?」
「……ぜってーお前とは相容れねえわ」
「残念です」
内面重視で話が合ったとしても、この異常性を聞いてしまったので……取り敢えずドン引きと共に脅威度を上げておいた。
今迄何を見て何を聞き何を感じ生きて来たのか。禁忌と言われる闇魔法の『記憶改竄』の使用宣言だけでなく、“肉親に成り代わる”と同義の斜め上のぶっ飛んだ思考。それを躊躇いもなく発言する精神。
シンプルに恐ろしい。ソロSランクの自分が寒気を覚えたのは何年ぶりだろうか。
ヤマトのそれは全て元の世界での漫画やアニメ、気になったらとことん調べる性質により得たディープな知識。しかしランツィロットがそれを知る未来は無いので、その恐怖心は薄れることは無い。
「――そう云えば。ランツィロットさんは、あの国の生まれではないのですね」
「あ? あぁ。俺に“黒”を盾にしても意味ねえぞ」
「私、何だと思われているのでしょうか」
「王族」
「なぜ。一滴も流れていませんよ」
「なんで“黒”出てんだよ」
「祖国では一般的なので。逆に、なぜ皆さんに優性遺伝子の“黒”が出ないのかが不思議です。……あ。もしかして、魔族にだけ出るとか?」
「魔族って“黒”なのか?」
「いえ、知りませんが。“魔”のイメージカラーが黒なので」
「偏見だぞ。それ」
「反省します」
言葉通りに眉を下げたヤマトは、本当に反省中。元の世界での創作物により『魔族=黒』と認識していたので、無意識な偏見を向けてしまった。指摘してくれたランツィロットに感謝である。
意外に素直じゃねえか。――そう感心するランツィロットは、心底から傲慢でも気遣いは出来るズレた奴なんだなと評価を修正しておいた。
その修正には当然気付くことなく、真実はどうなんだろうか――とヤマトがルーチェへ視線を向けると、気付いたルーチェは記憶を辿りながら口を開く。
「黒……持ちなら、ひとり見た覚えがある。魔族でも“黒髪黒目”は見た事が無いな」
「お会いした魔族の人数は」
「あんたは今まで見たエルフを数えているのか?」
「全く。それなら、やはり魔族の国はあるようですね」
「今は知らないが」
「なぜ交流が無くなったんです?」
「交流と云う交流はしていない。一時的に手を組んだだけだ」
エルフ族が国を興す時に魔族から受けた助力。その事実をぼかすのは、ランツィロットがこの場に居るから。
ヤマトとヴォルフ以外の只人に教えるつもりは無い。たとえこの先、ランツィロットと友人になろうとも。……友人になる可能性は限りなくゼロに近いが。
知りたいことは知れたと満足そうにお茶を飲むヤマト。今日は、何をしようか。ランツィロットさんをフェンリルに紹介するのも面白そうだ。
本日の予定を考えながら、それでもヴォルフを待つことは考える間も無く。寧ろ考える必要も無く勝手に決めている。ヴォルフが自分の予定に同行する事は当然だとの、揺るがない自信。
ナチュラル傲慢もここまで来ると感心するしかない。
「アレ、大丈夫なのか?」
「こいつが気に入ってっから良いんじゃねえの」
「……そうか」
たった今迄目の前に居た、長髪で口元以外が隠れているエルフ。ほぼ常に溢していた「ふひ……」やら「ひひ……」やらの笑みが耳に残って少し気持ちが悪い。
そしてそのエルフから受け取った弁当箱と交換に、空の弁当箱を満面の笑みで渡していたヤマトの趣味を疑う。なぜ、態々特殊な変態と交流するのか。そんなに漬物を食べたいのか……食の好みも疑う。
アイテムボックスに弁当箱を入れたヤマトは、周りからの形容し難い複雑な視線をスルーし改めて足を進めた。
ルーチェが右、ヴォルフが左。ヴォルフの左に、まだヤマトを信用していないランツィロット。
ヤマトもまだランツィロットを信用していないので、後ろに来られなくて良かったと内心安堵している。
「本当に……同族がすまない」
「お気になさらず。私もお漬物を食べれて嬉しいので。また欲しいと言ったのも私ですから」
「塩分の摂りすぎには気を付けろ」
「そういえば彼、塩を大量に使っていますよね。その資金はどこから?」
「獣人の国から直接援助を受けている。過去の“黒髪黒目”が、全員漬物を好んだらしくてな。卸先は全て獣人の国だ」
「崇拝ですね」
「お前、獣人んとこ行ったら大歓待受けんじゃねえの」
「恐らくそうでしょう。まあ“黒髪黒目”として、その“価値”は守って差し上げますよ」
「それで『貴族』っつわれてもか」
「人の善意を曲解するの、失礼だと思うんです」
「その“顔”変えてから言え」
「“この顔”が好きなんでしょう? 面食い」
「逆にお前は俺のどこが好きなんだ」
「優しい。世話焼き。頭が良い」
「良かったな。三拍子揃った浮気相手候補がここに居んぞ」
「げっ」
「傷付きます」
唐突に親指で指されたランツィロットは心底嫌そうな顔。それに傷付くと言いながらも一切傷付いた素振りの無いヤマト。本当に傷付いていないのは、ヴォルフの目には明らか。
くつくつと愉快そうに喉を鳴らすヴォルフは、無いとは思いながらも一応の弁解のために口を開いた。
「“顔”だけじゃねえぞ」
「知っています」
「だろうな」
――『手の掛かるクソガキは嫌いじゃない』――
ヤマトと初めて逢った日の夜。酒場でパーティーメンバーに溢したその言葉は、周囲に居た冒険者伝いにヤマトの耳に入っていたらしい。
娯楽に目敏い冒険者ならば確実に伝えるし、序でに物凄い速さで冒険者内を回っていく。その速さは噂話が好きな貴族達を凌ぐ勢い。酒場で大声で話すので、そりゃあそうなる。
もしかしたら……ヤマトが傲慢で自由人を貫いているのは、『冒険者よりも自由に』との生き方は勿論。加えて、ヴォルフに『手の掛かるクソガキ』と思われ続ける為に――その可能性もある。
初対面でヤマトのタチの悪さを知らなかったとはいえ、軽率に発言したヴォルフが悪い。……そう、周りは判断してしまうのだろう。ヴォルフ自身さえも。
美しいものこそ“正義”なのだから。
「イチャイチャは終わったか?」
「はい。惚気てすみません」
「あんた、羞恥心ねえの?」
「好意は口にしないと。『すれ違い』は創作物のスパイスですが、現実では時間の無駄で僅かな得にもなりませんから」
「わかる。恋愛の駆け引きは?」
「好きだと思ったら情報集めて、気持ちが変わらなければ伝えますね。振られたら潔く諦めます」
「追えよ。男なら」
「この“顔”に即落ちしない時点で勝機は無いですよ。私、性格面では戦えませんから」
「あー。自覚あるだけマシだな」
「フォローが無いのも複雑ですね」
言うが、いつも通りの柔らかい笑みのまま。自覚もあるしフォローされないことも理解している程度には、自分の性格の悪さを把握している。
実際にはその把握している何倍にも性格が悪いのだが。それは……言わねえ方が良いか。と、ランツィロットとヤマトの会話を聞いていたヴォルフは判断した。
確実に説明を要求されるし、説明したところで「確かにそうですね」で終わらせることが目に見える。時間の無駄。
ふ、と。
視界の先で立ち止まった獣人の冒険者パーティーが、数秒程迷ってから怖ず怖ずとヤマトへ手を振る姿。その直後に何やら奇声を発し崩れ落ちる光景。隣のヤマトが愉快そうに小さく笑っている。
目元を緩めて見せた――のだと察した。
いつもと何ら変わらない対応だが、崇拝そのものに“黒髪黒目”大好きな獣人達には効果は抜群。それを“ちゃんと”理解しているのかは定かではないが、ヒトの奇行を笑っているのでやっぱり性格が悪い。
只人の冒険者達が「ったく……」と呆れながら獣人達を道の端へ引き摺ってくれたので、ヤマトの手を煩わせなくて済んだ。とヴォルフは思うだけ。
他者に対しての関心が酷く薄い冒険者の行動としてはとても珍しく、只人の冒険者達も己の行動に困惑しただろう。……が、その行動の根底が“ヤマト”なので不思議と納得している。
“黒髪黒目”へ傾倒していなくとも。先日の王族さながらの言動をその目にした者達も、噂として聞いた者達も。支配者階級が根付いているこの世界で生まれ育った故に、抗えない従属精神。
だからこそ王族のレオンハルトとテオドールで“遊ぶ”ヤマトの異質さが一層際立つ。
「――で。今日は何すんだ」
「何をしましょうか。ダンジョンにでも行きます?」
「好きにしろ」
「いや、おい。決めずに外出たのか」
「散歩って心身の健康に良いですよね」
「自由過ぎるだろ。――おい、ヴォルフ。時間の無駄じゃないのか」
「あ? こいつがやりてえなら良いだろ。別に」
「お前もウケんだけど」
「なにが」
「ベタ惚れ」
「こんな性悪願い下げだっつの」
「相変わらず酷いですね」
「因みに。そっちのハイエルフは」
「絶対に無い。面倒臭い。腹が立つ」
「ルーチェさんまで……私、何だと思われているんですか」
「我が儘小僧」
「クソガキ」
「童心は大切にしています」
「ズレてんな」
くつくつっ。愉快だと喉を鳴らすヴォルフと、呆れるも不快さは無いルーチェ。
ハマってんなー、こいつ等。
ウケるからっつってるけど“ウケる”で済まねえぞ。自分の顔の良さ把握して利用して甘えるとかタチ悪過ぎるし、周りが好きにさせてるから“そう”生きて良いって判断してるようだし。
『性』を武器に他者から色んなもん巻き上げる奴等より、無意識無自覚で『無邪気』を武器にしてるこいつの方が悪質で……あー。アレだ。
奈落。
身の破滅だろ。こんなの。
ヴォルフとルーチェがヤマトを子供扱いしている。その事実から弾き出した、“ヤマト”の悪質さ。
ヒトは『死』と云う安息に本能的に惹かれ、その“安息”に近い老人や子供に何かしらの関心を寄せる。生死の間を日常的に生きる冒険者からすると、尚更惹かれるものがあるのかもしれない。
だからこそ自由で無邪気な“子供”のようなヤマトに惹かれてしまう。貴族らしく王族らしい――支配者階級により根付いた従属精神により、その要素も相乗して。
それでも。
「ありのままを見せた方が、ランツィロットさんのお手を煩わせないかなって」
ひょこりとヴォルフ越しに覗き込んで来る、暴力的な造形美。「ですよね?」と言うようなその表情に、何故か頷くことを強要されている気分になって……
確かに、ウケる。
閲覧ありがとうございます。
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無邪気な主人公にお小遣いあげちゃいたい作者です。どうも。
普段の“紳士的なのんびりお兄さん”の中に垣間見る子供の無邪気さと、貴族すっ飛ばして王族さながらの無慈悲な痛烈さ。
そして素は治安の悪いヤンキー。
ギャップ萌えに弱い者達からすると完全に奈落。
心臓の弱いヒトは近付いてはいけません。
好きとか浮気とかイチャイチャとか惚気とか言ってますが、決してBLじゃない。
主人公の友愛が異常に重いだけ。
そしてヴォルフも対人関係が希薄な冒険者故に、依存そのものの主人公の言動の所為で『親友』の距離感がバグってるだけ。
何度も言うが決してBL話ではない。
(何度も言わないと作者も勘違いしそうで怖い)
今回は基本的にランツィロットが『ヤマト』を知る為だけの回でした。
ランツィロットはお喋りするの好きなようですね。
優しい・世話好き・頭が良い・戦闘センスがずば抜けている以外は、大体ヴォルフとは真逆という認識で恐らく問題無いかと。
因みに。この後。
「散歩」と口にしたことで“散歩の身体”になったので、本当に散歩しただけでルーチェの家に戻りました。
お寿司食べたいと思たら“お寿司の口”になるような感覚みたいなものです。
超自由人。
ランツィロットはめちゃくちゃ困惑してたし、ヴォルフとルーチェは「楽しめたなら良かった」と思うだけでしたね。
ヴォルフは「ヤマトが楽しければ良い」と思っていて、ルーチェは自然を愛するエルフ族なので散歩大好きだし世話役の任務をしていただけ。
早速振り回されるランツィロット。
慣れて。
次回、温泉入りたい。
ばったり公爵。
腹芸。




