70.冗談の私物化と本気の自慢
にこにこっ。ほわほわっ。上機嫌。
屋台通りで爆食中のヤマトは、ヴォルフとルーチェの昼食を奢り中。
その上機嫌の理由は、明確。
「ヤマトおにーさん、ラブちゃん撫でさせてー」
「はい。良いですよ」
「ありがとう!」
「えぇっと、ヤマト……くん? ウチの子がごめんなさいね」
「お気になさらず。ラブが許す間だけですから。その日傘素敵ですね。浮いているのは……魔道具だからでしょうか」
「あ、これ? 日焼けしたら痒くなっちゃって。子供がいたら片手では不安だから、魔法を付与しているの」
「子育ては大変ですからね。量産出来るのなら、日焼けを厭う女性貴族が欲しがるかと。魔法付与商品なので特許の取得をオススメします」
「あら、そうなの? 早速商業ギルドに行かなくちゃ。ありがとう、ヤマトくん」
「はい。思う存分お金を巻き上げてくださいね」
「任せて!」
只人なのに“只人への恨み”を肯定し、金銭面での報復方法を提案。しかも「喜んでもらえて良かった」と言いたげに目元を緩めて。
どうやら。先日の“騎士気取りの令嬢”への対応で、『ヤマトは礼儀さえ払えば好意的に接してくれる』と判断したらしい。
元から“黒髪黒目”はエルフに好意的だと周知されており、加えてヤマトはエルフ国を救ってくれた恩人。だが、やはり……万が一を考えてしまっていたのだろう。
純粋な子供達はまだしも、大人のエルフはそれ程に“過去”に縛られている。
なので。こうやって会話が生まれる程度には、自分達が嫌い恨んでいる『貴族』を盛大に貶し脅迫したヤマトへの好感度を上げた。と。
傲慢貴族が侮辱され呆然とする姿はとてもすっきりした。是非とも今後も続けてほしいとは、エルフ族の総意である。
商業ギルドへ向かう親子へ緩く手を振ってから、昼食の続き。上機嫌なので箸が進む。
「大丈夫か?」
「仲良くなれて嬉しいです」
「なら良いが……度が過ぎるようなら俺から注意する。遠慮せずに言え」
「おい。こいつが遠慮するような殊勝さを持ってると思ってんのか」
「いや、思わないが」
「あれ? もしかして私、今ディスられました?」
「でぃす?」
「貶すとか、侮辱とか」
「貶してねえよ。事実だろ」
「俺は褒めている」
「エルフの褒め方、謎ですね」
「あんた専用だ」
「なぜ」
解せない。
しかしルーチェとしては遠慮をしないヤマトを気に入っているので、言葉の通り本当に褒めている。……と同時に、どの程度迄の“無礼”が許されるのかを試し中。
ヴォルフと自分では“許される”範囲が違うと理解しているので、先ずはその境界線を見極めることを優先しているらしい。
信頼関係を築く為には“試し行動”は控えた方が良いとは理解しているが、そもそもヤマト本人が存分に試していると聞く。現に、自分も試された感覚がある。
恐らく……
この傲慢不遜な言動に反し、本当はとても心配性で寂しがりなのだろうな。境遇は知らないが……聞く限りでは、祖国に帰る事は出来ないと見る。
だから試すのだろう。物理的ではなく、精神的に離れてほしくないから。
本物の『支配者』へ侍ることを“許された”者――この優越感を知ってしまえば、離れられる筈が無いのに。
その事実を理解せず試すのだから、本当にこの男は非常識で愉快この上ない。しかし試されるということは、純粋に“求められている”と云う事で。嗚呼……
なのに甘えてくるから心底タチが悪い。
それでも不快の感情は湧かず、只管に覚える優越感。ヴォルフもこの感覚に陥落しているのだと察しているルーチェは、ヤマトの“友人”として在る為にも試し行動は続けるのだろう。
もしもその境界線を踏み越えてしまった時は、素直に謝るだけ。ヤマトなら許してくれるとの確信がある。
無礼や理不尽が“許される”関係と成ったのだから。
「でもちょっと意外です。皆さんから怖がられる覚悟もしていたので」
「王族」
「流れ者です。あの程度は王族とは言いませんよ」
「他国の騎士跪かせといてよく言うぜ」
「“あの程度”で跪くなんて。大した主ですね」
「お前それ、この国の外で言うなよ」
「だから今言ってます。――リアムさんを見慣れているからでしょうか」
「誰」
「ほら。レオの」
「……あぁ。あいつは騎士じゃねえだろ」
「騎士道は持っていますよ。でなければ“黒髪黒目”に血を流させません。主君を守る盾で在り、同時に矛でも在る。彼は心底からレオを『主』と認め全てを捧げています。本当に、素晴らしい」
「あの王子サマの近衛達は持ってねえって?」
「まさか。彼等も正真正銘の騎士です。あの時は、私も跪けと含ませ命令したので」
「過保護」
「そうですよ。レオも、私のものですから」
「王族を物扱いか」
「安心してください。ヴォルフさんも私のものですよ」
「自由を愛する冒険者を私物化すんな」
「はい。すみません」
再び上機嫌。目についた屋台へ向かうヤマトは、謝罪を口にはしたが悪いとは思っていない。つまりは、冗談。巫山戯ただけ。
ヴォルフが呆れた顔で後を追ったので恐らく合っている。
ルーチェからするとヴォルフはとっくに私物化され、ヴォルフ自身も“私物化”を受け入れているようにしか見えないのに。これも“無自覚の騎士”の性質なのかと、こっそり心の中で納得しておいた。
さて何をしようか……と、のんびり考えながらの散歩。特にエルフ国でこれといった用事はもう無いが、まだ周辺国巡りに行くつもりは無い。
もっとフェンリルをもふもふしたいらしい。転移魔法を使えばいつでも会えるが、それとこれとは話は別――っというか、なんとなく気分で滞在しているだけ。
その“気分”により、先日の令嬢はヤマトと出逢ってしまい未来を潰されたのだが。しかしそれは己の立場を理解せず“黒髪黒目”を軽視してしまった故の、紛れもない自業自得である。
「木彫り体験でもしましょうかね」
「暇なら魚捌いとけ」
「小さいものは捌き終えて。大型を捌ける場所が無いんです」
「ギルドで借りりゃあ良い。金払えば貸すだろ」
「んー。職員や冒険者達の迷惑にならないように、夜に借りた方が良いですよね」
「お前相手に文句言えねえから好きにしろ」
「ヴォルフさん、ちょいちょい私を独裁者にさせたがりますよね」
「してねえよ。事実言ってるだけだっつの」
「えぇー……流石に“黒髪黒目”だからという理由だけでは、エルフ国のギルドは融通してくれませんよ。――ですよね、ルーチェさん?」
「ミノタウルスのツノとブラックドラゴンの両翼。渡しておいてよく言う」
「あれ?」
ルーチェの言葉に思わず首を傾げたヤマトは、そのふたつがエルフ族にとってどれ程に有り難い物かを理解していない。特に、ドラゴンの両翼。
生態系の頂点で在るドラゴンを狩るだなんて自然を愛するエルフには出来ず、何百年もの間修繕を繰り返し使用してきた。修繕の度に内包する魔力を使っていたので、既にドラゴンの魔力は抜け切っている。
そんな時に報酬として渡された、ドラゴンの中でも頂点に君臨するブラックドラゴンの両翼。売ればエルフ国を丸ごと買い取れるだろう程の価値があるのに、ぽんと渡された時はエルフ一同眩暈を覚えた。イカれてる。と。
故に、伝統を守れると心底からヤマトに感謝しているエルフ族。多少の融通が通らない訳が無い。
「ある程度は王が話をつけている。好きにすれば良い」
「やはり権力者に気に入られると楽ですね。行きましょう」
つい先程まで『職員と冒険者の迷惑に』と言った筈が、話が通っているのならと即座に掌返し。周囲への気遣いはするが、自分に向けられた気遣いがあるのならそちらを優先する。
これは遠慮をしないというより、単純にその厚意を無碍にはしたくないとの思考。加えて、エルフ王からの厚意ならば遠慮をしてしまえば寧ろ無礼にあたる。その確信による判断。
そう判断し行動出来るのだから、一向に貴族疑惑は消えない。一般人ならばそれでも遠慮していただろう。
毎度の如く、ヤマトはその事実には気付いていないのだが。
エルフ国の冒険者ギルド。職員はエルフと獣人が多く、只人は数人。特に解体班は長命故に経験が豊富なエルフのみ。基本的に、只人の職員は受付で“只人”の対応をしている。
勿論エルフの職員も受付で対応しているので、職員暦が長いエルフは只人への偏見は薄くなっているらしい。
「こんにちは。大型の水生魔物を解体したいので、解体部屋をお借りしたいのですが」
しかし只人のドラゴン・スレイヤーには恐怖を覚える。
自分は『エルフ族の凄惨な歴史』は経験していないが、伝え聞いた話だけでも悍ましく身震いしてしまう。ドラゴンを単独討伐出来る只人なんて、エルフ族として普通に怖い。
そして大型の水生魔物を解体してどうするのか。食べるのか。食べるのだろうな。……そうか……食べるのか。どうして何でも食べるんだろう、このヒト。こわい。
食文化の違いによる偏見は根深い。
しかしリリアナから“多少の融通”を通達されている。なので一旦恐怖を押し殺し、王の意志に従い解体班に確認を取ることに。
「おー。ヤマトくんなら良いぜ。使用料上乗せするなら俺等も手ぇ貸すよ」
「ありがとうございます。助かります」
「気にすんな。仕事もあるから早く済ませたいだけだ」
ハッキリとした物言い。しかし快活な笑顔なので、迷惑がっている訳ではないと分かる。単純に仕事に誇りを持っているが故の言葉で、その上でヤマトに恩を感じているので力になりたいだけの言葉。
ヤマトもそれを分かったらしく、その“誇り”を認めるように目元を緩めた。真面目なヒトは好感が持てる。
解体部屋の使用手続きの書類。それを渡され名前と用途を書こうとして、
「!――……あー。今日は無理っぽいな」
「はい?」
「ん」
突然の使用拒否。いや、拒否という表情ではないが……確かに“今日”は無理。その理由は、明白。
解体班のエルフが指で示す方向。後ろへ振り向くと大股で近付いて来る、大柄な冒険者。
ヴォルフと同じくらいの体格だろうか。ヴォルフとは違い厳つくはなく、タレ目の優しい顔の造り。つい頼ってしまいそうな空気を纏っているのでモテる理由を理解。
ヤマトの目の前で足を止めたその冒険者は敵意も疎ましさも無く、太陽のような眩しい笑顔で口を開いた。
「あんたがヤマトだな。身分証の保証人になってやれって言われた、ランツィロットだ」
「序でに脅威判定も頼まれてたり?」
「物分り良い奴は好きだぜ。一応、保証人になるかは俺の裁量だと」
「構いません。ランツィロットさんに断られたら、仕方がないのでヴォルフさんに“おねだり”します」
「最初からしとけば良くねーか? それ」
「何か問題が起きた時、ヴォルフさんに迷惑が掛かってしまうので」
「……」
「うん?」
ぽかんっ――口を開け、信じられないものを見たと言いたげな表情で固まるランツィロット。
どうしたんだろう。こてりと首を傾げるヤマトは、『ヴォルフ以外になら迷惑を掛けても良い』と同義の言葉を口にした自覚はある。しかし心底から“そう”思っているので撤回はしない。
隣のヴォルフが何やら顔を背け肩を震わせているので見上げてみると、当然のように気付いたが笑いを堪えながら頭を雑に撫でられただけ。よく意味が分からないが、愉しんでいるようなので特に何を言うでもなく再びランツィロットを見上げた。
ヤマトとヴォルフを何度か交互に見ていたランツィロットは、ひとつの結論に辿り着いたらしい。
「あー。そういう」
「はい?」
「いや。まさか、ヴォルフがなあ……珍しい事もあるもんだ」
「騙していないので安心してください」
「これから見極めるわ」
「お好きに」
貴族嫌いのヴォルフを心配しての言葉。そう察したヤマトは「本当に世話焼きのいい人なんだな」と、胸の辺りがあたたかくなる感覚につい目元を緩める。
悲しいかな……その笑みは『“黒髪黒目”を見極めようだなんて傲慢ですね』と言っているように見えるのだが、そう認識された事実にヤマトが気付く事は無かった。
圧倒的造形美と貴族のような丁寧な口調により生まれた悲しい誤解。しかし“らしい”ので、ランツィロットは変に感心するだけ。いつもの事である。
なので、フォロー。
「おい。大型なら、部屋に入るか確認した方が良いんじゃねえの」
「あ。確かに。見て来るので待っていてください」
「あぁ」
いそいそと勝手に解体部屋へ向かうヤマト。解体班のエルフは本当は案内するべきだと分かっているが、貴族のような表情を見てしまったので硬直し動けない。とても“貴族”だった。
なのに嫌悪感が湧かないという矛盾。
アンデッド掃討で国を救ってくれた恩人だから……だと、今のところは無理矢理納得しておく。なんとなく、真実は知りたくないと思いながら。
ヤマトが解体部屋へ入ったことを確認したヴォルフは、あまり変わらない目線のランツィロットへ取り敢えずの説明を。
「無意識無自覚でやらかしやがるクソガキ」
「くそがき」
端的且つ辛辣。全くフォローになっていない。
しかし、事実。ヴォルフからするとクソガキ一択。
思わず繰り返したランツィロットに頤を上げて見せたヴォルフは、
「やんねえぞ」
自慢するように。その言葉は純粋な本心で、その声は優越感で満たされた色。
唯一。“ヤマト”から強く求められた存在。誰よりも近い場所で、何よりも優先され雑な扱いを許されている――『親友』。
どこか誇らしげに見えるヴォルフ。漠然と、それは勘でしかないが……
決して“冒険者”では持ち得ない筈の『唯一』への執着。騎士の忠誠心。
不思議と納得してしまったが、これを口にすることは酷だろうとランツィロットは言葉を飲み込んだ。ヴォルフの精神衛生上の為にも。
「お前、独占欲強ぇな。逃げられんじゃね」
「大人しく束縛される奴なら一緒に居ねえよ」
「趣味悪くなったか」
「ウケんだよ。見てりゃあ分かる」
「そりゃ楽しみだ」
愉快そうに笑うランツィロットは、ヴォルフが騙されている訳ではなく自分の意志でヤマトの側に居るのだと理解。やはり心配していたらしい。
世話好きの兄貴肌。
非常識なヤマトの世話を焼いてしまう未来が目に見える。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
やっとランツィロットを出せて一安心な作者です。どうも。
本当はオークション準備期間を長く書いてその中で登場させようと思っていたのですが、何か知らない内にオークション終わってたしエルフ国に来てました。
何故でしょう。不思議です。
(A.キャラ独り歩きの弊害)
ランツィロット、年齢はヴォルフと同じくらい。童顔です。
でもソロSランクなのでバチバチの戦闘系。
しなやかな筋肉で近接は勿論、槍や弓も何でも使える戦闘の天才。
だから冒険者達は純粋に憧れているし、よくギルドに頼まれて新人の武器指導や実地訓練もしています。
この後。
「やっぱり今から解体します」
とランツィロット放置して解体部屋使用書類を書き始めるし、呆然とするランツィロットにヴォルフは「ん……ぐっ」と笑い堪えて危うく腹筋攣りかけた。
「……普通媚びるだろ」
「ウケるっつったろ」
ランツィロット、大体理解した。
これからご迷惑をお掛けします。
エルフ達は只人嫌いのままに“只人のヤマト”を気に入ってます。
自認していませんが、皆結構主人公を好きになってる。
子供達はまだまだ純粋なので、猫被りを理解した上で「優しい“黒”のおにーさん」と懐いてます。
騙してません。円滑な関係性を築く為の処世術です。
活動報告にメインキャラ達の筋肉事情。
次回、早速世話を焼く。
たちわるい。
あくしつ。