7.案の定ギルド本部も大混乱
手土産、狩りに行くか。
いつ呼ばれるかは分からないので早い方が良いと考え向かう先は、“あの森”。貴族とは関わりたくなかったが、関わってしまったのなら仕方ない。印象は良いに限る。
使い道は無いがなんとなく持っているレッドサーペントとブラックサーペントの皮なら、手土産には十二分。それは理解しているが、『最初の手土産は領主の為に自ら行動した』……その事実を示した方が後々面倒が起こらない。その確信による行動。
そう思い至る辺りこの世界では貴族らしいのだろうが、残念ながらそれを指摘する者はいない。
なので早速“森”に入り、手土産に良さそうな魔物を探し始めた。
因みに。宿のオーナーに「“森”へ行くので数日戻らないかもしれない」と伝えた時、なぜ“森”へ……? と首を傾げられたので未だに誤解は解けていない。
「あれ、ヤマトさん。何してんすか」
「領主様からのご招待を受けるので、手土産を狩りに来ました」
「あっははは! まじで繋がってる!」
「あー。それって、昨日のドラゴンで?」
「ドラゴンで」
「流石過ぎて笑うしかねえ!」
「因みに何狙いー?」
「サーペント種が出たら有り難いですね」
「んじゃ結構深いとこ行くんすね。泊まりっすか。気を付けて下さい」
「ありがとうございます。君達も、お気を付けて」
「はーいっ」
サーペント種に対するツッコミが無かった事で、自分に慣れ始めたという事実を嬉しく思う。それでも僅かに寂しく思ってしまうのは、狼狽える姿を見れなくなるから。密かな楽しみだったのに、と。
まあ慣れてくれるならそれで良いか。
直ぐにそう考え足を動かし、“森”の奥へと進んで行く。途中で襲って来る魔物は、攻撃を躱して無視。
今日狩るのはサーペント種以上の魔物。それ以下に時間を割く理由は無い。例え一撃で討伐出来るとしても、不要なものは不要。寧ろ邪魔とさえ思っている。
序でなので久し振りに小屋に行こうかと考えたが、全力で走っても恐らく10日以上かかる。そもそも、次は……あの小屋を見付け出せる自信が無い。
どうせ、大賢者の隠蔽魔法で隠されているから。……まったく。
里帰りくらいさせてくれても良いじゃないか。意地悪な“せんせい”だ。
そう思うも苦笑は出ず、寧ろ上機嫌。拒絶されている訳ではなく、単純に。
“今”、小屋へ行く必要性が無いから隠されているだけ。もし大賢者の知識が必要になったら、その時はきっと小屋の方から呼ばれる。
なぜか、そう確信出来る。それは恐らく、奇妙な師弟関係だからこそ伝わってくる真実なのだろう。
その未来が訪れるかは別として。
「プル。スライム、居るよ」
言うが早いかコートの中から飛び出すプルは、目の前で何かの骨を消化していくスライム達の方へ。
ぷるぷるっ。プルが揺れると、骨を消化しながら応えるように揺れる。スライム同士が意思疎通するなんて、大賢者の本にも書いていなかった。
このプルが特殊なのか、異常で特殊なヤマトの側に居たから引っ張られるように特殊になったのか。どちらかは分からないが、和む光景だから別に良いかと考える事をやめた。
数分もせずにぽよぽよと跳ねながら戻って来たプルはヤマトの胸へ飛び込み、当然のように抱き止めれば或る方向へ頻りに身体を寄せる。どうやら、サーペント種が居そうな場所を訊いてくれたらしい。いいこ。
「ありがとう、プル。君達も」
アイテムボックスから出した、マーダーグリズリーの毛皮の切れ端。それをスライム達に落とせば、直ぐに取り込みぽよぽよと跳ねる。
高ランクの魔物は美味しい。スライムが本当に味を感じているかは不明だが。
因みにマーダーグリズリーの毛皮は毛布、ジャイアントディアーの毛皮は敷き布団と枕になった。工房で作って貰ったが、その際に職人達が引っ繰り返ったのは記憶に新しい。どちらも魔力耐性が有るので、普通はコートにするらしい。
ヤマトのコートに施された複数の付与魔法が規格外だったから、納得は出来ないが作った。職人達は未だに納得していないし、なぜ寝具…と未だに理解不能の蛮行だと思っている。
寝具にした理由なんて、ひとつ。よく眠れそうだから。これを言ってしまえば確実にドン引きされる。理由を訊かなかった事が、職人達にとって唯一の救いである。
「――――っ!」
プルの案内で歩き続ける中、不意に耳に届いた音。視線だけを向けると、いつの間にか視界の端に現れていた崖の下でメタルリザード4体と交戦中の冒険者が数人。
……んー。
「まいっか」
冒険者になるなら自己責任。この“森”に入るにも自己責任。
加えて、自身の平穏な生活を守るために甘い考えは捨てた。
そもそも初めて見た者達なので手助けする義理は無い。連携も火力も有り、怪我は避けられないが討伐は出来るだろう。
もし死んだとしても、その者達の実力不足。恨まれる筋合いは無い。心に留め置く必要も無い。
それでも。そう“強く思い込んでいる”だけで、深層心理では自責の念を抱くのだろう。それが、周囲に気を配る日本人なのだから。
もしさっきのあの子達なら、……あれ。そういえば名前、教えて貰ってない気が……
私の狩りを見学してる間も一緒にお酒飲んだ時も、仲間内ではお前呼びだったから名前を耳にする事が無かった筈。
次に会った時に教えて貰おう。
戦闘音と、連携のために掛け合うような声。
微かに聴覚が認識するそれ等を聞きながら更に足を動かし、サーペント種を求めて“森”の奥へと足を進めるのだった。
「おう、ヤマト。手紙、ギルドに届いてんぞ」
「こんにちは、ヴォルフさん。ありがとうございます。伝言係にしてしまったようですね。すみません」
「構わねえよ。だが、留守にすんなら言っとけ。手紙届いたの2日前だ」
「そうですね。今後は気を付けます」
「そうしろ」
軽く手を上げ歩いて行くヴォルフに緩く手を振り、真っ先に向かう先は冒険者ギルド。宿の確保は、前もって予約として部屋代を払っているので問題は無い。
すれ違う街の者達は、まだ慣れない者達が大半。偶に、少し慣れた者から挨拶を受ける。
この4日間で何か変わった事があったかを訊ねれば、
「Sランク冒険者が来たみたいですよ」
なぜか皆、その情報を教えて来た。“街”で変わった事を聞きたかったんだけどなー。っとは思ったが、善意で教えてくれた事は分かったので素直に礼を伝えた。
僅か4日だが久し振りだと気分良くギルドに入り、解体受付の方へ。
「あーあー。まーた魔族の貴族が何か狩って来やがった」
「魔族でも貴族でもないですよ」
「はいはい。で、何狩って来た? 中入るか?」
「いえ。1体なので、ここで。お貴族様への手土産なので、丁重に扱って下さいね」
揶揄うようにアイテムボックスから取り出し受付カウンターへ置いたのは、体高が3Mはありそうな白銀の狼。
みしりっ。と、カウンターが小さな音を立てる程の大きさ。
今更だが、これが入るアイテムボックスの容量。馬鹿げてるな。
そう考えながら改めてその狼を確認した解体職員は、がちりっ――。完全に硬直。後ろの冒険者達も、硬直。
そんな彼等を特に気にせず口を開いたヤマトは、
「サーペント種が良かったのですが、中々見付からなくて。これ、代わりになりますかね?」
「……」
「あの」
「……」
「?」
いつもなら声を掛ければ我を取り戻すのに、一向に動かない。
なぜだろうと首を傾げた時、漸く動いた解体職員は真っ青な顔で口を開いた。
「お、ま……おまえ、これ……ファントムウルフ……」
「ですね。少々手こずりました」
「て……こずって狩れるもんじゃねえよ! どうやって見付けた!?」
「どうって。普通に、魔力操作の応用で」
「だからどうやって!」
「魔力を広げて周囲を把握する、索敵のようなものですけど」
「魔族っ!!!!」
「だから。違いますってば」
何をそんなに慌てるのかと不思議そうなヤマトに、頭を抱えるどころかカウンターに沈んだ解体職員。は、震える声で説明。
「あのな……。ファントムウルフ、討伐出来た奴なんて過去に100人居るかどうかだ」
「え」
「見えねえんだよ。幻覚魔法と隠密を使う、SSランクの魔物。普通は死骸で発見されて、それも魔物やらに食われてほぼ残らねえ。現存してるファントムウルフの毛皮は、世界中の皇族や王族が所有してる。それを、おまえ……」
「ドラゴンの時より良い反応ですね」
「当たり前だ! ドラゴンは討伐隊出るがファントムウルフは出ねえ! 稀少価値ならこいつの方が上なんだよ!!」
「なるほど。ところで、解体は?」
「怖くて出来るかっ! あれだろ、どうせ領主様への手土産だろ。傷付けねえか怖くて手ぇ震えるわ!」
「では、私が解体するので指南して下さい」
「やめろ馬鹿!!……分かった。解体すっからお前は何もするな。だが、傷が付いても文句は聞かねえからな」
「はい。いつも通り丁寧な仕事をして頂ければ、それで」
「っ……くっそ……恨むからな」
「困っちゃいます」
「こっちのセリフだ」
「あ。肉と魔石も返して下さいね」
「……食う気か」
「食べてみます?」
「今直ぐ出禁にしてやりてえ」
「傷付きます」
一切傷付いた様子の無いヤマトを思いっきり睨み付け、中に運べ。と、親指で解体部屋を指す。
素直に指示に従い、再度アイテムボックスへ入れられたファントムウルフ。解体部屋へ足を動かし、ふと……冒険者達の方へ視線を向けた。
既視感。このギルドに初めて来た時の事を思い出したが、あの時とは違い今は顔見知りや知り合い達。なので、
ゆるりっ。
目元を緩めながら緩く手を振り、未だ硬直する彼等をその儘に解体部屋へ。
「おーい、おめーらー。魔族の貴族がまーたとんでもねえもん狩って来たぞー腰抜かすぞー」
「既に無理。聞こえてた」
「ファントムウルフってなんだよ意味分からん」
「もうやだ……おうちかえる……」
「ほら見ろ。お前の所為で皆使いもんになんねえ」
「私を襲ったファントムウルフの所為です」
言いながらアイテムボックスから出したファントムウルフを作業台に乗せれば、蹲る者や天を仰ぐ者。稀少価値が高いなら、折角の解体を楽しめば良いのに。
そう思うのは、その稀少価値を正しく理解していないからだろう。
「これを手土産にされる領主様が可哀想だな」
「かわいそう?」
「王室に献上しなきゃならん」
「領主様への手土産なのに?」
「貴族ってのはそう云うもんだろ」
「貴族じゃないので初めて知りました」
「魔族」
「魔族でもないですよ」
「もう信じねえ」
「酷いです。……そうですね。貴族として献上しないといけないのなら、もう1体の解体も必要ですね」
「は……おい、まさか……」
「隣の部屋に出せば良いですか?」
「もうやだこいつ。きらい」
「寂しい事を言わないで下さい。長い付き合いになるんですから」
「俺は誑し込まれねえからな」
「私をなんだと」
「魔族の貴族」
「どちらも違いますね。せめて、疑惑は人間の範囲内でお願いします」
「むり。おら、解体すっから隣に出してけ。ギルド閉まる頃に取り来い。書類、書いてけよ」
「あれ。意外と時間が掛りますね」
「ファントムウルフの解体方法なんて知る訳ねえだろ。本部に資料残ってっか調べて貰わねえと、こんままじゃ手が付けられん。それに領主様への手土産なら、現時点での最高の技術見せねえと調査が入る。神経すり減らすんだから早い方だっつの」
「なるほど。お願いします」
満足気に目元を緩め小首を傾げるヤマトに、一瞬呼吸の仕方を忘れてしまう。それは、その行動が「よろしい」と言っているように見えたから。
まるで本当に、全てが思い通りになって当然と思って居る傲慢な貴族のように。
なのにそれが酷く様になり違和感なく納得してしまう。……貴族じゃないって、なんでだよ。貴族だろ。魔族の貴族だろ。
いっそ現実逃避したい衝動を苦笑することでどうにか押し殺した解体職員は、未だ蹲ったり天を仰ぐ職員達に喝を入れようと息を吸い込むのだった。
大混乱する解体班が可愛くて仕方ない作者です。どうも。
ナチュラルチートなので当然主人公はとんでもない事をした自覚は無いし、恐らくこれからの諸々も自覚は出来ないでしょうね。
そして普段なら新たな脅威だと警戒心MAXになる筈のギルド側は、普段の物腰柔らかさと意外と話し易いと云う事により文句全開です。
いっそクレームですらある。
一切取り合って貰えずに流されていますが。
久し振りの“森”はプル共々満喫したようです。
主人公、自然が大好き。
序でに言うともふもふ好きですが、殺意を持って襲って来る魔物への慈悲はありません。
きっとテイムが使えたなら片っ端からテイムして、もふもふ天国なスローライフ(?)を送っていたでしょう。
それは叶わないので代わりに寝具にしてます。
変にイカれてる。
次回、Sランクパーティー。
飲み会で話に出た美女集団です。侮辱します。
お楽しみに。