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69.正直、脊髄反射で動いてた

「騎士に憧れている貴族令嬢?」


「あぁ。お前があっち行ってる時に来た」


「3日前じゃないですか。そんな面白そうな存在を秘密にしていたなんて」


ヴォルフ揃っての朝食。ここ連日、早朝ダンジョンのルーティンを崩した理由を察する。


幸い。ヤマトは昨日一昨日と海産物を捌く事に熱中していたので、その貴族に遭遇する事態は無かったが。


だが今日はフェンリルへ会いに行くと聞いたので、注意喚起としての情報共有。


「貴族と逢いてえの」


「全く。騎士に憧れていても、騎士道精神は無く貴族“らしい”言動ですよね。傲慢さを隠せずにエルフ達を苛つかせている光景を見たいです」


「くそ性格悪ぃ」


「そうですね。ヴォルフさんから見てどうでした?」


「俺が“貴族”をガン見するって?」


「ですよね。――ルーチェさんは、どう見ました?」


「“エルフ族”の俺にそれを訊く意味があるのか?」


「失礼しました。護衛の数は」


「5人」


「只人と戦争中の国への訪問と考えたら少ないですね。最低でも、10人は付けるべきでしょうに」


「あー……『騎士に憧れてる』ってのじゃねえの」


「……あぁ。“勘違い”」


「何やっても肯定される温室でぬくぬく育ったんだろ」


「それでも他国では弁えません? 特にエルフ国(ここ)では」


「出来ねえからエルフ共イラつかせてんだよ」


「……お子様?」


「16」


「うっわヤベェ」


信じ難い情報に思わず本性で言葉を溢してしまった。根深い厨二病だろうか。


ちらりと見て来たルーチェも、隣のヴォルフも。次に顔を背け肩を小刻みに震わせたので、笑っているのだと判断。愉しそうで、なにより。


「お前も貴族の真似事してんじゃねえか」


「していません。円滑に穏やかな日々を送る為の処世術です」


「あぁ。王族の真似事か」


「していません、ってば」


「やっただろ」


「その節はご迷惑をお掛けしました」


「迷惑じゃねえ。不快」


「迷惑だと思われた方が安心出来ますね」


「だからだよ」


世話好きのヴォルフ。気に入った相手に限りでは迷惑を掛けられても気分を害さない。


時折「ぶん殴りたい」と言うのも貴族や王族っぽい振る舞いが腹立たしいだけで、それを言葉にするのはその苛立ちを伝える為で本当に殴ろうとはしない。


だからこそ。「ぶん殴りたい」と口にせず只管に無視と拒絶をするのは、本当に心底から不快だと思っているということ。しかも何が悪かったのかを“ちゃんと”理解しての謝罪以外は受け取らない。許さない。


なのでヤマトとしては、迷惑を掛け説教される方が断然マシ。無視は嫌だ。


反省しています。と眉を下げるヤマトを鼻で笑ったヴォルフは、斜め向かいのルーチェが何となく察したようなので一応の根回しは出来たと判断。


件の貴族にエンカウントするかは分からないが、相手は貴族。ヤマトが不快に思ったら確実に上位に立とうと『王族ムーヴ』をかます。


その姿を見たエルフ達が“貴族疑惑”を再燃させることは想像に容易い。その時にルーチェから何かしらの説明やフォローがあれば、恐らくエルフ達は安心出来る。




それでも安心出来ねえ奴には俺が説明すりゃあ良いか。


こいつがフェンリルの毛を使った布団の製作依頼をしてから、心底同情する目向けられてっから……まあ。俺が“貴族嫌い”って知ってる奴は俺相手なら訊き易いだろ。


後は勝手に広めてくれりゃあ良い。




他力本願。しかし、只人の自分が説明して回るより同族から聞いた方が精神的に楽だろうと。当然のようにエルフに対する配慮が出来るので、エルフ達からのヴォルフへの敵意は徐々に薄くなっている。


全員完食したことを確認したルーチェがデザートのアップルパイを運び、いつも通り一口だけ食べたヴォルフはヤマトの前へデザートを置いた。


甘さ控えめに作ってくれたようだが、甘いものは甘い。







「お前やっぱ変なフェロモン出てんじゃねえの」


「不可抗力と云う事ですか」


「今直ぐに他人のフリをしたいのだが」


「“世話役”は大変ですね」


己に降り掛かっている事態なのに他人事のような感想を口にするヤマトは、じとりと迷惑そうな目で見て来る両隣に取り敢えず肩を竦めて見せる。ヴォルフの言う通りにフェロモンならば完全に不可抗力で、ルーチェは世話役。事実を言っただけ。


そもそも迷惑が掛かっている被害者は、ヤマト。ヴォルフやルーチェではない。理不尽な抗議。


その理不尽を指摘しないので、ふたりは『この理不尽は“許される”こと』だと判断してしまった。ヤマトが悪い。


「おい! 返事はどうした!」


力を込めた大声。見上げて来る両の目は鋭いが、そこに騎士道は無く見えるのは只の傲慢さ。


護衛達は貴族出身の騎士だろうか。ヤマトから一度も視線を受けていないのに僅かに震えているのは、今――目に映る人物が“黒髪黒目”だから。……なのだろう。


『“黒髪黒目”に懸想し傾倒し、崇拝さながらに渇望している国』


地理的距離はあるがその情報は容易く得られ、実際に“黒髪黒目”が現れたと。その人物は流れ者で、ファントムウルフを討伐したドラゴン・スレイヤーでもあると。


王族と懇意にしている。と。


流れて来たそれらの情報は眉唾もので話半分に聞いていたが、実際に目にしてしまえば疑いようも無い存在感。圧倒的な武力を有する故の自信。貴族を前にしても私語を交わす、揺るがない傍若無人っぷり。


その美貌により相乗する“王”のような威圧感。


「あぁ、失礼。私に話し掛けていたとは思わず。気付きませんでした」


『礼儀知らずのお前の話など聞く価値も無い』――そう、言っているのだろう。


含ませたその意図に気付いた護衛達が息を呑んだので、彼等は貴族なのだと確信。同時に、貴族として正しい感性を有しているのだと察する。




だとしたらどうしてこんな世間知らずの、夢見る少女の護衛についているのか。立場や爵位の関係で断れなかったのかな。


いやこの世界では16で成人とする国が多いらしいから“少女”じゃないかもだけど。夢見る少女じゃいられない。あれ、良い曲だよね。うん。


なんにしても、このご令嬢に従わないといけない護衛達は可哀想だ。がんばれ。




事実。先程。目の前の令嬢はヤマトの前に躍り出て、開口一番とんでもないことを言い放った。


それは護衛達が顔面蒼白になる程のもので。


「ふんっ、良いだろう。もう一度言ってやる。私の右腕と成る事を許す。私に選ばれたその“黒”を誇ると良い」


ちゃきり――とヴォルフが親指で剣を押し出した。『主』を軽視された“騎士”としては、相手が貴族だとしても正しい行動である。


再度顔面蒼白となった護衛達の視界には、笑っているのに笑っていないヤマト。暖かい気候なのに確実に下がった温度。


怖い。今直ぐに令嬢を止めたいのに、瞬きすら出来ない程の恐怖。背筋が凍っていく感覚が気色悪い。


美術品のような造形美で綺麗に上げられた口角。その口が動いたので反射的に身構え、齎される“音”に集中し……


「貴女の存在で“私”の価値は変動しません。寝言を口にするのなら先ずは寝てどうぞ」




あーーーキレてるーーーむりーーーこえーーーいや、こっわ……


何この人。流れ者って嘘だろ。王族だろ、本当は。


そうじゃないならこの威圧感の説明がつかない。……ぁ。ドラゴン・スレイヤーだからか……尚更怖い。




思わず足を引いた護衛は、それでも“護衛中”なので逃げ出す事はしない。それは騎士道なのか、家紋を背負っているからなのか。


「……なんだと」


「理解出来ないのなら噛み砕いて差し上げますね。――“騎士”へ憧れるだけで心技体を兼ね備えていない小娘が私の上に立とうだなんて、愚の骨頂。血反吐を吐く努力もせず上から物を言うだけでは憧れの『女性騎士』への冒涜。浅はかで烏滸がましい。叶えようとしないのならさっさと夢から覚めて、家門の益になる政略結婚でもして在るべき場所に収まった方が賢明ですよ」


「な……な……っにを! 貴様!貴族に楯突いて無事に済むと思っているのかっ!」


「不思議ですね。貴女は今『騎士』としてここに居るのに、なぜ貴族の身分を持ち出すのです。――ところで。そちらの護衛さん達の胸に輝く騎士の証は、貴女の胸には見受けられませんが。一体どこに?」


「っ……」


つまりは、自称。正式な騎士としての立場は無く、それっぽい服を着て帯剣しているだけ。


恐らくその剣もハリボテ。剣は想像以上に重いので、鍛えていない女性が持っていられる筈がない。


「自覚の無い侮辱が一番腹立たしいですよね。――ねえ、護衛さん達?」


緩むように細められた目元。しかし柔らかさも温度も無い、只々「頷け」と命令されているような感覚。


それは確かにどこかで経験したもので、しかしどこで経験したものなのか。記憶を掘り起こしても思い出せない。


それもそうだろう。


経験に基づく感覚だとしても、まさか目の前の“流れ者”と己が仕える『王』を同一視することなんて出来ない。騎士として、そんな不敬は犯さない。


だからこそ。目の前の“黒髪黒目”を得体の知れない存在だと脳が認識してしまい、しかしその絶対的と言える存在感に……気付いた時にはその“黒”に促される儘に首を縦に振っていた。


つまり、気圧された。騎士の自分達が。只の“流れ者”に。


それでも。


――ゆるりっ。


明確に。次こそ目元を緩めた目の前の存在が、無言のままに『よろしい』と伝えて来た事で大きく脈打った心臓。その事実を自認してしまい、己の信じる“忠誠”が揺らいだような感覚に……いっそ吐き気を催してしまう。


違う。と。“そんなこと”は有り得ない。あってはならない。自制。


現状の全てを否定したいのに口は動かず、唯一幸いだったのは……騎士道精神を知らず精神コントロールを出来ない令嬢が、“黒髪黒目”を睨み上げていること。


自分達の行動を見ていないのでこの失態を『王』が知る未来は無いとの、安堵。


ふっ――と。思い出したように令嬢へ視線を動かしたヤマトは、睨み上げて来る双眼を覗き込むように顔を近付けた。


「な、ん」


「私を隣に置きたいのは“この顔”を気に入ったからでしょう? 欲が透けて見えます」


「そ、んなことっ」


「この造形美でドラゴン・スレイヤーの私が、人に侍り満足する程度だとよく思えましたね。貴族の権力を振り翳せば従うとでも? だとしたら、私はとっくにあの国で“傀儡の王”に成り下がっています。こんな簡単な事も分からないのなら、政略結婚も難しそうですね」


「っ……ぅ、るさい!うるさい! 私への数々の侮辱、決して許さんぞ!――お前達!この男を捕らえろ! 拘束してでもっ」


「黙りなさい」


「、」


「騎士と成ろうと努力しないばかりか、騎士の尊厳すらも貶めさせようとするなんて。貴族の傲慢だと思っていましたが、只の癇癪だったとは。なんて、醜い」


「み、に……」


「護衛さん達は動きません。“私”がそれを許しません。彼等は現状を正しく理解しています。なのに、こんな……分別のつかない子供の癇癪に振り回されて……可哀想に。――あぁ。そうだ。警告をしておきましょう」


そこで言葉を止め姿勢を戻したヤマトは、こてりっ。態とらしく小首を傾げてから口を開き、




「私に指一本でも触れてみなさい。その瞬間貴女の首は飛び、ご実家は遺髪すら手に出来ないでしょう。ここは“エルフ”の国で、私はエルフ王のお気に入りですから」




純粋な脅迫。


それは『エルフ族のトップが“只人”を気に入る。その前代未聞の事実がある中で“私”に手を出し殺されたとしても、エルフ王直々に隠蔽し誰もがエルフ族に忖度して口を閉ざす。ヒトの尊厳を軽視し拘束しようとする“傲慢貴族”を尊重する者は、今この場に只のひとりも存在しませんから』……そう言っているのだろう。


ナチュラルに周りの全てを利用している。自分の為に動くべきだと。動く事が正しいのだと。


貴族……王族さながらの傲慢さ。なのにエルフの自分達が不快に思わず、すとんと納得出来てしまうと云う矛盾。


現に。今。


いつの間にか剣を抜いたヴォルフが令嬢の首筋に剣先を突き付けている。どの瞬間に抜いたのか……誰も視認出来なかった。気付いた時には、既にその命を刈り取ろうとしていた。


ふ――と。令嬢の首を狙うヴォルフを見上げれば、数秒してから剣を納める。その流れで反対隣のルーチェの手元……氷の刃物。その氷で冷え切った手を握り、魔法構築式を分解し消滅させる。


その儘足を動かし、直ぐに空気を震わせたのは――




「弁えろ」




――貴族ならば理解するに足る一言。


どっ……と汗が吹き出すと同時に跪いた、護衛達。令嬢は呆然とヤマトを見上げているだけ。


これは……




思った以上にガキなのかも。


まあいいや。護衛達がこの子の親に報告すれば、“まともな貴族”なら魔法特化のエルフ国との衝突を避ける為に謝罪文を送って来るだろうし。


エルフ王のお気に入りで在る、ドラゴン・スレイヤー。その未知の脅威に喧嘩を売ると云う愚行を犯した娘の教育を失敗したと、漸く理解し嘆き悲しみ落胆しながら。


その後は二度と国から出さないように監視付きで修道院に入れるなり、手に余れば後妻を求める貴族に宛てがうなりするだろう。最悪、病死を装い“処理”する筈。


『本物の貴族』は娘の人生よりも国の安寧を重視する生き物だから。


例え愚直な貴族でも、エルフ族に迷惑を掛けないように私が対処するだけ。だから、後はどうぞご勝手に。


ごしゅーしょーさま。




「ルーチェさんは反応しなくても良かったんですよ」


「……ハァ」


「え」


「あんたは“友人”の為に怒るのだろう」


「思う存分怒ってください」


「単純」


「褒められました」


「ある意味では褒めている」


大満足。思い掛けず得られた“友人”。その嬉しさにぽふぽふと花を咲かせているような、純粋で可愛らしい笑み。


先程の威圧感と傲慢さが一切見受けられないので、本当に同一人物なのか……?と。周囲は混乱するしかなかった。


「おい。そろそろ手ぇ離せ」


「嫉妬ですか?」


「してやるから解放してやれ」


「そんな人拐いみたいに」


「違うって?」


「ちょっと自信無いです」


「だろうな」


どうやらヴォルフもルーチェを認めたらしい。


『ヤマト被害者の会』へようこそ。




閲覧ありがとうございます。

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『唯我独尊やらかし傲慢ヤマト』を書く時が一番楽しい作者です。どうも。


ルーチェ!“友人”と云う名の『ヤマト被害者の会』へようこそ!

これから主人公がご迷惑を掛けます。

既に掛けていますね。がんばって。


この後。茫然自失のこの令嬢は護衛達から回収され、爆速で国に強制帰還となりました。

報告を受けた父親は大激怒で烈火の如く叱り付け、自室での謹慎を命じた。

次に王へ報告して爆速で“ヤマト”への対応を話し合い、一旦様子見で謝罪文と謝罪の品を送ることに。


謝罪しなければ『“只人”を気に入ったエルフ王』と『“黒髪黒目”を渇望する国』、更に『“黒髪黒目”を崇拝する獣人国』から「宣戦布告か?お?やるか?」とのお手紙が届きますからね。

主人公がどの国にも所属していない“流れ者”だからこそ、各国は一切のしがらみも無く全力で喧嘩を売れるので。

片や魔法特化のエルフで、片や“黒髪黒目”の為なら心臓くらい捧げる騎士がうようよしている国がふたつ。

この3ヶ国を相手取るなんて、どれ程の被害規模となるか……

怖い話ですよね。


因みに。

令嬢の父親は、娘の処分は王へ一任しました。

下手をすれば3ヶ国との戦争が勃発していたので『国の安寧を重視する貴族』としては正しい判断。

令嬢とは違い“まとも”な貴族なので、この国は戦火を回避出来ました。


令嬢は全ての貴族籍を抹消されたので、その後を知る者は片手で数えられる程度かと。

ヒトコワかな???


とっっっても今更ですが、ヴォルフはいつも主人公の左を定位置としています。

剣を抜く時に主人公を傷付けない為に。

正真正銘、無自覚の『騎士』です。


次回、好意と厚意。

見極める。

ランツィロット。


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