68.ルーチェに見せたら燃やされかけた
巨大な水生魔物、毒を持つ水生魔物。貝の魔物、海藻類。
この世界には普通の動物は居ないのかと。改めて疑問を覚えながらも、目の前の宝の山に破顔。
目が眩む程のその笑顔にレオンハルトは大満足で、明確な達成感に深く頷いた。
「全て買い取ります」
はよ。精算、はよ。
そう笑顔で圧を掛けて来るヤマトに精算を急ぐが、貴重な氷魔法を使用しての水生魔物大量輸送の値段なんて……初めてのことで分からず、周りはあわあわ。
なので。
「フェンリルの毛と交換で如何です?」
爆撃かと思う発言に一斉に静まり返った。しかも当の本人は不思議そうに首を傾げているので、嘘や冗談でないことは明白。
こわい。あっさりと『フェンリルの毛』を渡そうとする、その神経が理解不能で怖すぎて泣きたい。
「それは、もしや私への土産だったのでは?」
「ブラッシングさせて頂いたので沢山ありますよ。エルフの方に慎重に洗って頂いたので、清潔かと」
「“私”だけの土産が欲しい」
「んー……ドリームキャッチャーはどうです? 私とお揃いです」
「良いな。早速今夜から寝室に飾ろう」
「よかった」
本当はヴォルフにとこっそり買い、部屋に飾ってあげたら即返却されたもの。取り敢えず拗ねてみたら「冒険者を熟睡させようとするな」と言われので、そりゃそうだと大人しく諦めた。
そんなヴォルフが熟睡出来るとしたら、恐らく……プルが側に居る時だけ。王都であれだけ侵入されていたヤマトが気付かず熟睡していたので、スライムは睡眠を必要としないと判断。
ならば自分も熟睡出来るだろう。ヤマトが大切にしている自分の事も、プルは必ず守ってくれる。
そう、ヴォルフは確信している。
長い冒険者生活で既に浅い眠りが癖付いたので、実際に熟睡するかは別として。
“お下がり”とは言わない方が良いかな。ヴォルフさんにも口止め……は、必要無いか。
バラす理由は無いし、こうやって渡した事を知る術も無い。知ったとしても、そもそも貴族の目がある王都で会話はしない。城に来る理由が無いので会うことも無い。
お互いに生きるべき場所で生きているだけ。
ふたりのその思想と判断に私が手を加えるのは野暮だろう。逆に怒られそう。やだ。もう怒られたくない。ヴォルフさん、怒ったら女々しいんだもん。絶対やだ。
思考が脱線したのでふるりと頭を振り、財務大臣へ袋に入ったフェンリルの毛を渡す。白目を剥きかけたので少しだけ心配になったが、今はそれよりも早く海産物をアイテムボックスへ仕舞いたい。
因みに。フェンリルには毛の利用についてしっかりと許可を貰っている。抜け毛を何かに利用されるなんて“黒髪黒目”のヤマトとしては嫌なので、お伺いを立てたらあっさりと許可。
『神獣』と云う存在として、己の身体を“素材”と認識しているのだろう。フェンリルの毛は魔物を寄せ付けず、神殿に祀れば光属性が強化され高品質のポーションを作れるそうな。
例に漏れず。そんなフェンリルの毛を、ヤマトは布団にしようとエルフ国で作ってもらっている。魔物素材の加工屋へ持ち込み職人のエルフをスペキャ状態にしたのは、昨日のことなのでまだ記憶に新しい。
羽毛布団のように軽くふわふわあったかになりそうだとの、純粋な期待。夜に冷え込む国でしか使えないことが、少し残念ではあるが。
ブラッシングはとても楽しかった。ので、またさせて頂く約束を一方的に取り付け済み。顔を歪め歯を剥き出しに嫌がるフェンリルは何度見てもやっぱり犬だな、と思っている。
神獣相手に中々の不敬と神経の図太さだが、テイムの素質が皆無の“もふもふ中毒者”にとっては等しく『もふもふ』でしかない。フェンリルをドン引きさせる者は、後にも先にもヤマトだけだろう。
「昼食を用意させているが、それまでお茶でも?」
「ごちそうになります」
「良かった。料理長が昨日から仕込んでいる」
「これまで肝を冷やさせていたようですね。お詫びは何が良いでしょうか」
「不要だ。如何なる時も最上級の料理を提供出来る者だけが、王家の厨房に足を踏み入れることが許される」
「では、料理の感想をお伝えすることにします」
「『本物の栄誉』を知ることとなるだろうな」
「レオが言うと洒落になりませんよ」
「そうだな」
分かっていて言うなんて。意地悪な子だ。
そう思うも呆れは無く、只々面白いなと思うだけ。
それはレオンハルトが揶揄っているだけだと、しっかりと理解しているから。相変わらず娯楽にされている。しかしヤマト自身もこの“娯楽”を愉しんでいるので問題は無い。
レオンハルトに案内された庭園。
それは、ヤマトが庭園を気に入っているから。男性が草花を嗜むことは珍しいのだが、“らしい”と思ってしまう。
そしてその造形美によく似合う。本当は花の大精霊なのだと言われても、違和感無く納得してしまう程に。
「エルフの国はどうだ?」
「楽しいです。祖国の馴染み深い食材が豊富なので、真剣に定住を考えてしまいます」
「片道3ヶ月以上……か。別荘の購入を検討しておく」
「定住は諦めたので買わないように」
「残念だ。しかし――意外だな。海産物を購入したら、直ぐにあちらへ戻ると思っていたのだが」
「そのような薄情な人間に見えます?」
「いや、早く食べたいだろうにと」
「私を理解しているようで嬉しいです。確かに早く食べたいですが、私は“友人”を大切にするので。それに、プルもレオと遊びたいようですから」
「一言で」
「レオとテオのギクシャク見たいなー」
「ん……ふふっ」
「呼んでいるのでしょう?」
「“偶然”ここに来るかもな」
「テオにも草花を愛でる趣味があったなんて。意外です」
「ふ、ふふっ」
“偶然”になるように手を回したのだと察したヤマトは、目の前で口元を隠し肩を震わせるレオンハルトに上機嫌。まだ、気まずいだろうに。自分の為にその気まずさを見ないフリしてくれている事が、とても嬉しい。
ヤマトが居ない間、レオンハルトとテオドールの交流は挨拶のみ。王族相手に“友人”を望む傲慢な“黒髪黒目”がその場に居て初めて、ふたりの間に会話が生まれる事が許される。
互いの派閥で目を光らせている貴族達も「“黒髪黒目”が望むのなら……まあ」との、根深い洗脳により目を曇らせて。
「――そう云えば。先日、冒険者を伴う懇親会を終えてな。ヤマトのお陰でこれまでとは比べられぬ程に空気が良かった。感謝する」
「キアラさん達に魅力があるからですよ。女性貴族は、今は?」
「次は『女性騎士』を題材とした小説が流行るだろう」
「“色”が増えて良かったです」
「私としては“黒”一色でも良かったのだが」
「次は何を読ませる気です?」
「シンプルに騎士。中々に面白かった」
「……『王の落胤の“黒髪黒目”が騎士と成って功績を上げ、でも王籍を断り騎士団長へ上り詰める英雄譚』とか?」
「この国の性質を知るなら予想に容易いか」
“黒髪黒目”の価値。王族への敬意。それらを考慮し、題材は一貫して『騎士』。何より王族のレオンハルトが「面白い」と口にしたので、少し考えれば弾き出せる結論。
恐らく。ヤマトが現れない内は、主人公の“黒髪黒目”が王籍を賜り王へと成り上がる下剋上物語となっただろう。
しかし現実に“黒髪黒目”が現れてしまったので、主人公が王籍を賜ってしまえば現王家を否定する創作物となり規制されてしまう。そんな事態は誰も望まない。
“黒髪黒目”が存在している為に生まれた創作物。逆に、“黒髪黒目”が存在してしまったが故に生み出せない創作物。
この“ままならなさ”が身分制度による弊害なんだなー。との雑な感想を抱きながらも、作品を生み出すにあたってのボーダーラインを見極めている筆者達を純粋に尊敬する。
自身が生み出す作品に愛があるからこその見極めなのだろう。と。
「今から読むのなら、テオのお相手はレオに任せきりになりますが」
「……」
「会話が無くともテオなら機嫌を損ないませんよ」
「だと……良いがな」
視線を泳がせるレオンハルトに目元を緩めるヤマトは、“そう”なるとの確信がある。
あれ程に異常な兄妹愛を持つ“お兄ちゃん”なら、同じ空間でお茶を飲むだけで心が満たされる。だからこそのブラコン&シスコンなのだと、そう信じて。
――実際に。
決して顔には出さないが内心居心地が悪いレオンハルトと、同じく決して顔には出さないが上機嫌のテオドール。そのふたりに一切触れず小説に集中するヤマト。
そんな彼等を、給仕係と護衛達はやはり顔には出さず内心大混乱で見守ることとなった。
「やっぱり王族だったか」
「一滴も。お久しぶりです、キアラさん」
王城の廊下でバッタリ。出会い頭に揶揄って来るキアラに眉を下げての即否定。両隣の王子様達が咄嗟に顔を背け笑いを堪えた事には、当然ながら気付いた。“友人”達が酷い。
改めて。まじまじと見て来るキアラにこてりと首を傾げると、何やら納得したキアラは感心した様子で口を開き……
「私が惚れた男は本当に顔が良い。流石私だ」
「王子様の前で」
真正面から盛大な喧嘩を売った。
しかし事実なのでレオンハルトもテオドールも、姿を見せない護衛――リアムも何も言えない。美男美女を見慣れている自分達が見惚れる程の、圧倒的造形美。紛れもない事実。
なので、
「そうだな。これ程の美しさならば私の愛人としたい程だ」
ノった。王族が軽率に言ってはいけない言葉で全力のお巫山戯。
反対隣のテオドールから豪速の殺気が突き刺さったのでやめてほしい。そして殺気を飛ばすよりも先に、この軽率な弟くんを注意してほしい。
周りに人が居ない事だけが救いである。それを分かった上での全力のお巫山戯なのだろうが。
「そのような趣味は無いので辞退しますね」
「残念だ」
揶揄えて満足。機嫌を良くさせるレオンハルトは、テオドールが未だにヤマトを睨んでいる事実には気付いていない。ブラコン、こわい。
「キアラさんは、なぜお城に?」
「あぁ。懇親会の話はしただろう。私達の写真で一儲けしたいと、レオンハルト殿下から依頼されてね。撮影が終わったところだ」
「他の方々は」
「今日は私だけだ。商売事は分からないが、小出しにした方が……熱?が持続するらしい」
「なるほど」
「ヤマトは?」
「勿論購入させて頂きます」
「そうじゃなくて。いや、嬉しいが。ヤマトはなぜ城に?」
「あ。融通して頂いた海産物の購入と、先程読ませて頂いた小説の再現を。今から撮影です」
「それは是非とも見学したいな」
「レオ」
「好きにすると良い」
「良かった。行きましょう、キアラさん」
すっと差し出された手。流れるように、行動だけでエスコートを申し出るヤマトに再度顔を背け笑いを堪えるレオンハルト。テオドールの「……なんで貴族じゃねえの、こいつ」との呟きによりくぐもった笑いが溢れてしまった。腹筋が痛い。
同じく笑いを堪えるキアラは不思議そうなヤマトに一度咳払いをしてから、その手を取りエスコートを享受。強かな女性冒険者が惚れた男と接触出来るチャンスを逃すなんて有り得ない。純粋に嬉しい。
エスコートに従い、キアラはヤマトとレオンハルトの間に。ヤマトとしては特に何も考えず手を差し出したらしく、レオンハルトに気付き「ぁ」と小さな声を溢し眉を下げたので文句は無い。
エスコートも始まっているので改めて位置を変えることは忍びなく、ヤマトがレディーファーストをしているだけだとも理解している。とても、“らしい”。
しかし。それでもヤマトの隣に居たいレオンハルトは少しだけ悩み、自分の欲を優先させヤマトとテオドールの間に割り込んだ。
テオドールとしては特に拘りは無く、寧ろ大好きな弟の隣を歩けるので全力ウェルカム。めっちゃ嬉しい。
「エルフ国は楽しいか?」
「はい。祖国の食材が豊富で。松茸が安いので嬉しいです」
「……あれを食べたのか」
「匂いの細分化が出来る種族なので。私には、食欲を刺激する香りなんです」
「……そうか。お前の祖国はへんた、いや……その……変わっているな」
「うーん。根深い」
食事は味覚だけでなく五感全てでするものだと理解している。
なので、この根深さは仕方のない事だと。取り敢えず苦笑しておいた。
「――っと云う訳で。どうぞ」
「どーも」
渡された写真を受け取ったヴォルフは、主人公が『騎士』なら蠱惑的な写真は撮ってないだろうと判断したのだろう。
直ぐに裏切られたが。
「何故脱いだ」
「頼まれたので」
「お前に羞恥心が無い事は分かった」
「ちゃんと恥ずかしかったですよ」
「どうだか」
惜しみなく晒された肉体美。何故か、水を滴らせて。
ある意味では『蠱惑』よりタチが悪い。
この写真を手に入れた女達、夜に“お世話”になんだろうな。水浴びっつうより風呂上がりにしか見えねえし。
それを分かっての“コレ”なんだろうが。
呆れの溜め息を吐いたヴォルフは、更に渡された封筒に思いっきり嫌そうに顔を歪める。どうせ“そーゆーもの”だとの、確信。
ヤマトがにこにこ笑っているので受け取るが。ヴォルフはヤマトに甘い。
意を決して写真を取り出し、
「………………」
「『落胤から成り上がった最強の騎士団長』を王子達が政権争いで奪い合う真剣な話なのですが、レオが悪ノリしてしまって。テオを巻き込んで恋愛の意味で奪い合われました。小説がお堅いのでこれは配慮して、大々的な販売はせずに双方裏ルートで資金調達に使うようです」
半裸のヤマトの後ろ。両側から。
その肉体美に腕を絡ませ首筋に噛み付こうとする、“黒混ざり”の第二王子。
反して、決して手を触れず。なのに肩に噛み付こうとする、“初代国王の生まれ変わり”と称される第一王子。
極めつけに。これから与えられる“刺激”を不本意ながらも立場的に受け入れなければならず、それでも“なにか”を期待するような表情のヤマト。
むり。
「お前さ」
「はい」
「男役譲らねえっつってんのにヴァンパイア以外女役だよな」
「とても混乱していることは分かりました」
満足そうに笑うヤマトは、ロイドは勿論。ヴィンセントとフレデリコにも渡そうと、頭の中で予定を立てるのだった。
また愉快な反応を見せてくれるかな、と期待しながら。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
だっっっからその写真私にも……な作者です。どうも。
本当にBLじゃないんです。
本気で、全力で巫山戯ているだけなんです。
男子高校生のタチの悪い悪ノリのようなものなんです。
本当です。
(でもめっちゃ楽しかったので悔いはないし反省もしない)
テオドール、めちゃくちゃ嫌がってました。
でもレオンハルトがしょんぼりしたので「……くっ」と受け入れる、弟に弱い“お兄ちゃん”。
しょんぼりレオンハルトは演技。
悪い子ですね。
テオドールが付いて来たのは、単純にまだレオンハルトと一緒に居たいからです。
普段なら周りの目を気にしますが、今は“黒髪黒目”が居るので許されると判断して。
あと、ちょっと面白そうだとも思って。
その判断の所為で巻き込まれましたが。
愛しい弟のレアなしょんぼり姿を見れたので、結果良ければ全て良し。
ブラコン、単純。
キアラ、主人公の首元で襟巻き化しているケット・シーに気付いていました。
しかし「まあヤマトだし」と特にリアクションは無かったので、引き続きレオンハルトとテオドールはケット・シーに気付けなかった。
このふたり、そしてリアムやお城の者達はいつになったら気付くのでしょうか。
因みに。
お城の人達が
「『フェンリル』が存在したとて出逢えるものか」
と鼻で笑い飛ばさなかったのは、
「このお方ならフェンリルくらい出逢えるよな……」
と思ったからです。
一体、主人公は何だと思われているのでしょうか。
次回、憧れ。
軽率傲慢vs唯我独尊傲慢。
久し振りの公開侮辱。