67.神の領域
「居んのかよ」
「え?」
「フェンリルんとこは」
「連日は迷惑ですよ」
「お前、気の遣い方ズレてるよな」
「え」
あれだけフェンリルをドン引きさせておいて、『連日は迷惑』との常識的な気遣い。気遣うのならそもそも犬吸いをするなという話である。
冒険者活動から戻って来たヴォルフは、フルーツポンチを食べるヤマトになんとなく脱力。しかし直ぐに、迎え――基。強制回収に行かなくて済んだと、安堵。
フェンリルと云う『神獣』の警告……そう何度も経験したいものではない。あと、もふもふを求めるヤマトの変態さも何度も見たくはない。さっさと記憶から抹消したいのだが、その姿が強烈過ぎたのでそれは叶わない事だと諦めている。
フルーツを食べるヤマトは、向かいで同じくフルーツを楽しむルーチェから溜め息を吐かれたので首を傾げた。まるで「これはだめだ」と言われているような感覚。
どうせ説明は無いだろうと何となく察しつつ、ヴォルフが隣に腰を下ろしたことに上機嫌。
テーブルを囲む時、ヴォルフは大抵正面に座る。この“顔”を鑑賞しているのかは分からないが、正面が落ち着くようなのでヤマトも正面を選んでいた。今回はルーチェがヤマトの正面に居るので、だったら横――と。
ルーチェの横に座る。その選択肢は浮かんですらいなかったのだと、優越感。
彩色されているガラス食器。確かに、華やか。そしてやたら似合う。貴族でない事が心底不思議な程に、似合う。腹立たしい程度には“貴族”。
「食べます?」
「ぁ」
「どうぞ」
地道に糖分摂取をさせ続けていたから……か。違和感無くヤマトへ顔を近付けたヴォルフは無防備に口を開け、ヤマトの手からフルーツを食べたので謎の達成感を覚えた。
ふたりの距離感がバグっている事実に気付いたルーチェは内心呆れ、指摘したところで不思議そうにされるだけだと口を閉じる。説明が面倒なので全力で閉じる。藪はつつかない。
なので、見なかったフリで口を開いた。
「今日は」
「何をしましょうか。周辺国の情報は、リリアナさんに頼めば集めてくれそうですし」
「嬉々として集めるだろう」
「『王を利用するな』とは言わないんですね」
「報酬だけでは返しきれない恩がある。多少は使ってくれて構わない」
「仲が良くて何よりです。お子さんの名付け、しても良いですか?」
「そのセンスで?」
「中々に傷付きます」
「あんたが200年後にも生きているのなら、名付けの権利をくれてやろう」
「潔く諦めます」
長命であればあるほど、比例して繁殖力は落ちる。性欲も湧き難い。ヤマトの存命中にふたりの子が生まれる可能性は、限りなくゼロに近い。
現に。ルーチェが夜に外出している気配は無い。淡白ではなく、エルフ族は皆同様に性欲が薄いそうな。
「予定が無いのなら、王に『魔力還元』の構築式を教えてほしい」
「謁見申請は」
「あんたなら構わない」
「暇が潰れて有り難いです。――ヴォルフさんは?」
「暇」
「では行きましょうか」
食休みの後だなと確信するふたりは、フルーツポンチに舌鼓を打つヤマトに若干の不安を覚える。魔法に造詣の深いエルフすら知らない『魔力還元』。
リリアナ達はその構築式を読み解けるのだろうか。
「本当は神族なのだろう?」
無理だった。意味が分からない。理解が出来ない。
純粋な疑問をぶつけて来るリリアナが純粋な目をしているので、何故か後ろめたい気分になる。被害妄想だとは理解しているが、これが“未知の魔法”を目にした魔法使いの当然の反応なので弁明はしない。
「ちゃんと只人です」
真実ではない疑惑はしっかりと否定するが。
「この、やたら線の多い字は何だ。魔法構築式は普通、数字と公用文字で構成されている。ロストマジックとされている魔法は古代文字が使用されるが、古代にもこの文字は見た事が無い」
「ある筈ですよ」
「は?」
「“黒髪黒目”。彼等は、個人的な日記や研究書で使用していたかと」
「……欲しいのなら集めさせようか?」
「いえ。他人の人生に興味はありませんし、私には“せんせい”の研究書があります。難しいですけど」
「そうか。それで……お前はいつ魔力が尽きるんだ」
「いつでしょう。不思議です」
今は指輪を外しているので、魔力の残量を気にせず『魔力還元』を使用し続けても問題は無い。
寧ろ“問題が無いこと”が問題な気もしてくる。明らかに、体内で生産される魔力だけでは済まない量。やはり……
「ルーチェさんからも言われましたが、『魔力吸収』――空気中から魔力を補充しているのでしょうね。無意識で」
「神族じゃないか」
「只人ですってば」
「魔法の根源である“魔力”に関わる魔法を創っておいて、よく言う。――誰か、読み解ける者は?」
周りを見渡すリリアナは、恐怖の目でヤマトを見るエルフ達に「だろうな」との呟き。古代魔法を使用するハイエルフの自分ですら読み解けないのだから、彼等が読み解けるとの期待はしていない。
『構築式』は前の世界で言うと数学の『証明』に似たもの。数字と文字の構成。しかしイコールではなく、ニアリーイコール。『証明』ではない。
ヤマトの魔法構築式も、現存する魔法は同様に数字とこの世界の文字。だが『魔力吸収』と『魔力還元』、『重力操作』は“無”から創り出した魔法。創り出す為には膨大な情報を構築させなければならない。
その膨大な情報の穴埋めは、同じく一文字に情報が組み込まれている文字――『日本語』を使用した方が効率が良い。
だから。レオンハルトの前で『“これ”に?』と口に出来た。国の上空に張られた制約魔法の構築式を読み解き、『これ日本語に変換したらめちゃくちゃ簡略化出来るなー』――と。
そんなヤマトが使う魔法の構築式が何故この世界に準じているのかと言うと、単に“態々書き換えるのはメンドイ”から。簡略化すれば使用する魔力量は少なくなるが、簡略化しない方が飽和している魔力の発散になる。
なので、魔力発散の為に敢えて書き換えていない。それが最大の理由。
「残念だが。私達に『魔力還元』は使えないようだ」
「……食材」
「そう云えば。アンデッド掃討の報酬があの程度ではエルフ族の沽券に関わるのだが。――どうだ、プル。足りない報酬をヤマトに渡しても構わないか?」
するりとコートの中から出て来たプルは、しょんぼりするヤマトの頭の上へ移動しぷるぷると揺れる。「それでいい」らしい。
途端に笑顔になったヤマト。分かり易い正直者だと、周囲の者達からの好感度が上がった。恐らくは“子供”に向ける好感度。
「『魔力還元』を教えないのなら暇になりましたね。――ヴォルフさん。なにかやりたい事は?」
「ねえ」
「暇ならこの者と手合わせはどうだ? 戦場より私の護衛を取った阿呆でね。なのに腕が鈍ると煩いんだ」
「俺は魔法使えねえぞ」
「あれ? ヴォルフさん、魔法の攻撃斬れますよね。対魔法の経験も積めるのでは?」
「……」
「うん?」
じとりっ。無言で見下ろして来るヴォルフに首を傾げるヤマトは、視界の端でリリアナが顔を背けたことに気付く。口元を隠しているので、どうやら笑いを堪えているらしい。
なんだろう?と次はリリアナへ首を傾げて見せると、ちらりとヴォルフを見たリリアナは小さく咳払いをしてから口を開いた。
「自分が離れている間、ヤマトの安全はルーチェの預かりになる。ルーチェを信用してはいるようだが、預ける程の“信頼”は無いらしい」
「冒険者活動で朝は居ないのに?」
「それこそ『腕が鈍る』のだろう」
「ヴォルフさんは我が儘ですね」
「手前ぇに触発されたんだよ」
「否定はしない。と」
鋭い睨みが飛んで来たが、確かに否定はしていないので全て図星らしい。
しかしその我が儘は『ヤマト』に関してだけなので、ヤマトとしては気を良くするだけ。“友人”としての我が儘。甘え。
無自覚の“騎士”としての嫉妬――それは、ルーチェから口止めされているのでリリアナ達は決して口にしない。
検問で“整えて”くれた。そんな相手へ不躾は働かない。エルフ族の矜持に懸けて。
「ヴォルフさん、本当に私のこと大好きですよね」
「お前もだろ」
「はい」
ぽふぽふと花が舞っているような錯覚。顔の良さも相乗し、その嬉しそうな無垢な笑みが神聖なものに見えて仕方ない。
これで何故、神族ではないのか。
思わずそう考えてしまうが、しかしヤマトの魔力が明確に只人の性質なので不可避の混乱。信じ難いが、確かに只人。
あと貴族や王族じゃない事も未だに信じられない。こんな流れ者が存在してたまるか。
流れ者だからこそ、今この場に居る事を自分達が許しているのに。信じられないものは信じられない。己の心の内なのに、よく理解が出来ず不気味とさえ思う。
それでも、
「食材、オクラと山芋もお願いしますね。松茸もあると嬉しいです」
ゲテモノ食い。
それだけで流れ者だと安堵出来る。認識するポイントがズレまくっているが、常識や思考がズレているヤマトなので間違ってはいない。本人には言わないので問題にはならない。
教えたところで「ゲテモノ……」としょんぼりし、ヴォルフが笑うだけ。それも想像がつくが、一応の気遣いで口を閉じておくことにした。
「あぁ、それか……水中で呼吸出来る魔法を教えて頂くのも良いかも」
「そんな魔法は無い」
「え。水中の酸素を取り込むとか、身体構造を変えてエラを作ったりも?」
「酸素を取り込む……は新たに魔法を創れば可能だろうが、身体構造を大きく変える事は“理”を歪めると同義。神の領域だろうね」
「……そうなのですね。勉強になり、」
「こいつこん前『魔法で女の身体になれそう』っつー感じのこと言ってたぞ」
「……」
「そんな目で見ないでください」
「……ルーチェ。ヤマトに魔法の常識を教えてやれ」
「魔力に関わる魔法を創り出す非常識さだ。焼け石に水だろう」
「それもそうか」
「傷付きます」
「傷付いてから言え」
「そうですね。善処します」
その『善処』は拒否の意が込められているのだろうな。
そう確信するのは、ヤマト以外の全員。数回しか会っていないリリアナ達も、漠然とだが“ヤマト”のタチの悪さの理解を深めている。
アンデッド掃討の受諾。復讐の正当化。アンデッドと化した同族を浄化し伝統的な葬送での見送り。“黒髪黒目”として、エルフ国への心象を落とさない立ち回り。「必要だろうから」と裏の無い気遣い。
魔法の根幹を揺るがし、理解不能の魔法を創り出す非常識な発想。極めつけに……『神の領域』に躊躇無く踏み込もうとする異常性。
……嗚呼。
エルフ族の凄惨な歴史さえ無ければ。そうしたら心置き無く、このお人好しの『支配者』へ傅けたのに。
生態系の頂点で在るドラゴンすらソロ討伐する。そんな圧倒的な武力を有するこの“黒髪黒目”へ、戦争の鎮火を懇願出来たのに。
本当に一度もヒトを殺した事が無いのだとしても、きっとこの只人は不殺の儘に降伏させる。何故かそう確信出来る。
まるで『全てが思い通りになって当然』だとでも思っている傲慢不遜で、それでも滲む“甘さ”に絡め取られて。望む全てを叶えてあげたいと、跪き己の全てを差し出したくなってしまう。
そして“それ”を可能としているのは、エルフの自分達でさえ感心してしまう圧倒的な造形美。美術品の相貌が大きく影響している。
ヒトは美しいものこそ“正義”だと。そう信じて疑わないから。
「たちがわるい」
つい。口を突いて出た呟き。
ヤマトには聞こえていなかったようだが、ヴォルフの聴覚は知覚したらしい。どことなく同情のような視線を向けられたので、取り敢えず小さく肩を竦めて見せておいた。
「暇潰し、か。現在の戦争の話でも聞くか?」
「あ。それ、興味があります。レオからの資料には表向きの『領土拡大』としかなかったので」
「よく表向きだと気付いたな」
「相手の国は肥沃なので、領土拡大したところで大した得にはなりません。葬送の文化も違いますし、“自然”を愛するエルフ族を取り込んでも土地開発は猛反発を受け叶いません。内戦となる可能性もありますね。――だとしたら。エルフの魔力で安定した作物の収穫が望めない土地を欲しがる、それ相応の理由があると思っただけです」
「本当に流れ者か?」
「流れ者です」
「そう云う事にしておこう。――エルフの魔力の影響を受けた木々は、硬く燃え難い」
「普通に取引を申し出れば良いだけでは?」
「ドワーフ国と優先契約を結んでいてね。かれこれ1000年程か。当時の“黒髪黒目”の案で国交を結んだんだ」
鍛冶を得意とし火を使うドワーフには木炭は必須。どうしても自然を破壊してしまい、エルフ族とは思想が合わずいがみ合っていた。
しかし当時の“黒髪黒目”から「間伐の木材売れば自然破壊にならなくね?」と言われ、エルフ達も「……たしかに」と。
実際にドワーフ側も「木炭まで加工してくれるんなら自然災害に強い家建ててやるし、毎年メンテナンスしてやる」と。エルフ族には無い技術を提示してきたので、利害が一致し今では友好国に。
勿論、どちらも料金は払っている。永続的な関係を保つ為、双方2割程の割引で合意した。
「実際に交流してみると案外気の良い者達でね。ドワーフ国へ行くのなら紹介状を書いてやろう。下手な扱いはされない筈だ」
「有り難いです。お願いします」
「お安い御用だ」
力になれる。と満足そうなリリアナは、エルフが只人を紹介すると云うことが周囲にどのような思惑を与えるのかをしっかりと理解している。
それでも。その思惑をヤマトは歯牙にも掛けないと、その確信もしている。
ブラックドラゴンをソロ討伐した、新たな“生態系の頂点”――『支配者』。数だけの有象無象が勝てる筈も無い。
「一応、訊きますが。戦況は?」
「魔力を封じられていないエルフが只人に負けるとでも?」
「水と土の汚染や疫病を防ぐ為に、遺体は燃やした方が良いですよ」
「言われなくとも」
「素晴らしい」
不殺の儘にヒトはここ迄非情になれるのか。
思わず。リリアナ達は変に感心してしまうが、それは“自然”を最優先としているのだと理解している。
只々、単純に。柔らかい笑みで非情を口にするヤマトに「恐ろしいな」と思うだけ。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
他人の“死”に非情な主人公がちょっと怖い作者です。どうも。
単純に、島国の日本で育ったので水や土壌の汚染についてシビアなだけ。
あと食材が汚染されることが許せない。
食に妥協しない食いしん坊。
欲に正直で可愛いですね。
戦争ですが、エルフ族は「意外としぶといな」程度にしか思っていません。
悲惨な歴史を持つエルフにとって、只人はその程度の存在なので。
なので余計に“ヤマト”に対する対応が際立つ。
街のエルフ達もめちゃくちゃ気になってます。
エルフに好意的な“黒髪黒目”という要素を抜かしても、それでもやっぱりドラゴン・スレイヤーなので怖くて遠巻きにしてたり。
あと「なんかやべえ存在」だと思われてる。
『神族』疑惑向けられてるの可哀想ですね。ウケる。
ヴォルフは主人公大好きだし主人公もヴォルフ大好きですが、何度も書いた通りBLじゃないです。
この世界にルーツが無いが故に友愛が重い主人公の所為で、ヴォルフが認識した“親友”の距離感がめっちゃバグってるだけ。
何度も言うが決してBL作品じゃない。
次回、王都。
お待ちかねの海産物。
小説再現、第3弾。