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66.オタクは『神獣』が好き

この“自然の要塞”は魔力を通したらどうなるんだろう。


ふと湧いた疑問。王の家に魔力を通すなんて、敵対行為と見做されても文句は言えないので試すことは出来ない。エルフ達もこれ迄そんな事を試そうとすら思わなかったので、その疑問は問うたところで解けることはない。


そして普段通りの柔らかい表情なので、ヤマトがそんな疑問を抱いた事には誰も気付かなかった。


「来たか。呼び出してすまない」


「構いませんよ。何かトラブルが?」


「いや、何も」


「それは良かった」


それなら何故呼んだのか。そう顔に出すのは、当然のようにヤマトの横に居るヴォルフ。と、世話役のルーチェ。


ヤマトは言葉の通り『良かった』と思っているだけ。用があるのなら直ぐに分かるだろうし、特に用が無く呼んだだけなのだとしても不快には思わない。例え用が『会いたい』だけでも、それは好感を持ってくれているということ。


ヤマトとしても、己の心に正直で“復讐を選択出来る”リリアナに対して好感を持っているので嬉しく思うだけ。


「トラブルではなく、蚕の発見について礼をしたくてね。蚕業の取り分は断ったと聞いたが、詰めが甘いな。蚕の発見()の礼は受け取ってもらう」


「そんな悪役のような笑みで……。私を困らせて楽しいですか?」


「愉しい」


「なら良いです」


良いのか……と言いたげなエルフ達の視線が集中したが、愉しいのならそれで良いとヤマトが思っていることは事実。娯楽にされることは慣れたし、“娯楽”を愉しむ姿は面白い。


大前提として、ヤマトが不快に思う境界線を皆が見極めた上での娯楽。なので、その“娯楽”に付き合ってあげている。


『遊んであげますよ』――との副音声付きで。無自覚な上位者の傲慢さで。


「簡単に金で終わらせるのは、あまりにも詰まらないと思わないか?」


「貴女がそう思うのなら“そう”でしょうね」


「かと言って食材は『魔力還元』の礼に渡す訳で」


「私としては、食材が増えることが一番嬉しいです」


「私が詰まらない」


「目的が変わっていますね」


「――で、だ。考えたのだが」


一旦言葉を止めたリリアナ。何やら意地の悪い笑みで、側に控える男性エルフからメモを受け取る。


こてりと首を傾げるヤマトへそのメモを見せ付けながら再度口を開き、


「予測だが。神獣――フェンリルの目撃情報から割り出した住処」


「素晴らしい取引が出来て満足です」


「あはははっ! 良い笑顔だ!」


完全に『サプライズに喜ぶ子供』を面白がる大人の笑い方だった。











フェンリルなんて眉唾モンがまじで居るのか。


いや憧憬の中だけの存在だった“黒髪黒目”が今ここに存在してっから、神獣が存在してても驚かねえが。




最早悟りの域に達しそうなヴォルフは、洞窟を歩き続けるヤマトを横目で確認。上機嫌。食欲だけでなく、もふもふへの欲も強い。


勿論、世話役のルーチェも同行している。彼も初めて来た洞窟らしく警戒の姿勢。自分の身は自分で守る、その心持ちを察したヴォルフは好感度を上げておいた。


信用は別として。


「エルフの魔力は柔らかく質が良いから、ですかね。近くを住処にしているのは」


「狩らねえからだろ」


「寧ろ祀りそうです」


どうですか?とルーチェを見上げてみると、数秒の思案の後の頷き。


自然を愛するエルフならば神獣を祀り、更なる自然の恵みを期待するのは“理”としては当然のこと。本当に恵みを得られるかは然程問題では無い。自分達が“そう”したいからするだけ。


「そもそも、なんですが。神獣は狩っても許されるものなのですか? 『神の獣』ですし、神罰とか」


「神罰……か定かではないが、神獣を殺した国は天災に見舞われる――とか。近年、神獣を討伐出来る者はいなかったから伝承のようなものだ」


「過去形」


「フェンリルはブラックドラゴンと引き分けたと聞く」


「神獣なのに属性を複数有していないんです?」


「その魔剣だろう」


「食いしん坊で可愛いです」


「……あんたの魔力はどこから湧いているのだろうな」


「どこからでしょう。もしかしたら、無意識に空気中の魔力を吸収しているのかも」


「態々吸収した魔力を還元していると?」


「実際に魔法に触れたのはつい1年と少し前なので。私の魔法は“イメージ”が先行しているようですし、無意識な“イメージ”で吸収していても不思議ではないですよね」


「……一理あるが。だが、吸収の魔法構築式は見当たらないぞ。これまで、一度も」


「え。『魔力吸収』なのに魔法を使うんですか? 吸収する為に魔力を消費するなんて、ザルに水を通すようなものですよね」


「……ヴォルフ」


「知らん。考えんな。“体質”って事にしとけ」


「あれ?」


なにやら見捨てられたような感覚。その感覚は誤認だとは分かっているが、なんとなく全てを投げっぱなしにされたような……諦められたような。


「世界は広いな」


なぜか遠い目をするルーチェに、次こそ全てを諦められたのだと察した。解せない。


しかし互いの認識に大きな齟齬があるようなので、これ以上は答えの出ない議論だなと深掘りすることはない。神のような存在からこの世界に落とされた異世界人なので、“そういうもの”だと自認しておく。


この世の説明不可能な汎ゆる事象は、全て『神の悪戯』で説明がついてしまうのだから。


「――ところで。気付いています?」


「あぁ」


「勿論」


「ですよね」


先程から感じる、殺気に似た感覚。殺気というよりも敵意に近いが、警戒よりももっと濃く重い……その場に足を縫い留めさせるような悪寒。


居る――のだろう。この近くに。それが前方か後方かすら分からない程、全方位から突き刺さる“これ”は……


「警告」


「ですね。お優しいのかも」


「は?」


「おふたりはここ迄で」


「おい」


「生き物を庇いながらの戦闘。慣れていないんです」


「……」


「ラブが逃げようとしていないので、恐らく“私”は許されています」


妖精は自然の一部であり、同じく自然の一部である神獣との親和性は高い。そのラブがヤマトを止めないのなら、少なくとも“ヤマト”なら命の危機に陥ることは無いということ。


そうでないのなら。上位の神獣から下位の妖精へ耐え難いプレッシャーを掛け、ヤマト達を追い出すように何らかの指示をしていた筈。


だとしたら。


「先日、ダンジョンに行った時に視認されていたのでしょう」


「何でお前だけ」


「言ってませんでしたっけ? “黒髪黒目”が好意的なのはエルフだけに留まらない。って」


「、――は」


今回の“黒髪黒目”(わたし)も合格のようです」


「……ハァ。行って来い」


「ありがとうございます。暇なら戻っていて良いですよ」


「アホ。早く行け」


「はい」


納得してくれてありがとうございます。と言うように目元を緩め奥へ向かうヤマトは、あからさまに心配していたルーチェに満足。好感度は稼げているようだ、と。


思った通り濃く重い警告は向けられておらず、軽い足取りで進み続け……唐突に現れた広い空間。


その正面には身体を地面に落ち着けたまま、頭を上げこちらをじっと見詰める巨体。神々しい獣。


フェンリル。


「初めまして。ヤマト・リュウガです。近くへ寄るご許可を頂けますか?」


胸に手を添え示す敬意。これが、ふたりをあの場に留めた理由。


それは、貴族や王族……生態系の頂点で在るドラゴンへも見せなかった――




『自然』を愛する者としての服従。




――無自覚でもヤマトを“主”と見做しているヴォルフ。


ヤマトもその事実には気付いていないが、無意識下では“なにか”を感じ取りヴォルフの望む人物像へ僅かに寄せている。勿論、無意識に。


だとしたら。己を下に置く姿をヴォルフへ見せては、確実に不快に思わせてしまう。ヤマトがそう判断するのは当然のこと。


しかしそれは無意識での判断なので、ヤマトの自意識は『憧憬の中にしか存在し得なかった“黒髪黒目”の価値』――それを貶めない為の気遣い。だと、自認。


更に噛み砕くと……


なんとなくだけどヴォルフさん置いてった方が良いかも?との無意識だけでは自分が納得出来なかったが、“自意識”でも理由があったので心置きなく置いて来た。


つまり。ヴォルフだけ置いて行ったらめちゃくちゃ拗ねられ、それはご機嫌取りが面倒だからルーチェも置いて来た。である。


このヤマトと云う人間を取り巻く環境はとても面倒臭い。


「ありがとうございます」


言葉もジェスチャーも無く。しかし、確かに“許可”を出されたと認識。


これも『神獣』の力なのか。


近くに寄り、敢えてあぐらで座ってみる。僅かに目を細めたが、なんとなく呆れたように息を吐かれたので頬が緩む。寛大だな、と。


「お邪魔して申し訳ありません。フェンリルを見てみたくて。あわよくばしつこく撫で回したいです」


面食らった。……っと云う表情だろうか。どうやら予想外な理由だったらしい。


何が予想外だったのだろうかと首を傾げるヤマトは、数秒――程の思案。の、後。


「あぁ。これ迄の“黒髪黒目”は、テイム目的で逢いに来た。とか」


深い溜め息。どうやら正解らしい。


その“黒髪黒目”達にはテイムの素質があったのか。純粋に羨ましい。


「残念ながら。私にはテイムの素質は無くて。このスライムとケット・シーはペット――“家族”なのです。素質があれば、同じ事を考えていたでしょうね」


だとしても実行はしなかっただろう。


神獣と云う『自然』の一部を部下にしようだなんて、そんな不敬は犯さない。人間が『自然』に勝てる筈もなく、そのような傲慢は身を滅ぼすと理解している。


王族すら弄ぶ、誰よりも唯我独尊で傲慢不遜なマイペース人間なのに。


しかしそれは決して踏み越えてはならない、“生き物”としての境界線。『自然』に生かされているのだと。理性と知性を有する、ヒトとして在る為の自制。




自然災害の恐怖をよく知る日本人としても。




「不躾に触れることはしません。ご許可を頂ける迄、何度もお伺いするだけです」


再び細められた目。先程とは違い、若干引かれているような感覚。


しかし前言撤回はしない。めっちゃ触りたい。もふもふしたい。あとブラッシングもしたい。


不意――に。


するりと首元から降りたラブ。身体を伸ばしながらフェンリルへと近寄って行き、くるりっ。回転してお尻をフェンリルへ向けた。




……あ。ご挨拶。妖精や神獣でも猫と犬、か。


正直、めっちゃ可愛い。




内心こっそり悶えるヤマトは、お尻を嗅がれた後にフェンリルのお尻を嗅ぎに行くラブの好きにさせる。挨拶は大切。


挨拶を終えたラブはフェンリルの胸元へ移動し、かと思えば胸へ頭突き。どうやら甘えているらしい。かわいい。


フェンリルも特に不快さは無いようで、再度頭突きをしたラブの顔をべろりとひと舐め。唾液でべちゃべちゃの顔を輝かせたラブは、ごろりと横たわり服従の姿勢。魅惑のぽんぽんに顔を埋めて思いっきり吸いたい。


やはり“長い物には巻かれろ”タイプなんだな。と、改めて。


「撫でても?」


数秒……の静寂は流れたが、フェンリルが諦めに似た息を溢したので有り難く撫でさせて頂くことに。


念の為。魔剣と指輪をアイテムボックスへ収納してから近付き、首元へ手を付ける。


もふっ――


「、……掛け布団にして寝たい」


テイムを使えないが故に拗らせた、もふもふ中毒者の禁断症状。ラブでは布団にならない。もふもふの面積が足りない。


ドン引きの顔と共に見えた鋭い歯に一切恐怖を覚えることも無く。もふりっと首元に顔を埋めたヤマトは、深い呼吸を繰り返し“犬吸い”を堪能。


「あ〜〜〜……神獣も、自然の香り……イイ……キマる……ん、へへ」


変態である。この場に他のヒトが居たら確実に顔を背け他人のフリに徹すると予想に容易い程度には、変態。


この圧倒的造形美をフェンリルが理解しているのか定かではないが、ドン引きの中に僅かな狼狽が見えるので『なんか違うだろう』とは思っているのかもしれない。あと勝手にキメないでほしい、とも。


いつの間にかラブもそのもふもふに埋まり、両手でふみふみ。プルに至っては……『神獣』で在るフェンリルに乗ると云う蛮行の上、うなじのもっふりゾーンに埋もれている。飼い主が飼い主ならペットもペット、か。




……どうしよう。




神獣、フェンリル。気が遠くなる程の長い時を生きて来て初めて経験する、“どうすれば良いのか分からない”という感覚。


これ迄に逢いに来た“黒髪黒目”は魔力量に差は有れど、全員魔力の質が恐ろしく高かった。神獣も質の高い魔力は好物なので、許可を得ずに勝手に食べていた。


“黒髪黒目”達は減った魔力に「力の差を見せ付けられた」と解釈し、残念そうに肩を落として去って行った。


だから今回も好物の“質の高い魔力”を食べようと呼んだ。の、だが……


こんな事態になるのならこれまでの“黒髪黒目”同様、テイムの交渉に来られた方が断然マシだった。凄くもふもふすーはーされている。やめてほしい。


あと、幾ら魔力を食べても顔色ひとつ変えないヤマトにちょっと恐怖を覚え始めている。


かくなる上は――


「…………なにやってんだお前」


「もふもふしています」


「……………………そうか」


ずっと伝えていた“警告”を切れば1分も経たずに姿を現した、ヴォルフとルーチェ。走ったのか僅かに息を乱している。


何とも言えない複雑な顔でフェンリルを見るヴォルフ。フェンリルの視線からさっと顔を背け、他人のフリをするルーチェ。


『どうにかしろ』


その言葉を込めたフェンリルからの視線に数秒思案したヴォルフは、ヤマトを引き剥がす為に足を動かすのだった。


「ぁあっもふもふが……!」


「ラブで我慢しろ」


「ここにしかないもふもふが目の前にあるんですっ」


「何言ってんだお前。戻んぞ、プル。ラブ」


「も、もふもふ……私のもふもふーっ!」


「お前ぇのじゃねえよ。テイム出来るようになってから言え」


「いじわるっ!!」


「そうだな」


よっこいせ。とヤマトを肩に担ぎさっさと歩いて行くヴォルフは、背後から聞こえる「おいっ暴れるな!」との声に僅かに頬を緩めた。


どうやら、漸くプルから認められたらしい。


でなければ触る事は許されず、声を上げる間も無く取り込まれ溶かされている。


重畳。





閲覧ありがとうございます。

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フェンリルはもっと早く出す予定だったのに……と困惑している作者です。どうも。


主人公が好き勝手動くので、フェンリルを出す隙が無くてだな……

(キャラ独り歩きの弊害)


“服従”してももふもふはする、もふもふ中毒者の末路。

ラブが居るので欠乏症にはならず、無差別獣人もふもふを回避出来ているだけマシですね。

『無差別獣人もふもふ』をしてしまえば被害に遭った獣人が救急搬送される。

彼等は“黒髪黒目”を崇拝しているので、そらそう。


もしロイドが“変態ヤマト”の姿を見ていたら、記憶を消すために卒倒したかと。

元でもあの国の貴族には決して見せてはいけない。

“黒髪黒目”の価値を貶めては、めちゃくちゃ面倒な事態になりますからね。


『魔力吸収』ですが、普通に魔法構築式はあります。

しかし本文の通りに「魔力を吸収する為に魔法を使う?どゆこと?」と思っているので、“イメージ先行”の影響を受け決して視認出来ない場所――“体内”で構築式が展開されています。

『魔力は空気中から取り込む』とのオタク知識により『魔力吸収』が勝手に自律し、飽和した魔力は『魔力還元』で放出。


つまり。

元々体内で生産される魔力がとても多く大食漢で食事から魔力も補充しているので、自律した『魔力吸収』が常に魔力を吸収し続けていても魔力が枯渇せず常に飽和し還元しているということ。


因みに魔法を使う時の魔力と飽和した魔力は、体内で生産された“古い魔力”から消費。

魔法を使う者からすると理解不能の、めちゃくちゃ面倒臭い事が主人公の“体内”で起こっています。

主人公はそれらを一切分かっていないので、まじこいつ本当は人間じゃないかも(疑惑)


次回、のんびり。

神族疑惑、再び。

『魔力還元』を教えよう。

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