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65.はじめてのおつかい

「ヤマトさんだーっこんちゃー!」


「こんにちは、ロイドさん。お久しぶりです。元気そうですね」


「ヤマトさんに会えたから元気なった!」


「嬉しいです」


よしよしと頭を撫でるヤマトにぎゅうぎゅうと抱き着き、襟巻き化中のラブを吸うロイド。ニヤニヤする冒険者達。


転移魔法で戻って来た、ヴィンセントの領。真っ先に卵かけご飯のレストランへ行ったので、ヤマトが戻っている事は既に街中に知れ渡っている。


なので、久し振りの“黒髪黒目”を堪能したい住人達から集団ストーカーされた後。特に気にしていない。


「ヴォルフさんは?」


「ダンジョンの攻略を進めると言ってました。ここに来る事は伝えてます」


「あのハイエルフ」


「恐らくヴィンスから夕食を誘われると言ったら、とても嫌な顔をされてしまって」


「ならいーや。エルフの国どう? ヤなことされてない?」


「大丈夫ですよ。エルフの王から気に入って頂けたので、心配は無いかと」


「うっわなにしたの」


「普通にしていただけですよ」


「やらかした訳ね」


「え」


なぜ『普通に』が“やらかした”となるのか。


純粋に首を傾げるが、その疑問を察している筈のロイドはニッコリと“貴族の笑み”を見せるだけで漸くヤマトを解放。答える気は無いらしい。


なら別に良いか。と頭を撫でるだけ。甘やかしている。


「んで。どしたん?」


「ヴォルフさんからのおつかいです」


「おつかい」


「えぇっと……『ミスリルリザードの依頼出てたろ。達成記録付けて報酬寄越せ』と」


「微妙に声真似似てんのウケんね」


「微妙でしたか。練習します」


「しなくて良い。っにしても、あの人らしーな。カード無しは事務処理メンドイのに」


「我が儘ですよね」


「ヤマトさんが言うの、それ」


「え」


「じゃあ早く手続きした方が良いっすね。処理終わるまで話そ?」


「良いですよ。待っていてください」


もう一度頭を撫でてから受付へ。会話が聞こえていた職員から渡された、『誰がどこで何を討伐したか』の記入用紙。何度も書いているので手慣れたもの。


本来は、不測の事態で冒険者カードを紛失してしまった時に使われる書類。冒険者ならば同時にカード再発行の書類を書くらしい。


「はい。確かに。ありがとうございます、ヤマトさん。ヴォルフがすみません」


「構いませんよ。依頼人も喜ぶでしょうから」


「ヤマトさんが持って来てくれたから、きっと畏れ多くて震えますよ」


「ちょっと見てみたい」


「相変わらずですね。解体んとこ出してください。茶菓子用意させます」


「ありがとうございます。お願いします」


褒めるように。ゆるりと目元を緩めると職員の心臓が大きく跳ねる。久し振りに見ると破壊力がえげつない。すき。


ヤマトは既に解体受付へ向かっているので、職員が硬直した事実には気付かなかったが。


「おうっ、久しぶり」


「お久しぶりです。話は」


「聞こえてた。ミスリルリザード1体丸ごと、の依頼だろ。そこん床に出してくれ」


「保管場所に出しましょうか?」


「いーよ。運ぶのも仕事だ」


「確かに」


ふふっ。小さく笑うヤマトはアイテムボックスからミスリルリザードを出し、「おおーっ!」冒険者達から上がる歓声にちょっと笑いそうに。


ソロでミスリルリザードを討伐出来るヴォルフはやはり高ランク冒険者で、冒険者達の憧れなのだと。改めて。


「相変わらず良い腕してんな、あいつ。傷も少ねえし満額かね」


「依頼主がゴネたら“黒髪黒目(わたし)”を利用しても良いですよ」


「しねーよ。そこを通すのもギルドの腕だ。そもそも、老舗の武器屋だからゴネねえし」


「商売は信用第一ですからね」


満足そうに緩んだ目元。どうやら、ギルドの対応について求めていた回答を返せたらしい。




今更“試す”んか……やっぱ貴族だろ。




再び頭をもたげた貴族疑惑。ヤマトの表情を見ていない周りは疑惑を再熱させていないので、被害者は彼だけで済んだ。


取り急ぎの用は終わり、テーブルスペースへ。着席してニヤニヤと観察していたロイド達。既に用意されているお茶と菓子。


するりとコートの中から出て来たプルは、ぽむぽむと茶菓子へまっしぐら。かわいい。


「お待たせしました」


「全然。取り敢えず、報告は……みっつっすね」


「この短期間で。どうぞ」


「商権で突っつこうとしたけど“上”にも売ったから未遂。手紙がヴィンス様に届いてます」


「お返事、書いた方が?」


「愚痴なんで無視で良いっすよ」


「……あぁ。『大変遺憾』とか書いてました?」


「それー」


「なら無視して許されますね」


「あははっ!」


テオドールにも商権を売った事実。それ故、「“黒髪黒目”の助力が有った」とレオンハルトの手腕を問えないグリフィス公爵からの愚痴。


説明の要求なら返事は書いただろうが、遺憾の意を伝えて来ているだけなら返事はせずとも構わない。相手が公爵だとしても、ヤマトは国に関わらないと公言している。流れ者が貴族の愚痴に付き合う必要も義理も無い。


そもそも。この国に限り“黒髪黒目”は何をしても許される。――その暗黙の了解が最大の理由。


最早独裁ですらある。ヤマトが国政事を全力で避けている事だけが救いだろう。


「ふたつめ。ハンバーグが国中で大流行。手間掛かって味も良いから価格高めで、庶民はちょっと贅沢したい時や子供の誕生日とか。常連は商人で、貴族はレシピ買い取って屋敷でほぼ毎日食べてるっぽい」


「食べに行きます? 奢りますよ」


「あざーっす! レシピ販売の利益はヴィンス様と相談してくださいね」


「“お気持ち”を頂きます」


「全額渡されっから相談して」


「あの方は私をどうしたいのでしょうか」


「一択でしょ」


『王』に据え傅きたいのだと瞬時に確信。なので、困ったように笑うだけ。


幾ら貴族の権力が及び難い冒険者ギルド内だと言っても、“森”に隣接する地を守る領主が流れ者の“黒髪黒目”を『王』と見做しているなんて……とてもじゃないが口にしてはいけない。更に、“黒髪黒目”本人がその疑惑を仄めかしてはいけない。


王位簒奪の疑惑は御免である。


ヤマトの考えていることを察したロイドは再びニヤニヤ。愉しんでいるようで、なにより。


「んで、最後。この街の情報屋っつか“裏”のが何人か消息不明」


「“黒髪黒目(わたし)”が使った(・・・)から、ですかね」


「や。単純になんか仕事失敗しただけだと思いますけど、一応」


「……あの大規模な盗賊。まだ掃討できてませんよね」


「ん? まあ。あんだけデカけ、……あぁ。報復。冒険者(おれら)相手じゃ自分達が酒代になるから代わりに、って?」


「浅はかですよね」


その言葉に込められた、『“友人”以外が死んだところで精神的ダメージを負うことは無い』――本心。それに気付くと同時に寒気を覚えたロイドは、引き攣りそうになる頬を瞬時に取り繕う。


確かにヤマトは何度もそう言っていたが……人畜無害の柔らかほんわかお兄さんの表情で、相反する無慈悲で非情な言葉を口にできるその精神。


これで本当に王族ではないという事実。それが異常だと思うのは、貴族を相手にする時に貴族時代の価値観が便利だからと捨ててはいないロイドとしては当然のこと。


更に。当の本人のヤマトは普段通りで、紅茶を飲み目元を緩めている。この紅茶も気に入ったらしい。


つまり。一言で言うと……めちゃくちゃ怖い。無自覚の傲慢さが恐ろしい。


「まじでヒトの死に興味無いんすね」


「ロイドさんも“そう”ですよね」


「冒険者と流れ者は違うっしょ」


「“死”に慣れているかどうか?」


「そ。ヤマトさんの性質なら、こっそり悼んでそうだなって思ってたから。ちょっと意外」


「悼みはしますよ。重罪犯以外の命は平等で尊いものですから」


「興味無いのに悼むん? 悼めるもんなん?」


「?……あぁ、なるほど」


話の本質が分からないと首を傾げていたヤマトは、周りで同じく首を傾げる冒険者達やギルド職員達を視認。不思議そうな彼等の様子で、“悼む”の価値観が違うのだと察しがついたらしい。


数秒――程。


説明を脳内で構築させたヤマトは、ゆるりと目元を緩めてから口を開いた。


「祖国には、エルフ族の『御霊祭』のような風習があります。他にも事件や事故、戦争で犠牲となった御霊の静かな眠りを祈ることも。見ず知らずだとしても、その御霊を尊ぶことは美徳と教わりました」


「あー……言いたいことは分かっけど……それで、なのに何で目の前の死は放置?」


「それはそれ、これはこれ。他人を助けたところで私にメリットはありませんよね。その者のその後の責任も持てませんし、持ちたくありません。そもそも“この顔”ですよ」


「、あー……」


「脆弱な者を側に置く気はありません。私は“私”が一番大切なので、危険を呼び兼ねない存在は全力で避けます」


「まじで死ぬーって時はヴォルフさん盾に逃げる?」


「ドラゴン・スレイヤーが死ぬ程なら、既にヴォルフさんは死んでいますね」


「うはは! たしかに!」


可笑しそうに笑うロイドは、ヤマトが『死』と『御霊』を切り離し『御霊』だけに焦点を置き考えていると理解したらしい。


自分に関係の無い他人が目の前で死にそうでも、救ってしまえば圧倒的造形美によりその後の展開は予想がつく。実例もある。その面倒事を何度も繰り返すくらいなら、そもそも助けない方が楽。


しかし祖国の風習により悼みはする。


それは、この世界では酷く歪な価値観。恐らく『御霊祭』を催すエルフ族でも完全には理解出来ない。


そんな歪な思考が出来ると云うことは……


「ヤマトさんの祖国。死にそうな奴居ても咄嗟に助けれないくらい平和で、でも死者に敬意は払う国民性なんすね」


「あ。それです」


あーなんだ。そーゆーことか。


回りくどい説明にちんぷんかんぷんだった周りは、ロイドの分かり易い説明で漸く納得。




つーか何であんな分かり難い説明しかしねえの、あの人。遠回しで、くどくて。


色々考え過ぎて複雑化してんの、まじウケる。




その複雑化すらも“娯楽”としてやはり愉しむのだから、冒険者は冒険者。娯楽に目敏く、全力で愉しむ。


そんな複雑化を愉しみ噛み砕き理解するヴォルフやロイドは、だからこそヤマトから気に入られている。“友人”と望まれた程に。私物化される程に。


「――あ。あと、王都の教会でボヤ騒ぎ」


「その様子なら軽傷で済んだようですね。不注意でランプを落としたのでしょうか。――あれ? 魔道具のランプって、衝撃が加わると停止するから火事にはなりませんよね」


「ロウソク。教会って積極的に魔道具使わないんすよ。出来る限り文明の力使わずに〜みたいな。でも昔から何度かボヤ騒ぎあって、今回のでランプだけは使うことになったって」


「……使わないといけなくなってしまった、ですか」


「当たり。そのボヤで数年分の貴族名簿、焼失」


「それは……名簿なら王家にも所蔵されていますよね。写本、大変そうでちょっと同情します」


「っつー訳で、晴れて俺と実家の縁は綺麗さっぱり無くなりました!」


「王家所蔵の名簿は?」


「そっちは俺の籍抜かれてるんで!」


「あ、そうなんですね。おめでとうございます。お祝いにお酒奢りますよ」


「やりっ! ヴィンス様からの迎え来る迄飲みまくりますね!」


「はい。お好きなだけ」


嬉しいと満面の笑みで喜ぶロイドは、そのボヤ騒ぎの元凶が目の前で目元を緩めるヤマト――だとの確信は得られなかった。見事な迄に“綺麗な”受け答え。


……あーあ。




俺『ボヤ騒ぎ』としか言わなかったから、それを名簿に直結させて最初に失言してくれたら初手で確信出来たんだけど……


まあ、仕組んだならこんな罠に掛からねえか。ヤマトさんだし。


でも絶対ヤマトさんが噛んでんだよな、これ。俺の貴族籍が教会に残ってるって、この人に教えて間もねえもん。


詰めが甘いのに“綺麗に”イナすとか、本当に噛んでるか逆に怪しくなってきた。……え、噛んでるよね。この人。


あれ……もしかして噛んでない? 俺の考え過ぎ? まじで偶然?


ちょっと自信無くなってきた。いや噛んでるとは思うけど。




「楽しそうな話をしているね」


「――あ〜〜〜なんで来るんすか、ヴィンス様。折角ヤマトさんの奢りで酒飲めたのに……まじなんで来んの」


「酷い子だ。目を掛けている私をぞんざいに扱うなんて。この傷付いた心は、是非ともヤマト殿に癒して貰わなければ」


「しれっと座んないでくれません? ――おーいっ、手ぇ空いてる奴ーお茶追加ー」


「ちゃんといい子みたいですよ、ヴィンス?」


「君の前だから猫を被っているようだ。――そう云えば。ロイド、お父上から手紙が届いていたよ」


「着火剤に使って良いっすよ」


「私経由だから責任が発生していてね。確かに渡したよ。――こちらはヤマト殿に」


「ナチュラルにヤマトさん利用すんのやめて下さい」


渡された手紙は読まずにマジックバッグの中へ。


“黒髪黒目”が居る場で渡せば周囲の記憶に残り、それ自体が“渡した”との明確な証拠となる。ロイドが無視してもヴィンセントは確かに渡したと主張出来る。


つまり。送り主が付け入る隙を完璧に塞ぐ為、態々ギルドに来た。と。


「家紋同士のやりとりだ。私にも体裁がある」


それは元貴族のロイドなら言われずとも理解していること。


なのでこれは、ヤマトへ聞かせる為に口にした言葉。


『君のお気に入りを軽視している訳ではない。嘘偽り無く、これは貴族としての責務による行動だ』――との、弁明。


「お貴族様は大変ですからね」


幸い、ヤマトもヴィンセントの真意は察していたらしい。ほっと肩の力が抜けた。


グリフィス公爵からの抗議、基。愚痴の手紙をヤマトが読み終わりアイテムボックスへ収納したことを確認したヴィンセントは、


「私もご相伴に預かっても?」


「ロイドさんが許すなら」


「お好きにどーぞ」


「これは想像以上に嬉しいな」


花が舞っているような笑み。


とうとう頬を引き攣らせるロイドがぼそり……と溢した「“体裁”忘れんなよ」との呟きは、幸いにも誰の耳にも入ることは無かった。


なにやら不思議な事が起こっているなと首を傾げる冒険者達に、後で「いつも奢る側だから奢られんの嬉しいっぽい」とフォローを入れようと心に決める。貴族なら体裁を保ってほしい。





閲覧ありがとうございます。

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“ヤマト”に甘えているヴィンセントが可愛い作者です。どうも。


『上位者の友人に甘える貴族』としては正しい態度なのですが、主人公は只の流れ者なので元貴族のロイドから見ると軽率な愚行でしかない。

周囲の冒険者から見てもなんかちょっと違和感。

実はヴィンセントの後ろに控えている侍従は、変わらない表情だけど内心焦っていたし服の下は冷や汗だらだら。

本当に、“貴族の体裁”をしっかりと保ってほしいですね。


教会のボヤ騒ぎはレオンハルトと宰相で考えました。

――とは言っても神官を買収した訳ではなく、「この期間の名簿を急ぎ照らし合わせたいので写本してほしい」と。

自分の依頼を発端に焼失させてしまったからと修繕費&ランプの魔道具を寄付したので、教会は逆に恐縮していました。

他にも方法は考えていましたが、やはり“急がせる”ことでのヒューマンエラーが自然で確実なのだなと再認識。

良い勉強になったのでレオンハルトは満足したようです。

王族こっわ。


“裏”の数人の為に動くことは主人公もロイド達もしません。

だって“裏”の住人だから。

消息不明なんて日常茶飯事。


この後。ハンバーグを食べに行き、ヴィンセントが居るのでオススメのお高いバーへ。

高いお酒をぐびぐび飲むロイド達が二日酔いにならない事を祈りながら、酔い潰れたロイド達をヴィンセントに押し付けてエルフ国へ戻りました。

ヴィンセントは笑っていたので問題はありません。

寧ろ、ロイド達が酔い潰れれば主人公を独占してふたりでゆっくりお酒を飲めると積極的に飲ませてた。


次回、リリアナから呼び出し。

『魔力吸収』。

皆大好きフェンリル。


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