64.素顔がとても気になる
ぽかぽかの気候。少し遅い朝食を取るヤマトは、ぽやぽやとまだ半分夢の中。
朝に弱い。それは事実で、予定や目的が無ければ好きな時間に起きてヴォルフから呆れられている。以前、王都で昼過ぎに起きた時は可哀想なものを見る目を向けられた。反省はしない。
食事により脳が覚醒し、徐々に開いていく瞼。長い睫毛の間から見える“黒”。
漸く起きたと判断したルーチェは、昨夜リリアナへ報告した蚕業について口を開いた。
「糸に問題が無いか、試しに寝衣を作ることになった」
「それ、恐らく私が実験体ですよね」
「不要なら捨てるか売れば良い」
「いじわる」
「どうかな」
普通にお礼なのだと確信しているヤマトは、ルーチェが巫山戯ていることを察する。仰々しい扱いやいつまでも感謝され続けるのは……正直、面倒臭い。
ルーチェのように一度深い感謝を伝えてくれるだけで充分。その方が『感謝』の価値は上がる。只人を憎むエルフからの感謝なら、その“価値”は更に相乗する。
どうせ貰うのなら価値が高いものが嬉しい。
「どうした?」
「いえ。私も浅ましいヒトなのだな、と」
「?……よく、分からないが。あんたが浅ましいのなら、この世は外道ばかりだろうな」
「私も中々に外道だと思いますよ。罠と分かっていたとはいえ、女性からの救助要請を断りましたし」
「知人か」
「いえ。盗賊の仲間でした」
「ならば正しい。そもそも、あんたが他人を救う正当な理由は?」
「ひとつも」
「それが答えだ」
「……ん、ふふっ」
「なんだ」
「いえ。意外と『自由』は不自由なものだなと」
「あんたはそうだろうな」
呆れる程のお人好し。誰よりも自由に生きていると思っていても、無意識下でつい気を遣ってしまう。周りの顔色を窺ってしまう日本人の悲しい性。
現に。一度は報酬と決定されたルーチェの家族を受取拒否し、正式なエルフ族の葬送で共に見送った。態々、全てを“綺麗に”整えて。
それはルーチェを“友人”と望んでいるからこその気遣い。ルーチェではなく他の者にはこんな手間は掛けない。
元来の性質でもあるのだろうが、早い話が――好感度を稼いでいる。
既にルーチェが“友人”を受け入れた事実には少しも気付かずに。
本当に……面倒な生き方をしているな。このお人好しは。
“それ”に救われた俺が何かを指摘する事はしないが。
『エルフの矜持』を尊重してくれる相手にそのような不義理を犯しては、その矜持に傷がつく。一生の恥。
この只人は好きに生きれば良い。きっと“そう”する事が正しい。
絶対的な『支配者』として。在るが儘、自由に君臨する姿がよく似合う。
きっと……エルフ族の『悲劇の歴史』さえ無ければ、このアホに傅く未来もあったのだろう。その瞬間のヤマトの嫌そうな顔は想像に容易い。
嗚呼、確かにそれは愉快だ。可笑しい。
機嫌良さそうにテーブルに頬杖を突いたルーチェの向かいに、ルーチェが作ったボアと野菜の炒め物を食べるヤマト。特に凝った味付けではないのに幸せそうな顔。
これは“食べる”という行為が幸福なのだろう、と目元が緩む。精神的な“なにか”が満たされる感覚。
それは恐らく、『無垢な子供を微笑ましく見る大人の目線』――に近いものだと、取り敢えず自認しておく。己の精神衛生的にも。
「今日は」
「ヴォルフさんがお昼に戻って来るので、その後に工芸品を見たいです」
「過保護だな」
「私が昼食を作ると言ったので」
「嫁か?」
「そんな趣味は無いそうです。私の料理、美味しいので」
「否定出来ないのが悔しいな」
「私は皆さんの料理も好きですよ。各々の性格が出ていて、楽しくなります」
「食べられるのなら何でも良い。と」
「そうとも言いますね」
なぜ態々着せた衣を脱ぎ捨て歯を曝け出すのか。
そう思うも、単純に相手の反応を楽しんでいると分かっている。しかもそれが“らしい”と思ってしまうので、特に気を害することもなくルーチェは工芸品の紹介について予定を立て始めるのだった。
「こけしやん」
「ん?」
「いえ。あの木の人形は?」
「コケシ」
そのまんまかい。
思わずツッコミそうになったヤマトは既のところで言葉を飲み込み、視線だけで続きを促す。特に表情は変えていないので訝しがられることもなかった。
「身代わりのようなもので、特に10に満たない子供へ贈ることが多い」
「……あちらの、薄い木のホウキは」
「クマデ。病を叩き潰し無病息災を引き寄せる」
「あの無数の糸が張られて羽根がぶら下がっているものは」
「ドリームキャッチャー。夢を見る事なく熟睡出来る。睡眠障害を患う者達が重宝している。全て伝承だがな」
「なるほど」
絶妙にズレていていっそ感心してしまう。
これも『世界』の違いなのだろうな――と自己完結するヤマトは、それが“この世界”の常識なら訂正しては侮辱にあたると判断。態々、伝承に喧嘩を売る意味も無い。
流石、自然に近いエルフ族。スピリチュアル関係の工芸品が多くて予想より楽しい。
「木彫り体験もあるが、やってみるか?」
「少し興味はありますが、魔法で成形した方が良いものが出来そうです」
「……あぁ、そうか。只人は精神修行は好まないのだったな」
「あ、そう云う。私は好きですよ。煩悩を捨てての没頭」
「あんたが本当に只人か疑わしい」
「ちゃんと只人です。単純に物作りが好きなだけですよ。ほら、料理とか。絵を描くことも好きですし、粘土遊びも」
「子供」
「こけし、贈ってくれます?」
「保護者に頼め」
「ヴォルフさんっ」
「あのクソでけえのなら買ってやる」
「嫌がらせですよね」
「仕返し」
「女々しい」
「自業自得」
オルトロス討伐の仕返し。根に持っている。
……っというより。「根に持っているからな」と伝えてみることで、ヤマトがどう反応するかを楽しんでいる。“友人”同士のくだらない遊び。
暇なのだろう。工芸品に一切の興味を惹かれないところは、なんとなくヴォルフ“らしい”。
それでも付き合うのは、まだ一応の警戒をしているから。周りのエルフ達に対しても、当然ながらルーチェに対しても。
完全に保護者である。
「後日に体験してみます」
今日は工芸品を見て回りたいと言外に伝えるヤマトに、ほっと息を吐いた木彫り体験を指導するエルフ。自分が担当じゃない日に来てくれと心の中で強く祈っているので、一体ヤマトはどう思われているのか。
新種のヒト型魔物とでも思われているのかもしれない。只人はブラックドラゴンをソロ討伐なんて出来ない。めっちゃ怖い。
「――あ。ガラス工芸ですね。買いたいです」
「また“っぽい”もんを」
「え」
「エルフのガラス工芸は財力誇示の奴等しか買わねえ」
「綺麗ですからね。食事も更に美味しく感じそうです」
「観賞用」
「なるほど。財力誇示」
店に入り、どれ程に高価なのかと値札を見てみると、確かに高い。財力誇示の手段にすることも、観賞用にする気持ちも分かる。
「店員さん。料理皿としての耐久性がある食器、見せてもらえますか?」
だとしてもヤマトが同じく観賞用にする理由は無い。
このガラスの器でフルーツポンチを食べたいし、ガラスのお猪口で日本酒を飲みたい。食事は目でも楽しむ派。
「まあお前はそうだろうな」
なにやらひとり納得しているヴォルフへ首を傾げるが、食器を並べていく店員へ向き直った。奇異なものを見る目を向けられている。解せない。
幾つか並べられた食器。複数人用のサラダボウルにぴったりの大きさもあるので、満足。
「全てください」
ドラゴン・スレイヤーの買い物はぶっ飛んでるな……と思うも、ヤマトが満足と顔を綻ばせているのでヴォルフもルーチェも口を閉じた。言ったところで購入することは変わらない。
店員が支払いの金貨を数えている間、コートの下から出てきたプルはサラダボウルの中に。表面張力のように若干はみ出ている姿が癒される。可愛い。
「――ん。あの大きいボウルもお願いします」
「あれは……食器に向かないが?」
「構いません。ラブ――このケット・シーが入りたそうにしているので」
「?……??」
よく意味が分からないと盛大にクエスチョンマークを飛ばしながらも、店員は巨大ボウルをヤマトの目の前へ置いてみる。職人が遊び心で作った物なので、売れるのなら何でも良いのだろう。
のそりと顔を上げた、ラブ。数秒程巨大ボウルを見てからヤマトの首元から降り、くむくむと鼻を動かしてから巨大ボウルの中へ収まった。見事に『猫』。猫は液体。
「100点満点の可愛さ」
よし。と腕組みで深く頷いたヤマトを、やはり奇異なものを見る目で見る店員。ヴォルフが顔を背け笑いを堪えていることには一切気付かずに。
ラブの可愛さを絶賛堪能中なので、この瞬間は他は意識に入らないらしい。
「素で“これ”か」
「アホだろ」
「愉快この上ない」
褒めているのか、馬鹿にしているのか。恐らくは褒めているのだろう。どう聞いても褒め言葉では無いが。
支払いも終わりガラス製品を全てアイテムボックスへ収納し、巨大ボウルが消えたことで少し不満そうなラブはそれでもまたヤマトの首元へ。プルは抗議代わりに頭の上へ。
2匹がボウルに収まったままでの持ち運びは面倒なので、軽く撫でておいた。「ルーチェの家に戻ってから堪能してね」との、言葉の代わり。
満足な買い物ができたと緩む頬をそのままに次の工芸品を探していると、
「き、きみ……“黒髪黒目”の、きみ……」
「はい」
後ろから掛かった声に振り向くと、恐らく……弁当箱。それを持つ男性エルフを視認。
顔を隠すように伸びた髪は、どれ程の期間切っていないのだろうか。しかし不潔という訳ではなく、その髪は艶がありとても綺麗。衣服も新品のように綺麗なもの。
なので、
「ふ、ふひ……きみ、これ食べ……食べたい、よね……ふひっ」
特殊な変態である。髪の隙間からイヤらしく弧を描く口が覗いている。興味本位で近付いてはいけない真正の変態。
反射的にヤマトを背に庇い剣の柄を握ったヴォルフは褒められるべきだろう。その瞬間に周りのエルフ達が警戒と敵意を抱いたが、相手が“例のエルフ”だと視認したのでそれ等は一斉に霧散した。
寧ろ同情の視線を感じる。
エルフ族一の変わり者。このヒトがそうか、と納得。
「ありがとうございます、ヴォルフさん。大丈夫そうです」
「……」
「ほら、“例の”」
「変態じゃねえか」
「『変わり者』は大抵変態ですから」
「ならお前もか」
「あ、ひどい」
取り敢えずしょんぼりして見せてから、改めて。
「中身を見せて頂けますか?」
「ふひ……ほら」
「、」
「食べたい、よね……ひひっ」
「頂きます」
ぱっ――とヤマトの手元に出た箸。と、お椀に盛られた白米。準備が宜しい。
ひょいっ、ぱく。ひょいっ、ぱく。弁当箱から口へ、お椀から口へ。
弁当箱から香ったニオイで止めようとしたヴォルフは、ヤマトが幸せそうに食べているので腕組みでの静観に切り替えた。一応の警戒はしている。
「美味しいです。購入は可能ですか?」
「んひっ……“黒髪黒目”、みんな言うよね……ぼくしか、作ってない……売り物じゃ、ないよ……ふ……ひひっ」
「残念です」
「あ、あげる……じゃあ、ね……んひひっ……ふひっ」
「ありがとうございます。また、気が向いたら頂けると嬉しいです」
返答のアクションすらせずに「ふ、ひひ……んひひっ」と小さく笑いながら歩いていく変わり者のエルフ。聞いていた通り、食べさせて満足するだけ。
その背中が完全に見えなくなってから。じっと見て来るヴォルフを見上げたヤマトは、弁当箱に敷き詰められた“変なもの”の説明をと口を開いた。
「『漬物』です」
「つけもの」
「塩や糠に長期間漬け込んだ野菜。ご飯のお供です。毎日適切な管理をしているようですね」
「……まあ。身綺麗ではあったな」
「きっと管理する時は髪も纏め上げているかと。味に自信があるようでしたし」
「少しは躊躇えよ」
「お漬物、こちらでは初めてなので。嬉しくて。現に美味しいのでもっと欲しい」
「あ、そ」
「糠漬けは難しそうですが、浅漬けなら……挑戦するのも良いかも」
「頑張れば良いんじゃねえの」
「食べてくれます?」
「……腹壊さねえなら」
「私の料理、好きなんでしょう?」
ふいっ。あからさまに顔を背けるヴォルフにくすくすと笑うヤマトは、弁当箱とお椀や箸をアイテムボックスへ。
食べたくないのなら無理に食べさせる気は無い。“食”の押し付けは印象が悪くなり軋轢を生む。それは望まない。
ふ、と――
感じた視線に顔を上げると、複雑そうな表情のルーチェ。エルフ族一の変わり者の奇行を謝れば良いのか、躊躇いなく“変なもの”を食べたヤマトにドン引けば良いのか。
取り敢えずは“エルフ族”として口を開くことにした。
「同族がすまない」
「大丈夫ですよ。過去の“黒髪黒目”も喜んでいたのでは?」
「それは、そうだが……よく食べようと思えたな」
「祖国ではありふれたものなので。久し振りに食べれて嬉しいです」
「あり、ふれ……」
「そこまで忌避します? 生卵や納豆よりは断然食べ易いですよね」
「野菜は腐り易い」
「納得しました」
日本のように食品衛生管理が徹底されていたり、医療が発達している訳でもない。食材は腐敗し易く体調を崩したら生活に直結する。
特に冒険者は野営は当たり前。誰しもアイテムボックスを使える訳ではなく、どこで雑菌がつくか……
「あれ? でもそれ、干し肉も同じでは」
「冒険者は、野菜より肉を買うと思うぞ」
「たしかに」
つまり。保存食を常用する冒険者からの需要が無いから野菜の保存食を製造する者は減り、それでも未だに作り続けている者は『変わり者』と。
漬物の消費期限は干し肉とそう変わらないが、それを言ったところで冒険者は肉を優先することは目に見える。“食”を押し付ける事となる。
ビタミンの重要性は周知されており、冒険者や商人は道中に生っているフルーツで摂取している。船乗り用のビタミン剤も売られており、船乗り以外には割高だがそれを服用する者もいる。
漬物文化の浸透は無理そうだな……
漬物の生産業は潔く諦め、自家製浅漬けで我慢することにした。
閲覧ありがとうございます。
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“黒髪黒目”が漬けたものならあの国の人達と獣人は食べるんだろうなー、な作者です。どうも。
お漬物、美味しいですよね。
主人公は酒漬け以外が好きです。
酒漬けも食べれはしますが、積極的に食べないというだけ。
単純に、アルコールは食べるのではなく飲んで摂取したい派。
“変わり者のエルフ”は今後恐らく出て来ません。
気が向いたら主人公に漬物を渡しに来るかとは思いますが、会話せずに“黒髪黒目”が喜ぶ姿を見て満足して帰っていくだけなので態々書く必要は無いかな。と。
容姿について書きませんでしたが、エルフなので前髪を上げたら勿論美形です。
でも言動がめっちゃ変態なので残念な美形。
もったいない。
ガラスボウルに収まる猫、ジャスティス。
木漏れ日が差し込み小鳥達が囀り花々が咲き乱れ世界に平和が訪れる。
猫好きならこの幸福が分かりますよね。わかる。
(わかって)
王都とは違いヴォルフが朝から冒険者活動をしているのは、この国は“黒髪黒目”へ傾倒していないからです。
加えて、エルフ国の恩人なので襲撃の心配が無い。
それは主人公も察しているので、「ちゃんと冒険者活動が出来て良かった」と思っています。
お互い、適度に放任。
プルは“目”のような器官が無いので主人公もルーチェも気付いていませんが、毎朝ルーチェの言動を観察して見極めています。
過保護ですね。
主人公が軽率過ぎる自由人なので過保護にならざるを得ない。
ご迷惑をお掛けしています。
次回、ヴィンセントの領。
初めてのおつかい。
貴族籍。