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63.うごうごうごうご×∞

「んいいぃぃっ」


「ん?」


「見んな」


何やら聞こえた奇声へ振り向こうとするヤマト。その視界を遮るように、頭の後ろから回した手で強制的に正面を向かせたヴォルフ。すたすたと歩いて行くルーチェは、我関せず焉。


エルフ国の冒険者ギルド。


建物を飲み込むようにそびえる大木。所々壁を破壊し覗く木肌。


やはりヒトは自然には勝てないのだと。“条理”を理解。


因みに。所々で獣人達が崩れ落ちていたり、両手で顔を覆い蹲ったり天を仰いでいたり。明らかに奇声の発生源。


“黒髪黒目”を崇拝するあの国ではないので完全に奇行で不審者。しっ、見ちゃいけません。


「獣人の冒険者が多いですね。魔力溜まり、すぐ発生しそうなのに」


「“あの森”が異常」


「なるほど」


魔力を多く保有しているエルフが大勢居るこの地でも、“あの森”の魔力量には遠く及ばない。……っと、云う事らしい。大陸中を冒険してきたヴォルフが『異常』と言うのなら恐らく合っている。


大賢者の研究書にも答えが無かった“あの森”の本質が何なのか、俄然気になる。研究してみるかと、いつかあの小屋へ里帰りした時の楽しみが増えた。


機嫌を良くしたヤマトをちらりと見返ったルーチェは、僅かな誤認が無いように。との補足。


“あの森”の異常性(それ)もそうだが、ダンジョンも影響している」


「ダンジョン?」


「エルフの魔力を吸収している。その影響で、難易度が恐ろしく高い」


「……あぁ。ならそのダンジョンに挑む冒険者は、」


――咄嗟に。


ぱしっとヤマトの口元を手で覆ったヴォルフは、見上げて来る“黒”に僅かに肩を鳴らしてしまう。少し力が強かったかもしれない……と。


しかし責めるような目ではない事を確信し、口の中だけで安堵の息。咄嗟の行動だとしてもヤマトを傷付けたくはない。


手を下ろしたヴォルフは小さく首を振り、それは「言うな」との言葉の代わり。


……あぁ。なるほど。




『そのダンジョンに挑む冒険者は、冒険者として洗練されている』――との言葉を口にしてしまえば、“黒髪黒目”を崇拝する獣人達は勿論。只人達も件のダンジョンへ挑んでしまう。例え実力不足でも。


――焚き付けられた。


そう受け取って。冒険者の矜持を守る為に。力量を見せ付ける為に。その命を懸けてしまう。


“自由”だからこそ死を恐怖するストッパーを簡単に外して。


それは実質個人Sランクのヴォルフさんからすると決して容認出来ない。高ランク冒険者として、後進を安全に成長させる為に。


愚かな死を回避させる為にも。


……かな。たぶん、合ってる。


やっぱり、本当に世話焼きの気の良いおっさんなんだよね。このヒト。


ほんと好きだなあ。いいヒト。




上機嫌。目元を緩めるヤマトを横目で確認したヴォルフは、察してくれたのだと再度安堵の息。


それでも不思議そうな周りに気付き視線だけでヤマトを促せば、当然のように察したヤマトも言葉を続けた。


「高難易度のダンジョンなら、出現する魔物も高ランクで美味しいですよね。お肉を狩って来た冒険者達は、積極的な狩りに抵抗感があるエルフ達から感謝されそうです」


確証は無いが恐らく感謝はするだろう。そして感謝するのはあくまでもエルフ達で、“黒髪黒目(わたし)”ではない。


そう言外に口にするヤマトにヴォルフは満足そうに口角を上げるだけで、褒める言葉は口にしない。互いに甘えて許される関係性。言葉は無くとも伝わる。


それでもヴォルフは“明確さ”を求め口を開いた。


「お前は自分で狩れるしな」


「ドラゴンもファントムウルフもとても美味しいです。あ、食べます? ドラゴン」


「要らねえ」


「こっそり食べさせてみますね」


「また食いたくなったらどうしてくれんだ」


「沢山ありますよ。無くなったら狩りに行きますし」


「俺から我が儘言われてえの」


「懇願してくれます?」


「してやっただろ」


「え。いつ」


「思い出せたら良いな」


自由を愛する冒険者。


その性質を有する“貴族嫌い”が、態々パーティーを一時脱退してまでエルフ国について来た。騎士の欲に従い、貴族のような存在の隣に在ることを自ら望んで。


これを懇願と言わずに何と言うのか。


毎度の事ながらヴォルフの自意識は、その『騎士の欲』を自認していない。娯楽に目敏い冒険者として、最上級の“娯楽”を愉しみたいとの『“黒髪黒目(ヤマト)”の隣に在りたい欲』なのだと、自認。


つまり。あの国で育った故に根付いている『“黒髪黒目”を求める衝動』に従い、エルフ国への出発の日取りを訊くだけという只管に分かり難い懇願をしてついて来た。――と。


いつだろう?と首を傾げ頭をフル回転させるヤマトをまた見返るルーチェは、なんとなく……同行に関して懇願したのだろうなと。確信。


そう思い至れたのは、その時の状況と会話を知らないから。知らないからこそ自由に予想が出来た。元から頭の回転が早いのも、理由のひとつなのだろうが。


「あんたも面倒臭いな」


「こいつの“友人”だからな」


なにやら勝手に原因とされた。解せない。そして予想も出来ない。


潔く諦めた。


「ダンジョン内での依頼を受けるんですよね。私が選んでも良いですか?」


「なんでだよ」


「いつ懇願してくれたのか。教えてくれないので意地悪したいです」


「好きにしろ」


「やった」


そもそも気を害した訳でもないのに、態々『意地悪したい』との宣言。冒険者の生活に直結する依頼の選別を身勝手に決めたいという、堂々たる横暴。


面白いので許した。ヴォルフはヤマトに甘い。







街から出て暫く山を登った所に発生している、この近辺で最難関のダンジョン。その入口。


「困らせたい」と依頼書と冒険者カードを強奪し受注処理を済ませたヤマトは、職員とヴォルフがアイコンタクトを交わしていた事には気付いていない。職員は内心大混乱。


なので。他人が簡単に依頼受注を出来て大丈夫なのかと、結構本気で心配している。自分がやっている事なのに。


これは訊かれたら誤解解きゃ良いか。……そう判断したヴォルフにより、“ヤマトの常識”がズレてしまった。ヴォルフが悪い。


そろそろ見せろ。と手を出し、漸く渡された依頼書に目を通し……


「『オルトロスの毛皮10頭分』……お前な」


「好きにしろと言われたので」


「群れるからやりづれえ」


「運が良ければ一度の戦闘で終わりますね」


「連携しやがんだよ」


「そうですね」


「手前ぇ……」


最早嫌がらせである。“意地悪”に留めてほしかった。


ソロ活動中だというのに。オルトロスが群れる習性で連携すると知った上での選択。更に(たてがみ)と尾が蛇なので、回避の方向やその際の立て直しに神経を尖らせなければならない。


ヴォルフの実力なら負けることは無いが、ソロにはとても戦い難い魔獣。絶妙に嫌なところを突いて来る。腹が立つ。


しかしこれも、


「ヴォルフさんなら可能でしょう?」


実力を認めているからこその“意地悪”。他の者が相手なら選択肢にすら上がらない、ヴォルフを強者と見做し信頼している故の甘え。


……ハァ。


諦めの息と共に頭を抱えて見せたヴォルフは、同情の目を向けて来るルーチェを無視しておく。同情するならこのアホを止めてほしい。


「つーか。あんたは何でついて来てんだ」


「世話役。何かあれば俺の責任問題になる。あの国との摩擦は避けたい」


「そこまでガキじゃ……自信ねえな」


「心中察する」


「どーも」


きょとんっ。


何の話だろうかと不思議そうなヤマトをふたりは無視し、ヴォルフがダンジョンへ足を踏み入れたのでヤマトとルーチェも続いた。まだ入口なのに今迄のダンジョンとは確かに違う、魔力の濃さ。


“エルフ”が齎す影響は凄まじいなと、感心。


「遊んでろ」


「見たかったのに」


「余計な気遣いで冒険者の矜持傷付けねえ自信あんなら来い」


「行ってらっしゃい」


「プル。子守り頼んだ」


コートの中に居るプルへ言葉を掛けたヴォルフは、他に何を言うこともなく転移の魔法陣で下層へ。どうやら潜った事があるらしい。流石、元Sランクパーティーで実質個人Sランク。


「いいヒトなんです。許してあげてください」


ルーチェではなく、プル。未だにルーチェを信用していないことがよく分かる。ルーチェからしてもそう簡単に信用されたくはないので、特に文句は無い。


簡単に信用する者は簡単に裏切る。――それは、長い生で得た一種の自己防衛。


そもそも。


そんな愚直な思考を持つ者こそ信用出来ない。浅はかな者が高ランクの冒険者と成れる訳がなく、そんな愚者をヤマトが自ら求め隣に在る事を許す筈がない。


それと、


「気にしていない。只の、騎士の嫉妬なのだろう?」


「本人には言わないように」


「分かっている」




『主』の身の安全を“友人”でもない只の知人に任せたくない。




無自覚の騎士とは本当に面倒臭い生き物だな。と、呆れの溜め息をひとつ。……気持ちは理解出来るが。


「浅い層は他とそう変わらないが、どうする」


「ヴォルフさんは16階層に行ったのですよね。取り敢えず、そこまで走って攻略してみようかと」


「飛行魔法は使わないのか」


「折角ですし」


「なにがだ」


「え」


「……いい。好きにしろ」


「はい。最初からトップスピードでお願いします。ルーチェさんは飛行魔法使って良いですからね」


「言われずとも」


言うが早いか十数㎝浮いたルーチェを確認したヤマトは、数秒――程、両のアキレス腱を伸ばしてから地面を蹴った。


物凄いスピード。一瞬で土埃と共に姿が消えた事実に固まってしまうが、慌てて砂埃の残滓を辿りヤマトの背中を捕捉。


『“あの森”の1ヶ月程先から来た』……それは事実だが、真実はこのスピードでの1ヶ月程先。いや、木々や地形でスピードは落ちていたのだろうが。




魔族じゃないと言う方がオカシイだろう。この異常さは。




それでもツノは無く隠蔽も姿変えの魔法も使っていない、正真正銘の只人だと。その魔力から分かってしまう。


種族による魔力の違いの言語化は難しいが、分かるものは分かる。恐らくは“理”に組み込まれている事象。摂理。


つまりは、“そういうもの”で全て説明出来る。


「、――右だ。左は行き止まり」


飛び出して来る魔物を瞬時に切り捨て素材無視で走り続け、ルーチェの感覚で……10階層の中間地点。


地面を抉りながらブレーキを掛けたヤマトは二股の通路を確認し、ルーチェの誘導に従わずなにやら魔法を展開。


魔法構築式を読み解くと、無属性の魔力を広範囲に放出している。肌感覚でも確かに魔力を感じる。


「探査……か?」


「正解です。読み解けるのなら、ルーチェさんも使えますね」


「どうだろうな。だが、面白い。美しい構築式だ」


「私の“せんせい”には、到底。――左です」


何かを探知し、どことなく機嫌が良さそうに歩いて行く。


過去の冒険者達からの情報により、ダンジョン内の大まかな地図は作成され冒険者ギルドで販売している。ルーチェは冒険者ではないが個人的に魔物素材が必要な時に潜っているので、その地図を購入し暗記済み。


なのでその通路の先が行き止まりだと知っている。知ってはいるが、呼び止めることはしない。


探査魔法を展開したのならその先が行き止まりだと分かった筈。ならばどんな用があり、態々行き止まりへ行くのか。と興味津々。


ルーチェも“ヤマト”を娯楽認定し始めているのかもしれない。


「あ。やっぱり」


「……森エリア?」


「ここ、行き止まりと判明して結構な年数が経ったのでは? ダンジョンは成長するので、エリアが発生する事もあるそうですよ」


「『ダンジョン魔物説』……か」


「ギルドへの報告はお任せします」


「俺は冒険者ではない。報告義務は無いな」


「ん、ふふっ。そう云う強かさ、好きです」


稀少素材が取れるのならエルフ族で独占したい。出来れば狩らずに採取出来るもの――例えばハニービーなら強いミントの香りで一時的に巣から追い出せるので、討伐せずに蜂蜜を採取出来る。森エリアなので期待してしまう。


早速探索を始めるルーチェにこっそり一頻り笑ってから、ヤマトも探索に参加。探査魔法を使いながら反応が有る方へ進むと、とある虫の大群を発見。


取り敢えず鑑定し、上機嫌に。


「ルーチェさん」


「どうした」


「お宝を発見しました」


「宝?……お、ぃ」


「エルフ国の特産品の復活。ですかね」


「……知っていたのか」


「レオから貰った資料に」


「……」


「事前リサーチって大切ですよね」


エルフの魔力による影響を受け、成長と変化を遂げたダンジョン。その“影響”は要因となったエルフ族に忖度し、大きな恩恵を齎すことを選択したらしい。お礼代わりなのだろうか。


ヤマトとルーチェに気付いているのに、逃げることなくむしゃむしゃと葉を食べ続ける中型の虫。幼虫。


そこかしこに転がる繭。


遥か昔――エルフの国家事業だった蚕業。数十年に渡る温暖化により蚕がほぼ絶滅し、今では間伐した木材を輸出して国を運営してきた。


しかし、今。目の前には魔物化により2M前後に巨大化した蚕の大群。ダンジョンがまだ吸収していない、大量の巨大な繭。


憎き王族や貴族達から存分に大金を巻き上げられる。とても合理的で効率的な、最大級の復讐。


正に、宝の山。


「私の取り分は何割でしょうか」


「王と相談するといい」


「冗談です」


「だろうな」


「ルーチェさんも私に慣れたようで」


「残念なことにな」


「なぜ」


「弄ばれる準備をしておく」


「だから、なぜ」


釈然としない。一応、むっと口を尖らせてみると軽く頭に手を置かれただけ。


撤回の言葉は無かったが、その手が褒めるようなものだったので満足。単純で扱い易い。


「少し採取するから遊ん……どうした」


「いえ。お気になさらず」


「……虫。苦手なのか」


すすすっとエリアの出入り口へと静かに後退るヤマトは、いつも通りの笑みを見せるだけ。否定も肯定も口にしない。


それはつまり、無言の肯定。


「ちゃんとヒトなのだな」


距離が開いたので、その呟きはヤマトの耳には届かなかった。知らぬが仏。


やはり“虫が苦手”という要素でのみ、ヤマトは『ヒト』と認識されるらしい。気持ちは分かる。





閲覧ありがとうございます。

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虫がダメな主人公が可愛い作者です。どうも。


この後。

一応16階層に行きましたがヴォルフが居なかったのでダンジョンの出入り口で合流。

主人公達が蚕大群を見付けた頃にはヴォルフは依頼達成し、出入り口に戻ってました。

彼は仕事がデキる男。


「何かあったか」

「遊んでました」

「そうか」


何かしていたことは察したけど、何をしていたのかは特に興味は無い。

でも話すなら聞く、のスタンス。

適度に放任しています。

主人公からしてもその“放任”は付き合い易いので有り難い。


この森エリアには桑の木と蚕しかいません。

只々純粋に、エルフの魔力により成長したダンジョンからの返礼です。

行き止まりと判明された通路なので、気付くか気付かないかはどちらでも良かったのでしょう。

“ダンジョン”からするとエルフ国の懐事情なんてどうでも良く、「成長した!はいお礼!」程度のテンションかと。

こう云うところも『ダンジョン魔物説』の信憑性が上がりますね。

『魔物』はヒトの感情に寄り添わないので。


なぜ主人公がこの森エリアに気付けたか――ですが、完全に只の偶然です。

ここまでの別れ道はルーチェの誘導に従っていましたが、「ちょっと自分でも道決めたいなー」と。

そうしたら行き止まりと言われた左にエリアが広がっていたので、興味本位で左へ。

内心ちょっと驚いたし、巨大蚕の大群にちょっとビビってたし鳥肌立ってました。

めっちゃキモかった。むり。


厳ついおっさん冒険者の懇願、こっそりしてて良い。

甘えて“許される”立場なので只管に分かり難く存分に甘えていて、とても良い。

今回のヴォルフのデレ、100点満点(性癖)


活動報告に、おまけ。

(基本おまけや裏設定は毎回書いてたりする)


次回、蚕業復活。

エルフ国の工芸品。

変わり者のエルフ。

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