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62.松茸に喜んだらドン引かれた

薄手なのにふわふわの毛布、ぽかぽかの日差し。微睡みに意識を浮かべる、至福の時間。


「良い加減起きろ。もうすぐ昼だ」


耳に心地良い神秘的な声。薄く瞼を上げると、呆れた顔のルーチェから毛布を捲られる。温暖な気候なのに、寝起きの低い体温で少し肌寒い。


「おはよう、ございます」


「昼だと言っている」


「ゔぉるふさん、は」


「朝から依頼を受けに行った。そろそろ戻るだろう」


「ぼーけんしゃ、げんき」


「あんたが寝穢いだけだ。ほら、起きろ」


「……おしっこ」


「赤子返りか」


いい歳の大人。しかも男が『おしっこ』だなんて、白い目で見られても文句は言えない。ちゃんと『トイレ』と言ってほしい。


しかしルーチェは大袈裟に肩を落としてから、手を伸ばして来るヤマトの腕を引く。なすがままに身体を起こしたヤマトがふらふらと部屋を出て行ったので、ルーチェも1階へ。


リリアナから用意された家は2階建て。一番日当たりの良い部屋をヤマトが使っている。ルーチェから「その部屋を使え」と言われたので素直に享受した。




ここ、ルーチェさん家族の家なんだろうなー。




それはヤマトは勿論、ヴォルフも確信している。ルーチェ本人が気にしていないようなので、どちらも何も言わず好きに使っている。


「起きたか」


「はい。ありがとうございます。昼食は食べました?」


「朝の残りがある」


「アレンジしましょうか」


「納豆とオクラはやめてくれ」


「残念」


小さく笑うヤマトは、言われなくともそのふたつを出す気は無かった。自分は後で山芋オクラ納豆卵かけご飯を食べるが。ねばねば、らぶ。


キッチンで調理を始めるヤマトを見ている間。


ふと隣の席の気配に気付き目を向けると、ちょこんと座るラブ。ヤマトは料理中なので、邪魔にならないように安全な場所――魔法特化で戦闘力の高いエルフの側で待機。恐らくルーチェを護衛代わりにしているのだろう。


それでもルーチェを警戒するように耳を動かしているので、ケット・シーの警戒心の強さにいっそ感心してしまう。プルの側に居れば良いものを。


「――おい。プルはどこへ行った。さっきまで一緒に寝ていただろう?」


「お部屋の掃除をしているかと。私の髪の毛、欲しがる人が居るようで」


「……大変だな」


「プルが気を回してくれるので助かっています。とてもいい子ですよね」


「親バカも程々にすることだ」


「事実なのに」


不思議そうな声色なので、本当に『いい子』だと思っていることは明白。確かに知性を有している分コミュニケーションが取れ、害さない限りは大人しいスライム。掃除もしてくれる。


しかし、恐ろしい。高ランクの魔物達――ドラゴンの魔石をみっつも取り込んだスライムなんて、未知の生物で化け物。恐怖の対象でしかない。純粋に怖い。


知性を有していても理性がある訳ではなく、何がプルの逆鱗に触れるのか不明で尚更に恐ろしい。ヴォルフの言葉通り、“森の掃除屋”で在る魔物のスライムは警告もせず只管に溶かし“処理”するだけ。


確実なのは『ヤマトへの無体』が逆鱗。その“無体”が何なのかが分からない今、恐怖することは生物の防衛本能としては正しい。


どちらにせよ。




最優先はプルに認めてもらう事、か。


ドラゴン解体の技術が有る分勝算は高いが……ヤマトがこの“魔力を吸収するケット・シー”をペットにした今、ドラゴンのレバ刺しは俺が居なくても食べれるようになった。


ドラゴン素材も、ヤマトにとっては金を稼ぐ手段でしかない。多少粗い解体でも欲しがる者は大勢居る。


つまり、現状。“俺”がヤマトの側に在る事でヤマト自身にメリットは無い。こいつは、只……


俺の『ドラゴン解体の技術』を純粋に評価し、だからこそ今も“友人”を望んでくれている。


打算も下心も無く。ひとりのヒトとして。




「たちがわるい」


呼吸と変わらない小さな呟き。それは、調理中のヤマトの耳には入らなかった。







昼食後の食休みも済ませ、新たな日本的な食材は無いかと外へ繰り出したヤマト。の横には、依頼を終わらせ戻って来たばかりなのに当然のようにヴォルフ。世話役として同行しているルーチェ。


昨夜よりは落ち着いたが、未だわいわいと賑わう大通り。


「えっと……ヤマト、くん?」


その中からひとり。ヤマトに気付き名を呼んだのは、昨夜少し話した男性のエルフ。


昨夜は酒が入っていたが、今は素面なので僅かに腰が引けている。恩を感じていても“只人”に変わりないので、高齢のエルフになる程に認識を変えることは難しい。


ヤマトも己のセクシャリティを変える事に苦労したので、簡単な事では無いとその葛藤は理解できる。後は彼等――“エルフ族”としての『悲劇の歴史』と矜持を軽視せず、各々の判断に任せるだけ。


丸投げ、とも言う。


「こんにちは。掃討記念、今日も続いているのですね」


「あ、あぁ。大人達は皆、不安に思っていたから。ヤマトくんとそのスライムには感謝してる」


「私は何もしていませんよ」


「いいや。ルーチェの家族を見送らせてくれた。エルフ族として感謝させてほしい。本当に、ありがとう」


「ふふっ。聞いていた通り、心から同族を大切にし愛しているのですね。素晴らしい」


「っ――!」


褒めるように緩められた目元。貴族のように、王族のように。傲慢に。純粋な称賛。


しかし無償の愛で見守る『女神』を彷彿させる慈愛の笑みで。


反射的に止まった呼吸。どこか縋るようにルーチェへ視線を向けると、盛大な溜め息と共に頭を抱え首を振っている。「これはダメだ」とでも言うように。


序でに“貴族嫌い”と冒険者達が噂していたヴォルフの様子も窺うと、めちゃくちゃ嫌そうな顔でヤマトを見下ろしている。嫌なことは嫌だと主張する正直な男なのだと、理解。


「……苦労してるんだ。あんた達」


「え」


「お前達もすぐに慣れる」


「ルーチェさん?」


「まっじでぶん殴りてえ」


「だから。“この顔”を?」


「だからだよ」


「貴族でも王族でもないですってば」


解せない。と首を傾げるヤマトを鼻で笑ったヴォルフは、男性のエルフへ視線を向ける。「用件は何だ」と言っているのだろう。


その視線に僅かに肩を跳ねさせた男性のエルフは、小さく深呼吸をして改めてヤマトへ。


「あの山。家、見える? エルフ族で一番の変わり者が住んでるんだけど、毎回“黒髪黒目”が来たら変なものを食べさせるんだ。食べさせて満足するだけで、他に目的は無いんだけど……ね」


「とても気になりますね。お伺いしても大丈夫でしょうか」


「え」


「え?」


「……変なもの、食べさせられるんだよ。怖くないの?」


「面白そうなので。美味しいものならレシピが欲しいです」


「……」


絶句。逆にヤマトに対して変な恐怖が込み上がってくる程には、ちょっと意味が分からないし盛大にドン引きしている。


どうしたのかと首を傾げるヤマトに、……ハァ。溜め息を吐いたヴォルフは、絶句中のエルフへ口を開いた。


「おい。こいつはゲテモノ食いだ。『変なもの』ってのにも興味向けるに決まってんだろ」


「あの。ちょっと、語弊が」


「どこが」


「私だって見た目が生理的に無理な物や、ニオイや舌が受け付けない物は食べませんよ」


「合ってんじゃねえか」


「美味しくて身体に良いのに」


むっと口を尖らせるヤマトは子供のようで面白い。あと、正直……ちょっとキュンとした。毎回思うが“顔”が良過ぎる。簡単に性別の壁をぶっ壊されそうで、中々に腹が立つ。


どう在ってもヴォルフの恋愛対象は女性なので、今回もヤマトの貞操は守られた。


少しは考えて行動してほしいとは思うが、これが“ヤマト”なので好きにすれば良いとも思う。このギャップというものも、飽きない娯楽として愉しんでいるから。


「いきなりお伺いしたら迷惑ですよね。先ずはお手紙?」


「変わりもんなら気にしねえだろ」


「でも、ほら。髪飾りを付けていると言っても、只人が突然自宅に押し掛けるのはエルフからすると怖いかなと」


「“黒髪黒目”に変なもん食わせる方が怖ぇよ」


「ヴォルフさん、今回は積極的ですね。いつもなら警戒するのに」


「食いもん前にしたお前説得する方が面倒だからとっとと済ませてえ」


「本音が辛辣。でも今日はやめておきましょう。流石の私でも初対面で家に突撃はかましません。それに、どうやらそのヒトも“黒髪黒目”に積極的のようですし」


「……追わせんの好きだよな、お前」


「語弊」


ドン引きの顔。大変遺憾である。


一連の会話に頬を引き攣らせた男性エルフは「じゃ、じゃあ楽しんで……?」と。本人もよく分からない言葉を残し、距離を取って見守っている友人達の方へ戻って行った。


恐らく。確実に。絶対に、先程の貴族や王族を彷彿させる微笑みに“貴族疑惑”が頭をもたげた。更に『女神の微笑み』とさえ見えたので、そこかしこで“神族疑惑”がぽつぽつと発生。


しかしヴォルフが口にした『ゲテモノ食い』の衝撃が強く、実際に山芋オクラ納豆卵かけご飯を食べていた事実。それも思い出し、それらの疑惑も再び鳴りを潜めるだろう。


圧倒的にその造形美に似合わない。脳が“ゲテモノ食い”という事実を拒絶して何だか気持ち悪い。吐きそう。


そんな周りの視線を一切気にも止めないヤマトは、視界に入ったキノコの網焼き屋台へ。先程昼食を食べたのに。食欲が迸っている。


「ひっ」


先に注文していた狐の獣人。冒険者。


大袈裟な程に肩を鳴らした彼もまた、“黒髪黒目”を憧憬の中の住人だと思っているのだろう。ちらちらとヤマトを見ている。


その視線に気付いてはいるが、見られるのは今更なので大して気にも止めないヤマト。


「ぁ、の」


「はい」


話し掛けられたら返事はするが。


少しだけ顔を向けて来る“黒髪黒目”に込み上がる高揚感。思わず胸の辺りを掴んだ狐の獣人は、息が止まった事実すらも“黒髪黒目(天上人)”から与えられる喜び……なのだと自認してしまう。


それ程に獣人達は、『獣人の権利』を確立してくれた“黒”を崇拝しているらしい。


「あくしゅ、いいっすか」


「? はい」


迷いなく差し出された手。自分の服でごしごしと手汗や汚れを落とし、おず……っと握ると小さな力で握られた感覚。




やばい。うれしい。くろ。すき。すごい。しぬ。




語彙力迷子である。


「肉球。良い塩梅の硬さですね」


「ひえっ」


「冒険者なのでガサついていますが、これはこれで。中々」


「うわっはあぁぁぅぁっ!?」


「やめろ。アホ」


「いっ……何するんですか、ヴォルフさん」


ぺしんと頭を叩かれ見返るヤマトの視界には、盛大に呆れた顔をしたヴォルフ。なぜ呆れられているのかが分からず、取り敢えずノールック肉球ぷにぷにを続ける。楽しい。


だから、やめろって……と溜め息を溢したヴォルフはヤマトの両手を掴み上げ、狐の獣人を解放させてやる。救世主を見る目を向けられたので小さく舌打ちをしておいた。


「繊細なんだよ」


「はい。そうですね」


「知っててやるとかえげつねえな」


「? だって。繁殖を重視する獣人は、同性に性欲は抱かないのでしょう?」


「“黒髪黒目”」


「……あ」


「“顔”」


「自慢です」


「知ってる」


ぱっと両手を開き、ヤマトを解放するヴォルフ。“黒髪黒目”を拘束するという暴挙すら許される、ヤマトにとって最も特別な存在。――“親友”。


なるほど。と納得したヤマトは、へたり込んだ狐の獣人を改めて見下ろす。垂れた耳。色々と刺激が強かったらしい。


こてりっ。態とらしく首を傾げるヤマトは眉を下げ、それは恐らく『反省』を体現しているのだろう。本当に反省しているのかは疑わしいが。


「触り過ぎてしまいましたね。すみません。許して頂けると」


「ぃ、ゃ……だいじょぶ、す」


「良かった。立てますか?」


「んいぃぃっ」


「え」


「むりっす! 失礼しましたあっ!!」


「あ、ちょっと……。あのヒト、そろそろ焼き上がるのに食べないのでしょうか」


「気にするとこ間違ってんぞ。後で金渡しとくから食え」


「お願いします」


待ち時間が減ったと上機嫌。適当に掴んだ貨幣をヴォルフへ渡し、焼き上がったキノコが葉皿に乗せられていく光景に目を輝かせる。わくわく、そわそわ。


冒険者だけではなく商人も当然ながら肉を好むので、キノコにここまで食指を動かす只人はエルフからすると新鮮で珍しい。キノコだけではなく野菜全般に言えるのだが。特に、山芋。


完全に珍獣枠と見做している。


因みに。オクラはそもそも『野菜』と認識されていないので、食べるなんて狂気の沙汰だと思われている。解せない。


「うん。美味しい。やっぱり舞茸は良いですね。――ほら、ヴォルフさん。あーんっ」


「なんでだよ。食ってろ」


「舞茸嫌いです?」


「さっき飯食ったからキツい」


「食べ過ぎは身体に悪いですもんね」


「お前が言うな」


「私は魔力に変換しているので問題ありません。――あ。私の料理、美味しくて食べ過ぎるとか?」


「分かってんじゃねえか」


「なら仕方ないですね」


満足。上機嫌にぱくぱくとキノコを食べて行くヤマトは、『魔力に変換』との発言にエルフ達が盛大に困惑している事に気付いていない。


食事から魔力を補充する事は魔法を使う者にとっては常識。だからこそ、魔力不足でないのに食事を先にとり魔力に変換するなんて……因果関係が逆で理解が出来ない。その変換された魔力はどこへ行っているのか。




そういえば――ルーチェが『魔力還元』とか言っていたような気が……




だからと言って理解が出来ないことには変わりない。


そもそも『魔力還元』がどのような魔法で、どのような理論でどのような構築式なのか。想像もできない。


「つくった、のか……魔法を」


誰かの呟き。その呟きが耳に入った者が戦慄するのも仕方のないこと。


魔力に関わる魔法を創るだなんて、この世の『理』を歪める事と同義。生活魔法ならば派生されていくのは理解できるが、『魔力』は魔法の根源に深く関係している。なのに、それを……




しかも“自然への還元”だなんて。そこへ思い至る思考回路が理解出来ない。


本当は怪物なのではないか。




ほぼ確信した者達が溢した微かな悲鳴は、幸いにもキノコを堪能するヤマトの耳には入ることは無かった。


やれやれと首を振るラブは、プルがコートの中でぷるぷると笑っていることを確信しながら目を閉じる。長い食休み。猫は寝るのが仕事。かわいい。





閲覧ありがとうございます。

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ナチュラルにやらかす主人公が愛しい作者です。どうも。


少し考えれば分かる事なのに、目の前の肉球には抗えない動物好きな主人公。

恐らく獣に近い見た目の獣人のことは二足歩行の喋るもふもふと思っている。

それはヒトの思考を持つ獣人にとって侮辱そのものなのですが、それも“黒髪黒目”と云うだけで許されてしまう。

“黒”はチート。


本当にこいつ怪物なのかもしれないと思ったけどちゃんとヒトです。

たぶん。おそらく。もしかしたら。

キャラ独り歩きなので作者の意図しない展開になってめっちゃ面倒臭い。おもろい。


追わせるのが好きと云う訳ではなく、マイペースの中にも存在する気遣い故に結果的に周りが追ってしまうというだけです。

積極的に他者と関わらないことも、理由のひとつ。


変わり者のエルフが作っている『変なもの』はちゃんと食べ物です。

それが何かは、追々。


マッマ化してるルーチェ、このままだと保護者になりそう。

まあルーチェは主人公の冒険にはついて行かないかと。

だって主人公、放っとくと圧倒的造形美に惹き寄せられた貴族と知り合いになるから。

ルーチェは主人公が王族や貴族と知り合うのは勝手にすれば良いと思っていますが、“王族・貴族”に恨みを持っているのでエルフ国以外ではあまり側に居たくない。


でも気持ちの良いヒトだと“友人”は受け入れるし、きっとこれから知り合う貴族達に嫉妬する。

「ままならないな」と諦めるだけなのでしょうね。

誰よりも自由な“ヤマト”の『自由』は奪えない。

奪いたくない。


活動報告におまけ。


次回、エルフ国の冒険者ギルド。

序でにダンジョン。

エルフの魔力で高難易度。

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