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60.副葬品そっちのけで内部構造調査

ぽむぽむと跳ねながら地下墓地へ入って行った、プル。それを複雑そうな目で見送った、リリアナを始めとするエルフ達。


幾つもの高ランク魔物とドラゴンの魔石をみっつも取り込んだスライムならば、アンデッドの掃討は容易い。それは、分かっている。


アンデッドが溢れて来ないように再び閉じられた、地下墓地への扉。


「これで……漸く、自然へ還ることが出来るのだな」


「ルーチェさんのご友人ですか?」


「いや。友人ではない」


「家族でしたか。だから、プルへの報酬にする決定権を持っていたのですね。亡骸を引き渡して欲しいのなら、今ならまだ間に合いますよ」


「バカなことを。この国が救われ報酬とされることは、あいつらにとって名誉な事だ」


「それがエルフの誇りなら、外野がとやかく言うのは不粋ですね。すみません」


「いや。心配してくれたのだろう。俺は大丈夫だ」


真っ直ぐと扉を見るルーチェからは少しの後悔も伝わって来ず、葛藤に拳を握ることもない。只々、純粋に。言葉の通り、エルフの誇りを持ったハイエルフとして在るだけ。


ほっとするリリアナも、他のエルフ達も。ルーチェへ何ひとつ言葉を掛けない。


その光景に思うことは、




うつくしい。




それだけ。


称賛のように目元を緩めたヤマトはヴォルフを見上げ、この場から離れることに。プルが戻って来るまでは、誇り高きエルフだけの空間にしてあげようとの気遣いなのだろう。


木のあたたかさに包まれた通路を歩く中、ふっ――とヴォルフが小さく笑ったので見上げてみる。


「お前のそういうとこ。好きだぜ」


いつもの雑さが無い、目元を緩めての純粋な褒め言葉。珍しいものを見た。


「照れちゃいます」


「もっと照れた顔してみろ」


「“この顔”で?」


「俺相手なら安心だろ」


「実は想いを秘めているとか」


「ねーよ。女の身体になってから言え」


「魔法で出来そうな気がします」


「やめろ。流石に自信無ぇ」


「ん、ふふっ。因みに、胸の好みは?」


「あー……形が良いなら大きさ問わねえ。お前は?」


「全ての胸は崇め讃え揉んで吸うものです」


「ロイドが居たら発狂してたな」


くつくつっ。愉快だと喉を鳴らすヴォルフに満足するヤマトは、実際にそう思っているので羞恥は無い。紛れもない本音。


元女でも、セクシャリティを変えた今は“そう”考える事が出来る。オタク知識のお陰かもしれない。


「強い女が好み、だったか。顔は気にしねえの」


「“この顔”ですよ」


「エルフ以外は有象無象になるな」


「いえ、そこまでは……まあ似たようなものですが。ヴォルフさんは、顔の好みは?」


「美人」


「即答。面食いなんですね」


「じゃねえならお前と居るか」


「身の危険を感じた方が良いですか?」


「んな趣味無ぇっつの」


「欲しいものは、手に入っては満足して愛が薄れますからね」


「お前は増す方だろ」


「執着心は強いと自負しています」


「だろうな」


満足そうに口角を上げるヴォルフは、その“欲して手に入れたもの”が自分だと確信している。ヤマトから向けられる、重過ぎる友愛と強い執着心にも。


優越感。


“黒髪黒目”だからではなく“ヤマト”だからこそ覚える、高揚。無意識下で『主』と認識しているので、その優越感も高揚も当然の感覚。


当然ながら無意識下での認識なので、ヴォルフの自意識は『親友』としての感覚と自認。確定させることを避けているのに優先されないと嫉妬はするし、こうやって優越感は覚える。


さっさと腹を括れば楽になるものを。


「では、逆に苦手な女性は?」


「煩ぇ女」


「わかります。沈黙を尊べない方は疲れますよね」


「そういうの見極めんの上手いよな。お前。――いや、貴族や王族と思われてっからか」


「初対面の方なら理解はしますが、未だに貴族疑惑が拭えないのは何故でしょう。何度も否定しているのに」


「本性出せねえからだろ」


「そんなに怖いですかね。普通に話しているだけなのに」


「俺が“貴族”してんの想像してみろ」


「……ちょっと見てみたい」


「やんねえぞ」


「いじわる」


言いながらも可笑しそうに笑っているので、会話の流れにノっただけらしい。拗ねてもいない。


2階相当のバルコニーに出たふたりは木陰に座り込み、ラブが膝に降りたのでヤマトはせっせと毛繕い。その高級そうなブラシはいつどこで買ったのか。恐らく、王都。


暫くどちらも無言の時間。特に気不味い思いは無いので、やはり沈黙を尊べる相手は楽だと。改めて。


びゃーっとへそ天をキメたラブの顎裏を撫でながら、またヤマトは口を開いた。


「この国を満喫したら他の国も回ろうかと」


「そうか」


「一緒に来てくれます?」


「独り寂しく戻れって?」


「ん、ふふっ。パーティーメンバーの彼等には悪いですね」


「あいつ等は気にしねえ。前にも1年くらい抜けた」


「理由を聞いても?」


「気分」


「きぶん」


「冒険者なんてそんなもんだ」


「その理由で脱退と再加入が許されるのは、ソロでも大丈夫なヴォルフさんくらいだと思いますけど」


「……あー。前のリーダーがその辺緩すぎたから、俺達も影響受けてっかも」


「愉快な人だったんですね」


「頼れる兄貴」


「ヴォルフさんみたいな?」


「お前は頼るっつか甘えてるだけだろ」


「そっくりそのままお返しします」


「どーも」


「こちらこそ」


くつくつっ。くすくすっ。


可笑しいと笑うふたりは、人の目が無いので存分に“友人”同士の戯れを楽しんでいる。楽な関係。心穏やかで居られる。


とさりと寝転んだヴォルフの視界には、ケット・シーを愛でる“黒髪黒目”の背中。……髪、伸びてんな。


率直な感想を抱きながら目を閉じ、肌を撫でる気持ちの良い風にご満悦。冒険者としてこの周辺で活動すべきなのだろうが、偶にはこうやって穏やかな時間も過ごしたい。


これも、気分。冒険者の自由な気紛れ。


マイペースなヤマトと馬が合うのは、この性質によるものなのだろう。それでも意識してヤマトに合わせているのだから、無自覚の“騎士”の性質は侮れない。


また――暫く。


時間の経過も忘れた頃。恐らく、30分と少し。


「ヴォルフさん」


近い場所で聞こえた囁き。寝ていると思った故の気遣い、か。


こういう柔らかい気遣いも、相手をドツボにハマらせてんだろうな。……そう確信しながら目を開ける。


片手で身体を支え、覗き込んで来る“美術品”――




こいつが男でまじ良かった。こんなんされたら“落ちる”しかねえだろ。


人によっちゃ性別どうでも良くなって“落ちる”んだろうが。


相変わらず“顔”が良いな、ほんっと。




――っとの、心底からの感心。“顔”が良過ぎる。表情が魅力的過ぎる。


ヴォルフにそんな趣味は無いので、ヤマトの貞操は守られた。


「終わったみたいです」


「……なんで分かんだ」


「そろそろかなと、5分程前から探査魔法を使っていました。戻って来ています」


「やっぱ最強のスライムだな」


「自慢です」


「そりゃ良かった」


身体を起こし、ヤマトと共に立ち上がり地下墓地の入口へ。


時間が経っているのに未だにその場に残っていたエルフ達。何日掛かろうと、この場で待つつもりだったのかも知れない。


こんなに早いとは思わなかったことだけは、確実。


「開けてください」


「……ヤマト。気遣いは有り難いが、お前に払える報酬の当ては無いぞ」


「いえ。アンデッドの掃討、終わったようなので」


「は?……は?」


「頼られて嬉しかったのでしょう。張り切ったようです」


「……開けろ」


まさか、そんな。


信じられないと困惑しながらも扉を開けるようにリリアナは指示し、困惑しながら扉を開けるエルフ達。――ぽむぽむっ。


暗い通路の奥から戻って来た、上機嫌なプル。本当に、頼られて嬉しかったらしい。


「おかえり、プル。お疲れ様」


ぽふんっ。ヤマトの前に来たプルはうごうごとスライムボディを動かし、身体を広げ……


スライムボディの中から浮き上がって来たのは、3人のエルフ――アンデッド。暴れないように手足はプルの“体内”で、口元はプルの“手”により塞がれている。


「プルは優しいね」


周りのエルフ全員が目を瞠り呆然と立ち尽くす中、手を翳したヤマトは2秒……程目を閉じて魔力に“聖属性”を付与。


――ふわりっ。


あたたかな光がアンデッドエルフを覆って行き、同時にプルは拘束を解いてヤマトの側へ。


立ち上がろうとしたアンデッドエルフは、しかし聖属性には勝てず。ふらりと身体を揺らし、とさりと地面へ落ちていった。


『アンデッド』という生きる屍。その禍々しい気配が全て“浄化”された、所々が朽ちた遺体。当然ながら漂う腐敗臭。


しかし顔を歪める事なく。


振り向いたヤマトは、硬直するルーチェへと口を開いた。


「プルは甘いものが好物なので、この“報酬”は受取拒否のようです」


「……わかった。用意させる」


「因みに。エルフの葬送はどのような?」


「火葬。骨は砕き森の肥料としている。我々の魔力では、遺体を安置していてはアンデッドとなってしまうからな」


「確かに。では、アンデッド掃討記念と私達の歓迎会と同時開催で」


「! それは……良いのか?」


「一度はアンデッドとなったとしても。国の為に危険な場所へ赴いた“彼等”を、エルフ達は誇りに思っている筈です。“彼等”も大勢から見送られた方が嬉しいでしょう」


「……いや、しかし……歓迎と葬送を纏めて開催するなんて、あんた達を侮辱していると宣言するようなものだ。それは“黒髪黒目”を崇拝するあの国へ、喧嘩を売るも同然で……」


「私はあの国の血筋ではないので。知った事ではありません」


「知っ……」


「あぁ、そうだ。私が提案してしまえば良いですね。『エルフの葬送が故郷の風習である“火葬”だと知り親近感を覚えたので、是非ともにお見送りをさせて欲しい』と。掃討記念兼歓迎会の時に、“さも今知りましたよ”と場を整えて。火葬が故郷の風習なのは事実なのでボロは出ないかと。――どう思います? ヴォルフさん」


「好きにしろ」


「ヴォルフさんは直ぐ私を甘やかす」


「反対して聞くのか?」


「聞きませんね」


「クソガキ」


「はい。――さて。どうします? ルーチェさん」


エルフの王で在るリリアナではなくルーチェに判断を求めるのは、“彼等”がルーチェの家族だから。例え王だとしても、『ルーチェの家族』の遺体を好きにはさせないと言外に示す為に。


それは元の世界の家族と二度と逢えないからこその、一種のトラウマと贖罪……羨望。


そうでなければテオドールの酷く偏った“家族愛”を肯定し称賛しない。


相変わらず、“家族”と云うカテゴリーに対する愛が重い。


「……あんたは、本当に……腹が立つ程にいい奴だな」


「褒められました」


「良かったな」


「はい」


満足。と笑みを見せるヤマトはもう一度“彼等”へ手を翳し、『防腐』と『消臭』の魔法を重ね掛ける。


流石にこのままでは他のエルフ達の前に出せないとの判断によるもの。それはルーチェも思ったことなので、気を悪くする事は無い。


寧ろ、感謝の意を示すために頭を下げた。深く。長く。見送ってあげられる事実に、心底から安堵しながら。


国の為に家族を“報酬”とすることを誇りに思っていた事は、事実。その上で、正式にエルフの葬送をできる事を心から嬉しく思っている。


それは勿論、家族だから。


「ルーチェさんは少し我が儘を言っても良いと思いますよ」


「……あんたが言うと説得力があるな」


「これは褒められているのでしょうか」


「好きに受け取れ」


「では。ありがとうございます」


何故躊躇なく褒め言葉として受け取る。いや、一応褒めてはいるが。


呆れた顔をするルーチェは、それでも僅かに目元を緩めて。ヤマトの前に来たかと思えば一瞬だけ目を逸らし、それでもその“黒”へ緩く手を乗せた。どことなく、諦めたような表情で。


頭を撫でられた。のだと解釈したヤマトは、上機嫌。単純に“褒められた”だけだと思っているようなので、今後のルーチェの気苦労が目に見える。


恐らく分かっていないな……と察したルーチェは、しかし何を言うでもなく。


火葬の時まで家族の遺体を安置するため、魔法で浮かせこの場を後にした。そのまま、その時までお別れの時間を過ごすのだろう。


ならば邪魔はできない。そんな不躾は許されない。


「リリアナさん」


「……ぁ、あぁ。なんだ」


「副葬品の回収に行きますよね。探査魔法でアンデッドの掃討は確認していますが、プルの飼い主として同行しても良いですか?」


「……あぁ。構わない。私は立場上、万が一を考慮し同行できないが。負担でなければ、皆の安全に助力してほしい」


「んー。報酬は何を頂きましょうか」


「家と世話役を用意する」


「国民権を得るつもりは無いですよ」


「言葉が足りなかったな。今回の滞在中に限りだ。私からの歓迎と感謝だと周知させれば、皆『只人だから』とお前を軽視はしない筈だ」


「それでも現れたら?」


「私かルーチェに言え。……いや、ルーチェを世話役として付けた方が話は早いか」


「ではお願いします」


「存分に困らせてやると良い。あいつも気が紛れる」


葬送をすれば本当の意味で家族を失ったと、嫌でも実感してしまう。その喪失感を、困らせてやる事で埋めてほしい。


そう言っているのだろう。


「おふたりは特別な仲ですか」


「特別……と云うより、寿命の差で必然的にそうなる。ハイエルフ同士で子を作る事が多いというだけだ」


「その可能性があるから互いに気を遣ってはいるけど、どちらかに伴侶ができた時は只祝福するだけで執着は無い。と。確かにハイエルフ同士でないと、ハイエルフの数は減りますね」


「は?」


「はい?」


「……あぁ。ハイエルフが産まれるとは限らず、エルフが産まれる確率が高い。エルフ同士からハイエルフが産まれる場合もある。稀だが……過去には、只人や獣人との間に産まれたとも聞く」


「エルフの神秘ですね。興味深いです」


本当に興味深そうに何やら考え込むヤマトに、お前の方が興味深いのだが……とは口にせず、副葬品の回収のため指示を始めるリリアナ。頭の中では、歓迎会兼アンデッド掃討記念兼葬送の計画を立てながら。


この、呆れる程のお人好しに楽しんでもらえるように。


『気に入った』との言葉に嘘偽りは無いらしい。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


同じく“ヤマト”が興味深い作者です。どうも。


疑問に思ったらとことん気になる系オタクなので、ハイエルフの誕生条件が気になっているようです。

まあ『エルフの神秘』は幾ら考えても答えは出ないと、主人公はちゃんと分かっています。

単純に考察が好きなだけ。


リリアナが歓迎と感謝を分かり易く示さなくとも、恐らくエルフ達は主人公を軽視できなくなっていくかと。

色々と規格外ですし、侮辱には侮辱を返すので。

そろそろ公開侮辱を書きたい所存。

只人どころか“黒髪黒目”へのイメージが悪くなりそうなので心配ですが。

気分で決めます。


ルーチェ、この瞬間に“友人”を受け入れました。

でもまだ口にして確定させることはしません。

“ヤマト”が面倒臭い性格だと確信しているので、まだ“友人(被害者)”にはなりたくない。

足掻いていたい。

勝手に世話役に決められたので時間の問題ですね。

ご迷惑をお掛けします。


プルは主人公の考えを汲みました。

例えルーチェが「報酬に」と決めた事でも、プルにとっての最優先は“ヤマト”なので。

確かにエルフの亡骸は魅力的でしたが、一度アンデッドになったので……その……“鮮度”がね……

“食”に対するこだわり。

ペットは飼い主に似る。


ヴォルフとののんびりひと時を書けたので満足。

このふたりは“親友”の気楽さと雑さが一番しっくりくる。かわいい。


次回、歓迎会。

アンデッド掃討記念。

“綺麗に”整える。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 発酵食品は良いけど、アンデッドはねぇw 美食家の主には美食家のペット。後書きで噴き出しました。 プルちゃんは高級食材?素材?を取り込んでますが、好物はなになのでしょうか?気になります…
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